その5 魔王エクスムアとメイドのアレクト
「……一体どうしたんだその格好!」
セレナも、アレクトを一目見てレーデルとまったく同じ反応を示した。
「潜入調査中なんですねえ」
アレクトは口の端をつり上げた。
「某所にメイドとして潜り込んでおりまして」
「本物のアレクトなの……?」
アルケナルはアレクトに顔を寄せ、その目をのぞき込んだ。
アレクトの瞳孔の形は、普通に丸かった。
「あ、お目々ですか。コンタクトレンズというものを使って形を隠しているんですよ」
アレクトは指を瞳に当て、レンズを取り除いた。
その下から現れたのは、いつも通りのハートマークの瞳孔だった。
「瞳孔の形から特定されるのを避けるためね……」
「そういうことです。なので長時間のおつきあいはできませんよ。向こうに怪しまれるので、適当に帰らないと……」
などと語りながら、アレクトは白煉瓦の街並みを見渡して、はっと気づく。
「ところで、ここってもしかしてアーデラーですかね?」
「よくわかったな」
「偶然ですねえ! 今はアーデラーの魔王のところで活動しているんですよ」
「そうなの? だったらそいつは話が早い」
レーデルはアレクトを喚び出した理由を語った。
シュジェールの名前を聞くと、アレクトの表情が一気に晴れた。
「あ、あなたがシュジェールさんですか! これはどうもどうも!」
アレクトに握手を求められて、シュジェールはおずおずと応じた。
「知ってるの?」とレーデルに問われると、アレクトは早口で語った。
「実はですね、探していた方なんですよ! ビアベルムの城を設計した方ですよね。実は私、その城にメイドとして潜入しているのですよ。どうやら、レーデルさん達も一緒にエクスムア様に紹介した方が、色々と捗りそうですねえ」
「あなたがかの有名な建築家殿ですか! 遠路はるばるお疲れ様です」
シュジェールとの対面にて、魔王エクスムアはおよそ魔王とも思えない、腰の低い態度を披露してみせた。
見た目は壮年男性、肌は浅黒く、髪は黒い癖毛。背は高く堂々として、常に笑みを絶やさない。頭に山羊のような角が生えていて、瞳孔の形も横に長い長方形。魔族には違いないが、おおよそ魔王とは思えない雰囲気の持ち主である。良くも悪くも、「その辺にいそうなお兄さん」風の空気を、魔王はたたえていた。
今身につけている装束は、農夫と見まがうようなシンプルなジャケットにズボン、そして帽子。城の庭先で枝の刈り取り作業をしているところを、アレクトが捕まえたためである。
魔王は作業を中断し、一同を近くの東屋に招いて、アレクトから説明を聞いた。シュジェールの名を聞いた途端、エクスムアもアレクト同様に大喜びしてみせたのだった。
「ビアベルムの手先に襲われたと聞いて、こちらも護衛のために隊を派遣したのですが、入れ違いになったようですね。まことに申し訳ない」
「いえいえ、そんなことは……。幸い、こちらの方々に助けていただいたので」
シュジェールはレーデルたちを手で示した。
「あなたが魔王エクスムアですか」
どのような態度で対したものかよくわからず、レーデルは無表情に言った。
「いかにも。そして君はレーデル・クラインハイト、元勇者」
「ご存じでしたか」
「もちろん。アレクト君に色々聞いているよ」
「だとしたら、魔王の割に俺を簡単に近づけすぎじゃありませんかね」
レーデルは左手で剣の柄を軽く叩いた。
エクスムアの城に入るにあたり、武器を預けることを要求されると思っていたのだが、ここに至るまでそんなことはなかった。セレナも腰にガントレットを下げたままである。
「理由は二つある。武器を取り上げたところで、魔法を禁じる術はない」
エクスムアはアルケナルに視線を滑らせた。
その通りね、とでも言いたげに、アルケナルは無言で頷いた。
「もう一つの理由は、アレクトの話を聞く限り、君は相手が魔王だからといってむやみに敵対するような人間ではなさそうだ、ということだ。……こちらが噂の魔神像だね?」
レーデルの肩に座っているルーティに、エクスムアは興味を示す。
「あんたがエクスムアか」
臆することなく、ルーティは応じた。
「魔王だったら、ボクの出自について知ってることはないかな? ボクは昔のことを覚えていないんだ」
「俺は知らないよ。昔の大魔王が勇者に魔神像を与えたとかいう話は、風の噂程度に聞いたことがあるがね。それだけだ。……それにしても美しい。まさしく美少女だ。変態勇者として有名になるだけのことはある」
「人を変態呼ばわりするのはやめていただきたい。武器を預けさせなかったことを後悔する羽目になりますよ」
「おっと、それは失礼」
エクスムアは大きな声で笑った。
「ともかく、君たちには褒美をやらなければな。君たちのギルドだったら、どの程度の報酬が出るものかね?」
「もらえる物は戴きますが……」
レーデルはアーデラーにやってきた目的を思い出し、告げた。
「俺たちはアーデラー在住のペルシスという人物に会いに来たんです。もしご存じなら、ついでに居場所をお教え願いたいんですが」
「ペルシス?」
エクスムアとアレクトが同時に眉をひそめた。
「ペルシスというと、魔族の魔法使いの?」
