その1 変態と呼ばれた男
半年後――
諸事情あって「元勇者」となったレーデルは、セレナとともに同盟都市の一つ、ホルスベックの冒険者ギルドを訪れていた。
「この街に、呪いや解呪を得意とする魔道士がいると聞いている。知らないかな?」
ギルドの受付窓口に座る若い女性にそう切り出しつつ、レーデルはよその街で作った、ギルドメンバーであることを示すカードを提出した。
レーデルはもはや「勇者」ではない。一介の「冒険者」として、冒険者ギルドの一員を勤める身だった。
受付嬢はセレナのカードも受け取ると、手元の書類に内容を書き写し始めた。
「ありがとうございます。レーデル・クラインハイトさん……男性……剣士……セレナ・ラス・アルゲティさん……女性……拳闘士、と」
カードの内容と書き付けを確認してから、カードを返却する。
レーデルは黒いショールを肩にまとっていた。その目的は防寒対策ではなく、呪いのアイテムを衆目から隠すためだった。
が、そんな努力もむなしく、呪いのアイテムは勝手にショールの隙間から顔を出した。
「こんにちは。今日もいい天気だね」
笑顔を満面に浮かべ、ルーティは受付嬢に元気に挨拶した。
受付嬢はあっけにとられた――が、数秒後、何かに気づいたかのように手をぽんと叩いた。
「……ああ! あなたが噂の、美少女フィギュアを肌身離さず持ち歩いている変態勇者さんですね!?」
受付嬢の声は良く通り、ギルドホール中に響き渡った。
途端、近くをぶらついていた冒険者達、作業に没頭していた事務員達など、室内にいた全員がレーデルを注視した。
「マジか! あれが話に聞く変態勇者か!?」
「本当に美少女フィギュアを持ち歩いてたんですね……!」
「なんとまあ。変態が勇者を名乗るなんて世も末だな」
「変態過ぎて教会から勇者クビを宣告されたとか……」
ざわざわとどよめきが起こり、誰も彼もが好き放題に言いまくった。
ぐぐぐ、とレーデルは首を巡らせ、ホール内の人々に殺人的な視線を返した。
途端、人々は一斉に視線をそらし、口を閉ざした。
レーデルはため息をつき、天を仰いだ。
「あー、ごめんなさいね。噂の人が本当に来るなんて思わなかったから……」
受付嬢は謝った。笑いがこみ上げるのを必死に抑えつつ。
レーデルは渋面を浮かべつつ、ルーティの頭を指で押さえてショールの中に押し込もうとした。が、ルーティはそれに抵抗し、決して隠れようとはしない。
「こいつはどうしても手放せないんだ。一度身につけたら二度と離れない呪いのアイテムってやつでね」
「呪いのアイテム? とてもそんな風には見えませんけどねえ」
受付嬢はルーティをじっくり見つめた。
ルーティはホルターネックのワンピースを身にまとっている。セレナが針とハサミをふるって仕立てた代物である。「この美しい肉体を布きれで隠すだなんてどうかしている」とルーティは着衣を嫌がったのだが、レーデルが全力で説得した結果、不承不承ながら着ているのだった。
「すっごい美少女。噂になるのも納得ですねえ」
「んふふふ。照れるねえ」
受付嬢に褒められ、満面の笑みを浮かべるルーティだった。
レーデルは無表情を装い、話を続けた。
「あとついでに言うと、俺はもう勇者じゃない」
「あ、その件、結局どっちが正しいんでしょう? サイナーヴァ教会から勇者認定を受けているって説と、勇者を首になったって説と、両方聞いてますけど?」
「教会の方とちょっと揉めてね。今は『元勇者』なんだ」
サイナーヴァ教会。大陸の東方を占めるシュバイエル神聖帝国の国教としての地位を占め、帝国内で権勢を振るう宗教組織である。
魔族はこの世に存在してはならない邪悪、全て地獄に送り返さねばならない、という思想の下、教会は「勇者」を選定し、大陸西方の魔界領域を占める大魔王軍の長、大魔王を討伐する旅へ送り込んでいる。
帝国から魔界までの距離は遠く、その間の土地は教会の思想に共鳴しない諸国家が割拠している。帝国軍を魔界まで送り込むのは難しく、次善の策として「勇者」というエージェントを選任しているのである。
レーデルもその一人、教会に選ばれた勇者だった――つい数ヶ月前までは。
