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その9 異端審問官


「やっと一つ目の武具ゲットか。随分時間かかっちまったなあ」


 と、セレナは自分の腕に装着した双月のガントレットの具合を確かめながら言った。

 レーデルたちはもう一晩アッカニアに泊まっていくことにした。既に時間は夕刻、今すぐホルスベックに戻る必要はあまりない。そんなわけで、外で食事を済ませ、今から宿に戻るところだった。

 三人は裏道を歩いている。道の左右に石の壁が高くそびえる狭い道で、レーデルたち以外の人気は無い。


「ご協力感謝するわ……」


 一緒に夕食をとったアルケナルが慰労の言葉を述べる。


「必要な武具はあと三つ……そちらもお願いするわね……」

「三つ揃ったら財宝が出てくるんだよなあ。一体どのくらいの額になると思う?」


 セレナはいかにも楽しげ、足取りは浮き立っていた。どうして壁にぶつからずに済んでいるのか、不思議なくらいである。

 たしなめるように、レーデルはため息をついた。


「あんまり期待するなって。こういうのはたいていしょーもないオチがつくもんだ。五十年前の財宝とは実は生モノで、全部腐り果ててました、とかな」

「あらレーデル……夢がないのね……」

「アルケナルこそ、マジで財宝が見つかると期待してる?」

「何かがあるらしいのは事実ですもの……。過去の魔王軍が何を残したのか、それを知られるだけでも意味はあるわ……」

「学究的興味なら、いくらでも満たせるだろうな。でも俺たちは価値ある実物が欲しいんだよなあ。俗物なんでね」

「だったらもっと期待したらどうかな? 金銀財宝が見つかるって夢を抱く方が健全だし、幸せと思うけど?」


 レーデルの肩に座るルーティが主張する。


「期待しすぎて外れるとショックが大きいんだよ。空ばっかり見上げていると、足下のウンコを踏みつける羽目になる」


 と言いつつ、レーデルは空を見上げた。

 頭上の空は赤く染まり、地上に大きな影を落としていた。レーデルたちが行く道も影に覆われ、ほの暗い。

 不意に、数メートル向こうの横道から二つの黒い影が現れた。旅装を身にまと、剣を腰にさげた二人連れの男。

 レーデルたちの同類かと思われたが――


「……おい、レーデル」


 セレナが鼻を鳴らし、危険な匂いをかぎ取った。

 二人の男はレーデルたちの進路を塞ぐように並び立つ。

 途端、凄まじい殺気が押し寄せてきた。


「レーデル・クラインハイトだな」

「おうとも」


 レーデルはためらわずに剣を抜いた。

 セレナも右足を前に出し、双月のガントレットを構え、戦闘態勢を取る。

 ただ一人、アルケナルは事態が飲み込めず、立ち尽くした。


「これは一体……?」

「アルケナルは下がってな!」


 セレナが叫ぶとともに、右ストレートを振り抜いた。双月の衝撃波が旅人を襲う。

 二人の旅人は地を蹴り、左右に分かれた。剣を抜きながら壁際を駆け抜け、それぞれレーデルとセレナに襲いかかる。

 レーデルはすれ違いざまに剣を斜めに振り抜いた。手応えは浅い。

 右脇腹をかすめられる感覚を覚えたが、敵の切っ先は上着を傷つけるだけに留まっていた。すぐさま振り返り、敵を追う。

 セレナを襲っていた旅人が切っ先を変え、レーデルに身体ごと剣を叩きつけてきた。

 咄嗟にレーデルは攻撃を受け、くるりと身を流した。敵は一瞬レーデルを見失い、たたらを踏んでつんのめる。


「隙ありぃ!」


 セレナが敵の背中に飛びつき、後頭部を掴んで、全力で壁に叩きつけた。

 鈍い音を響かせた後、追い打ちとばかり首の裏側に全力の掌底を叩き込む。不気味なうなり声を上げて、男は昏倒した。

 その横をすり抜け、レーデルはもう一人の男を追う。

 もう一人の男もレーデル目がけて突進してくる。

 レーデルは敵の剣を跳ね上げ、駆け抜けざまに斬った。

 今度は重い手応え。

 敵は苦し紛れの反撃を放つも、むなしく空をかすめた。しばし二本の足で持ちこたえていたが、膝をつき、身体を負ってその場に倒れ込む。短時間けいれんした後、そのまま動かなくなった。

