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その3 テリオノイド


「まずは真っ先にホルスベックに戻るべきではありませんか」


 と提案したのはマティカスだった。


「こちらには兜の現在位置を特定できる手段があります。それに、敵が双月の竜騎士の武具を集めているのなら、エビンさんのコレクションが危ない」


 その意見に反対する者はなく、レーデルたちはその日のうちにホルスベックへの帰途についていた。

 馬車は二台。エビンとマティカス、レーデルとセレナとアルケナルの二組に分かれての乗車である。

 レーデル組の方は、本来二人がけのところに三人詰めて座っているため、特に真ん中のレーデルは窮屈な思いをしていた。


「それでも、両手に花じゃない……」


 肩を寄せて座るアルケナルが、からかうような視線をレーデルに向ける。

 レーデルとしても、悪い気分ではなかった。豊満な体つきのアルケナル、セレナとぴったり身を寄せているのである。油断すると顔つきがゆるむのも、男であれば当然だった。

 それがルーティには面白くない。時折耳たぶを引っ張ったりしてイタズラする。


「レーデル、何マヌケづら晒してるのさ!」

「あいた! 何しやがるルーティ! いつ俺がアホ面してたってんだよ」

「たった今だよたった今! 外から丸見えのこの場所で、恥ずかしくないのかなあ!」


 乗客の背後から頭上までを覆う簡単な幌がついているだけの馬車である。レーデルたちは真正面からの風を受け、座っている姿を外に晒している。集落から離れた街道を走っているところなので、道を行く人はほとんどいないのだが、時々馬車とすれ違い、向こうの乗客と目が合ってしまうことはある。

 さも楽しげに、セレナも反対側から顔を寄せてきた。


「ふーん。レーデルが鼻の下伸ばしてる? 珍しいじゃねーか」

「うるさいなあ……」


 これ以上からかわれるのを拒絶するため、レーデルはアルケナルに問いを投げかけた。


「……それより、一体何者なんだ、コレクター夫婦を殺した奴は? 相手に触れずに窒息死させる魔法なんてあるのかよ?」

「私は聞いたことないわね……でも、この世には知らない魔法がたくさんある……」


 流れゆく景色を見つめながら、アルケナルは語った。


「そもそも、魔法の基礎的原理はご存じ……?」

「正直言って、俺は魔法は全然ダメだね」


 レーデルの言葉に、セレナも大きく頷く。


「ダメだから、腕力に頼るしかねーのさ」

「そう……」


 小さく笑ってから、アルケナルは説明する。


「原則、魔法とは、神の力をこの世に顕現させる、ということ……。例えば精霊魔法で言うと、精霊とは下級の神であり、彼らを喚び出すことで、彼らが司る自然現象を再現する……。よくある現象だからこそ、精霊を喚ぶことは比較的容易で、故に精霊魔法は下級魔法と呼ばれたりもする……。本来は下級も上級もなくて、現象が起こしやすいか起こしにくいか、ということなんだけどね……」

「アルケナルは呪いの魔法を専門にしているんだよな?」

「ええ……それはすなわち、呪いの神の力をこの世に顕しているということ……。マイナーな神様だけど、様々なことができる……」

「呪いの神様なら、呼吸が出来なくなる呪いをかけることもできるってことかよ?」


 セレナの言葉に、アルケナルは首を横に振った。


「直接的に死を強制する呪いをかけるのは難しいのよ……少なくとも、私には無理……」

「カースマイスターにも無理ってことは、他の誰にも無理ってこったろ。それじゃ世の中には『窒息の神』でもいるのかよ?」

「いないと思うわ……。この世の様々な事象を司る、あまたの神々が存在することを思えば、絶対にいないとは言い切れないけど……」

「じゃ、どーいうことになるんだよ。あの夫婦が窒息死したのは間違いねーぜ」

「この世には様々な神がいて、その力を操る様々な魔道士が存在する……。常人にはうかがい知れない魔界の神々の存在まで考えれば……たった一人の人間が、全ての魔法体系を完全に網羅し把握することなど不可能……」

「…………」


 もって回ったアルケナルの言い回しに、セレナは渋い顔をして押し黙ってしまった。

 レーデルが要約する。


「つまり、どこかにそんな魔法があるかもしれないけれど、アルケナルは知らん、ってこったな?」

「さすがレーデル……頭がいい……」

「褒められてもあまりうれしくない。結局謎か」

「私から言えることはただ一つ……問題は窒息死だけじゃないってこと……」

「ん? それはどういう意味?」

「あの現場は高級住宅街……夜中に犯行があって、朝にやってきた執事が遺体を発見したということは、夜中には誰も気づかなかったということ……。二人は悲鳴すら上げられなかったって話になる……家の外を歩かされたのにね……」

「ああ……それは妙だな。さすがに叫んだら、近所の誰かが怪しむはずだ」

「それだけじゃない……。二人はまったく抵抗できなかったどころか、苦しんで自傷することすらできなかった……魔法でここまで強烈に他人に何かを強いるなんて、普通では考えられない……あり得るとすれば……」

「すれば?」

「敵は魔族かもしれない……」

「魔族か」


 魔界出身種族である魔族は、人間族に比べてはるかに強い魔力の素養を生まれつき持っている。人間の魔道士であれば、例えば炎の精霊を召喚し、しかる後炎を発生させるという手順が必要だが、魔族の魔道士はいきなり炎を操れる、というレベルの差異がある。

