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その8 運命の生贄


「なあセレナ。別に無理する必要はないんだ」


 深夜の闇に包まれた美術館の通路を歩きながら、レーデルはセレナに言った。


「宿に帰って寝ててもいい。サボったから報酬ゼロなんて言わないぞ」

「あ、あたしが無理してるように見えるのかよ!」


 セレナの切羽詰まった声が、無人の空間によく響いた。


「あたしは全然無理してねーし、全然怖くねー」

「だったらなんで俺の腕にがっちりしがみついてるんだ?」

「そりゃ、おめーのために決まってんだろ!」


 と言いつつ、セレナは絶対に腕を放さない。


「レーデルこそ怖いんだろ! なあ!? 男がビビってる格好晒すのかっこ悪いよな!? だからあたしが支えてやってるんだって!」

「……じゃあ、そういうことにしておこう」


 レーデルはセレナをそのままにして、ひたすら通路を歩き続けた。

 レーデルの持つカンテラの光だけが、行く道を狭く照らし続けている。


「館内のパトロールなんて、時間の無駄だと思うけどね」


 ルーティがレーデルの耳元でささやく。

 ルーティの目は様々なものを見通す力があり、かつその力をレーデルの視界とシンクロさせることができる。なので、今はレーデルの目も暗闇を見通すことができていた。カンテラを持っているのはセレナのためである。

 そこそこの時間をかけて館内を見回ってみたものの、異状は何一つ見つかっていない。


「絶対にあの絵がなんか悪さをしてるんだって」

「あの絵に何らかの魔力が取り付いているのが見えたか?」

「まあね。一応言っておくと、優れた絵というのはある種の魔力が取り付いているものだから、珍しくはないよ」

「人はそれを魅力とも言う」

「その通り。ただ、あの絵には、魅力では済まされない別種の魔力をちょっと感じる。きっとアルケナルもコールプルテも、本能的に感じ取っているはずさ」

「あたしは何も感じねーけどな!」


 またもやセレナが声を張り上げる。

 そんな様子を、ルーティはニヤニヤと見守っていた。


「レーデル。セレナを元気づけるために、なにかお話でもしてあげたらどうかな?」

「あーそれそれ! 別に元気づけて欲しいなんて思ってねーけど、暇だし、なんか楽しい話してくれねーかなあ!」

「セレナがそこまで言うなら……」


 レーデルは記憶を探り、適当な話題を見繕った。


「ここは都市同盟西部だ。五十年前の大魔王戦争の激戦地だったから、人々と大魔王軍との戦いの物語が山ほどある。正確に言うと五十年以上前、だけど」

「ンなこたぁ知ってるよ」

「大魔王戦争をモチーフにした絵画も山ほどある。あの子供の絵が飾られているフロアにもあったな。三人の勇者が描かれた絵に気づいたかな?」

「あったあった。ちょっと気になった」

「あの絵のタイトルは『運命の生贄』。ル・ロアン籠城戦で人間族を率いて戦った悲劇の勇者達だね」

「ル・ロアン? そんな街あったか?」

「大魔王軍に滅ぼされた都市だから。籠城戦に失敗して壊滅したのさ」

「ろくでもねー話するんじゃねーよ!」


 いつものセレナならばレーデルを蹴飛ばしているところだが、しがみついたまま離れない。

 ルーティがにやにや笑いを称えたまま、話の続きを促す。


「籠城戦に失敗ってことは、アレかな。中にいた人々が餓死しまくったとか、人が人を食ったとかいう話が……」

「ちょっと違う。ここでの大失敗があった結果、人々は大魔王軍に対して籠城戦を絶対しなくなった、というエピソードなんだ。まあ聞いてくれ」


 と仕切り直してから、レーデルは語った。


「ル・ロアンでの籠城戦を指導したのは勇者サイリオスという人物だ。大魔王を倒した勇者アマトよりも以前の勇者だな。その時ル・ロアンに留まって戦っていたサイリオスは、電撃的侵攻でル・ロアンを包囲した大魔王軍に対して、降伏ではなく籠城を選んだ。選択自体は過ちじゃない。近隣都市から援軍がやってくると信じていたからだ。実際、その一ヶ月後には援軍がル・ロアンにたどり着いている」

