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その2 ノータッチ殺人


 ベイモン氏の自宅は、アッカニアの高級住宅街の一角にあった。エビンの邸宅ほど巨大ではないが、一般市民の家屋とは格が違う、立派な煉瓦造りの建物だった。

 が、レーデルたちが訪れた時、正門の鉄柵は固く閉ざされ、誰も入れないようになっていた。正門横の小さな扉はロックされていなかったが。


「はて、おかしいな? 私が訪問することは伝えてあったはずだが……?」


 エビンは何度も首をひねった。

 ほどなく、ベイモン家の玄関扉が開き、何人か人が出てきた。

 ほとんど男性ばかり、着衣から察するに近所の住人達と思われた。全員沈痛な面持ちで、大きなショックを受けている風。

 ただならぬ雰囲気に、レーデルたちも異様な気配を覚える。

 そのうち一人がレーデルたちの存在に気づき、正門に近づいてきた。


「どちら様?」

「ベイモンに会う約束があって来た者なんだが……何かあったのか?」

「ご友人ですか? では、お入りになるべきですね」


 正門横の小さな扉を開きながら、男は言った。


「昨晩、ベイモンが殺されたんですよ。夫婦共々ね」




 ベイモン家のホールには既に簡易な祭壇が組まれ、その中心に二つの棺が並べられていた。

 エビンたちは死者への祈りを捧げてからホールを退出し、エントランスで待っていた執事とメイドに一礼した。

 執事もメイドもショックが大きいのだろう、沈鬱な表情ではあったが、気丈にも仮の喪主としての役目を果たそうとしていた。


「ありがとうございました。さぞ主人も喜んでいることでしょう」


 執事はそう挨拶を返し、メイド共々深々と頭を下げた。


「……それにしても、一体何があったのかね?」

「何者かが侵入したんです」


 と答えて、執事は窓の外に視線を投げた。


「お二人とも、外の倉庫の前で倒れていました。賊はお二人を脅迫し、倉庫の鍵を開けさせて、その後……」


 殺した、という言葉を口にすることは出来ず、執事は口ごもった。


「……私達は通いでこの家に勤めています。今日もいつも通り勝手口から家に入ったのですが、何故か家の中にお二人の姿がなく……庭であのような姿になっていた、というわけです」

「なんということだ……」


 エビンは嘆き、天を仰いだ。


「本当に残念だ。なんと声をかけたものか……気を落とさないでくれ。彼には用事があったんだが……後日改めて弔問させていただくよ」

「用事については伺っています。たしか、コレクションを引き渡すというお話でしたよね? であれば、せっかくお越し戴いたんですし、持っていって下さい。故人も喜ぶと思います」


 執事はそう言って、一同を倉庫に案内した。




「どこにも見当たりませんか……」


 約三十分ほど倉庫内を探し回った後、執事はついに音を上げた。

 レーデルたちも手を貸して、倉庫を上から下へひっくり返したものの、結局双月の竜騎士の兜らしき物はどこにも見当たらなかった。


「黒い金属で、白い角が二本生えていて、顔面全てを覆う兜でいいんですよね?」

「はい。ヘルベルト様に引き渡すということで、倉庫のわかりやすい場所に置いてあったはずなのですが……」


 レーデルの問いに、執事は何度も頷いた。

 少し考えて、推論を口にする。


「ということはやはり、昨晩の強盗は、あの兜を目当てにやってきたということなのでしょうか……」

「なんと……?」


 エビンは思わずよろめいた。


「何者かがあの兜を奪っていったのか……?」

「そうとしか思えません。家の方でも何かを盗られたわけでなし、倉庫もそれ以外になくなっているものはなさそうですし……初めから兜を盗むのが目的だったように思えますね」

