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その4 背中のかゆみが一生収まらない呪い


「まずはあいつだ!」


 セレナはお手玉をやめ、豪快なフォームから石を放り投げた。

 石は低い放物線を描いて、空を切り裂き――見張りの男の側頭部に命中した。


「んごぉっ!?」


 突然の衝撃に男は昏倒。べたりとぶっ倒れ、そのまま気絶した。


「あら……大した腕前ね……」

「得意なんだよ、的当ては。この距離なら百発百中だぜ、ターゲットが動かなきゃな!」


 感嘆の声を上げるアルケナルに、セレナはにやりと笑う。

 残った盗賊達は慌てふためき、とりあえず石柱の陰に隠れた。とはいえ、どこから石が飛んできたのかすらわからない様子で、柱に張り付きながらじりじりと移動し、セレナの視線上にその姿を晒してしまう。


「そこに隠れても意味ねー……ぜっ!」


 第二球をセレナは投じた。

 灰色の石が素早く宙を滑り、盗賊の側頭部にまたも命中。男はもんどり打って倒れて気絶、びくびくと足を震わせる。

 最後に残った一人は顔を真っ青にし、全力で砦入口に飛び込んだ。砦の中にいる仲間達に連絡しに行ったのだろう。

 しかしセレナは、次の石を準備しつつも、敢えて男を見逃した。


「そろそろアルケナルの出番だぜ。準備いい?」

「任せなさいな……」


 アルケナルはタクトに似た短い魔法の杖を取り出した。セレナとともに、盗賊団本隊の登場をしばし待つ。

 ほどなく、砦の入口からぞろぞろと盗賊達が姿を現した。その数十数名。

 だが、セレナたちの居場所はまだ分からず、入口近辺で辺りを見回し、戸惑うばかり。


「あたしはこっちだ……よっと!」


 セレナは第三球を投げた。

 数秒後、石は群衆のうち一人のこめかみに命中し、ぽーんと跳ねた。

 不幸な盗賊はその場で卒倒。残りの盗賊達は一斉に石の飛んできた方に顔を向け、やっとセレナを見つけた。


「あそこだ!」

「あいつ、ぶっ殺してやる!」


 口々に叫びながら、一斉に殺到してきた。剣やら槍やらで武装した男達が、殺気丸出しで迫り来る。

 対してセレナは迎撃の石を放ったが、さすがに出所が見えている投石もかわせないマヌケはいなかった。盗賊達は大きく避け、あるいは盾をかざして受け止める。

 しかしセレナは慌てず、隣のアルケナルに視線を送る、

 応じてアルケナルはタクトを掲げた。


「来たれ、風の精霊……!」


 アルケナルの数メートル前方で、ざわりと雑草が渦を描いた。

 はじめ小さかったそれは、数秒の間に一気に空中に立ち上り、ほどなく竜巻の姿をなした。

 地面の砂や石ころを巻き込んで渦巻く黒い竜巻の内側に、ぼんやりと人間らしき姿が見える。風の精霊が、竜巻の目の中で嵐を制御しているのである。


「おー、でっけー!」


 セレナは目を丸くした。

 精霊魔法。元素を司る精霊を喚び出して操り、自然現象を再現する、初歩的な魔法である。

 ただ、アルケナルが喚んだ精霊は目を疑うほどに巨大だった。普通の魔法使いが喚び出す精霊はせいぜい身長一メートル強がいいところだが、今眼前に現れている精霊は三メートルに届こうとしている。