「じゃあなんで負けたんだよ。城壁を崩されたか、内通者に街の門を開けられたりしたのか?」


 セレナの指摘に、レーデルは首を横に振る。


「ル・ロアンの守りは破られなかった。ル・ロアンの生き残りが降伏を決めて自発的に門を開けるまで、大魔王軍は地上からの侵入はできなかった」

「地上から? ってことは、空からドラゴン部隊で強襲したんだな」

「惜しい。籠城が始まってすぐに大魔王軍はそれをやったけど、そのたびに勇者サイリオスたちが撃退している。でも、ル・ロアンの落城にドラゴンは関係あるよ」

「クイズかよ。って……想像もつかねーな。ルーティは知ってる?」

「知らないね。答えは何かな?」


 ルーティにせっつかれながら、レーデルは答えた。


「大魔王軍の中にはネクロマンサーがいたそうだ。そいつの指揮の下、ドラゴンの力を借りて、夜間にゾンビを街の中に大量に放り込むという作戦をとったんだって」

「それはすごい。……と言ったら不謹慎かな」

「不謹慎だなんて気にしたこともない癖に。……街は大混乱に陥って、朝には街の人口よりもゾンビの頭数が多い、という地獄絵図と化していた。生き残った人々は即刻降伏を決定して、服従の証として勇者サイリオスとそのパーティメンバーを処刑した。吊ったとも斬首したとも言われる」

「ひどい手の平返しじゃないか」

「生き残った人々は魔界領域に連れて行かれ、残ったゾンビたちは焼却処分されて、ル・ロアンは滅んだ。この件を教訓として、魔界の軍勢相手に籠城戦で頑張るのはやめておけ、という話になった。住人が街の外に逃げられなかったのが被害を増やした、とね」

「なるほどなるほど。ということは、元ル・ロアンだった土地には、今も怨念がさまよっていたりするのかな?」

「勇者サイリオスたちの霊がいまだにさまよっているって話が有名だな。自分を英雄だと担ぎ上げてくれた人々の裏切りで殺されて、その時の恨みの念がいまだに消えてないとか」

「おいレーデル。そんな話をするんじゃねーよ……!」


 絞り出すような声を、セレナは上げた。

 もちろんレーデルは気にせず続ける。


「サイリオスの霊を見た者は一ヶ月以内に呪い殺されるとかいう噂も聞く。何故か首に縄のあとが現れて……」

「そんな話するんじゃねーって言ってんだろーがぁぁ――ッ!!」


 限界を突破したセレナは、レーデルに抱きついたままヤケクソ気味の関節技を極め、物理的に黙らせようとした。


「ンギャアア――ッ!?」


 レーデルの悲鳴は美術館中に轟き、絵画の前で待機していたアルケナル、コールプルテの耳にまで届いたのだった。




「びっくりさせないでよね……泥棒が出たのかと思ったじゃないの……」


 アルケナルが怒りをぶつける一方で、コールプルテは腹を抱えて笑っていた。


「怪談話にビビって相手を締め上げるなんて、なかなかかわいいところがあるじゃないか!」

「うるせー! こちとら勝手に身体が動いたんだよ!」


 顔を真っ赤にして言い返すセレナ。しかしコールプルテの笑いが収まる様子はない。

 クーニング作の子供の絵の前に、レーデルたちは待機スペースを作っていた。四人中二人が美術館内をパトロールし、残り二人は絵画を監視しつつ休息仮眠する、というローテーションを組んで警備に当たっている。

