その10 再会? 父と子
「つまり、私に説得をしろとおっしゃるんですか……」
アレクトから一通り説明を聞かされたクーニングの反応は、先だっての美術館長とまったく一緒だった。半信半疑――というか、疑の方が強い。
「こんなことをあなたに頼むのは、心苦しいとは思っているんです」
しかしアレクトは粘り強く、滑らかな口調でクーニングを説得する。
「とはいえですね、私どもとしても他に手の打ちようがありませんでねえ。これをほっといたら、美術館そのものが立ち行かなくなってしまうんです。ご気分を害されるのは承知の上で、それでもクーニングさんにお願いするしかないんです」
(まるで美術館サイドの人間のような、熱心な説得だ……)
アレクトの説得を聞きながら、横でレーデルはそんなことを考えていた。
巧みな弁舌で相手の心を動かそうとするその優れた技量は、天性の詐欺師の才能と言える。
実際、クーニングの説得に成功しつつあった。
「いえ、失礼だなんて思っていませんよ。ただ……幽霊なんて出るはずがないと思うんですがねえ」
「正確には、幽霊ではないんです。あなたの眠れる才能が呼び起こした存在なのですから」
「眠れる才能……」
「魔法を専門的に学んでいなくても、技術を極めた結果、魔法と同じ効果を起こせるようになる人ってのはいるものです。それがあなたの身に起こったのではないか、と推察致しますね」
「ピクトマンシーというやつですか……噂の類いだと思っていましたが……」
しばらく考え込んでから、クーニングは別の質問を投げる。
「その……エデルが出てきたとして、本当に説得なんてできるんですか?」
「説得できる可能性があるとすれば、クーニングさんしかいないんですよ。クーニングさんでダメだったら、他の誰でもダメです。だから、説得を必ず成功させろなんてことは申しません。ねえ?」
アレクトに水を向けられて、美術館長も言葉を重ねる。
「その通りです。とにかく試して欲しいのですよ。わずかな可能性かもしれませんが、賭けたいのです」
「……わかりました」
熟慮の末に、クーニングはついに承諾した。
「やれるだけのことはやってみましょう。これはどうやら、私が責任を負うべきことのようですから……」
「ありがとうございます!」
アレクトと美術館長は深々と頭を下げた。
「……なんだか、君に妙に世話になってしまって、申し訳ないな」
そんな様子を眺めながら、コールプルテはレーデルに言った。
「気にするな。困っている人がいたら助けるのが勇者の務めだ」
「もう勇者じゃないのに?」
「教会の称号なんて知ったことかよ。勇者でありたいと思う気持ちこそが勇者の資格だ」
説得を終えたアレクトが、レーデルのそばに寄ってきた。
「どうです。クーニングさんを説得しましたよ」
「よくやった」
アレクトがシルクハットを脱いだところを、レーデルは再びナデナデしてやった。
「でも、説得なんて可能なのかしら……」
横からアルケナルが口を挟んだ。
「土地の霊的な力が、エデルの姿を借りて現出しているだけであって……死んだエデル本人の霊が喚び出されているわけじゃないんでしょ……? 偽物が本物の父親の説得に応じるのかしら……?」
「そこは賭けにはなりますけど、分の悪い賭けではないと思いますよ」
シルクハットを被りなおしながら、アレクトは応じた。
「ピクトマンシーで生み出されるものには、描き手や鑑賞者の主観がこもるんですよ。皆さんの話によれば、先だっての晩に現れたエデル君は、年相応の言動をしていたと聞きます。絵から出てくるエデル君は偽物ですけれども、自分をエデル君だと信じている偽物なんです。だから、父親の言葉で説得できると私は信じますねえ」
「で、夜中まで待つの? いっつもエデルが出てくるのは夜中だけど」
セレナの指摘に、アレクトは首をひねった。