 アルケナルは続ける。


「魔族の中でも、テリオノイドと言われる種族は知ってる……?」

「知っている。魔族の身でありながら、魔獣の能力を備えた奴らだな? 以前に何人か戦ったことがある」


 かつて勇者として大魔王軍と戦っていた時のことを、レーデルは思い出した。


「テリオノイドが使う能力は、限定的な魔法と言える……。ただ、限定的な分、その能力はとても強烈……。その強烈な力が、あの夫婦を殺したのかも……断言できるほどの証拠はないけどね……。レーデルはどんな相手と戦ったの……?」

「一番厄介だったのは、ハイドラテリオノイドかな。異常な再生能力で、ばっさり斬ってもすぐに傷が塞がる、首を切ったら新しいのが生えてくる、とかとんでもない奴だった」

「どうやって対処したの……?」

「焼いて埋めた」

「シンプルな答えね……」

「ケリがつくまで、全然シンプルには済まなかったけどな。あの手の敵とまた戦うとなると、面倒だな……」


 大変な苦労を思い出し、レーデルはついため息をついた。




「やはり……敵は私を狙っているとしか思えんな……」


 ホルスベック、双月の竜騎士が眠る地下にて。

 壁面に映し出された地図を見ながら、エビンは冷や汗をかいた。


「以前はフィルスポットの街中にあった光が、ホルスベックに動いてますね……」


 レーデルが指摘する。

 双月の竜騎士の兜と思われる輝きは、ホルスベックにあった。

 より正確に言えば、ホルスベックの中心からやや西にずれている。


「これは……ホルスベックの西の方の街区ってところかしら……?」

「スラムのあたりか。潜伏するにはいい場所だろーな」


 アルケナルとセレナは光を見つめ、より細かく場所を特定しようとした――手で目元を覆いながら。


「それにしても、こうも光が固まると、まぶしくて見てられねーな」


 ホルスベック、レーデルたちの現在位置に胸甲を示す光があり、エビンの自宅あたりにガントレット、竜面を示す光が二つ重なっている。さらに兜もすぐそばで光っているとあれば、文句を言いたくなるのも当然だった。


「こうなると気になるのは、敵がこの地下室の存在を知っているのか、という話になるんですが……」


 レーデルはエビンに訊いた。


「少なくとも、私達以外がここに足を踏み入れた形跡はないな。ここに入る鍵は私が持っている一つだけだし。この地下室に入り込む別のルートがあれば、また話は違うが……」


 マティカスとアルケナルが光球を放ち、室内をくまなく照らす。しかし、レーデルたちが入ってきた以外の侵入ルートがあるとは思えなかった。


「あまりこんなことは訊きたくないが……君ら、この件誰にも漏らしてないよな?」

「もちろんですよ」


 レーデルは素直に答えた。

 エビンはその答えを素直に信じた。


「まあ……魔王軍の方に失われた財宝の件が伝わっていても不思議ではないのか」

「そうですね」


 マティカスも賛意を示した。


「私達の宝探し活動が敵を誘発したのかもしれません。我々がこれだけ必死に動いているのなら、本当に宝があるのかもしれない、と思わせてしまったのやも……」

「面倒なことになってきたな……こうなると、今まで通り宝探しにのみ没頭、とはいかんな」


 エビンは竜騎士の像から胸甲を外した。壁に描かれた地図は消え、地下フロアは一気に暗くなった。


「一旦、エビンさんは身を隠した方がいいんじゃないんですか」


 レーデルは提案した。


「俺が敵なら、エビンさんを襲って、財宝にまつわる知識を一つ残らず吐かせますよ」

「身内を狙うって手もあるんじゃないかな?」


 ルーティが付け加える。

 指摘に、エビンは顔をしかめた。


「あの屋敷に住んでいるのは私だけだ。妻には先立たれたのでね」

「あ、そうでしたか……」

「気にするな。妻がいなくなったから、こうして宝探しに打ち込めているという面もある。ま、身を隠しかあるまいな」

「それがいいと思うのですが……」


 とまで言ってから、レーデルは別のことに気づいた。


「……家族はいなくとも、使用人はいますよね? そっちが狙われる可能性は?」

「うちの執事は武闘派だ。そんじょそこらの泥棒程度ならボコボコにできる。というか、ボコボコにしたことがある」

「へえ。ボコった後は衛兵に突き出すんですか?」

「いや。ボコられた奴らは、今では庭できれいなバラを咲かせているよ」

「…………ほう?」

「うちの執事は庭師としても優秀でね。泥棒が来るたび『肥料を買う手間が省けた』と喜んでいる」

「……それはそれは」


 あまり詳しく話を聞かない方がよさそうだ、とレーデルは直感した。

 エビンはレーデルの腕を軽く叩いた。


「執事への伝言は君に頼むよ。……やれやれ、想定外の出費がかさむな。背に腹は代えられんが……財宝まであと二、三歩まで迫っているのに、今更あとには引けん。必ず、君達にも財宝を見せてやる。信じているぞ、勇者よ」

「元勇者ですがね」


 訂正しつつ、レーデルは頷き返した。


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