 何も起きる気配のない警備は退屈極まりなく、レーデルの怪談も暇つぶしが昂じてのちょっとした「暴走」だった。

 暴走の代償として――


「アルケナルもコールプルテも、さっきから斜めになってない?」


 レーデルの背は何故か右方向に折れ曲がり、右腕もだらりと垂れていた。


「斜めになってるのはレーデルよ……私、回復魔法あまり得意じゃないんだけど……」


 アルケナルは魔法でレーデルを治しにかかった。

 その間、よりどころをなくしたセレナは、無意識のうちにコールプルテに寄りかかり、手を取って――


「冷たい! あんた手ェ冷てーな!」


 目の覚めるような思いをした。

 コールプルテは小さく笑う。


「それはそうだろう。ボクはひどい冷え性というか――」

「……おい、見ろ!」


 レーデルの鋭い声が、コールプルテの声を遮る。

 全員の視線が絵画に集まった。

 セレナが目を見張る。

 絵全体に波紋のようなものが走った。

 次の瞬間、絵から手が生えてきた。

 描かれた少年が絵の中でもがき、徐々にはみ出して――ついに全身飛び出した。

 両脚でフロアの床に着地し、しっかりと足音を立てる。

 描かれた少年そのものが、はっきりと立体的な姿を取って、そこに現れていた。

 一同、驚きに声を失う。

 沈黙の中、少年はレーデルたちの姿に少し驚いた様子を見せたものの、


「……何してるの……?」


 興味津々の体で声をかけてきた。

 レーデルは警戒心むき出しに、剣の柄に手をかける。

 アルケナルは「むやみに子供を警戒させてはいけない」と中立的態度を装う。

 セレナは今にも失神しそうな勢いで後ずさる。

 コールプルテは無頓着な態度を貫いて、子供に答えた。


「君が出てくるのを待っていたのさ。ボクはコールプルテ。君は?」

「エデルだよ」

「そうかい。エデル君、聞きたいことがあるんだ」


 コールプルテはしゃがみ、エデルと視線の高さを合わせた。

 そして絵の中の妖精像を指さす。


「あそこに妖精の像があるだろう。あれは君が絵の中に持ち込んだのかい?」

「うん! とってもキラキラしてるから、欲しくなったんだ」

「そうかそうか。君には美を見抜く才能がありそうだな」


 エデルの頭を撫でてから、コールプルテは本題に入る。


「でもね、あれは勝手に持って行っちゃいけないものなんだ。世界中全ての人たちがあれを見たがっている。だから返してくれないかな?」


 そう頼まれると、エデルは急に態度を硬化させた。


「いやだよ。あれは僕のものだ」

「そうじゃない。ボクのものだ。わがまま言う子は嫌いだなあ。さもないと君の絵を焼いちゃうよ?」


 コールプルテはランタンを持ち上げ、いつでも放り投げられる体勢を取る。

 レーデルは思わず一歩踏み出しかけたが、留まった。


(ブラフだろうけど……ブラフになるのか?)


 このまま絵を焼いたら妖精像などはどうなってしまうのか。それは誰にも分からない。

 エデルは険しい顔を見せると、その場から走り去った。


「焼かせるもんか! 帰ってよ!」


 逃げたわけではなかった。エデルが向かったのは、『運命の生贄』――三人の勇者が描かれた絵画の前。

 エデルが手を伸ばすと、その指先はぬるりと絵の中に入り込み――勇者の足首を掴んだ。


「おい、ウソだろ!」


 セレナが、限りなく悲鳴に近い声を上げる。

 絵の中で勇者達はうごめき――飛び出してきた。

 勇者、戦士、魔法使い。三人の男達は床に降り立つ。

 その足音にはたしかな重量感があった。ただの幽霊ではこうはいかない。


「ねえ、お兄さん達! あいつらを追い返して!」


 エデルがレーデルたちを指さしながら命令する。

 勇者たち三人はレーデルたちを見据えた途端、ためらうことなく武器を抜いて、襲いかかってきた。


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