その12 スキュア -串刺し-
「一体何がどうなっているんだ……?」
ホルスベックに戻ってきたシアボールドたちを待っていたのは、奇妙な騒乱の光景だった。
人々の悲鳴、総動員で対処に当たっている衛兵隊、そして暴れている黒い鎧の戦士達。
「推察になりますけど、竜騎士の封印が解かれた結果のような気がしますね」
苦い顔をしながら、アレクトはシアボールド、リーリアに説明した。
「私が思っていたとおり、封印が守っていたのは財宝では無かったようです。ある意味、ホルスベックを叩くためのお宝と言えなくもないですが――」
「ぼーっとしている場合じゃない! とにかく今は、人々を守らなきゃ!」
リーリアは剣を抜き、一番近くにいる黒い戦士のもとへ駆けていった。
逃げ惑う女性を追いかけていた黒い戦士は、リーリアの突進に素早く気づき、向き直る。
しかし構えるより早く、リーリアの一撃が黒い戦士の兜を捉えた。
鈍い金属音とともに、黒い兜がきれいに吹き飛ぶ。
「!?」
リーリアは目を丸くした。兜の下に頭がなく、ただ黒い瘴気が吹き出るばかりだったからである。
黒い戦士はさほど動揺せず、反撃。リーリアの肩口を狙って剣を振り下ろす。
「何なのこいつ……!」
不意をつかれたものの、リーリアは咄嗟に手首を返し、ギリギリで斬撃を受け止め、流した。
前蹴りを放ち、黒い戦士を蹴飛ばす。
黒い戦士は数メートル飛び、地面に激突する。その衝撃で、身体のパーツが一斉にはじけ飛んだ。
「……こいつ、どうなってるの!?」
想定外の挙動に、リーリアはまたも驚かされた。
黒い武具の断面から黒い瘴気が伸び、お互いを探して再結合を果たそうとする。それぞれの武具が、勝手にズルズルと地を這って動き出す。
「合体させるな!」
シアボールドが飛び込んできて、目につく武具を片っ端からあちこちへ蹴飛ばした。
遅れてアレクトも参加し、方々へパーツを放って飛ばす。
「何度でも復活する殺人兵器ですかね、これは。倒す方法、あるんですかねえ?」
「わからないけど、やるしかないでしょ!」
リーリアは次の敵を探して駆け出し――すぐに歩を止める。
建物の陰に、異様な物体を見いだしていた。
黒い武具が無秩序に合体し、三メートル以上のバケモノとなっている姿――いわば鎧のキマイラが、そこにいた。
シアボールドが蹴飛ばしたパーツが、黒い瘴気をつなぎ合わせてキマイラに合流、合体。さらに巨大化していく。
「シアボールド! それ以上蹴らないで!」
リーリアの叫びに、キマイラ鎧は反応。足だか腕だかよく分からない物で、一歩を踏み出した。
巨体が崩れ、前のめる。しかしその胴体から複数のパーツが伸びて、足らしきものとして形をなし、地面を捉えて、姿勢を支える。
そんなことを繰り返しながら、キマイラ鎧はリーリアに近づいてきた。
「こいつ、とんでもないバケモノじゃありませんかね……!」
さしものアレクトも焦りを隠せず、巨体を見上げる。
胴体から適当に生えた腕が、それぞれに剣を握っている。半ばのしかかるような勢いで、キマイラ鎧はリーリアの頭上に斬撃を降らせた。
「これは……!」
受けるのは不可能と見てリーリアは飛び退いた。
一瞬遅れ、鎧のパーツが豪雨のように降り注ぎ、地面を激しく打つ。
単なる瓦礫の山のような姿と化したが、すぐに蠢いて立ち上がり、先程とはまた異なる異様な姿を晒す。
「これ、どうやって倒せばいいんだ……?」
シアボールドのもっともな問いに、アレクトは首をひねるしかなかった。
「私にはさっぱり想像もつきませんねえ」
「倒せないかもしれないけど……!」
それでもリーリアは果敢に挑みかかった。キマイラ鎧の一番前の足を叩き、崩す。
キマイラ鎧はまたものしかかる格好で複数の剣を振り下ろした。
リーリアはギリギリで攻撃を避け続け、最後の一本を下から思い切り跳ね上げた。
衝撃で、剣を握るガントレットごと、派手に吹き飛んだ。空中で握りが緩み、剣とガントレットは別々の場所に落ちる。
「剣を拾って! 武器を取り上げれば危険は減る!」
リーリアの叫びに応じ、アレクトがすぐさま拾いに行った。
キマイラ鎧が体勢を立て直そうとしている隙に、リーリアは回り込んで腕をもう一本叩く。これまたガントレットが吹き飛び、剣が地面を滑ってあらぬ方向へ飛んでいく。
「こっちは任せて下さいよ!」
アレクトが走り、剣を拾い上げる。
黒い刀身を握り、アレクトもキマイラ鎧をターゲットに見据える。
「やれるだけのことはやりますか! 面倒ですけど!」
とはいえ、問題の根本を断つ手段が見えない以上、この対処療法的な戦いの終わりも見えない。
(レーデルさん、どこ行ったんですかね? この状況を食い止めるために動いていると信じてますよ……!)
