44.それは、知らずにかける迷惑に
「……襲われているのは幌馬車か。護衛の人間が何人かいるが、周囲を囲むモンスターが多いので苦戦しているようだ」
「お兄ちゃん、見えるの?」
「いや、まだ明確には見えてない。スレイプニルから伝わる感覚で、おおよその状況がわかっているだけ……っと、近付けば徐々に明確な情報になってくる。護衛は三名で、おそらく一人は魔術師。あとは数人が幌馬車の中にいるという状況だ」
人間にはまだ視覚できない距離だが、スレイプニルの聴覚からとどく情報を元に映像を結ぶと、おおよその状況は認識できるまで近付いた。
「見える距離まで近付いたら、上空から一気に下降して馬車の前に降りる。スレイプニル、幌馬車の馬たちに驚かないように伝達たのめるか?」
二人にもその事を教えるため、あえて言葉にして聞いてみる。……念話のような感覚で肯定の意識が送られてくる。そうか、可能か。
「じゃあ頼んだぞ。フローリア様は、馬上でそのまま待機していてください。ここは風の魔法障壁がありますし、何より並のモンスターならスレイプニルに向かってきません」
「わかりました。あと護衛の方々が怪我を負っているかもしれません。もしそうなら回復魔法を使いますので、一度こちらに来るよう伝えてください」
「了解しました。そしてミズキ、お前は俺と一緒にモンスターの掃討だ。一旦護衛を下がらせてから、一気に片付ける」
「わかった。下がらせた後に合図をお願い」
「おう。…………見えた!」
前方にかすかに明かりが見える。明かりをつけると目立つとはいえ、何もつけない暗闇での戦闘はそれこそ自殺行為だと思ったのだろう。
すぐさまその明かりの上空へ向かい飛翔する。瞬く間の目的地上空に到着し、そして降下。
「いくぞ!」
「「はい!」」
急降下するスレイプニルが、一際高く嘶きを轟かせる。それと同時に幌馬車に繋がれた2頭の馬の前に、音も無く──だがとてつもない威圧とともに、降り立った。
それと同時に、俺とミズキは馬上から一足飛びでモンスターと対峙している護衛の下へ跳んだ。
囲んでいるモンスター達は、ゴブリン系の集団だった。ざっと見渡しても40……いや、50はいるかもしれない。普通の旅路に護衛でつく冒険者なんて、多くて数人もいないだろう。これでは普通はどうしようもない。
俺とミズキはそれぞれ、馬車の側面で戦っている護衛のそばに降り立ち、挨拶代わりに近接していたゴブリン達を切り捨てた。
「えっ!?」
「あ、あんたは?」
驚く冒険者達。そして何事かと幌馬車の中から、スレイプニルとフローリア様を見る人たち。
馬上のフローリア様は周囲を見渡し、スレイプニルの魔力範囲がすでに幌馬車にまで及んでいるのを確認して声をあげる。
「私はグランティル王国第一王女フローリア! 今これより、この場は私と私の友が承る! 冒険者達よ此方へ下がりなさい!」
いきなりの展開に理解がついていかないのか、冒険者たちは無論ゴブリンたちも虚をつかれたかのように、口を半開きにして動かない。
「ここはまかせて、一旦下がってくれ!」
「後は私達にまかせて、下がって!」
「いや、しかし……」
「あんたたちは……?」
「話は後だ!」
「いいから早く!」
俺とミズキが声を荒げると、ようやく状況を整理できたのか二人の冒険者は、フローリア様の方へと走って行った。どうやら大きな怪我とかはしてないようだ。なら後は……
「ミズキ!」
「うん!」
旅人を襲うモンスター相手なら、なんの遠慮も要らない。ミズキは久しぶりに、常に腰にさげている愛剣を抜き構える。性能だけみれば、ゲーム内で聖剣クラスにも見劣りしない一品だ。……名前さえ見なければな。
俺は普通の剣を握る。というか鞘に収まった刀を構える。これは普通の野太刀で、特別な性能は無い。ただ、やはりお国柄というわけではないが、刀というものへの憧れは否めない。なので俺が自由に立ちまわれる時用に用意してはおいたのだ。
