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その17 ルーラー・オブ・ル・ロアン


「わかった! ゼドがいないんだよ!」


 シアボールドは、そう叫びながら一同の元に戻ってきた。

 幻のル・ロアンから戻ってきた人々は、廃虚のほぼ一カ所に集まっているようだった。その中にレーデルは紛れていないか、と探して回るうちに、シアボールドは違和感を覚え、自力でその正体を見つけ出したのだった。


「ゼドって、そっちが先に世話になってた男か?」


 セレナに問われて、リーリアは頷いた。


「はい……。たしかにあの人、あまり幻のル・ロアンから離れたくないって言ってたけど……」

「ちょっと気になりますね、それは……」


 不安げにマリアが呟く。


「サイリオスはレプリカ剣を持っていませんでした。もしかして、ゼドが入手して、レプリカの力で私達を追い出したのでは……?」

「ありそうな話ね……でもだとしたら、何故レーデルだけ幻のル・ロアンに留め置いたの……?」


 アルケナルの疑問に、答えられる者は誰もいなかった。


「……理由など知ったことか!」


 ジークルーネが声を張り上げる。


「レーデルだけが向こう側に囚われたままなんて、いいわけがない! こちら側に連れ戻す方法はないのか!?」

「そんなことを言われても……」


 マリアはアルケナルと目を見交わす。しかし、二人とも解決策はない。

 沈黙が、絶望の気配に変わりかけた時。


「方法があるかもしれないわ……」


 顔をしかめながら、ヨランが身体を起こした。


「だめだよヨラン! まだ静かにしてなくちゃ!」


 リーリアの制止を無視して、ヨランはどうにか立ち上がる。


「大丈夫。リーリアのおかげで、かなり良くなった……」


 笑顔を作るヨランだったが、その顔色は決して良くはない。


「左手を使うつもり……?」


 アルケナルは思い出す。レーデルとの修練の最中に起きた現象のことを。

 ヨランは力強く頷いた。


「もちろん。あの時とは入口と出口が逆だし、うまくいくかどうかは自信ないけど……試してみる価値はあるでしょ」

「でも、あの時レーデルは風の精霊の力でズタボロにされたわよ……?」

「無理に突っ込もうとすれば、私もズタボロにされるわね……。でもそのくらい、リーリアがいるじゃない」


 ヨランはリーリアの肩に手を置いた。


「もう少し、あなたの魔法に世話になるわ。頼めるわよね?」

「ヨラン……」


 リーリアはためらった。

 怪我は治せるだろう。だが、怪我をした瞬間の痛みを感じることは不可避である。

 強烈な痛みは人の心を折る。心までは、魔法でも治すことはできない。

 だが、ヨランほどの人間が、そんな当たり前のことを覚悟していないはずがなかった。


「……わかった。ヨランが何回怪我しても、私が何回も治してあげる……」


 神妙に、リーリアは頷いた。


「アルケナル、ロシエル先生のこと、お願い……」

「ええ……任されたわ……」


 アルケナルはロシエルのそばにつき、回復魔法による治療を再開した。

 ロシエルは何も語らず、リーリアを勇気づける強い視線を送った。

 そして目を閉ざし、おとなしく治療に身を委ねた。


「話は決まりね。それじゃみんな、少し場所を空けて。怪我するわよ」


 と言いつつ、ヨラン自らが場所を移動し、スペースを取る。


「レーデル……必ず連れ戻してあげるわ……!」


 小さく呟いてから、ヨランはかっと目を見開き、左手に黒い竜巻を宿らせた。




「……クソッ!」


 毒づきながら、レーデルはゼドの斬撃を受け止めた。

 ゼドの剣の腕は想像以上に高かった。派手なところはないが、一方で隙が無く、つけいるところが少ない。守りに重点を置いており、これが一対一の戦いならばむやみに戦いを長引かせる原因となるのだが、一対二という状況では話が別である。


