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その2 それぞれの道を往く


「俺たちもそろそろ遍歴の旅に戻る」


 そう語りつつ、シアボールドはコーヒーを飲み干した。

 その隣で、リーリアはコーヒーにたっぷりと砂糖を入れていた。


「レーデルはどうするの? ホルスベックに留まるつもり?」

「そのうちどこかに行くことになるだろう。それがどこかはまだ未定」


 現状、レーデルとしてはそこまでしか説明のしようが無かった。

 ホルスベック冒険者ギルド併設のコーヒーハウスのカウンター席に、三人は肩を並べて座っていた。シアボールドとリーリアが遍歴の旅を再開するというので、別れの挨拶に来たのである。

 シアボールド・プレストンとリーリア・ファン・クラム。二人は大陸東方、シュバイエル神聖帝国に属する若き騎士である。レーデルとは同郷、特にリーリアは同じ親のもとで育った仲である。

 神聖帝国の若き騎士は世界中を遍歴して武者修行するという伝統があり、二人はその遍歴の真っ最中だった。元勇者となったレーデルと遭遇したのはたまたまで、再び別れの時を迎えようとしていた。


「それがいい。レーデルは一つところに留まらない方がいいよ」

「まあな。異端審問官の皆さんがどんどん集まってくるだけだし」


 元勇者レーデルは、神聖帝国の国教、サイナーヴァ教会の要人を暗殺未遂した罪で勇者の称号を剥奪され、今は教会から追われる身だった。たびたび異端審問官という名の刺客に襲われている。その都度レーデルは返り討ちにして来たが、いつ襲われるか分からないというプレッシャーは、レーデルの心に重くのしかかっている。


「それなんだが、あまり面白くない話を聞いた」


 周囲を気にするように、シアボールドが声をひそめた。


「教会が新たに勇者を認定して、送り出したらしい」

「ほう」

「しかも一度に五人」

「……五人も?」


 レーデルは驚いた。

 通常、教会が勇者認定を許すのは一人だけである。一度に複数の勇者認定を行うのは初耳だった。同時に複数の勇者が存在することは特に禁じられておらず、教会の裁量次第ではあるのだが、珍しい措置だ。


