その2 殺意の再会
ドガン、と音を立て、レーデルとセレナが腰を浮かす。
「ここにいるのが元勇者だってこと、知ってるみてーだなあ? 騎士様よお?」
セレナは両拳を固め、戦闘態勢を取る。
一触即発の空気に、言葉を失う旅籠の主人、そしてアルケナル。
レーデルは、というと――
「セレナ。こいつは大丈夫だ」
セレナを押しのけて、騎士のそばへふらりと歩み寄る。
硬い表情を浮かべていた騎士は、レーデルが近づいてくると――
「よお、レーデル! こんなところで会えるとは驚いたな!」
ぱっと顔を明るくし、両手を広げて歓迎の意を示した。
「驚いたのはこっちだって! 大した偶然もあるもんだ!」
レーデルも笑顔を浮かべ、握手を求める。騎士は大きな手でがっちりと手を握り返した。
その後、レーデルはくるりと振り返り、一同に紹介した。
「こいつはシアボールド・プレストン。俺の知り合いだ」
「どうもみなさん。シアと呼んでくれ。……そこの二人がレーデルの旅の連れかい?」
シアボールドはセレナ、アルケナルを見て、目を細めた。
「大した美人を二人も連れてるとか、うらやましいな! 楽しくやってるようで安心したよ」
「お褒めの言葉……ありがたく受け取っておくわ……」
アルケナルは美人と呼ばれるのに慣れているようで、スムーズに応じた。
一方セレナは面くらい、ゆっくりと構えを解いた。
「……なんだよ。帝国の人間が、レーデルと馴れ合っていいのかよ?」
「教会がレーデルを追いかけているのは知っているがね。俺は帝国の騎士であって、教会の人間じゃないのよ。見かけたら通報しろ、なんて特に言われてないし」
「はぁん。帝国の人間の割に、敬虔なサイナーヴァ教徒じゃねーみてーだな?」
「だからこそレーデルと仲良くなったのさ」
シアボールドは小さく笑った――が、すぐに顔を引き締めた。
「ただ……レーデル、おまえは今すぐこの村から出て行った方がいい気がするぞ」
「なんでだよ。久しぶりに会えたのに」
「おまえ、リーリアに会いたいのか?」
その名が出た途端、レーデルの表情が凍った。
「リーリアだと」
「俺と一緒に遍歴の旅をしている。今、この旅籠の上の階で寝てるぞ」
目に見えてレーデルは動揺し始めた。右へ左へ足をばたつかせるも、何をしていいのか分からず、何も出来ない状況だ。
ぬっ、とルーティがレーデルのショールから飛び出した。
「リーリアって誰のこと?」
「おっ。君が噂の美少女フィギュア魔神像か!」
丁寧に、シアボールドは一礼した。
「俺の名はシアボールド・プレストン。あなたのような美しい方に出会えて、名誉の極みです」
「ボクの美しさを分かってくれるとは、さすがレーデルの友人、センスがいい。で、リーリアってのは?」
「それは……」
自分が答えていいかどうか、シアボールドはレーデルに視線を投げた。
レーデルは自分で答えることにした。
「俺が孤児だったってことは前に話したよな? 俺を拾ってくれたのがファン・クラムって貴族の家で、リーリアってのはそこの娘なんだよ」
「へえ。ってことは幼なじみ?」
「幼なじみなんてレベルじゃない。ファン・クラム家は俺を家族同然に扱ってくれた。リーリアとは兄妹みたいなもんだよ」
「ふーん。ならなんでそのリーリアって子を怖がる必要があるのかな?」
ルーティの言葉に、レーデルは力なく首をひねった。
「俺はファン・クラムの家名に泥を塗った。勇者の称号を剥奪されるという不名誉でね。教会や帝国に未練は無いけど、ファン・クラム家への恩を仇で返してしまったことだけが心残り、というか後悔しててなあ。正直、リーリアが俺に殺意を抱いているとしても、俺の責任と言うしかない」
レーデルはシアボールドに目を向けた。
「リーリアは俺のことをどう思ってるんだろう。『愛するお兄ちゃんだから許してあげる』とか言ってなかった?」
「『遍歴の旅の途中で絶対に見つけ出して、八つ裂きにして野犬のエサにする』とか言ってたような気がする」
「うん、さすがリーリアだ。俺は逃げる」
レーデルは一目散に食堂から出て行こうとした。
だが、食堂のすぐ外のエントランスフロアにて――
「……レーデル……」
リーリアはレーデルを待ち構えていた。
最後に会った時より少々やつれて見えるのは、おそらく怪我のせいだろう。シャツにズボンという寝間着姿で、足は裸足。前傾姿勢を取っていて、身体がまだ痛むにも関わらず無理して階上から降りてきた、という風である。
