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その11 飛び込め脱出命懸け


「はああ――っ!」


 木剣を構えたヨランが、レーデルへ神速の突きを放った。


「ぬああっ!?」


 同じく木剣を握るレーデルが、必死にヨランの突きを払う。

 ヨランの突きはあまりに鋭く、一瞬でも油断したら身体に穴を空けられそうだった。思わず、大きく飛びすさってしまう。


「レーデル! そんなに腰が引けててどうするの! 訓練にならないわ!」


 鋭いヨランの声に叱責されて、レーデルは神妙に頭を下げた。


「悪い! ちょっとビビりすぎた!」


 謝ってから、改めてレーデルは距離を詰め直し、再びヨランに正対した。

 来たるべき戦いの日に備え、レーデルはヨランの修練相手を務めていた。

 ひとたびサイリオスと剣を交えたという経験を、ヨランにしっかりと伝えなければならない。その思いで、レーデルは必死にヨランにつきあっている。

 なにやら勇者候補生時代に戻ったようで、レーデルの心は不思議な高揚感を覚えていた。


「一回サイリオスと戦ってるんでしょ? 太刀筋、再現できる?」


 ヨランに問われて、レーデルは難しい顔をした。


「できるとは思うけど、アレを真似するのはちょっと怖いんだよなあ……」

「そうなの?」

「あいつには依代をとっかえひっかえできるって話だろ。いざとなったら身体を使い捨てできるから、捨て身の攻撃を連打してくるんだよ」

「なるほどねえ……じゃあレーデルも捨て身でかかってきなさいよ」

「死ぬわ! 木剣相手でも!」


 レーデルは叫んだが、


「ヨランの言うとおりにしたら?」


 横で修練の様子を眺めていたリーリアが両手を掲げた。


「どんな大怪我をしても、私がすぐに治してあげるから!」

「痛いものは痛いんだよ! それに回復魔法でも大怪我治すのには時間がかかるだろうが!」

「もう、レーデルったら、そこまでムキにならなくてもいいじゃないの」


 ヨランは一笑いして、レーデルの肩を叩いた。


「ムキにもなるわ! まったくもう……」


 と吐き捨ててから、レーデルもつられて笑った。

 ヨランはすっかり調子を取り戻しているらしい。ヨランの屈託ない笑顔を見て、レーデルもまた安堵感を覚えていた。


「それはそれとして、サイリオスにどう対策したもんかね?」

「ボコボコにしても問題ない的が必要よね……」


 と発言したのは、様子を眺めていたアルケナルである。

 タクトを一振りし、氷の精霊を喚び出した。いつもなら巨大な精霊を喚ぶところ、今回の精霊は男性の平均的な体格サイズである。


「これに剣を持たせてみたらどうかしら……?」

「悪くない。けど随分つらそうな顔をしているね」

「精霊のサイズを絞るのは難しいのよ……」


 美しい顔立ちを歪めながら、アルケナルは精霊を制御していた。特にその手先を微細に再現し、それぞれの手に五本の指を伸ばす。

 レーデルが木剣を手渡してみると、精霊は器用に握ってみせた。

 木剣を中段に構え、剣士らしく振り回す。それなりに様になっていた。


「いけそうだな。こいつを的にしてもらおうか」

「仕方ないわね。一度レーデルをボコボコにしてみたかったんだけど」


 微笑みながら、ヨランは氷の精霊に対した。


「ただ……私、うまく動かせるかしら……?」


 アルケナルは更に集中する。しかしその動きはぎこちなかった。


(アルケナルには剣士としての勘はないからなあ)