「……むむむ……」


 執事の言葉に、エビンは渋い顔を見せた。

 その心中は、レーデルにもよく分かる。

 これは単に、エビンが目的の物を手に入れ損なった、というだけではない。

 ひょっとすると、双月の武具を集めるライバルが登場したかもしれない、ということだ。

 しかもそのライバルは、罪無き一般人を平気で殺すような手合いである。


「そうか……とにかく、色々忙しいところ、手間をかけさせてしまって本当に申し訳ない。これ以上は悪いし、今日のところはお暇させてもらう」

「さようでございますか。……ところで……」


 執事はレーデルたちに目を向けた。


「こちらの方々は……? 見たところ、冒険者とお見受けしますが?」

「ん? ああ、今取りかかっている仕事があってね。手伝ってもらっているんだが……」

「私の方から頼みたい仕事があるので、ギルドを紹介して戴けませんか」

「仕事……?」


 エビンはレーデルを見やる。

 レーデルは執事の眼前に進み出た。


「紹介するのは構わないけど、仕事とは?」

「……強盗犯を見つけ出すことと、彼らへの報復です」


 低い声で、しかし執事ははっきりと言った。


「ベイモン様が亡くなったばかりでこういうことを言うのもなんなのですが……ご近所の方々から疑いの眼差しを向けられているのです……私と妻が」

「妻?」

「メイドは私の妻です」

「まあ……最初に疑われるのはあなた方よね……」


 アルケナルが口を挟む。


「実行犯でなくても、手引きをしたとか思われている、と……」

「犯人達は、まず一階の窓を破って侵入したようです。私達は家の鍵を持っているのだから、そんな真似をする必要が無い、と言いたいところですが……」

「そんなのは偽装工作だ……と、疑っている人たちは言うでしょうね……」

「だから、身の潔白を証明しなければならないんです。そしてベイモン様たちの無念を晴らすためにも、なんとしても報復を果たさなくては。ですが、私達だけではあまりに無力……」

「そこで冒険者の手を借りたい、と」


 レーデルの言葉に、執事は大きく頷いた。


「君達が引き受けてもいいのではないかね?」


 と言ったのはエビンだった。


「心情的には受けたいですけど、いいんですか?」

「考えてみれば、我々が追うべき相手とはすなわちベイモンの仇。同じだろう?」

「わかりました、この件、俺たちが引き受けましょう」


 レーデルの言葉に、執事は何度も深々と頭を下げた。


「ありがとうございます! 薄給の身の上ではありますが、成功報酬は必ず払わせて戴きますので……!」

「そんなことは成功してから考えればいいんですよ」

「そうそう。ボクらにとってはついでの仕事だし、お安くしておくよ」


 レーデルが執事をなだめるついでに、ルーティがショールから顔を出し、声を放った。

 執事はルーティの姿を目の当たりにして、一瞬言葉を失った。その小さな身体をじっくり見つめた後、ぽんと手を叩く。


「……ああ! あなた、噂の美少女フィギュア持ち変態勇者様でしたか!」

「……ご存じでしたか……恐縮です……」


 しなびた声で答えつつ、レーデルは一礼した。


「それじゃ、今からボクらは探偵だ」


 対照的に、ルーティはやる気満々の声を出す。


「何から調べるか、となると、まずは敵の特定かな? 何か証拠を残してないか、調べてみないと」

「ルーティのくせに普通の意見を言いやがるな」

「ボクはいつだって理にかなった言葉しか言わないよ」

「はいはい。……申し訳ないんですが、色々うかがっても構いませんかね? あなただけではなく、奥様にも」


 問われて、執事は何かを思い出したように表情を閃かせた。


「あ、そうだ! だったら一つ、お伝えしておかなければならないことが……ベイモン様と奥様の死因なんです」

「死因?」

「医師の診断によると、二人とも窒息死だったというんです」

「それはお気の毒に……」


(残酷ではあるけれど、犯人特定につながる独特な手口ってわけじゃないな)


 そう思い、レーデルは適当に返事する。

 しかし、執事は更に言いつのった。


「ただ、窒息死にしてはあまりにも奇妙だと言うんです。誰かが無理矢理に鼻と口を塞いだのなら、被害者は間違いなく抵抗するそうなんですよ。口を塞ぐ物に噛みついたり、相手をひっかいたり、あるいは自分の身体を傷つけたり。ところが二人とも、その手の抵抗のあかしが全く残っていなかったそうで」

「全く抵抗しなかった……?」

「いや、医師は『強盗犯は、被害者には一切手を触れぬまま、被害者を窒息死に至らしめたとしか思えない』と言っていました」

「なんと……?」


 レーデルは助けを求めるように、アルケナルを見やる。

 アルケナルも心当たりがないようで、首をひねった。

 申し訳なさそうな様子で、執事は最後に付け加えた。


「旦那様方は、そのような術を使う得体の知れない敵に殺されたのです。皆様、ゆめゆめご油断なきよう……」


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