その1 犬を探す少女
「ペイトネイア村にはまだ着かねーの? もう飽きたぜ」
うんざりした顔で、セレナはとぼとぼと森の中の小道を歩き続けている。
レーデルたち一行は、双月の竜騎士の三つ目の武具、竜面を探す旅の途上にあった。胸甲の地図によるとそれはペイトネイアという村に存在するらしい、ということで三人は山間の細い道を歩き続けていた。
一行を先導するのはレーデルである。広げた地図とにらめっこしながらセレナを慰める。
「この地図が正しければ、もうすぐ着くはずだ……多分な」
「その地図、信用できるのかよ。すっげー古地図に見えるけど?」
「きっと大丈夫。あとは道なりに進めば、ペイトネイア村にたどり着くはず……」
呟きながら、レーデルは前方を見渡し、足を止めた。
一行の眼前に、分かれ道が姿を現していた。
「道なり、ねえ。どっちの道だよ?」
「むぐぐ……? 地図を見間違えたか……?」
改めて地図を凝視するレーデル。
と、アルケナルが意見を口にした。
「左じゃないかしら……?」
「根拠あんのかよ?」
「ええ……あれ……」
左の分岐路の奥を、アルケナルは指さす。
道の奥で、何者かがザクザクと枯れ葉を踏みしだいていた。
「……女の子か?」
レーデルは驚いた。十歳にも満たないような女の子が、こんな場所をたった一人で出歩いているのは少々妙だ。
少女の側もレーデルたちに気づき、足を止めたが、警戒して近寄ってこようとはしなかった。
レーデルはできるだけフレンドリーな態度で、笑顔を浮かべながらゆっくりと少女に近づいた。
「やあ、こんにちは! 君はペイトネイア村の人?」
陽気に呼びかけたが、少女の表情は硬い。
ルーティがレーデルのショールから飛び出して、声をかけた。
「怖がらなくていいよ。ボクたちは旅の冒険者だ」
ルーティの姿を見た途端、少女は目を丸くして驚いた。
レーデルは慌てて言いつくろう。
「あー……これは妖精でね? つまり……」
「……あ、わかった! あなた、噂の変態勇者ね!?」
少女の言葉に、セレナとアルケナルは思わず吹きだした。
「……ああ、そうだよ。俺が噂の勇者だ」
渋々、レーデルは認めた。
幸い、おかげで少女の警戒心が解けたようだった。
「マール、見かけなかった?」
「マール?」
「うちで飼っている犬。茶色くて、尻尾が長いんだけど」
少女に問われて、レーデルはセレナとアルケナルに視線を投げる。
二人とも無言で首を横に振った。
「うーん、見かけないね。いつ頃からいなくなったのかな?」
「もう半月になるの」
悲しげな表情を、少女は浮かべた。
少女の衣服には雑草の切れ端やら枯れ葉の欠片がまといつき、足は土埃で汚れていた。顔つきは疲れ切り、飼い犬の捜索でかなり消耗している。
「できれば犬探しを手伝ってあげたいところだけど……」
といいつつ、レーデルは頭上を見上げる。
枝葉で覆われた向こうの空は、夕日で赤く染まりつつあった。ほどなく日は落ち、森は暗闇に包まれるだろう。
「もう暗くなるし、マール探しは明日以降にした方がいいね。おうちに帰ろう」
「うん……」
渋々ながら、少女は頷いた。
「すいませんねえ。パティの奴、マールがいなくなってから、ずっと村の外を探し回ってるんですよ」
と、少女の父親、ペイトネイア村の旅籠の主人は言った。
少女――パティの案内に従って、レーデルたちは無事ペイトネイア村にたどり着き、旅籠に部屋を取ることができた。一階食堂のテーブルを囲み、ともに夕食を摂りながら、レーデルは旅籠の主人から感謝の言葉をもらっていた。
「村の外には一歩たりと出るな、って言い聞かせているんですがねえ。実は今この村、ドラゴンに襲われているんですよ」
「ドラゴンですか」
「おや? 驚きにならないんで?」
「噂には聞いてましたからね」
レーデルは濁して応じた。
ドラゴンは通常、魔界領域を住処としていて、その他の地域――都市同盟領や神聖帝国領ではほとんど見られない。五十年以上前、大魔王軍が都市同盟領を蹂躙していた時代の「遺産」としてドラゴンの骨が発掘されることはよくあるが、生きている姿を目の当たりにする機会はそうないはずだ。
「いつ頃から姿を見せるようになったんですか?」
「半月くらい前からでしょうか。初めて見た時は本当にたまげましたよ。とにかく大きいですからねえ。若い衆が頑張って追い返してくれましたけど、その後も三度くらい村に近づいてきて、もう大変ですよ」
一旦言葉を切り、娘の姿がないのを確認して、主人は声量を絞った。
「マールの奴も、ドラゴンにやられたんじゃないですかねえ……」
「いなくなったのも半月前って言ってましたね、そう言えば」
「ちょっとでも目を離すと、パティがすぐ森に行ってしまって……。遍歴騎士の方が早くドラゴンを倒してくれることを祈るしかないですね」
「遍歴騎士ですって?」
その単語に、レーデルは顔色を変えた。
「ええ。お若い二人連れの帝国騎士様がたまたま滞在しておりましてね。村の苦境を伝えると、竜退治を喜んで引き受けて下さいましたよ。……おや、どうかなされましたか?」
主人は、レーデルのみならずセレナも緊張していることに気づいた。
「この二人……帝国と少なからぬ因縁があるんですよ……」
アルケナルが簡潔に説明した。
シュバイエル神聖帝国には、若き騎士は遍歴の旅に出て武者修行を行う、という伝統がある。遍歴騎士と呼ばれ、大陸のあちこちを旅して回るのだ。その実績、成果によって、その後の出世に影響が出るとされるため、若者達は意欲的に旅先の人々からクエストを引き受け、モンスターを倒すのである。
ここペイトネイア村は都市同盟領にありながら、帝国との境に近い。遍歴騎士がいても不思議ではない。
問題は、その遍歴騎士が「元勇者」に対してどう反応するか、という点である。
「おや。それはいけませんね」
主人は目を丸くした。
「お二人ともこの旅籠に泊まってましてね。お一方はまだ帰ってきてませんが、もうお一方は上の部屋で寝込んでまして」
「寝込んでる?」
「ドラゴン退治に向かったはいいが、返り討ちに遭いまして。幸い命に別状はないようですが」
「参ったね。離れの貸部屋とかありませんかね?」
「ございませんねえ。どのようなトラブルかは存じませんが、知らん顔していれば先方も気づかないんじゃありませんか?」
「知らん顔で許されますかね?」
と言いながら、レーデルはショールの中に隠れていたルーティを取り出した。
ルーティは軽く手を上げて挨拶した。
「こんばんは。ルーティと呼んで欲しい」
「……これは……! あなた、世に噂の、美少女フィギュアを持ち歩く変態勇者!?」
「ここにも俺の名が轟いているなんて、恐縮だなあ」
レーデルは大きなため息をついた。
「ああ……。勇者様が帝国とトラブっているとか、聞いたことがありますよ。でもどういうことで?」
「それにはちょっとした事情があって……」
レーデルは適当にごまかそうとしたが、
「……簡単な話さ。サイナーヴァの枢機卿を殺しかけたんだよ、そこの勇者様は」
食堂入口から、声が飛んできた。
全員、咄嗟に声の来た方向を見やる。
帝国のサーコート――騎士が鎧の上から着る衣服――に身を包んだ長身の男性が、食堂入口に立ち、レーデルを見下ろしていた。