「今から呼びかけてみても、出てくれるんじゃありませんかね? 昼間は人が一杯いるから引っ込んでいるだけかもしれませんよ」
ということで、一行はさっそく展示室へ向かった。
この日も休館日で、昼間ながら展示室はがらんとしていた。
問題の絵は、いつも通りに壁に掛かったままになっていた。
クーニングが進み出て、ためらいがちに絵に呼びかける。
「……エデル……」
すると、絵の中の子供がうごめいて、絵の外へと滑り出てきた。
「……パパ!」
ぱっと笑顔を浮かべると、クーニングのもとに駆け寄り、体当たりするような勢いで抱きついた。
「エデル……エデル!」
クーニングは膝をつき、満面の笑顔で子供を抱き留めた。
「なんてこった……あの頃のエデルが帰ってきたみたいだ!」
感極まった声を漏らすクーニングに、エデルは小さく首をひねる。
「何言ってるの。僕、エデルだよ!」
「ああ、そうだな、エデル。ところで話があるんだ。あの妖精だよ」
クーニングが絵の中の妖精像を指さすと、エデルはばつの悪そうな顔をした。
「人の物を勝手に盗んじゃいけないって教えただろ?」
「うん……」
「悪いと思っているなら、エデル、あれらを全部外に持ってくるんだ」
しばし、エデルは黙り込んだ。
全員がエデルの反応を見守る。
(また運命の生贄の三人と戦う羽目になるか、もしくはもっとひどいことになる気がすごいするぞ……)
警戒心を悟られないよう気をつけながら、レーデルはいつでも剣を抜ける体勢を取る。
エデルの答えは――
「……うん。わかった」
素直に頷くと、絵のそばに戻り、絵の中に手を突っ込んだ。
その手で直接、妖精の像、短剣の鞘、銀の杯などを取り出す。
絵だったはずのそれらは、引っ張り出されると元の姿になり、実在する物体に戻った。
エデルはそれらをまとめて両腕で抱えると、渡す相手を探してきょろきょろと左右に視線をさまよわせた。
「あっ! 私が受け取りますよ!」
美術館長が進み出て、美術品をまるごと受け取る。
「……ごめんなさい」
エデルが頭を下げると、クーニングはその横に付き添い、頭を撫でてやった。
「えらいぞエデル。それでいいんだ」
褒められると、エデルは恥ずかしそうにうつむいた。それでいて、うれしそうでもある。
美術館長は受け取った美術品を床に置いて、一品一品チェックした。
「うむ……間違いなく本物ですね。傷一つついている様子もない。ざっと見ですが」
そして、心の底から安堵したような声を漏らした。
クーニングの説得は何ごともなく終了した。緊張の糸が緩み、柔らかな空気に包まれる。
そんな中、ルーティがレーデルの耳元で呟いた。
「……これで終わり? オチは?」
「オチなんてあるわけないだろ。親が亡くした子供と出会えてめでたしめでたし、でいいじゃないか」
「いや、絶対オチがあるって、これは。違和感がある」
「……何が言いたい」
「なんて言ったらいいのかなあ。クーニングって人の態度、ちょっとおかしくない?」
「何が問題なのか、具体的に指摘できないのか」
とレーデルはルーティをたしなめた。
が、言われてみると、何か妙な違和感があるような気もしてきた。
亡くした子供と再会した親の割に、どこかしら態度が軽いような――
「……館長! こちらでしたか!」
通路の方から、女性の事務員が一人の青年を伴ってやってきた。
「こちらの方が、クーニングさんに会いたいとおっしゃってまして……!」
その青年の顔を見た途端、クーニングは泡を食ったように慌てだした。
そして、はっきりした発音で言い切った。
「ちょ……! こんな時に来るんじゃないよ、エデル!」
「エデル!?」
全員の視線がクーニングに突き刺さる。
クーニングは慌てて口を押さえたが、発せられた言葉は元には戻らない。
青年エデルは、場の奇妙な緊張感に当てられ、戸惑っていた。
「父さんが財布を忘れたから届けに来たんだけど……どうかした?」




