表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/265

その2 殺意の再会


 ドガン、と音を立て、レーデルとセレナが腰を浮かす。


「ここにいるのが元勇者だってこと、知ってるみてーだなあ? 騎士様よお?」


 セレナは両拳を固め、戦闘態勢を取る。

 一触即発の空気に、言葉を失う旅籠の主人、そしてアルケナル。

 レーデルは、というと――


「セレナ。こいつは大丈夫だ」


 セレナを押しのけて、騎士のそばへふらりと歩み寄る。

 硬い表情を浮かべていた騎士は、レーデルが近づいてくると――


「よお、レーデル! こんなところで会えるとは驚いたな!」


 ぱっと顔を明るくし、両手を広げて歓迎の意を示した。


「驚いたのはこっちだって! 大した偶然もあるもんだ!」


 レーデルも笑顔を浮かべ、握手を求める。騎士は大きな手でがっちりと手を握り返した。

 その後、レーデルはくるりと振り返り、一同に紹介した。


「こいつはシアボールド・プレストン。俺の知り合いだ」

「どうもみなさん。シアと呼んでくれ。……そこの二人がレーデルの旅の連れかい?」


 シアボールドはセレナ、アルケナルを見て、目を細めた。


「大した美人を二人も連れてるとか、うらやましいな! 楽しくやってるようで安心したよ」

「お褒めの言葉……ありがたく受け取っておくわ……」


 アルケナルは美人と呼ばれるのに慣れているようで、スムーズに応じた。

 一方セレナは面くらい、ゆっくりと構えを解いた。


「……なんだよ。帝国の人間が、レーデルと馴れ合っていいのかよ?」

「教会がレーデルを追いかけているのは知っているがね。俺は帝国の騎士であって、教会の人間じゃないのよ。見かけたら通報しろ、なんて特に言われてないし」

「はぁん。帝国の人間の割に、敬虔なサイナーヴァ教徒じゃねーみてーだな?」

「だからこそレーデルと仲良くなったのさ」


 シアボールドは小さく笑った――が、すぐに顔を引き締めた。


「ただ……レーデル、おまえは今すぐこの村から出て行った方がいい気がするぞ」

「なんでだよ。久しぶりに会えたのに」

「おまえ、リーリアに会いたいのか?」


 その名が出た途端、レーデルの表情が凍った。


「リーリアだと」

「俺と一緒に遍歴の旅をしている。今、この旅籠の上の階で寝てるぞ」


 目に見えてレーデルは動揺し始めた。右へ左へ足をばたつかせるも、何をしていいのか分からず、何も出来ない状況だ。

 ぬっ、とルーティがレーデルのショールから飛び出した。


「リーリアって誰のこと?」

「おっ。君が噂の美少女フィギュア魔神像か!」


 丁寧に、シアボールドは一礼した。


「俺の名はシアボールド・プレストン。あなたのような美しい方に出会えて、名誉の極みです」

「ボクの美しさを分かってくれるとは、さすがレーデルの友人、センスがいい。で、リーリアってのは?」

「それは……」


 自分が答えていいかどうか、シアボールドはレーデルに視線を投げた。

 レーデルは自分で答えることにした。


「俺が孤児だったってことは前に話したよな? 俺を拾ってくれたのがファン・クラムって貴族の家で、リーリアってのはそこの娘なんだよ」

「へえ。ってことは幼なじみ?」

「幼なじみなんてレベルじゃない。ファン・クラム家は俺を家族同然に扱ってくれた。リーリアとは兄妹みたいなもんだよ」

「ふーん。ならなんでそのリーリアって子を怖がる必要があるのかな?」


 ルーティの言葉に、レーデルは力なく首をひねった。


「俺はファン・クラムの家名に泥を塗った。勇者の称号を剥奪されるという不名誉でね。教会や帝国に未練は無いけど、ファン・クラム家への恩を仇で返してしまったことだけが心残り、というか後悔しててなあ。正直、リーリアが俺に殺意を抱いているとしても、俺の責任と言うしかない」


 レーデルはシアボールドに目を向けた。


「リーリアは俺のことをどう思ってるんだろう。『愛するお兄ちゃんだから許してあげる』とか言ってなかった?」

「『遍歴の旅の途中で絶対に見つけ出して、八つ裂きにして野犬のエサにする』とか言ってたような気がする」

「うん、さすがリーリアだ。俺は逃げる」


 レーデルは一目散に食堂から出て行こうとした。

 だが、食堂のすぐ外のエントランスフロアにて――


「……レーデル……」


 リーリアはレーデルを待ち構えていた。

 最後に会った時より少々やつれて見えるのは、おそらく怪我のせいだろう。シャツにズボンという寝間着姿で、足は裸足。前傾姿勢を取っていて、身体がまだ痛むにも関わらず無理して階上から降りてきた、という風である。

