その10 宝か罠か
「どうやら、盗賊連中は全員死んだか逃げたか、だな」
ヘルベルト邸の内外を見回ったレーデルは、そのように報告した。
「それでは、あとはこの人の処遇だけですねえ」
と言って、アレクトはジベルを見下ろした。
ジベルは縄で拘束され、目元を布で隠されて、庭に転がっていた。周囲をレーデル達一同に囲まれ、逃げる余地すらない。
「た……助けてくれ! 命だけは! 二度とあんた方とは関わらないよ」
命乞いを繰り返すジベルに、レーデルは大いに困惑する。
二度と関わらない、と言ってはいるがどうせ口だけ。解放すれば後日に禍根を残すのは間違いない。
しかし、このように拘束した相手を一方的に殺すのは、心がとがめる。
方針を決められずにいるうちに、アレクトが話を進めた。
「もちろん殺しはしませんよ。あなた方が盗み出した竜騎士の兜の隠し場所を教えてくれればね」
「教えるよ! ホルスベックのスラムの大通りの南の方に、ドクロの看板を掲げた建物がある! そこの地下だよ!」
「本当でしょうね?」
「本当本当! 本当だって!」
必死に訴えるジベル。
セレナが鼻を鳴らしてから、アレクトに小声で伝えた。
「嘘をついている匂いはしねーぜ」
「そうですか。なら信じましょう。あとついでに、あなたのお仲間方がどこにいるのか教えてくれるとありがたいんですけどねえ?」
「ブレネールたちは、今どこにいるのかは知らないが――」
ちゃき、とアレクトは剣を鞘から抜く音を聞かせた。
「待ってくれよ! あいつらは竜騎士の剣を手に入れるために動いている! そのうち剣を持ってホルスベックに来るはずだって!」
「ははあ……厄介ね……」
アルケナルが目元に手をかざし、苦悩を表した。
「そちらの方々との対決も避けられない、ということね……」
「俺を助けてくれたら、そいつらを説得するよ! あんた方に剣も献上する! だから命だけは!」
「命惜しさに何を適当なことぬかしてやがる!」
セレナが叫ぶ。
レーデルも同感だった。この場を乗り切るために必死になるのはわかるが、いくらなんでも安請け合いが過ぎる。
「いえいえセレナさん、ここは信じてあげるべきですよ」
ところが、アレクトはそんなことを言い出した。
「正気で言ってんのか、てめー!」
「正気も正気ですよ。命をかけての訴えなのですから、聞いてあげないとあとでたたられますよ? というわけでジベルさん、もう少し聞きたいことがあるのですが……」
「なんでも聞いてくれ! なんでも答える!」
「あなた方の最終目的はなんなんです? ホルスベックの破壊ですか?」
(……なに? どういう意味だ?)
