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その1 酒は飲んでも……


「双月の竜騎士の兜の持ち主は、知り合いのコレクターなのさ」


 と、エビン・ヘルベルトはレーデルたちに説明した。

 双月の竜騎士のガントレット、竜面を集めるという依頼をこなした慰労として、エビンはレーデルたちを自宅に招き、ちょっとした食事会を開いていた。

 緑に囲まれた郊外にぽつんと建つ邸宅は、大豪邸とまでは言わぬまでも、人生の成功者のみが建てることを許される立派なものだった。生け垣で囲まれた庭には芝生が広がり、ガーデンには花が咲き乱れ、とよく整備されている。

 レーデルたちは庭の巨木のそばに据えられ白いテーブルを囲み、用意された食事を摂っている。気分はちょっとしたピクニックだった。


「知り合いなんですか」


 サンドイッチをつまみながら、レーデルは聞いた。

 ワイングラス片手に、エビンは答える。


「ベイモンという男なんだ。あいつも元ワイン商で、昔は私の良きライバルだったのさ。引退後は骨董品収集に熱を上げるようになって、あいつと張り合うのもこれでおしまいか、と思っていたが、運命が我々を再び引き合わせたようだ」

「ベイモンという方から譲ってもらえるんですか?」

「結論から言うと、そうなった。ついこの間までは『金貨を何億枚詰まれようと絶対に譲らん!』と抜かしておったのだが、先日突然折れて、適当な値段で私に売ると言ってきた」