「そのうち俺の次の勇者が任命されると思ってたけど、一度に五人と来たか。メンバーは?」

「そこまでは聞いていない。ただおそらく、おまえが勇者として選ばれる時に候補だった奴らが改めて選ばれたんじゃないのかね」

「ま、だろうなあ……」

「勇者達はそれぞれにパーティを組んで、既に帝国を発ったそうだ。最初の使命は、元勇者レーデル・クラインハイトの抹殺とか」

「勇者の初仕事なんて、普通はゴブリン退治とか、村の用心棒とか、もっとぬるめのものが普通だろうに。いきなり人殺しをやらされるなんて、物騒な話だなあ」

「カルマーダはおまえが憎くて仕方ないんだろうよ」


 カルマーダ枢機卿。レーデルが諸事情により暗殺未遂した相手であり、勇者にまつわる事業の最高責任者である。

 黙って話を聞いていたルーティが、ここで初めて口を開いた。


「先に手を出してきたのはカルマーダの方なんだけど。逆恨み以外の何物でも無いね」

「まあな。俺の後悔はただ一つ、カルマーダにしっかりトドメを刺さなかったことだけだよ」

「…………」


 ただ一人、リーリアだけは不満顔だった。教会の要人がレーデルを亡き者にしようとしたという事実を、いまだに飲み込めないのである。


「文句があるのかな、リーリア?」

「……文句を言っても仕方ないでしょ。何があったとしても、レーデルが命を狙われてるってのは事実なんだから」


 そう言って、リーリアは砂糖たっぷりのコーヒーを一息に飲み干し、席を立った。


「そろそろ行きましょ。どこに異端審問官の目があるかわからないし……」

「そうだな。元勇者と一緒にいるところを見られると、あとで面倒だ」


 シアボールドも席を立ち、レーデルに握手を求めた。


「また会おう。セレナさんに別れの挨拶をできれば良かったんだが」

「あいつはランニングに行ってるよ。間が悪かったな」

「次に会った時は一緒にお食事がしたいと伝えておいてくれ」


 シアボールドの手を離し、レーデルはリーリアに握手を求める。

 が、リーリアはレーデルの手を握ろうとはしなかった。


「私達、握手なんてしないでしょ」

「それもそうだ」


 レーデルは手を引っ込めた。

 兄と妹同然に育ってきた二人である。握手は、むしろ他人行儀に思えた。


「またね、レーデル。死なないでよ」

「その予定はしばらくない」


 レーデルの言葉に、リーリアは小さく笑って、背を向けた。そしてシアボールドともにコーヒーハウスから出て行く。


「そっちこそ死ぬなよ! またいずれ!」


 レーデルが声を投げかけると、リーリアは軽く手を振って応じてから、歩み去った。




「アクモニデスという方と話を付けました」


 数日後、アレクトの方からレーデルのもとにやってきて、報告をよこした。


「齢数百才という魔族の芸術家でしてね。お年寄りではありますが、今も芸術活動を行っているバリバリ現役の方です」

「その人がルーティの作者……ってわけじゃないのよね……?」


 アルケナルの問いに、アレクトは頷いた。


「作者ではないそうです。そもそも石像には興味が無いとか。でも、長年の間に多数の芸術家と交流してきたので、モノを見れば、作者を特定できる可能性は多分にあるとおっしゃっていました」

「いいね。ルーティを作った人がわかるだけでも結構な前進だ」


 レーデルの言葉に、ルーティは妙な顔をした。


「ボクを作った人ねえ。親と呼んでいいのかな」

「親以外にないだろう。像を造った人と、おまえに呪いをかけた人の二人が両親ってところかな」

「両親……どっちが父でどっちが母なのやら」

「そりゃ、男が父で女が母だ。両方とも男だったり女だったりするかもしれないけど、まあ気にするな」

「うーん……」


 ルーティはイメージが湧かないらしかった。

 レーデルはアレクトに問うた。


「まずは、その人のところに行けばいいんだな」

「はい。さすがに現物を見ないと判断はできないとも言ってました。アクモニデスさんの現在の居場所はグリンタッシュです」

「グリンタッシュか……」


 魔界領域にほど近い、都市同盟領の西の果ての街である。


「現在の居場所、って妙な言い方をするじゃねーか」


 セレナの指摘に、アレクトは大きく頷いた。


「アクモニデスさんは現在、パトロンの館に下宿して美術作品を製作しておりましてね。住まいは近くのアバイア村ですので、もしグリンダッシュで見つけられない場合は、村の方に向かって下さいね」

「向かって下さいね……って、アレクトが先導してくれるんじゃねーのかよ」

「私の方も忙しくてですね」


 心底残念そうに、アレクトは肩をすくめた。


「この間は無事にブレネールを叩き潰すことが出来ましたけど、ベルザイルの策動が収まったわけではありませんのでね。そちらの抑えに戻らなければならないんですよ。もちろん、いつでもご相談には応じますので、困った時は気軽に喚んで下さいね」


 と言って、黒眼鏡をずりおろし、ハートマークの目でレーデルを見つめる。

 レーデルはつい顔を背けた。


「その目で見つめられるとエロい気分になるからやめてくれ」

「いいではありませんか。エロい気持ちをかきたてられるのは健康にもいいですよ」


 アレクトは回り込み、レーデルが嫌がるのを無視して必死に顔を寄せる。

 セレナは露骨に不機嫌そうな顔をした。


「いちゃついてんじゃねーよ。レーデルもちったぁしっかりしろって」

「文句を言うならアレクトにどうぞ! こいつの目は本当に強いんだって!」

「強いってどういう意味だよ!」

「見りゃ分かる」


 レーデルはセレナの両肩を掴み、強引にアレクトとの間に割って入らせた。

 アレクトのハートの瞳で見つめられた瞬間、


「…………ウッ」


 セレナはびくりと震え、瞬時に顔を真っ赤にした。

 ハートの瞳から放たれる魅惑の視線に耐えきれず、本能的にアレクトを突き飛ばしてしまう。


「て、てめー! なんてエロい目をしてやがるんだ!?」


 視線から逃れても、セレナはひどく動揺していた。怒鳴りつけたつもりが、声に力がうまく乗らずに上ずる。

 ニヤニヤ笑いながら、アレクトは黒眼鏡を元に戻し、瞳を隠した。


「こう見えて私、女性もいけるクチですので。告白、いつでも待ってますよ?」

「誰が告白するか! バーカ!」


 力一杯ののしったものの、セレナのドギマギはすぐには収まりそうになかった。


「まあ……とにかく、行くべき場所は決まったな」


 レーデルはアルケナルに目を向けた。


「アルケナルもついてくる?」

「当然……この件、責任を持って最後まで付き合うわよ……」


 そう応じて、アルケナルは指を伸ばし、ルーティの頭を軽く撫でた。


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