レーデルは耳を疑った。一瞬口を挟みかけたが、アレクトだけが握っている情報があるのだろう、と勝手に考え、黙って待つ。
「これは……魔王ベルザイルの命令だ。あわよくばホルスベックを大混乱に陥れ、ベルザイルの軍勢を一気に送り込み、都市同盟にくさびを打ち込むって作戦だ」
「は……?」
ジベルは予想外なことを言い出した。
「おいちょっと待て。魔王軍がホルスベックを狙ってるってのか!?」
「レーデルさん、ここは私に。あとで説明しますので」
アレクトはレーデルを制しつつ、尋問を続けた。
「やはりそうだったんですねえ。ベルザイルときたら、無駄に争いの種を生むんですから、困ったものですねえ。さて、他に何か私に教えておくことはありませんか?」
「これ以上はもう……いや、ベルザイルの新しい愛人がすごい趣味が悪いって話は……?」
「いえ、それは聞かなくても良さそうですね。いいでしょう、解放してあげますよ。セレナさん、ロープをほどいてくれます?」
「おいおい、マジでこいつを逃がすのか!」
「……私はロープをほどけって言ったんですよ?」
そう言って、アレクトは意味深な視線を送った。
不承不承ながら、セレナはジベルを拘束している縄をほどき、目元以外は自由にしてやった。
「こいつはありがてえ!」
卑屈な笑いを浮かべながら、ジベルは自由になった両腕を振り回す。
セレナはいまだに不満げな態度を隠さない。
「ほんとにこれでいいのかよ」
「いいんです。両手を縛ったまま殺すのは、あまりにも哀れすぎますのでね」
言うが早いか、アレクトは瞬時に抜刀。抜きざまに斬りつけた後、手首を返し、大上段から叩き下ろした。
「……ッ!?」
早業に、ジベルは防御することさえ出来なかった。
右の肩口から、鎖骨を砕き、肋骨にまで刃は達した。
ぐるり、と身体を回しながら、ジベルは転倒。しばし空を掴むようにもがいたが、ほどなく両手は落ち、動かなくなった。
静まり返った空気の中、アレクトは剣を一振りして血を払い、鞘に収め直した。
「……私だって、こいつに情けをかけてやるようなアホではありませんよ。ただ、一度捕まえた相手にトドメを刺すのは、レーデルさんが嫌がるかなーと思って、私が執行人役を買って出たというわけです」
「……助かったよ」
レーデルは正直な気持ちを口にした。
「……で。魔王軍が攻めてくるとかいう話なんだが……」
「その件はあとにしましょう。今は、盗賊達の死体を片付ける方が先ですよ」
言われてはじめて、レーデルは現実に立ち返ったような気がした。
周囲にぐるりと視線を巡らせる。盗賊達の死体だけではない。死闘の結果、ヘルベルト邸はあちこちが破壊されていた。窓が砕かれ、壁には穴が開き、ボコボコである。幸い、修理で済む程度ではあるが。
思わずレーデルは天を仰ぎ――アルケナルに問いかけた。
「壊れた建物を元通りに直す魔法とかないの?」
「ないわよ……」
アルケナルの答えは無慈悲だった。
「人力で一つ一つ直すしかありませんね。エビン様がどんな顔をするやら……」
アンズヴィルはそう呟いて、重々しいため息をついた。
「大魔王軍と魔王軍は似て異なるものだということ、しっかり把握して下さいよ」
闇の落ちたスラム街を行きながら、アレクトはセレナに説明している。
避難していたメイド達がヘルベルト邸に戻ってくるのを待った後、レーデルたちはスラム街に直行した。テリオノイド二人のお仲間方が来るより早く、双月の竜騎士の兜を回収するためである。
光球の弱い輝きに照らし出されるスラムの風景はかなり不気味だった。幽霊が出てきても不思議ではない雰囲気である――実際にいるのは、幽霊よりもはるかに恐ろしい無頼の徒だが。
警戒は怠らず、しかしアレクトは弁舌を駆使し続ける。
「あまたの魔王を統べるのが大魔王ですけどね。全ての魔王が必ずしも大魔王に忠誠を誓っているわけではないんですよ。当代の大魔王様は人間族と仲良くしてますけど、未だに武力でもって人間界を制覇しようと目論んでいる魔王がいるわけです」
「そのくらいわかってるよ。旅に出てから始めて知ったけど」
セレナは答えた。
「で、反大魔王派魔王の代表格の一人が、今度名前が出てきた魔王ベルザイルなんですね」
「そいつがホルスベックを狙ってるのかよ」
