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その3 スラムの不意打ち


 夕刻。

 レーデルたちは住宅街の井戸に行き、石を三つ放り込んだ。

 ほどなくして、井戸の中からアルケナルが姿を現した。


「あら……レーデル……待ってたわ……」


 レーデルの姿に気づくと、アルケナルはにっこり笑って、井戸から這い出てきた。

 レーデルはアルケナルの手を引き、助けてやる。


「今呼んで大丈夫だったかな?」

「もちろんよ……レーデル、この件から手を引く気は無いわよね……?」

「ないよ。俺たちはアルケナルに雇われているんだから。アルケナルが手を切りたいなら別だけど」

「私こそ、そんな気は無いわ……まだまだ、レーデルにもセレナにも、手伝ってもらわなきゃ困るわ……」


 アルケナルはそう言ってから、レーデルのショールの中からルーティが見ていることに気づいて、


「……もちろん、ルーティにもね……」


 と付け加えた。

 我が意を得たり、とばかりルーティは頷いた。


「ボクの力が要るなら、当然手を貸すよ。先日の件については、ボクがエビンに頭を下げてもいい」

「お? おまえがそんなことを言い出すなんて珍しい」


 意外な申し出に、レーデルは目を丸くした。


「あれから少し考えたのさ。ボクが間違ったことを言ったとは思ってないけれど、ボクの言い分でレーデルを微妙な立場に追い込んでしまったのは良くなかった。レーデルの食い扶持を奪ってしまうのは、ボクとしても面白くないからね」

