43.そして、刻と人は動き出す
日没となった。予め決めておいたように、これで本日の移動は終了だ。
ただ、ここで言う“本日”というのがちょっと特殊だ。現実へ行っている間は、こちらの時間は止まる。つまりここで一度向こうへ行っても、戻ってきた時の時刻は直後から始まる。
それを利用しての“擬似無休強行軍”と行ったところだろうか。向こうの世界でしっかり休みをとって、こっちでは深夜ぶっ通しの移動となるわけだ。
そんな訳で、一先ず進行を止めて世界を移動することになった。
現実に来てまず最初に夕食をとった。といっても、昼同様あまり手の込んだものをつくる余裕はない。今晩のメニューは『うどん』だ。具は油揚げと揚げ豆腐。出来合いの具材を使ったが、両方揚げ物なのでさっぱり仕上げた品を購入しておいた。
反応はどうかなと思ったが、二人ともうどんは知らなかったようだ。啜って食べるという食事法にも最初慣れてないのか苦労していたが、無理に啜りきらず噛み切ってもいいよと教えた。どうやらこれも中々好感触だったが、おそらく向こうの世界の和風の国にもあると言うと、ならば一緒に探してみようという運びとなった。……でもそれだと乾麺になっちゃうか。自分で小麦こねて作る方がいいかも。
食事が終わったら後は、完全にまったりとした時間が訪れた。
これに関しては、現実だろうが異世界だろうが、変わらない光景だ。
二人は寝室に割り当てた隣の部屋で休んでいる。先日掃除したばかりなので、隣の部屋には寝具以外には、座布団のような小物インテリアしかない。そのあたりは仕方ないが、飲み物なんかは冷蔵庫に入れておいたので、欲しいときは自分でやってといってある。ただ、飲みすぎは絶対しないようにと厳重注意したけどね。
俺は自室のPCで、LoU実装を考えていた和風の国についての資料を漁っていた。だが、思ったとおりほとんど何もなかった。元々ミスフェア公国との交易国というのが一番太い繋がりで、そのミスフェア公国もサービス終了の際に慌てて実装したようなものだ。最初決めたおおまかな“和風の国も順次実装する予定”という事意外、何もないに等しいのだろう。
あー……。でも、和風系統の武器はいくつか実装されてたのか。
サービス期間中はGMキャラのみが装備していた天羽々斬も、わざとイベントなどでGMが装備することにより『今後和風装備の実装があるかも』とユーザーに思わせる狙いもあった。
ただ、普通なら天叢雲剣の方がメジャーだと思うんだけど、なぜ天羽々斬だったのかは今となっては不明だ。
実装されてる、もしくは設計仕様が存在する和風武器って、どんなのがあるのかな。ちょっと興味がわいたのでざっと目を通してみた。
・天之尾羽張
・天逆鉾
……なんか“あめの~”って武器多いな。好きだったのかな?