 比例して、精霊がまとう竜巻も巨大。天に届く柱のごとき威容に、盗賊達は一斉にすくみ上がり、足を止めた。


「ちょっと待て! なんだこいつ!?」


 嵐の巨人が、竜巻が動き始める。下生えをなぎ倒しながら盗賊達に接近。

 距離を詰め、嵐の渦の中に留めおいた石を一気に解き放った。

 石の雨が盗賊達の頭上に降り注ぐ。


「オワァ――ッ!!」


 盾や鎧で防げるような生やさしい代物ではなかった。

 腕に足に、あるいは頭に直撃を食らい、盗賊達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

 半分ほどはその場に打ち倒され、運良く致命傷を回避した者たちは砦の中に、あるいは砦を放棄して逃散する。

 所詮は烏合の衆である。つい先程まで威勢が良かった盗賊団は、あっという間に無力な群れと化した。


「アルケナル、あんたの精霊、すげーパワーだな! 大したもんだぜ!」

「そうでもないわ……。私の喚び出す精霊は力が強すぎて、調節が効きにくいのよね……」


 セレナの賞賛を受けながら、アルケナルは再びタクトを振るった。風の精霊は姿を消し、それに伴って竜巻も消滅。吸い上げていた石ころや砂が一斉に地面に落ちた。


「それより、ここからの詰めが本番よ……」

「それもそうだ。正面から追い立てるとすっか! あたしの後について来なよ、アルケナル!」

「了解……」


 セレナとアルケナルはなだらかな平原を下り始めた。



 砦の裏口も石造りの通路で、人がすれ違うのが困難なほどに狭かった。

 その奥に人の気配を感じて、レーデルはすぐそばの立木に身を隠し、剣を抜いた。


「そろそろ来るね」

「わかってる」


 ルーティの言葉に応じつつ、レーデルはしばし待つ。

 盗賊達の悲鳴、息づかい、足音はどんどん大きくなって――必死の形相をした盗賊が飛び出してきた。

 三人まで出てきたのを確認して、レーデルは地を蹴った。


「ハイエエエ――ッ!」


 裂帛の気合いとともに、レーデルは閃撃を放った。

 完璧な不意打ちだった。三人は防御する暇もなく銀色の閃光を食らい、鮮血をほとばしらせた。レーデルが駆け抜けた後、その場に崩れ落ちる。

 後続の盗賊達は、奇襲を目の当たりにして急ブレーキをかけた。すぐさま引き返そうとするが、奥から来る面々とぶつかり、立ち往生してしまう。


「あ、おい、ダメだ引き返せ! 戻れっつってんだろ!?」


 焦ってたたらを踏み、叫ぶ盗賊達。

 殲滅の機会と見て、レーデルは一気に踏み込もうとし――


「……む!?」


 裏口の更に奥で轟音が鳴り始めた。

 ピンときて、レーデルは真横に飛び、立木の陰に身を隠す。

 すぐに轟音は砦の出口まで達し――


「うおわあ――っ!?」


 爆風が、出口に固まっていた盗賊達六、七人をまとめて吹き飛ばした。

 数メートル宙を舞い、ある者は地面に、ある者は太い木の幹に激突。大ダメージを食らって悶絶し、逃げるどころか立つこともできない。

 少しして、裏口からアルケナルとセレナが姿を現した。


「うまいこと吹き飛ばせたかしら……」


 アルケナルが炎の精霊、風の精霊を操り、砦の奥で爆風を巻き起こしたのだった。


「大したもんだな。危なく巻き込まれるところだったけど」

「ごめんなさいね……。それより……赤蛇団のお頭はどちらかしら……?」


 アルケナルに言われて、レーデルは目的を思い出し、盗賊達を見渡した。

 盗賊団の頭は大抵、他のメンバーより豪勢な衣服なり鎧なりを身につけているものである。ここでも多分に漏れず、一人だけ、やたらと指輪をたくさんつけている男がいた。

 その男に当たりをつけ、レーデルはその喉元に剣の切っ先を突きつける。


「あんたかな? ここの頭は」


 男はまだ打撲ダメージが抜けきらないようで、苦しい表情を浮かべ、無言でレーデルを睨み返した。


「双月のガントレットをよこせば、命だけは助けてやる。どこにある?」

「双月のガントレット……?」


 眉をひそめる盗賊団長に対し、レーデルは切っ先を軽くちらつかせた。


「殴ると相手に三日月マークが二つつくアレだよ」

「知らねえよ。脅されたって、知らねえものは知らねえ!」


 盗賊団長はそう主張した。が、レーデルは鵜呑みにはしなかった。


「アルケナル、こいつに呪いかけられる?」

「そうねえ……背中の、手が微妙に届かないところのかゆみが一生収まらない呪いとか、どうかしら……?」


 アルケナルは盗賊団長の額にタクトを向けた。

 途端、盗賊団長の血相が変わった。


「思い出した! それ、赤蛇団のボスが持ってる奴だろ!? だから呪うのはやめてくれ!」

「なに? おまえら、赤蛇団じゃないのか?」

「俺たちは砂サソリ組だ! 赤蛇団はつい最近までこの砦にいた奴らだよ! 連中がどっかに行ったから、俺たちがここを使ってるんだって!」


 予想外の返事だった。レーデルたちは困惑の視線をかわす。

 すんすん、とセレナが軽く鼻を鳴らす。


「嘘ついている匂いはしねーな」

「……レーデル。セレナの嗅覚って、信用していいの……?」

「信用できる。どういう理屈か知らないが、セレナにウソは通用しないみたいだぞ」


 レーデルの言葉を受けて、アルケナルは盗賊団長に歩み寄り、一言告げた。


「……どうやら人違いみたい。ごめんなさいね……」

「……人違い! 人違いで俺たちをこんな目に遭わせたってのかよ!?」

「ああ!? 盗賊稼業の癖になんか言える立場かよ!? てめーらのせいで近所の村が迷惑してるんだよ!」


 セレナが怒声を張り上げる。しかし盗賊団長も負けてはいない。


「こちとら食うために必死なんだよ! てめえにどうこう言われる筋合いはねえ!」

「はぁん? だったら流動食しか食えない身体にしてやってもいいんだぜ……!」


 拳を固め、振り上げるセレナ。

 が、レーデルがその腕を捕まえ、制する。


「赤蛇団の団長が双月のガントレットを持っているの、知っているんだな?」

「ああ。ウチにも何人か、あいつの制裁を食らった奴がいる。とんでもなく強いんだぜ、あの野郎……」

「赤蛇団は今どこにいる?」

「西の方に向かったらしい。あっちの穀倉地帯を狙うとかなんとか……」

「わかった。情報提供感謝する。お礼に見逃してやる。呪いも免除だ」


 ぐい、とレーデルはセレナを引っ張り、盗賊団長のそばから引きはがした。


「おい、レーデル!」

「無抵抗の相手に追い打ちをかけるのは、あまりいい気分じゃない。だからいいんだ。ただし、次に会った時、また盗賊稼業に手を染めているようなら、情けはかけない。お仲間にも伝えておけ」

「……へへ……わかったよ……」


 盗賊団長は卑屈な愛想笑いを浮かべた。

 ケープの中からルーティが飛び出し、びしっと盗賊団長を指さした。


「見逃してやるんだから、ちゃんと感謝してくれないか」

「おお……!?」


 突然のことに盗賊団長は目を丸くし――ぽん、と手を打った。


「あんた、世間で噂の、美少女フィギュアを持ち歩く変態勇者か!」

「…………」


 レーデルは右拳を固め、無抵抗な盗賊団長の脳天に全力の追い打ちを振り下ろした。


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