その4 元勇者vs魔族vs異端審問官
レーデルたちが飛び込んだ時には、既に四、五人ほど斬り倒され、床を鮮血で塗らしていた。
残るは異端審問官三人に、ブレネール一党が四人。それぞれ室内を駆け回り、流れに応じて斬り合う相手を変えている。
レーデルはまず、二対一になりかけているところへ割り込んだ。
魔族の男を後方から襲い、一刀のもとに斬り捨てる。
「なに……!?」
突然仲間を斬り倒され、もう一人の魔族の男は動転した。
その隙をつかれ、異端審問官の一撃を額に受けてしまう。顔面を引き裂かれ、魔族は昏倒した。
異端審問官は礼を言おうとして、レーデルの顔を見やり――はっと気づく。
「レーデル・クラインハイト!?」
ためらったのは一瞬。異端審問官はすぐさまレーデルに挑みかかった。
白刃を閃かせ、レーデルの首を狙う。
「せっかく助けてやったのに、冷たくないかね!?」
迫る刃を思い切り跳ね返し、レーデルは逃げた。
代わりにセレナが横から割り込んで、
「あんたらは引っ込んでろ!」
脇腹にガントレットの一撃をねじ込んだ。
異端審問官は身体を折り、その場にぐにゃりと崩れ落ちる。
セレナが一息ついたところに、別の異端審問官の斬撃が飛んできて――
「……やらせませんよ!」
アレクトが剣を掲げて割り込む。
「助かる!」
セレナはすぐさま反転し、視界に入った魔族をターゲットに捉え、挑みかかった。
その間にレーデルはブレネールのもとへ駆け寄り、異端審問官との一騎打ちの間に割り込んだ。
「その剣よこしな!」
大上段から打ちかかると、ブレネールは不意をつかれながらも反応し、剣で受け止めた。
その隙をつき、異端審問官が駆け抜けざまの横薙ぎ一閃。
これにはたまらず、ブレネールは大きく飛びすさり、避けた。
レーデルも一歩退き、三人の剣士がほぼ正三角形状に並ぶ状況となる。
「おまえ……レーデル・クラインハイトだな!?」
異端審問官が気づいた途端、ブレネールにぶつけていた殺気をレーデルにも向けてきた。
「レーデル……? てめえか、ジベルとカリストをやったのは……!」
ブレネールも奇妙な形をした瞳孔を動かして、レーデルに露骨な殺意を向けてくる。
(しくじった……不意打ち一発で倒せれば良かったんだが、そううまくはいかないしな)
内心で後悔しつつ、レーデルは両者に等しく注意を向ける。
非常に動きづらい状況になってしまった。誰かが誰かに仕掛ければ、三人目が漁夫の利を得ることになる。
じりじりと歩を進め、あるいは引き、敵の動きを促してみるが、にらみ合いのまま動かない。
事態を打開したのは、突然滑り込んできた、大きな氷塊だった。
ブレネールの背後から勢いよく滑ってきた氷塊は、ブレネールの足を薙ぐはずが――
「……!?」
勘が働いたか、ブレネールは背後を見ぬまま飛び、氷塊を避けた。
そのまま氷塊はまっすぐ異端審問官に突っ込んでいき、
「なにぃ!?」
逃げようとしたところに命中。足を取られて姿勢を崩す。
ブレネールは一気に突入し、すり抜けざまに一閃を放った。
一拍遅れ、鮮血が宙に弧を描く。
異端審問官が倒れたその横を駆け抜けたブレネールの背に、
「はい――ッ」
レーデルは鋭い突きを放った。
ブレネールは反転して突きを受け流し、そのまま下からすくい上げる反撃。
咄嗟にレーデルは身をそらす。刃はわずかにショールをかすめた。
ブレネールは引き下がり、室内を見渡す。
仲間は打ち倒され、異端審問官達も沈黙し、立っているのはレーデルたちと、アレクトが喚び出した氷の精霊。
不利を悟った途端、踵を返し、サッシもない窓を一息に飛び越えた。
「あっ、待ちやがれ!」
レーデルは扉に回り込んで外に出て、ブレネールを追った。
が、狼の毛皮に覆われたその背中は、あっという間にスラムの小路に消えてしまった。
むやみに追いかければ道に迷い、他のスラムの住人に襲われる羽目になりかねない。
レーデルは追跡をすぐに諦め、剣をしまった。
廃屋に戻り、壁にぶつかっている巨大氷塊を見やる。
その中には、魔族の男が氷漬けにされていた。
「それでブレネールと異端審問官の方と、まとめてストライクを取るつもりだったんですけどねえ。ブレネールときたら、なかなか勘がいいようで」