・村正
これも定番だな。あの有名な海外RPGでも最強クラス武器として、延々と登場してるしな。
・菊一文字則宗
なんだっけこれ。……ああ、新撰組の沖田総司の愛刀か。ずいぶん個人的な趣味の武器だな。でもまあ、流石にこれは仕様設計があるだけで、実装データはないのか。
他にも色々と見てみたが、日本・海外問わずけっこう有名な武器は、実装検討として仕様は残っていた。だが、最終的にGM用に天羽々斬が実装されただけだった。個人的には他の“あめの~”と名が付く武器も、いつかは実装しておきたいような気もする。
ふと時計を見ると、夜の10時を回っていた。
二人には部屋での休憩をとらせたとき、入浴もするように言ったのでもうとくに上がってるはずだ。なら明日のために、もう今日は寝てもらったほうがいいだろう。むこうの時間が停止しているとはいえ、体感での生活習慣を崩すのは健康によくないからな。
部屋を出て隣の部屋へ行く。二人ともパジャマに着替えて、敷いた布団の上でのんびりーとしていた。おきてはいるようだが、もう半分まどろみの中って感じか。
「お風呂も入ったよな? それじゃあ今日はもう寝るようにしてくれ」
「わかりました。カズキはどうなされますか?」
「俺もそろそろ寝るよ。じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ、お兄ちゃん」
挨拶を交わして俺は部屋へ戻ることにした。ただ、その前に冷蔵庫からノンアルコール飲料を1缶持ち出した。寝る前に少しだけ飲んでおこうと思って。
ただ、明日も午前中から馬に乗ると考えると、アルコールは控えたほうがいいと思ったのでノンアルコールで。無論、あっちの世界に飲酒運転なんて言葉はない。でもだからといって、今まで自分が守ってきた規則をおいそれと破るのも気がひける。こっちじゃ馬は軽車両扱いだから、ひっかかるんだよね。
簡単な調べ物をしながらノンアル飲料を半分ほど飲む。そのあたりで切り上げて風呂場へ行く。さすがにお湯は冷めてしまってぬるいので、シャワーを浴びて終わりにした。自室へ戻って、のこったノンアル飲料を飲み干して、俺はベッドの上へ横になる。
ここでもう少し考え事をしようかと思ったのだが、やはり慣れた環境は体が覚えているのだろう。いつのまにか俺の意識は、深い眠りへとついていた。
ゆっくりと意識が覚醒する感覚。感じるのは、自分の部屋独特の雰囲気。閉められた窓の向こうからは、何年も聞きなれた朝の喧騒がガラス窓とカーテン越しに伝わってくる。
合わせ閉じのカーテンの隙間からもれる光は、もう陽が昇っていることを指し示す。
そろそろ起きないといけないと思いながら、俺は両手に収まった抱き枕を抱きしめ直す。
…………抱き枕?
俺の部屋に抱き枕なんてあったか? でも、普通の枕にしては大きいし、なにより柔らか……柔らかいってなんだ。おい、これってもしや……。
「ダメですよカズキ。女性をこんなに強く抱きしめては……あっ」
俺に抱き着いている人物を引き剥がす。すると驚いた後、ニコリと……それはもう屈託の無い笑顔を向けてくる。
「……何をしてるんですかフローリア?」
「何って……カズキに抱きしめられていただけですよ」
「はぁ?」
ひとまず今の自分の状況を、落ち着いて考える。多分これは十中八九あれだ、アニメやゲームとかでよくある女の子が勝手に寝床に入ってくるという、夢見がちでありえないイベントだ。
まあ、確かにこの状況は驚いたけど、嬉しいかどうかと聞かれたら……まあ、そのー……ねえ。
どうしようかなーと、いささか緊張感にかけた思考中、俺の耳にトタトタと足音が聞こえてきた。その音は部屋のドア前で止まり、ガチャリとドアが開いて……
「お兄ちゃん! フローリア! 何やってんのおおぉッ!?」
ミズキが絶叫していた。これこれ、近所迷惑だから叫んじゃダメだよ。
「おはようございますミズキ。本日もよい天気ですね」
そんなミズキを何処吹く風といわんばかりのフローリア。なんかもう、この子もう聖女でもなんでもねーな。いやたしかにいい子だし、性格も真面目でかわいいけど、それとは別にいわゆる小悪魔女子だよね。
物凄い設定仕様がありながら、最後の一行を適当に付け足したり書き換えたり、そんな感じで微妙にブレたキャラになってるというか。
一言で言うと『手に負えない』だな。