「フンっ!」


 ゼドの剣を受けているレーデルの背に、サドワが斬り込んでくる。

 ゼドへの反撃の機会を捨て、レーデルは飛びすさって逃げる。

 さしものレーデルとて、使い手二人に同時に襲われては、逃げの一手で戦うしかなかった。


「おまえら、多数で斬りかかるだなんて、卑怯だろうが! 恥を知れ恥を!」


 言い返してはみたものの、レーデルの言葉はむなしく響く。


「命を懸けた戦いに卑怯もへったくれもあるか!」


 ゼドがまたもレーデルに斬りかかる――とともに、サドワがふらりとレーデルの視界から消える。再び、レーデルの視界の外から仕掛けてくるつもりである。


「人の尻ばかり追いかけやがって……! そんなに男の尻を見るのが嬉しいか!」


 挑発の言葉を投げかけてみるも、返ってくるのは容赦の無い不意打ちばかりである。


(これは……チャンスがなさすぎる……!)


 一対二の不利でも、二の側の連携がまずければ、一の側に勝つ目はある。その低い可能性を探ってみたのだが、どうやらその目はなさそうだった。


「どうするの、レーデル!」


 ショールの中のルーティに問われて、レーデルは――


「……逃げる!」


 二人に背を向け、細い路地に飛び込んだ。


「一対二じゃどうにもならん! まずあいつらの分断を図る!」


 街の中に姿を隠せば、サドワとゼドは手分けして探しにかかるはず。そのいずれかを短時間で倒すことで勝利への道を切り開く――

 と、レーデルは算段したのだが。


「今や、幻のル・ロアンは俺が支配しているってこと、忘れてもらっちゃ困るなあ?」


 サドワがレプリカ剣を掲げ、集中する。

 レプリカ剣が青白い輝きをほのかに強めたかと思うと――

 レーデルの周囲の建築物が、一斉に消滅した。


「なに!?」


 突然のことに、レーデルは急停止。

 レーデルを中心に、数十メートルの範囲が更地と化していた。


「こんなことまでできるのかよ!?」

「これだけじゃないさ……!」


 更にサドワはレプリカ剣を天に掲げた。

 すぐには何も起きなかった――が。

 はるか頭上、空を覆う霧の向こうを、巨大な竜の影が飛び去っていった。


「冗談だろ……!?」


 何が起きるかを悟り、レーデルは目を見開いた。

 数秒後、レーデルの予想通り、空からゾンビが降ってきた。数十体まとめて。


「ハハハハ! レーデル、おまえがゾンビに食われるところを眺めるのも一興だなあ!?」


 サドワは勝ち誇り、大笑いしてみせる。


「レーデル、逃げろ!」

「言われるまでもない!」


 サドワたちに背を向けようとしたレーデルだったが、ふと気が変わった。

 逆に、サドワたち目がけて突撃した。


「……なにぃ!」


 サドワの勝利の笑みは一瞬で凍り付いた。

 地面に叩きつけられたゾンビは、身体を起こすと、レーデル目がけて移動を開始する。

 レーデルはサドワ、ゼドを無視して通り抜け、その向こう側にまで逃げ切った。

 おのずと、サドワとゼドがゾンビたちの波を最初に受け止めることになり――


「何してるんだ! このアホ!」


 サドワを責めながら、ゼドが腕を一振りする。

 直後、ゼドのすぐそばに炎の精霊が姿を現した。

 レーデルはまたもや驚いた。


「あんた、魔法も使えたのかよ!」

「人は見た目によらないだろ? 炎の精霊よ、ゾンビどもを焼き払え!」


 炎の精霊はくるりと一踊りして、周囲に炎の渦を巻き上げた。

 ゾンビたちは無策に炎の中へ飛び込み、次々と焼かれていった。ゼド、そしてサドワのはるか手前で、消し炭と化す。

 危機が完全に去ったところで、サドワとゼドは改めてレーデルに向き直った。


「奥の手として取っておくつもりだったが、ま、いいだろ。ここからは三対一ってわけだ」


 サドワ、ゼド、そして炎の精霊は、レーデルを三方から囲むように動き始める。


「機転を利かせてピンチを脱したつもりが、更なる大ピンチとはね……」


 レーデルの頬を汗が伝う。状況はますます絶望的だった。


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