「それどーなの。怪しくねーか?」


 セレナがビスケットをかじりながら口を挟む。


「心変わりの理由は、わからんね。次に会う時に、その辺じっくりと聞いてみたいところだが」

「売れ売れってうっとうしいから、偽物売ってやろうなんて話じゃねーだろうな」

「その点はきっと大丈夫……」


 ワイングラスを傾けながら、アルケナルが言った。


「既に現物は確認させてもらっているから……。見た目はともかく、兜に宿るあの独特な魔力波動まで模倣するのは多分無理……。偽物を持ってこられたら、すぐわかる……」

「持ってこられる? 向こうが兜を持ってくるのか?」


 レーデルが疑問を口にすると、エビンが首を大きく横に振った。


「いいや、明日にでも私の方から取りに行く。君達にも同行して欲しいんだがね?」

「もちろん行く行く」


 ショールの中でルーティが声を発した。


「そのベイモンって人、色々な美術品を持ってるんだろ? ついでに見せてもらえるかな?」

「頼めば、見せてもらえるでしょう」


 答えたのは、トマトのブルスケットをかじっているマティカスだった。


「ただ……あの方は珍しい物ならなんでも買い取ろうとする人です。ルーティを見た途端、大枚はたいて買い取り交渉に入るのではありませんかね」

「やれやれ。ボクの美しさを理解してくれるのはいいけど、ボクは売り物じゃないんだがね?」

「売れるんなら喜んで売るけどな」


 つまらなそうにレーデルが言う。

 ルーティはレーデルの下唇を引っ張った。


「……うがっ! 何しやがるルーティ! 人がジュース飲んでるってのに! 思い切りこぼしちまったじゃねえか!」

「ボクを売ろうなんて生意気なことを言うからさ!」

「ふざけんなこの野郎!」


 レーデルはルーティを捕まえようとしたが、ルーティはレーデルの背中を這い回り、レーデルの手を避け続ける。


「おい、セレナ! アルケナルでもいいから、ルーティを取ってくれ!」


 レーデルは訴えたが、二人とも笑って見守るばかり、動こうとはしなかった。

 やむなくレーデルはルーティ捕獲を諦め、椅子に深く座りなおした。


「これも呪いが解けるまで……耐えるんだ俺……」

「諦めてボクを受け入れれば楽になるのに」


 レーデルの後頭部に張り付きながら、ルーティは言った。




 酔ったエビンが過去の冒険話を繰り返し語ったせいで食事会は長引き、レーデルたちがホルスベック中心部に戻った時には、既に日が暮れていた。

 エビンが所有する馬車で送ってもらい、宿の前で降ろしてもらったはいいものの――


「……はい。それじゃ、明日の朝ここに来るわね……」


 アルケナルは結構酔っ払っている風だった。顔は赤く、立ったまま何度も船を漕いでいる。恐ろしく眠いらしい。


「そんな調子で家に戻れるのかよ。宿取った方がいいんじゃねーの?」


 心配してセレナは呼びかけたが、アルケナルははっきりと首を横に振った。


「大丈夫大丈夫……一人で家に戻れるし……それじゃ……」


 軽く手を振り、一人で勝手に歩き出す。足取りはよれよれで、何故立っていられるのかも不思議なくらいだった。


「いやいや、どう見ても大丈夫じゃねーだろ!」


 セレナはアルケナルを背中から抱き留め、止めようとする。

 しかしアルケナルは意外にもパワーを発揮、セレナを引きずりながら前進を続けた。

 仕方なくセレナはレーデルに助けを求める。


「おい、レーデル! 手伝え!」


 レーデルはアルケナルのそばに歩み寄った。


「せめてどこかで休んでいったらどうかな。アルケナルみたいな美女が酔っ払って出歩いてたら、色々まずいだろ」

「問題ないわよ……いざとなったら魔法でぶっ飛ばす……」


 実際に、アルケナルはタクトを取り出した。


「私を引き留めるなら……あなたたちもぶっ飛ばすわよ……?」

「やめろやめろ! 街中で精霊を呼ぶんじゃない! ……仕方ない、井戸まで送るから!」


 結局レーデルとセレナはアルケナルをエスコートする羽目になった。

 細い道を分け入り、一番近場の井戸へ魔女を誘導する。居酒屋が建ち並び、酔っぱらい達が陽気に騒いでいるエリアとは対照的に、住宅街の狭い広場は闇と沈黙に包まれていた。

 井戸のそばにたどり着くと、アルケナルは膝から崩れ、井戸のへりにもたれた。つるべを掴んで水をくみ上げ、桶から直接水を飲む。


「んっく……んっく……んっく……はあ……」


 一息に飲み干したものの、まだ酔いは収まらないようだった。井戸のへりを乗り越えようとするものの、どうしても足が上がらない。


「大丈夫か」

「いけないわね……二人とも、手伝ってくれない……?」

「手伝うって、俺たちがアルケナルを井戸に落とすのか」

「もちろん。お願いするわ……」

「端から見たら人殺しだろ」

「大丈夫大丈夫……」


 言うとおりにすべきか止めるべきか、レーデルが迷っていると――


「レーデル!」


 ルーティがレーデルの耳を引っ張り、強引に後ろを向かせた。

 と同時に視界を同調させ、レーデルに暗視能力を発揮させる。

 レーデルは見た。闇の中、長剣を構えた二人組の男が、足音を立てないよう接近してきているのを。

 次の瞬間、レーデルは地を蹴ると同時に剣を抜いていた。

 一気に距離を詰め、一人目に大上段から振り下ろす。

 レーデルの反転急襲に、男は完全に不意をつかれ、抵抗する間もなく斬り裂かれた。

 二人目の男は、慌てつつもレーデルの左半身に斬りつけてきた。

 レーデルは剣を跳ね上げ、斬撃を受け止めつつ、後方に飛んで間合いを取った。

 男はレーデルを追って大きく踏み込んだが――


「そこぉ!」


 セレナの鋭い投石が、男の肩口に命中した。

 男がわずかに怯んだところを見逃さず、レーデルがすり抜けざまの斬撃を叩きつける。

 深い手応えがあった。

 男は反撃を繰り出したが、既に勢いはなかった。

 一旦距離を取ろうとするも、足は思った方向に動かず、よろめいて井戸のへりに衝突。そのまま乗り越え、井戸の中に転落する。

 数瞬置いて、こもった水音が響いた。

 レーデルは最初に斬った男のそばにひざまずいた。

 既に息が止まっているのを確認してから、懐の中のペンダントを取り出す。

 十字に欠けた輪。サイナーヴァ教のシンボルである。


「また異端審問官か。油断も隙もあったもんじゃねえな……」

「アルケナルが酒臭いせいで気づくのが遅れちまったぜ」


 セレナが苛立たしげに言い、井戸を見やる。

 アルケナルは井戸のへりにもたれるように座っていた。


「私の家に、知らない人を放り込まれるのは困るわね……」


 酔っているだけで、怪我は全くないようだった。

 レーデルは胸をなで下ろした。が、今から宿を変えなければならないことに気づいて、一つ舌打ちをした。


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