「はい。その企みを止めるべく、大魔王直属のエージェントたるこの私が、ベルザイル麾下の者どもを追いかけていた、という話なんです。なんかレーデルさんと私は赤い糸でつながれているみたいですねえ」
「糸でつながっているとしても、色は白黒まだらのような気がする。ただ、いきなりホルスベックを狙うってのはちょっと無理筋じゃないの。地理的に」
ホルスベックは魔界領域からは随分遠い。魔界と帝国のいずれの側に近いかと問われれば、辛うじて魔界の方が近い、という程度だ。
しかしアレクトは首を横に振った。
「フィルスポットを忘れないでいただきたいですねえ。重要港湾都市フィルスポットを海から攻めるという手があります。そこからホルスベックを押さえれば、都市同盟領を分断できる可能性があるわけですよ」
「もしそうなったら大戦争だな。でも、それとどう関係してくるんだ?」
「そこはですね……と、ありましたよ、ドクロの看板」
かつては宿屋か、あるいは居酒屋だったのか。ドクロが描かれた看板が軒先に張り出し、風に揺れていた。
レーデルたちは廃屋に入り、地下に降りる。
アレクトが部屋の隅に詰まれたわらの山をかき分けると、黒く輝く兜が姿を現した。
「これね……双月の竜騎士の兜は……」
アルケナルが兜をじっくりと観察する。
白い角が生えた、顔面を完全に覆う兜だった。他の竜騎士の武具と同じ、特殊な魔法の波動が感じられる。
「意外に軽いですけど、しっかりしてますね、これは」
アレクトが軽く表面を叩くと、鈍い音がした。
「とにかく、これで必要なパーツ五つのうち四つが揃ったわけだ……」
レーデルはアレクトから兜を受け取ろうとした。
アレクトはすっと身を引き、兜を渡さなかった。
「……アレクト?」
「こういうことを告げるのは心苦しいのですが……渡すわけには参りませんね」
すすす、とアレクトは後ずさり、レーデルたちと距離を置いた。
「……どういうつもりだ?」
「もちろん説明しますよ。レーデルさんに隠し事はしませんって」
相変わらずの笑顔を浮かべながら、アレクトは説明する。
「皆さんは『双月の竜騎士が財宝を封印している』という伝説をもとに、武具探しをしているんですよねえ? ところがですね、魔界側には別の伝説があるんですよ。おそらくベルザイルの一党も、こちらの伝説をもとに活動していると思うのですが……」
「別の伝説? なんだそりゃ?」
「五十年前、大魔王軍がホルスベックから撤退しなければならなくなった時、近い将来再占領を果たすため、トラップを仕掛けたと言うんです。双月の竜騎士というトラップをね」
「……なんだと……?」
レーデルたちの顔色が一斉に変わった。
アレクトは変わらぬ調子で話を続ける。
「要は、あの竜騎士の封印を解くと、とんでもない罠が発動して、ホルスベックを大混乱に陥れるって話なんですよ。その混乱に乗じてホルスベックを再占領する――という筋書きだったみたいですけど、結局反転攻勢の機会がありませんで、竜騎士の罠は不発弾のまま、今まで五十年眠っていた、ということなんです」
「それじゃ、財宝が眠っているって噂は――?」
「大魔王と勇者の戦いにケリがついて、これ以上戦争は続かない、って分かった時に、ホルスベック市民が自爆するようヤケクソで流した噂じゃないですかねえ。ただ、正直言って、よくわからないんですよ。なにしろ五十年前の話なもので、竜騎士がトラップだという噂こそ偽の噂という可能性もありますし。とはいえ、ベルザイル一党が動いている以上、最悪の事態を想定する必要があると思うんですよ」
「つまり、封印はそのままにすべき、とアレクトは思っているのか」
「レーデルさんの活動を邪魔するのは本当に心苦しいんですがねえ。というわけで、兜は私が預かります」
アレクトは手を壁にかざした。と、壁に特殊な模様の魔方円が浮かび上がる。
円に触れると、アレクトの手がするりと突き抜けた。
「おい、アレクト!」
「以前レーデルさんには、この魔法円の描き方、教えましたよね? この魔法円を使えばいつでも私を喚び出せるので、ご相談などある時は気軽に喚んで下さいよ? それでは、私はここでお暇します。帰り道には気をつけて下さいよ……」
アレクトはそのまま魔法円に潜り込み、姿を消した。直後、魔法円そのものも消滅する。
あとには、呆然とするレーデル達三人だけが残された。