そして、両手には抜き身の剣を握っていた。
むき出しの殺意を、リーリアはレーデルにぶつけてきている。
一応、レーデルはフレンドリーに呼びかけてみた。
「やあリーリア、久しぶり! 怪我したそうじゃないか! 俺を出迎えてくれるのはうれしいけど、さすがに寝てなって。杖と剣を間違えているみたいだし――」
「……レーデルゥ!」
リーリアは剣を大上段に振りかざし、レーデルに斬りかかった。
が、踏み込んだ瞬間に身体のどこかが痛んだのだろう、レーデルにたどり着く以前に体勢は崩れ、剣はむなしく床を打つ。リーリアはその場に崩れ落ちてしまった。
レーデルは素早く剣をもぎ取りつつ、リーリアを助け起こした。
「久しぶりの再会でドッキリを仕掛けたい気持ちは分かるけど、こいつはいいセンスじゃないぞ。とりあえずベッドに戻りなって」
「戻らない……!」
長い黒髪を振り乱しながら、リーリアは右手をレーデルの喉にかけ、締め上げ始めた。
「おっと、今度は再会を祝してレスリングかい? 参ったなあ、怪我人相手に本気出せるわけないじゃないか。まあ落ち着けったら……」
「リーリア! やめろって!」
シアボールドが食堂から飛び出し、リーリアを引きはがした。
レーデルはやっとのことで自由になり、咳き込みながら立ち上がる。
「いやー、結構な握力だ。ドラゴンにやられたって聞いたから心配してたけど、問題なさそうだな」
「レーデル! ふざけないで!」
シアボールドに押さえつけられながら、リーリアはもがき、叫んだ。
「レーデルのせいで、お父さんは左遷を食らって、今は辺境で冷や飯食らいの毎日よ! これがレーデルの恩返しなの!?」
「それを言われると、返す言葉もない」
レーデルは悄然と頭を下げるしかなかった。
と、セレナが出てきて、レーデルの代わりに抗弁した。
「仕方ねーだろ! レーデルは教会から狙われる身なんだから、家族に謝りに行くこともできねーんだよ! だいたい、枢機卿殺しの件については、枢機卿の方が先に手ェだしてきたんだからな! 正当防衛だってーの!」
「あなた、何者!?」
「あたしはセレナ・ラス・アルゲティ、レーデルのパートナーだ! ついでに言うと、あたしも枢機卿殺しの場に居合わせたから、あたしもレーデルと同罪だぜ!」
「…………!」
リーリアはセレナをにらみつけ、セレナはリーリアを睨み返す。
おずおずと旅籠の主人が出てきて、場を取り持つように言った。
「お客様方、騒がれては困ります……。他のお客様に迷惑ですよ」
「いや、申し訳ない! ほれ、主人もああ言ってるだろ! 部屋に戻るぞリーリア。まだ怪我も治りきってないのに、ここから追い出されたくないだろ?」
「……仕方ない……」
リーリアはつぶやき、抵抗を止めた。最後にレーデルに鋭い視線をくれると、顔を伏せる。
シアボールドはリーリアを階上に連れていこうとしたが、一旦足を止めた。
「枢機卿殺しの話、興味あるな! あとで教えてくれないか?」
「ああ、約束するよ」
レーデルが手を上げたのを見て、シアボールドは親指を上げて応じ、階上に去って行った。
それからレーデルは主人に頭を下げた。
「すいませんね、騒いじゃって」
「この程度で追い出しはしませんよ。冒険者の方々を泊める以上、よくある話ですしね」
主人は笑いながら食堂に戻った。
レーデルも食堂に戻ろうとして、アルケナルから奇異の視線を向けられていることに気づく。
「枢機卿を殺したから……勇者の称号を剥奪されたってことかしら……?」
「殺しちゃいない。枢機卿は生き残ったらしいから」
レーデルは肩をすくめて話を打ち切ろうとしたが、アルケナルの興味は尽きなかった。
「私にも教えてくれるとうれしいんだけど……?」
「……ま、別に秘密にする話でもないけどな」
苦虫を噛み潰したような顔を、レーデルは見せた。
「竜騎士の武具を集めに来ただけのはずなのに、なんで俺が身の上話をするハメになってるのかね……」
ぼやきながらも、昔話を始めようとしたその時――
グオオオオォォォォ……! と巨獣のうなり声が轟いた。
ドゴォン! と近所で地震でも起きたかのような地鳴りが起きる。
全員が驚いて息を呑んだその直後、旅籠の玄関扉が激しく開き、村人が飛び込んできた。
「ドラゴンだ! また村に飛び込んで来やがった!」