 と、レーデルは感じた。

 するとルーティがレーデルの首を叩いた。


「ボクを氷の精霊の頭に埋め込んでくれないか?」

「何をする気だ? 突然涼みたくなったのか」

「違うよ。ボクとレーデルの感覚共有を広げて、レーデルが直接精霊を動かせるようにするんだ」

「なに? そんなことができるのか?」

「できそうな気がする。試してみてよ」

「面白そうね……」


 アルケナルの意志に従い、氷の精霊がひざまずき、レーデルの眼前に頭を垂れた。

 レーデルはルーティをわしづかみにして、氷の精霊の脳天に押しつけた。

 すると、足先からぬるりと氷の表面にめりこんでいった。堅めの泥でも相手にしているかのように。


「このくらいでいいよ」


 下半身がほぼ埋まったところで、ルーティはストップをかけた。


「下半身が冷えそうだな」

「暑さ寒さなんてボクには関係ないよ。さてレーデル、始めるよ……」


 ルーティが感覚共有を始めた。


「……おっと。来てる来てる」


 いつもの視界共有だけではない。ルーティとのより強い一体化を、レーデルは感じた。

 奇妙な感覚が広がっていくとともに、氷の精霊は立ち上がり、レーデルと同じポーズを取った。

 レーデルが右手を挙げると、精霊が右手を挙げる。

 レーデルが左手を振ると、精霊も左手を振る。

 レーデルが右手を肩越しに、左手を脇腹の横から回し、背中で結ぼうとすると――

 精霊の両腕が背後に回り、しかしまったく届かず、ミシミシと不気味な音を立て始めた。


「ストップ、レーデル! 精霊の腕がもげる!」

「さすがにそこまでは無理か」


 ルーティに制止され、レーデルは腕を元に戻した。


「でもこれはいいな。俺自身が精霊になったみたいだ」

「曲芸の類いだけどね。でも、今回みたいな場合には使えるんじゃないかな?」

「使える使える。これなら怪我を気にせずヨランとやり合える」


 レーデルはルーティの目を通し、ヨランと相対した。

 ヨランは改めて気合いを入れ直した。


「そうね。私も気兼ねなくやれるわ!」


 やる気を示すかのごとく、ヨランは左手に黒い旋風をまとわりつかせ、軽く一振りした。

 生まれた小さな竜巻が、空を満たす霧をほんの一瞬だけ吹き払い――

 その向こうに、赤い煉瓦の壁が見えた。


「……ん!?」


 レーデル、ルーティ、アルケナルが、びくりと反応する。

 というのも、一瞬垣間見えたその風景は、本来のル・ロアンのように見えたからだ。


「おいちょっと! 今のは……!?」

「あ、見えた?」


 一方、ヨランとリーリアはさほど驚いた風もなかった。


「私のこの力で、ほんの一瞬だけ幻を破れるみたいなのよね」

「マジかよ! だったらサイリオスと戦うまでもなく脱出できるじゃないか!」

「それが、うまくいかないのよ。色々試したんだけど、無理矢理通り抜けることも、幻を破る瞬間を長くすることもできないの。というか、脱出できるならとっくに脱出してるわよ」


 そりゃそうだ、とレーデルは思ったが、諦めるわけにはいかなかった。


「もう一回やってみてくれ! 俺が一瞬の隙をついて飛び込んでみせる!」


 勝手に言ってヨランのそばに寄り、小さく構えて、飛び込む体勢を取る。


「仕方ないわねえ……どんなことになっても知らないわよ?」


 渋々といった体で、ヨランは左手から竜巻を発生させた。射出はせず、その場で留まらせる。

 横転状態の竜巻が幻の霧を吹き払い、渦の中にまたも赤煉瓦の風景が浮かび上がる。


「……今だぁぁ――ッ!」


 全力でレーデルは飛び込んだ。

 完璧なタイミングだと思われたが――

 幻を切り裂いた黒い旋風が、そのままレーデルの全身も切り裂いた。


「……うぎゃああ――ッ!?」


 全身から派手に噴血して、レーデルは地面に激突。悶絶してのたうち回った。


「どんなことになっても知らない、って言ったでしょ?」


 呆れながら、ヨランはリーリアを呼び、レーデルの治療を頼んだ。




「眠れない……」


 深夜、レーデルは根城とした建物の中をあてもなく歩いていた。

 例の救貧院みたいな建物の二階は複数の小さな部屋に間仕切りされていた。そこに藁などを持ち込んでベッドとしたのはいいが、レーデルは傷の痛みで眠れずにいた。

 リーリアの治癒魔法のおかげで傷口は完全に塞がったが、たとえ魔法でも瞬時に完治とはいかない。経験則上、明日一日は痛みが治まらないだろう、とレーデルは見ていた。

 藁の山の上で呆然とし続けていても、退屈で仕方が無い。外の風景でも眺めてみよう、とさらに上階の無人の部屋を訪れてみたところ――


「……ありゃ。先客がいた」


 開け放たれた窓枠に、ジークルーネが腰掛け、所在なさそうに夜空を眺めていた。


「……お。レーデルか」


 と語るジークルーネは、憂いの表情をたたえているように見えた。


「ホームシックですか? 陛下」

「違う。いや……違うと思う」


 自信なさそうに否定してから、ジークルーネはレーデルを手招きした。


「話し相手になってくれないか……。別に大した話をするわけでもないが」

「いいだろう。どうでもいい話を語るのは得意だからね」


 招きに応じて、レーデルはジークルーネのそばに近づき、窓際の壁に寄りかかった。


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