その7 ル・ロアンの囚われ人たち
「……もう大丈夫でしょうよ。連中も、そこまで熱心には追ってこないでしょうから……」
大きめな建物の入口へレーデルたちを導きながら、覆面の女性は言った。
覆面の女性の先導に従い、レーデルたちは広場から裏路地へ、迷路のような住宅街からまた別の広場へと駆け抜けていた。
たどり着いた場所は、広場から少し分け入った道の途中に入口を持つ建物だった。
(どこかで見た救貧院に似ているな)
などと、レーデルは思った。が、この場所には貧民の姿は一人とてない。壁の一面に窓が並んでいるばかりで、沈黙に包まれた無人の薄暗い空間が広がっていた。
女性の言う通り、追っ手が迫ってくる気配はない。そもそも、かなり早い段階で追っ手の姿は見えなくなっていた。広場にたどり着いた頃には、レーデルたちもほぼ徒歩状態になっていたくらいである。
「まず、あんたに感謝する。助かったよ。あの煙幕をぶち上げたのも……?」
「私です」
レーデルの感謝の言葉を受けて、女性は顔を覆う布を取り払った。
青っぽい髪の女性だった。長い髪を棒のようなものに巻き付け、後頭部でひとまとめにしている。見た感じ、レーデルよりはやや年上と見えた。
「マリア・ハロッド。よろしく」
と、女性は自己紹介した。
レーデルたちもそれぞれに名乗り、挨拶を済ませる。そして最後に、
「ボクはルーティ。どうぞよろしく」
ショールの中から頭を突き出し、ルーティが言う。
マリアは驚いて、かっと目を見開いた。
「えっなにこれ」
レーデルの許しを得て、マリアはルーティを取り上げ、その姿をじっくりと観察した。
「これは……伝説の魔神像……?」
「その通り。そしてこの俺が噂の変態勇者ってわけだ」
レーデルが自嘲気味に言う。
と、マリアは不思議そうな顔をした。
「変態勇者……?」
「あれ、ご存じない?」
ルーティが口を挟む。
「彼こそ、美少女フィギュアを肌身から離せないことで有名な元勇者レーデル・クラインハイトなんだけど」
とまで説明されても、マリアはピンとこないようだった。
レーデルはじわじわと驚きの表情を形作っていった。
「おいマジか。変態勇者の噂を知らない人間がこの世に存在したのか!」
「……ごめんなさい。そういうことはわかりませんね……長いこと、この幻の街に閉じ込められたきりですから……」
「……あっ」
マリアの悲しげな顔に、レーデルもすぐさま表情を改めた。
ルーティはレーデルに告げた。
「この人はボクたちの同類みたいだね。何かに取り憑かれている気配もない」
「そういうことは早く言ってくれ。……俺たちの先達でしたか」
「ええ。ここに囚われて、もう四年くらいになりますか……」
「四年だと!?」
ジークルーネが声を張り上げた。
「四年もここに留めおかれているというのか!?」
「ええ……貴方たち、もちろん外に出たいと思っていますよね?」
「当然! こんな場所で一生を過ごすなど御免だぞ!」
「だったら、私と協力しませんか? 外に出る手段自体はわかっているんです」
「本当かよ!」
と声を上げてから、レーデルはサイリオスに言われたことを思い出す。
「……それって、サイリオスを倒せば、ってこと?」
「実質的には、そうですね。正確に言うと、脱出の鍵はサイリオスが持っている剣です」
「あの薄青い剣か。見るからに魔法剣って感じだったな」
「あれこそ、この幻のル・ロアンを生み出している魔法剣ですよ。あれを手に入れれば、幻を消し去って、元のル・ロアンに帰れます」
「なんだよ。あいつの言ってること、本当だったのか」
少し気が楽になり、レーデルは肩を落とした。
が、ルーティはすぐには信じなかった。
「本当なんだろうね? どうしてそこまで断言できるんだい?」
「おいルーティ」
「ボクも、この人が嘘をついているとは思わないけどさ。信じるに足る証拠がないとね」
「それは……」
マリアは何か言おうとして、少し考え込む。
そのタイミングで、アルケナルが進み出た。
「マリア・ハロッド……思い出した……四年前に失踪を遂げたカースマイスター……」
マリアの視線を受けて、アルケナルは改めて自己紹介した。
「私もカースマイスター……エニオーの弟子……」
「エニオーの? あ、そうだったんですか!」
驚きの声を上げると、マリアはアルケナルに握手を求めた。
「もしかしたら、前に一度会ったことがあるかもしれませんね! エニオーには一度お目にかかってますから!」
