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その7 集団来客大歓迎


 何年も洗っていなさそうな着衣を身にまとった男達が、庭に転がっている大きめの石を放り投げ、大窓にぶち当てて砕く。

 盗賊達は極めて強引な手段でヘルベルト邸に押し入ろうとしていた――しかも、まだ太陽が西空に輝いている時間に。


「おいおまえら! 何をしている!?」


 レーデルとアルケナルが駆けつけた時、庭にはまだ盗賊連中が五人ほど残っていた。レーデルの姿を見ると、盗賊達は侵入を一旦止め、次々に抜刀して襲いかかってきた。


「どういうつもりだ……!」


 テリオノイドが雇った徒党だろうか、と一瞬思いつつ、レーデルは剣を抜き、最初に突っかかってきた相手を見据える。

 構え方からして、剣術を軽くかじった程度の素人にしか見えなかった。

 ほぼ体当たりに近い敵の初撃を、レーデルは身を翻してかわす。足を出して引っかけてやる余裕すらあった。


「おっぶ!?」


 一人目の盗賊は見事に転倒、土の地面に突っ伏した。

 すると二人目が一人目の身体に足を引っかけ、重なるように転倒。


「逃がさない……!」


 アルケナルが素早く飛び出し、盗賊の手を踏みつけて剣を奪取。

 渾身の力を込めて真下に突き立て、二人をまとめて串刺しにした。

 その間に、レーデルは残り三人と対する。

 三人はそれなりの心得があるようで、ある者は両手で、ある者は片手で剣を握りつつ、切っ先をレーデルに向け、じりじりと取り囲むように立ち位置を広げている。

 耳を澄ませば、室内でも盗賊達が騒いでる音が聞こえてきた。


(ここで足止めを食らってる場合じゃない……!)