「はい。ご存じなんですか」
「ご存じも何も、居場所までばっちり知ってるぞ」
「そいつはありがたい。今すぐ会いに行きたいのですが……」
「今すぐ会うのは無理だ。なにしろ――」
悲しげなため息を、エクスムアはついた。
「――ペルシスは今、ビアベルムの城に捕まっている。俺たちは彼の身柄を奪還するプランを立てている最中なんだ」
「おや陛下! 今日も男前ですねえ!」
エクスムアの姿を見かけると、理髪店店主は威勢良く挨拶した。
「ありがとう。今日はこちらの方のを見繕って欲しいんだが」
エクスムアが引き連れてきたシュジェールの姿を見た途端、店主は万事心得たとばかり、
「こっちに来てくれ! ありとあらゆる髪型が揃ってるぜ!」
とシュジェールを理髪店の隣の家屋へと引っ張っていった。
「うっわ。なんだこりゃ!」
一歩足を踏み入れた途端、レーデルは目を見開いた。
展示ケースの中に、かつらがずらりと並んでいるのである。その数は百や二百では済みそうにない。男性用、女性用、短髪に長髪、髪色も色とりどり、とかなりの種類が揃っている。
「好きなのを選んでくれ。お代は俺が持つ」
エクスムアにそう言われると、シュジェールは何度も礼を言って、かつら選びを始めた。
待っている間、エクスムアはレーデルたちに説明を始めた。
「ペルシスは私の相談役の一人だ。普段は山に住んでいる。なにかしら問題が発生した時には、私の方から出向いてペルシスの知恵を借りる、という関係でね」
「そのペルシスがビアベルムにさらわれた、と」
「ビアベルムが今の城に住み着いたのがことの始まりのようだ。あの城には魔法の武器を量産できる施設があるらしい。だから魔法武器の生産に手を付け始めたのさ。そもそもあいつには武器収集癖があるし。だが施設はあっても、付呪を行える者はそう多くない。そこでカースマイスターであるペルシスを強引に連れ去った」
「それはそれは。ペルシスは無理矢理ビアベルムに協力させられているのか」
「おそらくは。シュジェールは語ったかな? 坊主頭になっている理由について」
「……ええ」
レーデルは思い出した。シュジェールを追っていたビアベルムの手下が持っていた魔剣。
傷つけた相手に脱毛を強制するとかいう恐怖の魔剣。
「あれは本来は、生命そのものを吸い上げて敵を死に至らしめる性質の魔法だ。ペルシスは、設備が古いだの悪いだのと言い訳しながら、わざと粗悪品を作っているみたいだ。その結果、体毛の命だけが散るという奇妙な魔剣が量産されているのさ」
「相手をハゲにする魔剣を量産なんて……鬼畜の所行過ぎる……」
ひとしきり戦慄してから、レーデルは疑問を覚えた。
「ペルシスが自分の意志でそうしてるんだってわかるんですか」
「そうなんです。私が当人からうかがっておりますからね」
答えたのはアレクトだった。
「その格好でビアベルム城に潜入してるってわけか。……魔法円でペルシスごと連れてくることはできないのか?」
「それができたら簡単なんですけどねえ。あの魔法円で出入りできるのは私一人だけなんですよ。別の人をむりやり魔法円に突っ込んだら、魔法円の紋様状に刻まれた人体パズルができあがるでしょうねえ」
「そうか。……そういやアルケナルはどうなんだ? 城に古井戸があれば――」
「私もダメよ……」
アルケナルも首を横に振った。
「井戸から入ったら、同じ井戸から出なければならない……それがルールよ……」
「クソッ。うまくいかないもんだな。直接殴り込むしかないのか」
「それもなかなか難しい」
エクスムアが言った。
「ビアベルムの居城は、生半可な攻め手では落とせない。兵隊の頭数を集めればどうにかなるだろうが、ペルシス一人を救出するのに大きな動員をかけるのはなかなか理解が得られない……」
「そこは魔王様の権力でむりやり言って聞かせるもんじゃないの」
「そうもいかんのさ。魔王一人で魔王領は経営できないし、何ごとにおいても先立つのは金だよ」
「魔王のくせに世知辛いことをおっしゃいますね」
「世故に長けていると言ってくれ。というわけで、少人数でビアベルム城を攻略するため、アレクトにメイドとして潜入してもらうとか、城の設計者を保護して攻略法を聞き出そうとか、色々手を打っていたのさ。そこに君たちが、シュジェールを連れてきてくれた」
そして、エクスムアはレーデルたちに持ちかけた。
「これも何かの縁だ。俺に手を貸してくれないか?」
「私は賛成」
アルケナルは即答した。
「そもそもペルシスに会いに来たのだから、断る理由はないし……相手の髪を殺すなんて魔剣は、この世に存在してはいけない……」
「あたしも同感。人をハゲにするとかふざけんなっての!」
セレナも怒りを込めて言う。
レーデルとしても、引き受ける以外の選択はなかった。
(ただ、一点だけ譲れないところがある)
心の中で強く思いつつ、レーデルはエクスムアに条件を出した。
「いいだろう。ただ、報酬は妥協しない」
「ふむ。何が望みだ?」
「かっこいいカツラ一個もらえる? 魔剣に斬られた時用に」
エクスムアは、一瞬虚を突かれたような表情を見せてから、大爆笑した。




