その8 目と目が合う時
レーデルとアルケナルが踏み込んだ先は、広いホールだった。
多人数でのパーティや舞踏会を開くための部屋なのだろう。床は絨毯、天井は二階まで吹き抜けている。おそらく夜になれば、照明などの演出で夜会にふさわしい雰囲気に包まれるのだろう――が、今は乱入者のせいであちこち汚れてしまっていた。
「あとでエビンさんに怒られるじゃないか。マナーを知らない奴らはこれだから……」
ぼやきながら、レーデルはフロアに踏み込む。
と、邸内の廊下につながる扉が勢いよく開き、盗賊が二人ほど戻ってきた。
レーデルたちとの遭遇は予想外だったのだろう、大声を上げて驚いたが、すぐに剣を抜いて飛びかかってきた。
「舞踏室で剣を抜くなんて、剣舞でもするつもりかよ!」
レーデルも剣を抜き、すぐさま打ちかかった。
盗賊の斬りつけを豪快に跳ね返し、諸手が上がったところに一歩踏み込んで、袈裟斬りにする。
直後、もう一人の盗賊が横手から突きを繰り出してきた。
レーデルは素早く身を引き、敵の剣に空を切らせた。
敵が思い切り前のめりになったところへ、顔面に肘打ちを叩き込む。
強烈な手応え。脳しんとうでも起こしたか、盗賊はその場に崩れ落ちて動かなくなった。
三人目の気配を感じ、レーデルははっと顔を上げ――
「…………!?」
急に呼吸が出来なくなった。
しまった、と思った時にはもう遅い。
バジリスクテリオノイドの視線に捕まっていた。
「……おまえか。世間で噂の変態勇者とやらは……」
髪型をモヒカンにしたギョロ目の男が、いつの間にやら舞踏室の隅に立っていた。
(俺は変態でも勇者でもねえ!)
と言い返したかったが、今のレーデルには発声どころか呼吸すらできない。
「俺は変態でも勇者でもない、とレーデルは思ってるはずよ……」
アルケナルは真横に歩を進め、テリオノイドの視線から大きく逃れていた。
だが――
「あなた、レーデルのことを知ってるってことは……ッ! ッッ!?」
突然、アルケナルの声も途切れる。
テリオノイドの左目だけがあり得ない方向に動き、視線でアルケナルを捉えていた。
「……特技でね。右目と左目を別々に動かせる……」
(マジか! それじゃ二人まで金縛りにできるじゃねえか! アレクトの奴、なんで教えてくれなかったんだよ!?)
内心でレーデルは叫んだが、もう遅い。
テリオノイドは剣を抜き、レーデルとアルケナルを同時に見据えつつ距離を詰める。
剣術では誰にも引けを取らないレーデルとて、身体を動かせないのでは話にならない。
ここまでか、と覚悟を決めた時――
突然、大音響とともに、舞踏室の外壁がはじけ飛んだ。
氷の精霊が頭ごと突っ込んできたのである。
「……なに!?」
巨大すぎる乱入者に、テリオノイドは身を翻して逃げた。
直後、レーデルの鼻先を巨大な氷の塊がかすめ――
「……うひゃああ!?」
悲鳴を上げて、レーデルは後方へ身を投げた。
飛び退いて、体勢を立て直し、氷の直撃を受けてないことを確認してから、
「……あれ? 呼吸ができる!?」
初めて、金縛りが解けていることに気づいた。氷の精霊が視界を遮ってくれたおかげだった。
振り返って、レーデルはアルケナルの姿を探し、
「……アルケナル!?」
壁のそばで倒れているアルケナルに気がついた。
すぐさま駆け寄り、様子を確かめる。
「……ごめんなさい……レーデルを巻き込む危険性はあったけど……」
アルケナルは精霊の巻き添えを食ったわけではなかった。長時間の呼吸停止で消耗しているだけらしい。
「いや、助かった! それよりアルケナルは大丈夫か!?」
「ちょっと転んだだけ……それより、テリオノイドを……」
舞踏室を塞いでいる氷の精霊の向こう側を、アルケナルは指さした。
レーデルは頷き、剣を握り直した。
「すぐにケリをつける! 少しだけ待ってろ!」
アルケナルに背を向け、敵の気配を探る。
舞踏室の扉から、テリオノイドは飛び込んできた。別の扉から出て回り込んできたのだろう。
レーデルは視線を下げ、テリオノイドの足に注目する。
目を合わせずに戦うには、これしかなかった。敵の剣さばきは、気配と勘で対処する。
(厄介だが、やるしかない……!)
覚悟を決め、レーデルは打ちかかった。
「いやはや、参りましたねえ。敵さん、まさか真っ昼間から押し込みに来るなんて、想像してませんでしたよ」
いつもながらの早口で、アレクトは言った。
「夜に来るものと完全に思い込んでいました。いやー、反省しなきゃですね!」
「……口ばっか動かしてねーで、力をこめろよ!」
絞り出すような声で、セレナはアレクトをとがめた。
エントランスホール隣の控え室にあった棚を動かし、セレナたちは入ってきた扉を塞いだ。少し遅れて向こうからドカドカと扉を叩く音が聞こえてきたが、破られそうな気配はない。
一息ついて、セレナとアレクトはアンズヴィルを見やる。
「ふはーっ……ふはーっ……」
アンズヴィルは床にひざまずき手をついて、いまだに荒い呼吸を繰り返していた。思いの外、深いダメージが残っているようである。
「二人は、先に、行って、下さい……」
途切れ途切れの声を、アンズヴィルは絞り出した。
「調子が、戻ったら、追いかけますので……!」
血に濡れた手袋を握りしめ、まだ戦う意志があることを示す。
セレナとアレクトは視線を交わし、うなずき合った。
「絶対無理はしないで下さいね!」
「いざとなったら逃げるんだぜ!」
そう言い残し、二人は窓から庭へ出た。
「さーて、あいつの魔眼を防ぐ手、なんかある!?」
「困ったことにノーアイデアですねえ! どうしましょ?」
「今すぐ何か考えろ! さもないとあたしもあんたも窒息死だぞ!?」
「わかってますよ! と、アレはなんですかね?」
庭を移動中、アレクトははるか前方に見える氷塊に気づいた。
「アルケナルが召喚した精霊じゃねーの?」
「あー。金縛りに遭っても、精霊は勝手に動くってことですね? お、そうだ」
ぽん、とアレクトは手を打った。
「一つ思いつきましたよ。テリオノイドを倒す方法」
「本当か!?」
「効くかどうかはぶっつけ本番になりますが……アテが外れても文句言わないで下さいよ?」
「ンなこと言ってる場合じゃねー! どうすりゃいいんだ!?」
「セレナさんは、単にテリオノイドをぶん殴ってくれればいいだけです。相手の目を見ないようにしてね。つまり――」
アレクトは考えを手短にセレナに伝えた。
「――というわけです」
「かなり危ない橋を渡る作戦みてーだけど」
「その通りです。が、さしあたりこれしか思いつきませんね。セレナさんに素晴らしい案があるなら、喜んで乗りますけど?」
アレクトはセレナの肩に手を置き、ウィンクした。
セレナは右拳を固め、自分の左手の平を打った。
「……案なんてねーよ。それでやるしかねーな!」




