その11 嘘から出た子供
「クーニングさんの息子さんかな」
レーデルはやってきた青年に声をかけた。
「ああ、エデル・クーニング。……あれ?」
青年エデルはすぐに子供エデルに気がついて、目を丸くした。
「この子……父さんの絵の中の子供にそっくりな……」
「それ以上言うんじゃない!」
クーニングが大きな声を出し、青年エデルに詰め寄ろうとする。
が、それより早く館長が割り込んで、制した。
「何か話がおかしいようですね。あなたの息子のエデル君は幼い頃にお亡くなりになったとおうかがいしましたが……」
「なんですって?」
青年エデルが目を丸くした。
「ちょっと待って。俺に死んだ兄がいたってこと? 初耳なんだけど?」
疑惑と困惑の眼差しを、館長と青年エデルはクーニングに向ける。
クーニングは言葉を失い、しばし口をパクパクさせていたが――
「……申し訳ありません。私、嘘をついていたんです……」
ついに観念した。
「あの絵は、エデルが五才だった頃の姿を描いた物なんですが……」
と言いつつ、クーニングは青年エデルの肩を持つ。
美術館長がその後の語を継いだ。
「エデル君は別に亡くなっておらず、このように壮健な姿で成長している、と」
「その通りです……」
「じゃ、じゃあ、なんでそんなウソをついたんですか!」
「その方が注目が集まるからですよ」
クーニングは申し訳なさそうに説明した。
「絵の善し悪しなんてわかりもしない一般大衆に訴えかけるには、ただ優れた絵を発表するだけではダメなんです。まず人に広く知られなくちゃならない。『みんなが見ているから私も見る』『みんなが見ているから傑作だ』という口コミが広まって、初めて名作が名作たり得るんですよ。でもそんな域に達しうるのはほんの一握り、あとは誰にも見向きされない無の山なんです。だから、広く知られるきっかけを作るために、絵の外側に情報を盛ったんです」
「だいたいわかった」
コールプルテが挙手した。
「絵描きや、絵の成立の背景に人の気を引くストーリーがあれば注目が集まって、その結果絵の価値は上がる。君はそこに誰の迷惑にもならないウソを盛っても罪にはならない、と踏んだわけだ」
「その通りですよ。そんなウソから幽霊が出てくるなんて、誰に想像できますか?」
クーニングは、子供エデルを見つめた。子供エデルは大人たちの話が理解できず、ぼんやり突っ立っている。
「いえ、罪はあります」
子供エデルの頭を撫でながら、美術館長が言った。
「美術作品に嘘の情報を盛るのは、鑑賞者に対する誠実な態度とは申せませんね。そうではありませんか?」
「はい……返す言葉もありません」
クーニングは素直に認めた。
それを見て、ルーティがレーデルの耳元で呟いた。
「ほら見なよ。オチがあった」
「道理で、幽霊なんて出るはずがないってクーニングが断言していたわけだ。エデルの五才の幽霊なんて、そもそも初めから存在していなかったんだから」
「でも、子供エデルは生み出されてしまった。彼はこれからどうなるんだろうね?」
その疑問を聞きつけて、アレクトが声を挟んだ。
「一つには絵を焼いて破棄するという手が思いつきますけど……」
「おいおい、待ってくれ。それって子供エデルを殺すようなものじゃないか」
慌ててコールプルテが待ったをかける。
「それは賛成できないな。悪ガキのイタズラに死刑宣告は大げさじゃないの」
「被害者であるあなたがそうおっしゃるのなら、私は別に構いませんよ。特に罰を与えたい、という方もいなさそうですし……」
周囲の面々の反応を見てから、アレクトは意見を口にした。
「生産者に引き取ってもらうのが一番ではありませんかね?」
結局、少年エデルの絵は展示から一旦除外されることが決定し、クーニングの自宅に送り返されることになった。
美術館からの依頼で、レーデルたちはその返送を手伝った。クーニングの自宅にキャンバスを持ち込み、梱包を解いて、室内の壁にかけ直す。
絵の中で、少年エデルは依然と変わらない笑顔を浮かべていた。
「エデル、出ておいで!」
クーニングが呼びかけてみたが、少年エデルが出てくる気配はなかった。