 張り詰めた空気は去り、裏路地は元の静けさを取り戻した。あとに残ったのは荒い息を整える二人と、命を失い倒れている二人。

 暗い石壁に、赤い鮮血が歪んだ弧を描いていた。


「……ど……どういうこと……?」


 アルケナルが、やっとの事でレーデルに問いかける。


「もしかして、赤蛇団の人間が仕返しに……?」

「いや、違う」


 レーデルは剣をしまうと、死体の懐をあさり、ネックレスを引っ張り出した。

 右側が欠けた円を伴う十字架のシンボルが、ペンダントとしてくっついていた。

 サイナーヴァ教のシンボルマークである。


「こいつらはサイナーヴァの異端審問官だ。俺を殺しに来たんだよ」

「殺しに……? それって、あなたが勇者をやめたから……?」

「そうだ。教会は俺に反逆罪を宣告している。ついでに言うと、パンデモニウムへ行く必須アイテムを回収するには、俺を殺すのが一番手っ取り早い」


 レーデルは身体を起こし、左腕にくっついているルーティを見やった。

「必須アイテム」は腕組みをし、難しい顔をしてみせた。


「こいつら、ボクを欲しがってるんだよね。人気者はつらいなあ」

「あのなあ。命を狙われる俺の方がつらいに決まってんだろ」

「それは同情するね。ボクとしても、レーデルには死んで欲しくないからね」

「でも、教会の連中が許してくれるはずがないんだよなあ」


 レーデルも腕組みをし、難しい顔をした。無意識にルーティのマネをしてしまう。


「だからどうしても魔神像の呪いを解きたいわけね……」


 アルケナルの言葉に、レーデルは小さく頷いた。


「そういうこと。正確には、変態勇者の名を返上したい。その二つ名が轟くほど、異端審問官は俺を見つけやすくなる。俺を見逃してくれるなら、魔神像なんぞ喜んでくれてやる、と言いたいところだけど……」

「教会は絶対にレーデルを見逃さないんじゃないかな。ボクのことを抜きにしても」


 ルーティにそう指摘され、レーデルは苦笑する。


「そうだよなあ。教会はメンツにかけて俺を殺そうとしている」

「大変ね……」

「勇者をやめると、こういう目に遭う。ま、自分で選んだ道だから、仕方ないね」


 レーデルは死体から離れ、立ち上がった。


「衛兵を呼んで死体を片付けてもらうとして……」


 この殺人はあくまでも正当防衛なので、レーデルたちが罪に問われることはないだろう。

 それより問題は、泊まっている宿の近くで襲われたという点である。


「夜を待たずにここで斬りかかってきたってことは、あたしらの宿の特定まではできてねーのかもしれねーが……」

「特定されている、という前提で動いた方がいいだろうな。別の宿を探すしかない」


 面倒を思い、レーデルとセレナはため息をついた。

 そんな二人にアルケナルは提案する。


「せっかくなら……私の所に来ない……?」

「え、本当かい?」


 ルーティは目を丸くした。


「行く行く! すっごい興味あるね!」


 が、レーデルは渋い表情を浮かべた。


「誘ってくれるのはうれしいけど……俺も井戸に飛び込むの?」

「もちろん」


 アルケナルはにっこり笑って頷いた。


「ご冗談! 普通に井戸の底に落ちたらどうすんだ!」

「安心して……一緒に飛び込んであげるから……カースマイスターの私を信じて……」

「心中じゃねえか! 俺は新しい宿を探すぞ!」

「えー、行こうよレーデル! ちょっと飛び降りるだけじゃないか! このいくじなし!」

「ちょっとじゃ済まねえよ! おまえにはわからないんだろうが、俺たち人間は高いところから落ちると死ぬんだよ!」


 舌先の集中砲火を受けながら、小走りにレーデルは逃げた。アルケナルがその後を追う。


「おーい、衛兵呼ぶの忘れるなよ! あたしもアルケナルのおうち、興味あるんだけど……!」


 のんびりとした歩調で、セレナが二人に続く。


「俺は宿をとって普通のベッドで寝る! 普通のベッドでな!」


 走りながらレーデルは断言した。

 ついさっき命を狙われたばかりだというのに、ルーティがいるとどうも深刻になりきれない。気持ちが暗くならないのはいいことだが、緊張感に欠けるきらいもある。いいことなのか悪いことなのか、レーデルには判断がつきかねた。


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