 レーデルは先に仕掛けた。

 大きく踏み込んで、まずは右手の男に一太刀浴びせた。

 相手は剣で受け止めたが、狙い通り。レーデルは思い切り踏み込み、相手を押しのけた。相手は数歩、大きくたたらを踏んだ。

 レーデルはすぐさま身を翻し、レーデルの背を狙って突っ込んできた男に返す刀で斬りつける。

 カウンターが見事に決まった。鮮血が吹き上がり、左手の男は己の血を浴びながらその場に崩れ落ちた。

 三人目の男がレーデルに襲いかかる。

 大上段からの斬撃を、レーデルは剣を掲げて受け止める。力比べ、にらみ合いになった。

 その間に、右手の男が姿勢を立て直した。剣を肩に担ぐように構え、動けないレーデル目がけ突撃し――


「……レーデル!」


 アルケナルの叫び声。

 直後、巨大な氷塊が右手の男に激突した。


「オゲェェ――ッ!?」


 巨大な氷の拳が男をあっさりと吹き飛ばす。ゆうに十数メートル宙を滑った後、庭の大木に音を立てて衝突。ずるりと地面に滑り落ちると、そのまま動かなくなった。

 冷気に肌を撫でられて、レーデルは思わず横手を見やる。

 アルケナルの召喚した氷の精霊が、すぐそばに立っていた。

 巨大な氷塊を適当にくっつけて人型にしたような、随分と不細工な姿をした精霊ではあるが、その秘めたる力は一目瞭然。

 その少し後方で、アルケナルは難しい顔をしながらタクトを振っていた。


「こんな場所で精霊を喚ぶのは……きめ細かい動作ができないのよね……気をつけてよレーデル……意図せず踏み潰しちゃうかも……」

「冗談はやめてくれ」


 レーデルは身体を震わせた。決して、氷の精霊の冷気のせいではなく。

 アルケナルの発言は、むしろ盗賊の方に効いたようだ。青ざめた顔で二歩、三歩と尻込みして、恐怖に駆り立てられるように身を翻す。


「逃がさない……!」


 アルケナルがタクトを振ると、氷の精霊は巨体を揺るがし、盗賊を追いかけた。鈍重な動作ながらも、大股に駆け、あっという間に追いつきかけ――


「そいつを飛び越えて……! 回り込んで押さえるのよ……!」


 アルケナルの指示に従い、氷の精霊は盗賊を飛び越えようとした。

 が、ジャンプ力がまるで足りず、地面すれすれを飛び――盗賊を蹴倒す格好になった。


「モゲェ!?」


 大質量の衝突を背に食らい、盗賊はその場になぎ倒される。

 その上に、足をもつれさせた氷の精霊が転倒。

 凄まじい地響き音とともに、盗賊は氷塊の下敷きとなった。


「……まだまだ制御し切れてないわね……まあ、結果オーライということで……」


 苦い表情をしながらも、アルケナルはそう納得した。

 最初の脅威を始末し終え、レーデルは一息ついた。が、ルーティがすぐにせき立てる。


「中に行くよ、レーデル!」

「言われるまでもない! 一体何人で来やがった……!?」


 ぼやきながら、レーデルは割れた大窓から室内に飛び込んだ。




「オラァ! 邪魔すんなッ!」


 セレナの正拳突きが盗賊のみぞおちに突き刺さる。

 がくり、と膝が落ちたところへ、盗賊の顔面を思い切り蹴り上げる。見事に刺さり、盗賊はひっくり返って気絶した。

 そこへ、別の盗賊が斬撃を繰り出した。セレナは素早く引き下がってかわし――何かに背をぶつける。

 首をひねると、そこにアンズヴィルの背があった。


「……どんな調子よ!?」

「倒しても倒して数が減らなくてうんざりしているところです!」


 赤い血にまみれた白手袋を握りながら、アンズヴィルは答えた。


「とはいえ、エントランスで来客を歓迎するのが私の仕事ですからね……!」


 ヘルベルト邸のエントランスホールにて、セレナとアンズヴィルは盗賊達を迎え撃っていた。既に幾人か打ち倒してはいるものの、敵の数は尽きることを知らない。


「こんな団体客が押し寄せてくるなんて、聞いてねーけどな!」

「一人一人応対するしかありませんね! なにしろ……ンッ!?」


 不気味な発声とともに、アンズヴィルの言葉が途切れる。

 セレナは再び背後を振り返り、見た。

 アンズヴィルが金縛りに遭ったみたいに硬直し、動けなくなっている姿を。


「……出やがったな!? バジリスクテリオノイド!」


 視線を床に下げたまま、セレナは叫んだ。


「……はァん? 俺のこと、知っているのか?」


 男の声が階上から飛んできた。

 セレナはアンズヴィルの横顔を見る。アンズヴィルの顔はホール正面、大階段の上の方を向いている。

 そっちに敵がいるんだな、とセレナは悟る。


「おぉい! どっち向いてるんだよ! こっちだこっち!」


 階上の男――ジベルは両手で手招きするポーズを取る。

 黒布の服で身を固めた、若い男だった。黒眼鏡で目元を隠しているが、その奥にはヘビのような細い縦長の瞳孔がうかがえる。

 呼びかけにも関わらず、セレナが視線を上げないのを見て、ジベルは悟った。


「……俺の力を知っているな?」

「ああ! てめーの目さえ見なきゃいいんだろ!?」

「おまえはそれでいいかもな。だが、そっちの執事をほっといていいのかな?」


 言われて、セレナはアンズヴィルの横手に回り込む。

 アンズヴィルの顔色が徐々に不気味に変わりつつあった。

 激烈に苦しいであろうに、アンズヴィルは苦しみを訴えることすらまったくできない。バジリスクテリオノイドの強制力に、セレナは恐怖を覚えた。


「おいコラ! 今すぐアンズヴィルを自由にしろ!」

「んんん~? 誰に向いて言ってるんだ? 目を合わせて言ってくれなきゃ、わからないな?」

「このクズが……!」


 セレナはアンズヴィルに体当たりを仕掛け、強引に視線を外そうと試みた。

 が、周りを囲む盗賊達がセレナに襲いかかり、邪魔をする。


「引っ込んでろてめえら! ぶっちぎるぞ!!」


 セレナは右へ左へ飛び回り、数の暴力に立ち向かった。

 この状況、自分の身のみならず動けないアンズヴィルをも守る立ち回りを要求され、おのずと防戦一方とならざるを得ない。

 反撃の一手として、セレナは――


「それよこせ!」


 ダガーで突きかかってきた男の腕を捕まえ、関節を極めて振り回し、ダガーをもぎ取った。

 そして、ジベルの声のする方向へ勘で放り投げた。


「……おっと!?」


 不意をつかれ、ジベルは身をよじる。

 狙いは外れていたが、ジベルとアンズヴィルの視線を切るには十分だった。


「…………がはっ……!」


 金縛りが解け、アンズヴィルは一気に息を吸い込んだ。あまりの苦しさに、思わずその場に片膝をついて、激しく呼吸する。

 その時、隣の部屋につながっている扉が勢いよく開き、剣を片手に持ったアレクトが姿を現した。


「二人ともこっちです……このっ!」


 後ろから迫ってきた盗賊を斬り倒しつつ、二人を手招きする。


「クソっ! レーデルの野郎、どこ行ってんだ! 下がるぜアンズヴィル!」


 毒づきながら、セレナはアンズヴィルに手を貸しつつ、一時退避にかかった。


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