その15 勇者たちの昇天
「……ッ……!」
レーデルのほんの一瞬の隙を、サイリオスはついたつもりだった。
だが、ほんのわずかに、白刃を抜くタイミングが遅れた。
その一瞬の遅れが、レーデルに反応する余裕を与えた。
崩れた体勢のまま刃を掲げ、首に入るはずだった一撃を寸前で止める。
そしてそのままつばぜり合いとなる。
「馬鹿な……ッ!」
交差する二本の剣の向こう側で、サイリオスは驚愕の表情を浮かべていた。
「何故一瞬引っかかった……!?」
白刃を抜く瞬間、サイリオスは何かが引っかかるような感触を覚えた。
抜くタイミングが遅れたのはほんの一瞬。
ただその一瞬が、レーデルの命を救った。
サイリオスは程なく悟る。
レーデルのナイトフロストからじわりと流れ出る、サイリオスの顔をなめる冷気。
そして、柄を握る自分の手に垂れる、冷たい液体。
「……貴様! この柄と鞘を凍らせたのか!?」
「ご名答……!」
剣越しに、レーデルは語る。
「完全に抜けなくしたかったけど、そこまでうまくはいかないか……!」
してやったりの笑みを、レーデルは浮かべた。
サイリオスはいきり立つ。
「はっ! 命がわずかに伸びただけで、何をそんなに笑っている!」
「聞きたいのはこっちの方だ。師匠の剣術を見よう見まねで再現している、って言ったよな? だったら鞘を抜いた後はどうするんだよ!」
言い返しながら、レーデルは踏み込み、サイリオスを押し込んだ。
「師匠は、剣を一度抜いたら斬るだけだ。抜いたままで立ち回りはしないぞ。要塞であんたと立ち会った時もそうだったはずだ。見てないものをどうやって真似るんだ……!?」
「それがどうした!」
まだ、サイリオスは余裕を保っていた。
「ロシエルの剣術が私の全てじゃあない! 貴様を斬る方法などいくらでも……」
とまで語った瞬間。
「……んなあああっ!?」
突然サイリオスは悲鳴を上げた。
異様な表情が浮かび、剣を握る手が緩む。
その隙をついて、レーデルは白刃をはね上げる。
サイリオスの剣があっさりと弾かれ、無防備な胴を晒す。
レーデルは袈裟斬りを放った。
「……やめろ……ッ!」
ロシエルの身体から、サイリオスの霊体が飛び出した。
しかし、対アンデッド付呪を施されたナイトフロストの前では、意味が無かった。
一切のためらいなく、レーデルは霊体ごとロシエルを叩き斬った。
「……ぐ……ッ!?」
幽体は二つに裂けた。
ロシエルの身はゆっくりと沈み、どうと地に倒れ伏した。
「何が……何が起きた!?」
二つに裂かれ、今にも消えそうになりながら、なおもサイリオスの霊体はそこに留まっていた。
レーデルは剣の切っ先で、ロシエルの右手を示した。
白木の剣を握るその手が、血まみれになっていた。レーデルに斬られたわけでもないのに関わらず。
「その剣、つば、ないだろ? つばがないのにつばぜり合いなんてやったら、手が切れるに決まってる。だから師匠は、剣を抜いたままの立ち回りは絶対にしない」
「なんだと……!?」
「あんたに、師匠の記憶を完全に読むことができていたら、これにはすぐ気づいただろうな。でも、あんたは見よう見まねで剣術を真似しただけで、こいつを普通の剣と同じ感覚で扱ってはならないことを知らなかった。そういうわけだ」
「な……そんな……そんなことで……!?」
「なんにせよ、レーデルの勝ちだ。君はさっさと昇天したまえ」
ルーティが追い打ちのごとく言葉を投げ、さらにレーデルに助言する。
「その剣で、この幽体とあたりの霧をかき混ぜてしまいなよ」
「さすがにそれはひどい」
ルーティ案を拒絶し、レーデルはサイリオスを称える言葉を贈った。
「あんたはとてつもない強敵だった。あんたの最後の決闘相手になれたことは名誉だと思っている。だからおとなしく昇天してくれ」
「…………」
サイリオスは何も言い残さず、そのまま消え去った。
レーデルは緊張を解き、大きく肩を落とした。しかしすぐに我に返り、振り返る。