これでヘタに対応しても事態は好転しない。まあ、フローリアも純粋にイタズラしたかっただけなんだろう。
「とりあえず着替えるから。ほれフローリア、出て行ってくれ」
「うふふ、わかりました」
思いのほかあっさりと離れて、そのまますたすたと部屋を出て行ってしまう。残されたミズキは唖然としたあと、今度はこっちを睨む。
「フローリアが勝手に入ってきただけだ。詳しくは本人に聞け」
「……わかった」
そう言って部屋を出て行こうとする。しかし立ち止まってこちらを向き、
「……お兄ちゃん」
「何だ?」
「おはよう」
「……おう、おはよう」
挨拶を交わすと、かすかにミズキは笑顔を浮かべてへ部屋を出て行った。
やれやれ、今日も朝から元気だな。何かいいことでもあったのかな。
朝食は簡単なピザ風トーストだ。食パンに板チーズを乗せ、その上に切ったベーコンを乗せる。最後に少し粉チーズをかけて、オーブントースターで焼く。そんな感じで手軽な食事だったが、王都では醗酵食品があまりないらしくチーズを面白がって食べてくれた。
とはいえ醤油があるのならば、当然醗酵食品もあるはずだ。なんせ醤油を造るには醸造をする必要があるけど、その為には醗酵知識は不可欠なのだから。
朝食を済ませた後は、少しだけ食後休憩。その時間を使って本日の予定を話し合う。
「休憩が終わったら向こうへ戻る。わかってると思うが、向こうはこちらへ来た時刻から始まる」
「はい」
「うん」
「時間的に夜だが、その分こっちで十分休んだとはずだ。なので深夜になるが、予定通りミスフェアへ向かうことにする」
「わかりました」
「大丈夫だよ、しっかり休んだし」
二人とも疲れの影はまったく見えない。本当にしっかりと休めたのだろう。と、思っていたのだが。
「というよりも、昨日の移動も快適だったよね」
「そうですね。あんなに疲れない旅路は私も初めてでしたわ」
旅の疲れとしてはあまりにも軽微だったと言う。まあ、見えない疲れとかもあったはずだから、十分に休んだことは無駄ではないはずだ。
この後、本日の移動目標についての説明もした。今夜から明日朝まで、何度かの休憩を挟んでの走行となる。そしてミスフェア公国の近くで、再びこちらの世界での睡眠休憩を取ることにする。それで体内時計を朝方に合わせ、両方の世界での時差をなくす予定だ。
こちらでの準備を終えて、向こうへ行く。
こちらでの二日目、向こうでの夜移動の旅が始まった。
「思ったほど視界が暗く感じませんわね」
「うん。もっと全然見えないのかと思ってた」
駆けるスレイプニル上より周囲を眺めながら、二人は不思議そうに言う。夜目に慣れてきてるという事もあるのかもしれないが、おそらくこのスレイプニルの感覚が二人にも少しばかり影響しているのだろう。
「まあ、これなら夜でもあまり気にしないで進めそうだな」
「そうですね。それではミズキ、さっきの話の続きを」
「えっと、なんでしたっけ?」
「アレですよ。ミスフェア公国へ訪れる最初のきっかけになった……」
「ああ! ペトペンの視野を借りて水中を見るってやつですね」
さっそく二人の馬上女子会がはじまった。女が三人あつまると『姦しい』ってなるけど、二人だと何だろうね。……女女って書くと『女々しい』ってなるな。
そんな、本当にどうでもいいことを考えていた時の事。
「ッ!?」
思わず息を飲み込んで前方を眺める。だが、さすがに遠すぎてなにも見えない。
「どうしたのですか、カズキ」
「お兄ちゃん、どうかした?」
二人が聞いてくるが、それには応えずスレイプニルに感覚を同調させる。
それによって人間では感知できない情報が、魔力パスを通じてこちらに伝達してくる。
「前方で……人がモンスターに襲われてる!」
「「!!」」
まだ全てが見えたわけではないが、おそらく確定だろう。スレイプニルを通じて、戦っている護衛と馬車の乗員、そして取り囲むようにいるモンスター達を感じる。
「カズキ様! ミズキ様! グランティル王国第一王女として命じます、直ちに救助を!」
「了解しました! フローリア様は馬上で待機して下さい。ミズキは接近した後、俺と一緒にモンスター討伐だ。行けるな?」
「うん、行けるよ!」
一気に空気が張り詰める。俺たちだけなら負ける要素は皆無だが、今はわずかな時間も惜しい。
「行くぞ! 全速で進めッ!!」
俺の言葉と共に、スレイプニルの走り抜ける軌跡が──光の矢となった。