「ボウリングのピンは普通ジャンプしないからな」
と応じつつ、レーデルは室内を見やる。
ブレネールのお仲間も、異端審問官達も、全員死んでいた。
「いいニュースと悪いニュースって奴だな。いいニュースとして、ブレネールの力を削ぐことができたのは良かったけど……異端審問官が出てきたのは、猛烈に悪いニュース」
「教会の方々も、隠し財宝の噂狙いで出てきたってことですかねえ?」
「どうなんだろう。トラップ発動狙いだとしても不思議じゃないな。教会は都市同盟を敵だと思ってるし。どちらに転んでも、教会側としては損はない」
「お宝の可能性を考えると、むしろ積極的に絡んだ方が得……というところですかね」
レーデルは死体をざっと調べる。ブレネールに斬られた男の頬に、双月のマークが浮かび上がっていた。
懐のネックレスを探る。やはり、欠けた円に十字のサイナーヴァの印が、ペンダントの先についていた。
「こいつらのお仲間があとどれだけいるのか、大いに知りたいところだが……」
「死人に口なし。どうしようもないね」
ルーティが感想を口にした。
「ところで、遺体の後片付けはどうするんだい? 衛兵がこんなスラムの真ん中に来てくれるかな?」
「ほっとけばいい」
そう答えて、レーデルは窓の外を見やった。騒ぎの音を聞きつけたスラム在住の貧民達が集まり、廃屋をじっと見つめている。
「スラムの人間が死体から何もかもはぎ取って片付けてくれるだろ。というかそうしないと、俺たちが身ぐるみ剥がれるぞ」
「ま、私は関係ないですけどね」
アレクトは壁にゲートを発生させ、そのまま立ち去ろうとした。
レーデルは呼び止めた。
「あ、行っちゃう? 張り込み用に用意した食料が余ってるから、プレゼントしようと思ったんだけど」
「なんですって! そういうことは早く言って下さいよ」
アレクトはゲートを消滅させ、好物を目にした犬のようにレーデルにすり寄った。
「……振り出しに戻ってしまったような気がする」
ギルド併設のコーヒーハウスでコーヒーをすすりながら、レーデルは呟いた。
同じテーブルをセレナ、そしてアレクトが囲んでいる。食料を山分けした後、アレクトは特に何の意図もなく、流れでここまで同行していた。
「異端審問官の参入を知れたのは、大きな一歩ではありませんかねえ」
アレクトはそう語り、オレンジジュースを飲む。コーヒーは苦手なのだという。
「大きな一歩? ゴールが遠のいたんじゃないのかな。このタイミングで邪魔な奴らが出てきたってことは」
ルーティの指摘はもっともだった。セレナは呆れ気味に天を仰ぐ。
「話が面倒になる一方じゃねーか。なあアレクト、ブレネールの連れはあれで全部なのか?」
「まだ何人かいるはずですよ。油断はできませんねえ」
「そっちもまだ、あきらめるわけねーだろーしな。おいレーデル、どうする?」
「まずはアルケナルに報告する」
レーデルは即答した。
「ブレネールの現在位置を割り出せるか頼んでみよう。ま、アルケナルが確実に捕まるまで、もうちょい待たないと」
窓の外の太陽は西の空に傾きつつあった。が、夕刻にはまだ一時間以上ある。
さしあたり、コーヒーを楽しみながらしばらくぼーっとしているつもりでいたが――
「……あっ。噂をすれば、ってやつかな」
ルーティの言葉に、レーデルの目論見は儚く崩れ去った。
「向こうから来たのか。アルケナルが積極的にアプローチしてくるなんて――」
と冗談を言いかけて、レーデルは驚く。
アルケナルがエビンを伴ってやって来たからである。
「エビンさん!? どうしたんですか、こんなところまでわざわざ……」
セレナもアレクトも、そしてルーティも目を見張った。
エビンが恐ろしく憔悴した顔つきで現れたからである。
レーデルたちの姿を見つけると、エビンは素早く駆け寄って、いきなり土下座した。
「頼む! 君達の力を貸してくれ!」
あまりのことに声を失うレーデル達。
エビンは額を床につけたまま、必死に言いつのった。
「孫をさらわれたんだ! 敵は竜騎士の武具一式を引き渡せと言ってきた! この通り伏して頼む! 竜騎士の兜を取り戻してくれ……!」