「リーリア! 師匠の手当を!」
リーリアはヨランをアルケナルに任せ、ロシエルの元に駆けつけた。
レーデルは伏せているロシエルの身体をひっくり返した。身体の前面に、見事な斬撃が刻まれていた。
「治せるよな!?」
「きっと大丈夫!」
請け負いつつ、リーリアは回復魔法を施そうとする。
その時、ゆらりとロシエルの手が持ち上がり、リーリアの手を止めた。
「治療は……必要ない……」
薄く目を開け、ロシエルは呟いた。
「ロシエル師匠!? 意識を取り戻したんですね!?」
レーデルの呼びかけに、ロシエルは苦しげに頷いた。しかし、リーリアを制する手を引っ込めない。
「ダメだよ! 今すぐ治さないと死んじゃう……!」
「リーリアの言うとおりですよ、師匠! ここで死んだら、俺との決闘はどうなるんですか!」
「決闘は……たった今、決着がついただろ……レーデル、おまえの勝ちだ……」
「いやいや、こんな決着はダメでしょ! 俺が戦ったのはサイリオスで、師匠じゃありませんって!」
「私に勝ったサイリオスに……おまえは勝ったんだ……これで心置きなく逝けるぞ……」
「……心置きなく……?」
(師匠は死にたがってる……!? 何故だ!?)
そうとしか思えないロシエルの態度に、レーデルの思考は止まってしまった。
「……先生、死の呪いにかかっているんだよ……」
突然、リーリアが口走った。
レーデルが息を呑んだ瞬間、ロシエルの顔色も変わる。
「リーリア……! それは言わない約束だ……!」
驚いてレーデルはロシエル、リーリアを交互に見やる。
リーリアは、悲しげな息を一つ吐いてから、告白した。
「少し前に、ロシエル先生に会ってたって言ったでしょ……その時に教えてもらった……」
「なに……!」
レーデルはセレナとシアボールドを見やる。
二人とも何も言わなかった――が、二人の顔に浮かんだ表情が雄弁に物語っていた。
「どうしてレーデルと戦おうとするの、って先生に聞いたの。何回も何回も。そして教えてもらったんだ。呪いのこと……」
「口止めをしたのは私だ……」
リーリアの言葉を受け、ロシエルが語る。
「おまえと本気の戦いがしたかったからな……気兼ねなく戦えるよう、先にサイリオスに戦いを仕掛けて、ヘマをこいたのがこの結果だがな……」
「……死の呪い、ってどういうことです」
「先祖代々の宿業なんだ……。腕に兆しが現れた者は、三年以内に突然死する。デア・ドレクセン一族の先祖が受けた呪いのせいらしい……」
ロシエルは左の袖をめくり、肌をあらわにした。
ちょうど肘の裏側辺りに、わずかな螺旋を描いた三本足の黒いしるしが刻み込まれていた。
レーデルとしては初めてお目にかかる代物だった。が、はっきりと感じた――そのしるしが放つ、忌々しげな気配を。
ル・ロアン中心の要塞の中を、戦士ベテルと魔法使いロッシが走っている。
「レプリカ剣を守らなくては……!」
二人を突き動かすのは、サイリオスの残留思念。本体の意志とは関係なく、悪あがきをしていた。
二人は持っている鍵で要塞内の特別倉庫に入り込む。特に重要な物などを隠し置く場所で、その壁に魔剣ベゼ・ファタルのレプリカが横向きに架けられていた。
「これさえあれば、もう一度サイリオスを呼び出すことができる……! このル・ロアンが消えることはない! さあ、ロッシ……!」
レプリカ剣を手に、くるりと振り返るベテル。
彼が見たのは、白目を剥いて突っ立っているロッシだった。
「ロッシ……!?」
ロッシは一言も答えず、その場に崩れ落ちた。
そしてその向こうに、男が二人。
「こんなところにレプリカを隠していたのか……」
たった今ロッシを斬り倒したゼド・ダガシュに、
「安心しろ。幻のル・ロアンは、ゼドが維持してくれるそうだ」
同じく剣を抜いて構えているサドワ・クラヴェレット。
「貴様ら……!」
ベテルが構えるより早く、サドワは床を蹴って突撃し、一突きでベテルの腹部を貫いた。