心の中で勝手に期待しながら、アレクトはキマイラ鎧目がけて突撃した。
「おいレーデル! さっきから防戦一方みてーだな!」
背中同士がぶつかった瞬間、セレナはレーデルに声をぶつけた。
「仕方ないだろ! 剣とハルバードじゃリーチが違うんだ!」
ルーティが顔を出し、セレナの背にタッチしながら言い返す。
その間にも、マティカスはハルバードの穂先をくるくると回しながら、じりじりとプレッシャーをかけてくる。
リーチの差故に、レーデルはじりじりと引き下がるしかない。
「セレナ、串刺しうまくやってくれ!」
「あ、おい、レーデル!?」
レーデルはセレナを押しのけ、後退スペースを確保した。
セレナは言い返そうとしたが、そこへ竜騎士の斬撃が迫る。
「チッ! こっち来いよ!」
挟み撃ちに遭わないよう、セレナは竜騎士の攻撃を誘いながら逃げた。黒い剣とガントレットが何度もぶつかるうちに、セレナはレーデルから大きく離れていく。
「さすがは勇者に選ばれた男ですね。なかなかやる」
マティカスは攻撃を再開した。
右手でハルバードの石突き側をしっかり握り、左手は刃のそばを軽く支えてコントロール。素早く、正確な突きを放つ槍法は、明らかに熟練者のそれだった。
急所の狙いも確実で、一撃でも許せば、レーデルはたちまちに死ぬ。
レーデルは剣を防御的に構え、とにかくハルバードの刃先を弾くことに集中する。右へ左へ、ある時は身体を沈めて、ハルバードに空だけを突かせる。
それでも完全には払いきれず、たびたびハルバードの刃が身体をかすめ、腕や足、あるいはレーデルの頬に、赤く細い筋を刻んでいった。
反撃に出る隙は全くなかった。
(マティカスの奴、突然心臓発作でも起こしてくれないかね……!)
そんなことを祈るくらいしか、勝ち目はないように思われた。
その時突然、二人の間に凄まじい炎の奔流が割り込み、分けた。
炎の精霊と戦うドラゴンが、炎を吐きながら偶然二人の頭上を通り過ぎたのである。
(……今しかない!)
互いの視界が塞がったタイミングで、レーデルは思い切って炎の中に飛び込んだ。
一か八かで炎の壁を突き抜けた、その先には――
ハルバードの鋭い刃が待っていた。
「んぐっ!?」
レーデルは身体をよじったものの、ハルバードの穂先が右肩に突き刺さる。
炎の壁に割り込まれた瞬間、マティカスは素早く一歩退いていた。冷静に大きく距離を開け、レーデルの無謀な突撃を予期し、対応したのである。
右肩を押さえながら、レーデルは大きく飛びすさった。
一方、マティカスは余裕の体でゆっくりと距離を詰めてくる。
「最後のギャンブルも失敗でしたね」
少々息が上がっているものの、マティカスの声は極めて冷静だった。
「今のは手応えありましたよ。ここまで私の突きを受けきったのは大したものですが、その怪我でこれ以上続けられますかね?」
「続ける必要はないね」
レーデルはマティカスを睨み返した。
そして、床を剣で繰り返し叩き、けたたましい音を立てる。
奇行に、マティカスは眉をひそめた。
「どうしました。追い詰められて、頭がおかしく……んがッ!?」
突然、マティカスは後頭部を殴られたような衝撃に襲われた。
咄嗟に後方を見やるが、すぐそばには誰もいない。はるか向こうに、マティカスを見ているセレナがいるだけである。
セレナの拳が、こんな距離から飛んでくるはずはない。だが、
(何かをされた!?)
セレナに何かを仕掛けられた、とマティカスは直感した。
直後、マティカスの耳は捉えた――美少女フィギュアの声を。
「たしかに、レーデルがギャンブルをする必要はなかったな。ボクがいるんだから――さっ!」
マティカスの首裏に張り付いたルーティが、マティカスの耳たぶに噛みつき、噛み裂いた。
先程セレナと背中をぶつけた時に、レーデルはルーティをセレナに預けていた。
セレナから見て、レーデルがマティカスの陰となり、完全に重なったタイミングでルーティを手放せば、本来レーデルに行くはずのルーティのドロップキックはマティカスに突き刺さる。
強敵と戦う際、レーデル、セレナ、ルーティの三人で成立させる必殺技、串刺し戦法だった。
「ぬがああッ!?」
激痛にマティカスは絶叫。すぐさまルーティを引きはがそうとするが、ルーティはマティカスの上着の中に潜り、手当たり次第に噛みつき攻撃を仕掛ける。
「んがっ!? やめてくだ……やめろっ! ふざけるなっ!!」
さしものマティカスも度を失い、悶えながら怒りの叫びを上げる。ルーティを振り払いたいという気持ち、そして激痛とで、狂い踊る。
レーデルは突撃した。
マティカスは槍を振り回して追い払おうとしたが、苦し紛れがすぎた。
レーデルは身体を沈め、ハルバードに空を切らせた。
低い体勢から身体を伸ばし、斬り上げる一閃。
マティカスの右腕が、肘の上からきれいに飛んだ。
一拍おいて、断面から派手な噴血。
「…………!!」
凄まじい形相を浮かべながら、マティカスはぐらりと崩れる。
「地獄で待ってろ!!」
レーデルは大上段からの一閃を叩きつけた。
脳天を切り下げられ、マティカスは派手な血しぶきを上げながら、地面に倒れた。