「そうかもしれないわね……まったく記憶にないけど……」
「アルケナルの同業者だったのか」
レーデルの言葉に、アルケナルは深く頷いた。
「レーデルだって、ルーティの呪いを解くためにカースマイスターをあたりまくったって言うなら……名前くらい聞いたことあるんじゃない……?」
「……どうだっけ」
レーデルはセレナに意見を求めた。
「まったく覚えてねー」
セレナは即答した。レーデルも同意見だった。
「聞いたことがあるかもしれない。覚えてないけど。失踪したってのは、要はここに囚われてたってことだね。なんでまた?」
「それは……」
しばらくためらってから、マリアは答えた。
「……私が、サイリオスの怨霊を解放してしまったからです」
「なんと」
「四年前、勇者ご一行から依頼を受けたんです。ル・ロアンに眠る魔剣ベゼ・ファタルを手に入れるため、私のアドバイスが欲しい、って」
「ベゼ・ファタル!?」
ジークルーネが声を張り上げ、マリアは少なからず驚いた。
「それは……予どもが今追い求めている魔剣だぞ」
「そうだったんですか。……あなたさっき、元勇者って言ってましたね?」
マリアはレーデルを見やる。
「一応、サイナーヴァから選ばれた勇者だった。過去形だけどね」
「私に話を持ってきた方も、サイナーヴァの勇者でした。バーラントって名前でしたけど……」
「バーラント? 俺の先代じゃないか」
レーデルはその名を聞いたことがあった――逆に言うと、名前しか知らないのだが。
「勇者バーラントは旅先で死んだらしい。それを受けて、俺が次の新しい勇者に任命されたんだ」
「そうでしたか。ということは、バーラントは私と別れたあとに亡くなったということでしょうかね……」
「バーラントは、幻のル・ロアンにはいないってこと?」
「はい……。細かく言うと、私は二度ル・ロアンの廃虚に来て、二度目に一人で再訪問した時に、幻のル・ロアンに取り込まれたんです」
す、とマリアは懐中から棒のようなものを取り出した。おのずとレーデルたちの目がそこに行く。
「あ、すいません。これはただの編み棒です。つい癖で……」
と言い訳しながら、マリアは手の中で編み棒を器用にくるくると回し始めた。
「この人の髪留めも、よく見たら編み棒じゃないのかな」
ルーティの指摘で、初めて気がついた。マリアの後頭部の団子ヘアーに突き刺さっている棒は、編み棒のように見えた。
「趣味なんです……。長いこと囚われていると、暇なもので……」
さらによく見れば、首回りのレースなど、編み物で作れる装身具を、マリアはいくつか身につけていた。どれもこれも立派な既製品に思えるが、自作なのだろう。
「すごいわねえ……あとで教えてもらおうかしら……」
「ええ、あとでお時間があったら……」
苦笑してから、マリアは話題を元に戻した。
「最初に訪問した時に、私がベゼ・ファタルを抜いたんです」
「要塞の奥の部屋にあった?」
「はい……。おそらくはエニオーが、ル・ロアン籠城戦で非業の死を遂げた怨霊たちを封印するため、あそこにベゼ・ファタルを突き立てたのだと思います」
「きっとそうよ……」
アルケナルの首肯を受けてから、マリアは話を続ける。
「あれから五十年以上経ってもなお、怨念たちは危険なままなのか、あるいは時の流れのうちに全てを忘れ、無害な存在と化したのか……見極めて欲しい、というのが勇者バーラントの依頼だったんです。そこで私は勇者パーティに同行し、ル・ロアンにてベゼ・ファタルと封印を調べました」
「その結果、ベゼ・ファタルを抜いた、と?」
「はい……。私の見る限り、危険性はないように思えました。事実、抜いた時も何も起きなかったんです。念のため、私が自作したベゼ・ファタルのレプリカで封印を施し直し、本物はバーラントが入手しました。その時は何の問題も無かったのですが……」
マリアの顔に、後悔の色が兆した。
「結局、私のレプリカ剣では力不足で……サイリオスの怨霊に逆利用されてしまったみたいなんです」
「その結果が、今俺たちがいる場所、と」
「はい……。私一人ならまだしも、他の訪問者まで巻き込んでしまっていることが申し訳なくて……だから、なんとしても解決したいんですよ。勇者サイリオスの怨霊からレプリカソードを取り戻して、幻のル・ロアンを本当の幻にしてしまいたいんです……!」