 そして、両手には抜き身の剣を握っていた。

 むき出しの殺意を、リーリアはレーデルにぶつけてきている。

 一応、レーデルはフレンドリーに呼びかけてみた。


「やあリーリア、久しぶり! 怪我したそうじゃないか! 俺を出迎えてくれるのはうれしいけど、さすがに寝てなって。杖と剣を間違えているみたいだし――」

「……レーデルゥ!」


 リーリアは剣を大上段に振りかざし、レーデルに斬りかかった。

 が、踏み込んだ瞬間に身体のどこかが痛んだのだろう、レーデルにたどり着く以前に体勢は崩れ、剣はむなしく床を打つ。リーリアはその場に崩れ落ちてしまった。

 レーデルは素早く剣をもぎ取りつつ、リーリアを助け起こした。


「久しぶりの再会でドッキリを仕掛けたい気持ちは分かるけど、こいつはいいセンスじゃないぞ。とりあえずベッドに戻りなって」

「戻らない……!」


 長い黒髪を振り乱しながら、リーリアは右手をレーデルの喉にかけ、締め上げ始めた。


「おっと、今度は再会を祝してレスリングかい? 参ったなあ、怪我人相手に本気出せるわけないじゃないか。まあ落ち着けったら……」

「リーリア! やめろって!」


 シアボールドが食堂から飛び出し、リーリアを引きはがした。

 レーデルはやっとのことで自由になり、咳き込みながら立ち上がる。


「いやー、結構な握力だ。ドラゴンにやられたって聞いたから心配してたけど、問題なさそうだな」

「レーデル! ふざけないで!」


 シアボールドに押さえつけられながら、リーリアはもがき、叫んだ。


「レーデルのせいで、お父さんは左遷を食らって、今は辺境で冷や飯食らいの毎日よ! これがレーデルの恩返しなの!?」

「それを言われると、返す言葉もない」


 レーデルは悄然と頭を下げるしかなかった。

 と、セレナが出てきて、レーデルの代わりに抗弁した。


「仕方ねーだろ! レーデルは教会から狙われる身なんだから、家族に謝りに行くこともできねーんだよ! だいたい、枢機卿殺しの件については、枢機卿の方が先に手ェだしてきたんだからな! 正当防衛だってーの!」

「あなた、何者!?」

「あたしはセレナ・ラス・アルゲティ、レーデルのパートナーだ! ついでに言うと、あたしも枢機卿殺しの場に居合わせたから、あたしもレーデルと同罪だぜ!」

「…………!」


 リーリアはセレナをにらみつけ、セレナはリーリアを睨み返す。

 おずおずと旅籠の主人が出てきて、場を取り持つように言った。


「お客様方、騒がれては困ります……。他のお客様に迷惑ですよ」

「いや、申し訳ない! ほれ、主人もああ言ってるだろ! 部屋に戻るぞリーリア。まだ怪我も治りきってないのに、ここから追い出されたくないだろ?」

「……仕方ない……」


 リーリアはつぶやき、抵抗を止めた。最後にレーデルに鋭い視線をくれると、顔を伏せる。

 シアボールドはリーリアを階上に連れていこうとしたが、一旦足を止めた。


「枢機卿殺しの話、興味あるな! あとで教えてくれないか?」

「ああ、約束するよ」


 レーデルが手を上げたのを見て、シアボールドは親指を上げて応じ、階上に去って行った。

 それからレーデルは主人に頭を下げた。


「すいませんね、騒いじゃって」

「この程度で追い出しはしませんよ。冒険者の方々を泊める以上、よくある話ですしね」


 主人は笑いながら食堂に戻った。

 レーデルも食堂に戻ろうとして、アルケナルから奇異の視線を向けられていることに気づく。


「枢機卿を殺したから……勇者の称号を剥奪されたってことかしら……?」

「殺しちゃいない。枢機卿は生き残ったらしいから」


 レーデルは肩をすくめて話を打ち切ろうとしたが、アルケナルの興味は尽きなかった。


「私にも教えてくれるとうれしいんだけど……?」

「……ま、別に秘密にする話でもないけどな」


 苦虫を噛み潰したような顔を、レーデルは見せた。


「竜騎士の武具を集めに来ただけのはずなのに、なんで俺が身の上話をするハメになってるのかね……」


 ぼやきながらも、昔話を始めようとしたその時――

 グオオオオォォォォ……! と巨獣のうなり声が轟いた。

 ドゴォン! と近所で地震でも起きたかのような地鳴りが起きる。

 全員が驚いて息を呑んだその直後、旅籠の玄関扉が激しく開き、村人が飛び込んできた。


「ドラゴンだ! また村に飛び込んで来やがった!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