「結局反省はしていないのか……」

「夢と命を天秤にかけたら、命の方が重いに決まっている。夢を取るのは賢明な判断じゃないよ」

「でも世の中には、夢に命をかける人間もいるんだよ」

「ボクには理解できない。時々思うんだよね。人間の夢って奴は呪いの一種なのかも、ってね」

「へえ……?」


 アルケナルが興味を抱き、身を乗り出してきた。

 ルーティは自説を語る。


「そう思わないかな? 叶わない夢なんて、人を苦しめるだけだろ。夢を捨てられるならいいけど、夢を捨てられない人間にとっては……」

「夢は呪い……。なるほどね……ちょっと面白いことを聞いたわ……」


 アルケナルは繰り返し頷いた。


「今のエビンも、ある意味で呪いにかかった状態と言えるかもね……父の夢という呪いにね……」

「そういやエビンは今どんな調子?」


 レーデルが聞くと、アルケナルはわずかに表情を暗くした。


「この間の喧嘩別れを後悔しつつあるわよ……」

「だったら、会いに行った方がいいかな?」

「もうちょっとだけ日を置いた方がいいかも……まだ迷っている感じだし……」


 と言いつつ、微妙な視線をルーティに送る。


「ボクに問題があるとでも言いたげだね。ボクが頭を下げてやるって言ってるのに」

「その上から目線が危なっかしいんだよ」


 レーデルはツッコミを入れた。


「ところで、そっちの家の方は大丈夫なのか? 魔王の手先連中が、また襲撃してくるかもしれないだろ。強盗の噂聞いてる?」


 レーデルは最近噂の強盗団の話をアルケナルに告げた。強盗団の犠牲者の中に、双月マークを刻まれた者がいることも含めて。


「こちらは大丈夫……。自衛のために、ギルドで人を雇って、家に置いているから……」

「それなら一安心かな」

「それもエビンの後悔の種なのよ……レーデルたちがいれば、新たに人を雇う必要はなかった、ってね……」

「あらまあ」

「さしあたり一週間契約したから、一週間は大丈夫……。それにもう一人、マティカスも戦力になりそうだから……」

「マティカスが?」

「ええ……。あの人も剣が使えるんですって……。ちょっと剣捌きを見せてもらったけど、素人ではなさそうよ……」


 青白い顔をした背の高いマティカスの姿を、レーデルは脳裏に描いた。戦えるというイメージはあまりない。


「意外だな」

「歴史学者としてあちらこちらを歩く以上、最低限の自衛能力はいるんですって……」

「それはそうかもな。遺跡巡りなんて、盗賊と戦う腕がないとやってられないよな」

「それはともかく……強盗団はスラムを潜伏場所としているはずよ……。双月の竜騎士の剣を持っているならね……」

「竜騎士の地図情報かな?」

「ええ……スラムを中心にうろうろしているみたい……。例のドクロ看板の廃屋あたりから探ってみたらどうかしら……?」

「その辺から調べてみるか」

「二人で大丈夫……?」

「アルケナルはエビンさんのところにいてやってくれ。手は別のところから借りる」


 レーデルはそう言い切った。




 翌日。

 レーデルたちは張り込み用に食料と水を大量に持ち込み、スラムに乗り込んだ。

 ドクロの看板がぶら下がる廃屋を監視できる、道向かいの廃屋二階に陣取って、まずレーデルが始めたのは――


「えーと……こうだったかな?」


 廃屋の床に魔法円を描くことだった。

 白いチョークを振るい、かつて教えてもらった紋様を記憶を頼りに描いていく。


「本当に正しい魔法円が描けるのか? 間違えてとんでもねーバケモノ喚び出したりとか、ねーだろーな」


 心配そうに、セレナは作業にふけるレーデルを睨む。


「それは大丈夫のはず。アレクトは、俺の脳内に魔法円の模様を刻んだから、思い出そうと思えば手が勝手に動く、とか言っていた……」


 一通り描き終えると、レーデルは魔法円の一番外の線に軽く指を触れ、念を込めた。


「来てくれ、アレクト……!」


 応じて、チョークの線が白い輝きを放ち、一つにまとまって、不思議な模様を生み出す。

 別の場所へとつながるゲートが発生していた。

 ゲートの中から、まずアレクトの右腕が生えてくる。

 右腕を魔法円外の床にかけ、力を込めると、アレクトの顔がぬっと現れた。


「ヒエッ」


 妙な光景に、セレナはつい悲鳴を上げる。

 そんな様子をアレクトは面白がっていたが、すぐに表情は困惑へと変わる。


「……失礼ですがレーデル、この魔法円小さすぎません?」


 出てきたのはアレクトの右腕と頭まで。左肩が引っかかり、それ以上は出られそうになかった。


「ありゃりゃ。引っ張ればいいのか?」

「いたぁい! 無理矢理引っ張ってもダメですよ! 私スポンジじゃないんですから! 一回り大きな円を描き直して下さい!」


 レーデルの手を振り切って剥がし、アレクトはゲートの中に沈んでいった。直後、ゲートの光そのものが消え、描かれた魔法円のみが残された。


「ちょっと考えればわかるだろ、レーデル。こんな小さい円をくぐれるのは子供だけだ」


 呆れるルーティに、レーデルは何も言い返せなかった。

 然るべきサイズに魔法円を描き直し、レーデルは改めてアレクトを喚ぶ。

 無事全身出ることができたアレクトは、レーデルの眼前で露骨に肩や首筋あたりをさすった。


「いやはや、参りましたよ。いくら私が必要だからって、力任せに引っ張られるのは困りますねえ! エレガントさのかけらもない」

「悪かった。申し開きのしようもない」

「ま、レーデルが魔法円を覚えていてくれて、安心しましたけどね。それで、本日はどんな御用ですかね? レーデルさんの頼みでも、兜返してくれってのは応じられませんよ?」

「それはさしあたり結構。竜騎士の剣を取り返すのに手を貸してくれ」

「竜騎士の剣……」


 ふらり、とアレクトは窓際に歩み寄り、眼下にドクロの看板を見いだした。


「おや。あれは兜を発見した場所ですね」

「さっきあそこを見てきたら、何者かが根城にしている痕跡が見つかった。例のテリオノイドのお仲間がここを拠点にしているんじゃないかと思うんだよね」

「ほうほう。それは……おっと!?」


 突然アレクトはその場にしゃがみ込み、窓の外から身を隠すような真似をした。

 しかる後、レーデルたちを手招きする。

 どうしたどうした、とレーデルにセレナはアレクトに身を寄せ、そっと窓の外を見下ろした。

 数人の男達が徒党を組み、スラムの通りを歩いていた。


「狼の毛皮を被った男が、魔王ベルザイルの手下のブレネールですよ」


 アレクトの言うとおり、徒党の真ん中に、狼の毛皮で頭部を覆った筋肉質の男がいた。

 その腰には、鞘に収まった剣がさげられている。


「あれが双月の竜騎士の剣だな」

「おそらく、そうですねえ。とうとう双月の武具が全てこの地に戻ってきたというわけですか」


 一党は全員、ドクロ看板の廃屋に入っていった。

 その後、動く様子はない。


「いつ仕掛けるおつもりで?」

「少し様子を見よう。連中が今夜普通に寝るようなら、寝ているところを襲う。どこかを襲うつもりなら、尾行して未然に防ぐ」

「で、私に手を貸せと言うんですね。それはいいんですけど、どちらにせよ兜は渡せませんよ?」


 アレクトは黒眼鏡をズリ下げ、ハートマークの瞳孔をレーデルに向けた。


「まさか、ブレネールを襲うどさくさに私もまとめて始末する、なんて考えてないでしょうね?」

「まったく考えてないよ。その件は後回しだ。アレクトの話が本当ならやばすぎる。地下に隠されているのが宝か罠か、判別する方法はないのかね?」

「実際に封印を解くしかないんじゃないですかね。アルケナルさんはどう言ってるんです?」

「聞いてないな。あとで聞いてみるか。まずとにかく、ブレネールたちを始末する。その後で考えよう」

「結構です。それはそれとして、夜まで時間がありますけど、どうやって時間を潰しましょうね?」

「……それは何も考えていなかった」


 レーデルの言葉を受けて、アレクトは無言で上着を脱ぎだした。


「何をしている」

「決まってるじゃありませんか。男と女が一つ屋根の下、となればヤることは一つ……」

「おいやめろ。いざというときに体力切れを起こしたらどうするんだ」

「大丈夫ですって。レーデルさんがそんなに弱い方とは思えませんねえ」

「そもそもセレナがいるってのに――」


 見上げると、セレナはドクロ看板の廃屋を凝視していた。


「おい二人とも。バカやってる場合じゃねーぞ」

「誰がバカですか。私は結構本気でレーデルさんを愛しているのに……」

「あれを見ろ!」


 セレナの切迫した声に、レーデルとアレクトは窓の外を見やり――


「……異端審問官か!?」


 レーデルは泡を食った。

 異端審問官風の出で立ちをした男達が全部で五名、スラムの通りに姿を現したのである。

 こんなタイミングで立ち回りはできない、とレーデルは咄嗟に逃げ道を算段したが――

 異端審問官達は予想外の動きを見せた。

 ドクロ看板の廃屋を囲むと、息を合わせて一斉に突入したのである。


「おいマジか!?」


 一瞬頭の中が真っ白になったセレナだったが、すぐにレーデルに視線を送り、判断を求める。


「俺たちも突っ込む!」


 レーデルはすぐに断を下し、立ち上がった。


「なんで異端審問官どもが来たのか知らないが、連中に竜騎士の剣を取られたら話がもっと面倒になる!」

「同感です! けど、異端審問官って倒していいんですかねえ?」

「むしろ全員殺してくれ! その方が都合がいい!」


 アレクトの質問にも、レーデルは即答し、部屋を飛び出していった。


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