そして俺とミズキは、互いに目配せをして……動いた。
剣を構えたミズキは、そのまま自身の前方にいたゴブリン数匹を一度に切り払う。そして返す刃で、付近にいたゴブリンをまた数匹切り伏せる。
その攻撃でようやく意識を戻したゴブリンが、幌馬車へ近付こうとする。当然俺がそれを見逃すわけが無い。鞘に納めた刀へそっと手を伸ばし、腰を少し落とす。そして前方へすばやく踏み込みながら抜刀。俺が移動した軌跡上にて、ゴブリン達はその動きを止めて崩れ落ちる。
抜いた刀の血糊を一振りして落とし、再び鞘に納めて構える。その間にミズキは、もう一回り外側のゴブリン達を切り伏せていた。その辺りからホブゴブリンなどもいるようだが、全く問題ないとばかりに猛威を振るっていた。
その更に向こうから、弓を構えたゴブリンアーチャーによる攻撃が来た。飛んでくる矢に対し、反応できたのは俺とミズキのみ。だが既に幌馬車は、スレイプニルより生じた風の魔法障壁で覆われていた。飛んできた矢は、一つ残らず幌馬車に届く前に見えない障壁に返し落とされた。
しかしゴブリンたちは、魔法障壁により攻撃が通らなかったのが理解できず、その後も何度か矢を放ち続けた。しかしそれもすぐ収まる。ゴブリンが理解したわけではなく、ミズキがそれらをすべて討伐し終わったからだ。
何匹かが出し抜くかのように幌馬車まで来たが、当然気付いていてミズキは俺に役割をよこしただけだった。
かくして突如はじまった遭遇戦は、同じようにあっさりと終了を迎えた。
「ありがとうございました。まさかこのような場所で、聖王女様にお会いできるとは……」
幌馬車の中で身を潜めていた人物の中、身なりのしっかりした初老の男性が、フローリア様に頭を下げながら感謝の言葉を口にする。それにならい他の人たちも頭を下げる。
俺とミズキはそれぞれ王女様の横に立っている。俺達はフリーリア様からの進言により、護衛を受けた友人という紹介をされた。まあその通りなんだが、改まって言われると少しむず痒い。
「頭を上げて下さい皆様。今の私はお忍び旅をする、ただの旅行者なのですから。先ほど名乗りましたのも、この場を一時的に指揮する為。そして王家の名において責任を承ることを宣言するためです」
この辺りの配慮はありがたかった。時間がなくフローリア様への説明もままならなかったが、状況を見て自ら行ってくれたのはさすがだと思う。
突如現れた人物が王女だと名乗れば、真偽は後回しにして指揮を受けようと考えることもある。なんせ王族だと名乗っておきながら、それが偽りであったとすれば、ある意味王家への反逆・謀反ともとられる所業。それをこんな危険な場所に、わざわざ降り立ってまでするのでれあば、もはや疑うことの方が難しいという事なのだろう。
「申し遅れました、私はミスフェア公国に住むレイリックと申します」
「お初にお目にかかります。あなたがミスフェア公国のレイリック子爵ですね」
「おお、私のような者までご存知ですとは……ありがとうございます」
「アルンセム公爵からも、ミスフェア公国の交易において、常に尽力されておられると伺っております。厚く御礼申し上げると共に、今後もよろしくお願い致します」
「ははっ、ありがたき幸せです」
貴族間での挨拶が一通り済んだところで、俺は気になっていた事を聞くことにした。
「あの、この馬車は魔よけの札とかは貼ってなかったのですか?」
魔よけの札というのは、破邪系統の神聖魔法を付与した札で、馬車などには通常必ず付いているものだ。ゴブリンクラスであれば、完全に押さえ込むことは難しいかもしれないが、それでも先ほどのように大群で取り囲まれる事態にまで発展しなかったと思う。
俺の質問に子爵は、御者を呼び寄せた。
「それなんですが……」
「どうした。いまさら何を言われても事態は変化しない。ならば素直に話せ」
「はい。魔よけの札はこの馬車の側面に貼ってあったのですが、その……」
言いよどんだその言い方が気になった。貼ってあった?