「うーん。やはり美術館という場所じゃないと、出てきてくれないんでしょうか……」
「それはどうかな?」
コールプルテが、背負い袋の中身を取り出して、少年エデルに見せつけるように差し出した。
美術館で盗まれたのとは別の、コールプルテ作の妖精像三つである。
「プレゼントだ。君にあげよう!」
とコールプルテが呼びかけると、
「……ほんと!?」
少年エデルが絵の中から勢いよく飛び出してきた。
目を輝かせながら、少年エデルはコールプルテに突進する。
コールプルテが惜しげも無く妖精像全てを進呈すると、少年エデルは満面の笑みを浮かべた。
「うわああ! お姉さんありがとう!」
「いい子だ。これからは人の物を勝手に盗んだり、迷惑かけたりするんじゃないよ。約束できるかな?」
「約束する!」
そして、二人はがっちりと握手を交わした。
手を離した後、少年エデルは少し妙な顔をした。
「……お姉さん、お手々冷たいね」
「ボクは心が冷たいからね。それで手も冷たいのさ」
「このたびはありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいやら」
クーニングはレーデルたちに頭を下げた。
代表して、コールプルテが応じる。
「同じ芸術家として、君の苦悩は分からないでもない。こうして知り合ったのも何かの縁だ、お互い切磋琢磨して行こうじゃないか」
「お互い、頑張りましょう」
二人もがっちりと握手を交わした。
そして、クーニングも手を離したあとに妙な顔をする。
「……本当に手が冷たいですね」
「冷え性なんだ」
コールプルテは真面目な顔で答えた。
「……なんだか妙なことになっちまったな」
そんな様子を眺めながら、セレナがレーデルに問いかけた。
「幽霊じゃなかったのはいいとして、無から子供が一人生まれちまったんだけど、いいのかこれ?」
「クーニングが受け入れているんならいいんじゃないの。楽しそうだし」
レーデルはそう答えるしかなかった。
実際、エデルを見るクーニングの目は幸せそうだった。通り過ぎた過去を思い出し、子供に振り回されながらも楽しかった日々を再び味わっている風である。
「ピクトマンシーの産物だ。芸術が別の何かを生み出すことは本当にあるんだなあ、くらいに考えとけ」
「そういうもんかな……」
あくまでもセレナは納得いかないらしかった。
「これで問題は解決だ。さあて……君たちにも随分世話になった」
帰途。薄暗い道を歩きながら、コールプルテはレーデルに言った。
「なかなか愉快な体験をさせてもらったよ。礼を言いたい」
「それはこっちも一緒だ。あなたに話を聞きに来ただけなのに、こんな事態に巻き込まれるとはなあ」
「フフフ……。そう言えば、君の問いに答えなくてはな」
「やっと思い出したのか」
レーデルの言葉に、コールプルテは首を横に振った。
「結局、過去の資料をあたるしかなかった。ペンフレードの息子の名はペルシスだ」
「ペルシス、か」
ちらり、とレーデルはアルケナルを見やる。
視線に気づいて、アルケナルは肩をすくめた。知らない名前らしい。
「どこに行けば会える?」
「アーデラーという温泉街を知っているかな? 魔界領域の街だが」
「……とうとう魔界領域に入るのか。久しぶりだなあ」
「ペルシスはそこに住んでいるはずだ。最後に会ったのが遠い昔なんで、引っ越ししている可能性なきにしもあらず、だが……」
「その時はそこで行き先を探るよ」
「そうしてくれ。もしペルシスに会えたら、メッセージを伝えてほしい。ボクの身体はまだ絶好調だ、とね」
「随分変わったメッセージだな」
「それは、――」
説明しようとして、コールプルテは言葉を切り、ふと足を止めた。横手に伸びる狭い裏路地に一歩踏み込み、のぞき込む。
「どうかした?」
「何かがそこを横切ったような気が。さて……!?」
次の瞬間、上から何かが降ってきて、コールプルテを絡め取った。
「ヌ……!?」
太い左腕が、コールプルテの首回りに巻き付いている。その左腕の持ち主は――
「……バルメラ!」
レーデルが、勇者の名を呼ぶ。
「やっと隙を見せましたね、レーデル!」
裏路地の奥で、ニタリとバルメラは笑った。