「ということは、現在はただの冒険者なんですか」
「ああ。大魔王討伐の使命はもう諦めた。今は呪いを解くことを第一に考えている」
「なるほど、その美少女フィギュアを手放すために――」
「魔神像ね」
「失礼しました。魔神像の呪いを解くために、魔道士を探していらっしゃる、と」
「そういうことです。アル……アルケなんとかという名前だとか」
「アルケナルさんでしょう。ホルスベックのギルドメンバーですよ」
「本当ですか!」
「一応名前がリストに載ってるってだけで、どちらかというと依頼を受けるより依頼主になる方が多い人ですけど」
「是非会いたい。コンタクト取れるかな?」
「紹介状を書きましょう。少しホール内で待っていてくださいね」
そう言って、受付嬢は席を立ち、事務室の奥へ向かって行った。
「やれやれ、やっとここまでたどり着いたか……」
一区切り終えてほっと息をつき、何気なく背後を振り返る。
途端、何人かの人々が明後日の方向に視線をそらす動作を見せた。ついさっきまで、レーデルとルーティを注視していたのだろう。
「……つらい……」
レーデルは渋い顔をした。
ルーティとのつきあいは既に半年。半年間、このような奇異の視線を集め続けてきた。なかなか慣れない。
その内心を察するように、ルーティはレーデルの頬を優しく叩いた。
「気に病むことはない。ボクのような美の化身が衆目を集めるのは、避けられない運命なんだから」
「俺を運命に巻き込むな」
「仕方ないだろう。こうなってしまった以上、ボクとレーデルは運命共同体なんだから」
「なんで俺がお人形なんかと運命を共にしなきゃならないんだよ」
「お人形とは失礼な。ボクには魂がある」
「むしろお人形でいてくれた方がどんなにうれしいか。お人形だったら、俺を苛つかせるような言葉なんて言わないだろうからな」
と、セレナが横から口を挟んだ。
「ムキになるなよ。そんなにルーティが嫌いかよ」
「嫌いじゃない。このままじゃ色々不都合なんだよ」
「そう? いつでも話ができて楽しそうだけど」
「自分の身になって考えてみろ」
「あたしは別に、ルーティにとりつかれても何とも思わねーけど?」
「そんなわけがない。おまえも将来、恋人を作るなり結婚するなりして、男性とベッドをともにすることもあるだろう」
「突然何の話だよ……」
「まあ聞け。ベッドに入って、お互い一糸まとわぬ姿になる。いざことに及ぶ段になって、よく見てみたら裸の男性の身体に、美少女フィギュアがくっついているとする。どう思う」
「キメぇ! と思って男をベッドから叩き落とす」
「な? そうだろ!? 俺はルーティにくっつかれている限りプライベートがないんだよ。美少女フィギュアを四六時中肌身離さず持っている男と付き合いたい女性がどこにいるってんだ? だから呪いを解きたいんだよ」
レーデルが言葉を切ったタイミングで、ルーティが割り込んだ。
「つまり性欲処理できないのがつらいのかな? だったらボクが処理を手伝って――」
「ますます変態じゃねえか!!」
「おいレーデル、声がでけーぜ」
セレナに言われて、レーデルは次の言葉を飲み込んだ。すぐそばにあるベンチに腰を下ろし、大きく深呼吸する。
「ここが最後の頼みだぞ、本当に……ここでも解呪できなかったら、もうおしまいだ」
ここしばらく、レーデルは大陸中央部、ベーメニア都市同盟の領域を渡り歩き、呪いを解いてくれる魔道士を捜し求めていた。
興味を示してくれた魔道士は何人かいたが、彼らのチャレンジはことごとく失敗に終わった。なにやらルーティの呪いは特殊であるらしく、たやすくは解呪できないというのである。
せめて誰か解呪してくれそうな人はいないのか、というレーデルの問いに、魔道士達は口を揃えてある人物の名を上げた。
「アルケナルを探せ。アルケナルに解けないのなら、この呪いは誰にも解けない」
アルケナルなる人物は、呪いと解呪について、大陸一の優れた知識、技術を持っているという。
放浪癖を持つ人物らしく、現住所を突き止めるのに少々手間を要したが、レーデルはついにアルケナルを捕捉した。
アルケナルこそ、レーデルにとって最後の救い主だった。