「貼ってあったということは、つまり今はもう無いと?」
「は、はい。その、どうやら移動中に損傷してしまったらしく、札のあった辺りの部分が何かで傷つけられたように損傷しており、札はどこにも……」
「なんだと! 何故もっと早く言わなかった!」
「も、申し訳ありません!」
詳しく聞いてみると、休憩時に点検した際札が貼ってあるあたりの外板が、何かで傷つけられたように損傷しており、札を固定する留め金もこわされて札がなくなっていたらしい。
今まで札が無くなるということがなかったのと、魔よけの札も安いものではないので、予備を用意しておくことをしていなかったらしい。
なるほど、この世界では魔よけの札ってのはそんなに高価なんだ。LoUでの魔よけの札は、フィールドでの低級モンスターからのエンカウント低下効果くらいのものだ。なので足止めをくらう高ランクプレイヤーが気休めで持つ程度の価値しかなかった。
UIを操作して、自分のストレージを覗いてみる。……ああ、やっぱり沢山あるな。俺はそこから2枚取り出してフローリア様に差し出す。
「フローリア様。これをお願いします」
「これは……。なるほど、わかりました」
すぐに此方の意図を読み取り、札を手に子爵たちの方へ行く。
「レイリック子爵、この件はその御者の不手際というよりも、運が悪かったという事で収めてはくださいませんか?」
「……王女様がそうおっしゃるのであれば」
「それでですね、こちらを」
「こ、これは魔よけの札!? しかも……2枚!」
「はい。1枚はまた貼り付けて下さい。もう一枚は予備もかねて、馬車の中に設置して下さい」
「……ありがとうございます」
「あ、あ、ありがとうございますっ……」
フローリア様の言葉に子爵が頭を下げる。それに遅れ、ようやく理解できた御者がさらに深く頭をさげて感謝を述べる。周囲でことを見守っていた人たちも、それぞれ感謝を述べながら頭を下げた。
その後、倒したゴブリンの魔石をどうするなどという話が出たが、フローリア様はお忍びな上、先を急ぐので討伐で得た素材はすべて譲り渡すと伝えた。こちらとしても、さほど興味を惹かれる素材ってわけでもないしね。
最後にフローリア様がもう一度子爵に、自分たちはお忍びのような状況なので、今会ったことは内緒にして欲しいと伝える。全員が同意してくれたのを見て、俺たち三人はスレイプニルで先へと進んだ。
後ろからはずっと感謝の言葉が聞こえ、ミズキがそれに手を振り続けていた。
「カズキ様、先ほどの魔よけの札を渡された事は……」
ふとフローリア様が先ほどの行為について話しはじめた。急に俺が魔よけの札を取り出したが、それを自分ではなくなぜわざわざ手渡したのか、という事だ。先ほどの様子をみるに、やはりフローリア様はわかっているのだろう。
「はい。あの札を直接渡してもよかったのですが、あの場面ではフローリア様に手渡すほうがよいかと思いました。というのも……」
一応ミズキにも理解できるように、経緯を説明しようとする。
あの馬車の札を壊したのは、多分俺が消し去ったあの歪な空間だ。あの空間が宙に浮くように存在していたが、丁度走行した馬車の側面があたってしまったのだろう。そうなるとあの札が消えた原因、半分は製作側の責任だといえなくもない。
そんな裏事情は伏せながら説明をしようとしたのだが、
「わかってますわ! アレは『早く札を渡して解決して一緒に旅を続けようぜ』という、カズキからの熱いメッセージですわね! はい、受け取りましたわ。ふふふ……カズキ……」
「うわ! え?」
「ちょっ!? 王女……じゃない、フローリア! 何してんのよ!」
知ってかわざとか、フローリアは俺に軽く抱きつきながら、そんな事をのたまった。それに驚く俺と反応して声をあげるミズキ。
内心慌てているものの、何故かこの空気にちょっと安堵している三人がそこにいた。




