4 ビガンの町の移り変わり
前回のあらすじ
魔力を込めたら【ステータス】の効果がアップした。
冒険者ギルドを出ようとして、そういえばβテスト最後に狩りをしていた戦利品を確認してないことを思い出した。
ステータスのスキル欄に表示されていたから余り心配していないが、ちょっと緊張しながら頭の中で呼びかけた。
『森崎さん。今大丈夫ですか?」
『はい、いつでも大丈夫ですよ」
良かった。【森崎さん】はいつでもスタンバイ状態だった。
『前に【ラージラット】の群れを倒したときの戦利品を確認したいのですが?』
『はい。魔石が728個に金貨1枚、銀貨12枚、銅貨76枚でした。
魔石はワンダーラットが2、ヒュージラットが24、ラージラットが残り702個です。
新たな種類の貨幣は金貨が1、銀貨が3、銅貨が5ありました』
森崎さんがさらっと教えてくれた。相変わらず優秀ですね。
よし!魔石は売ってしまおう。
通常のカウンターではなく、買い取りと書かれた右端の方のカウンターの列に並ぶ。
するとNPCらしき冒険者がチラチラこっちを見ていたのでここに並んで良いのか訪ねた。
「ここ買い取りカウンターの列で良いんですよね?なんか変なところ並んじゃいましたか?」
「すいやせん!問題ありません!ど、どうぞ並んで下さい!」
やけに恐縮されてしまって逆に申し訳ない気分になった。
結構ベテラン風の人だったんだけど凄く腰が低くて、人は見かけにはよらないを地で行くキャラだった。
待っている間、他のカウンターも見ていたけれどβテスト時代に受付嬢だったマリーさんは居なかった。
やがて前の人が魔石をいくつか売っていた作業が終わって僕の番がやってきた。
「こちらは買い取りカウンターですが何をお持ちですか?」
「はい。魔石を大量に持っているのでそれを売りたです。あの大きなトレーみたいな奴をお願いします」
沢山買い取りするときはあの巨大なトレーを使うって知ってるので予めそう伝えた。
「ええと、大型トレーですか?ちょ、ちょっとお待ち下さい」
買い取りカウンターの受付嬢さんは若い人で大型トレーのことを知らない様だった。
それでも少し待つと奥から大型トレーを抱えて出てきた。
「こちらにお願いします」
「はい。今出しますね」
『森崎さんまずは【ラージラット】の魔石をお願いします』
『承りました。全部は載らないためまずは200個を提出させて頂きます』
一瞬でトレイに魔石がびっちりと積まれた。
「こ、これは【ラージラット】!最近見かけない凄い数ですね」
「そうですか、これは収納に死蔵していたものなんです。あと1.5杯分ぐらいあるのでそちらもお願いします」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい」
彼女は慌ててバックヤードに姿を消した。数分待つと、もう一人連れて2人でトレーを抱えて帰ってきた。
「あら、異界の旅人さん。ひさしぶりだね!」
「あ、えーとマリーさん?お久しぶりです?」
出てきたのは多分マリーさんだった。前はちょっと年上のお姉さんという感じだったけど、少し年を召したようでお姉さんと呼ぶのは厳しい感じだった。
そういえば、アンネ様が9年以上経ってるって言ってたな。それよりは若さをキープしているように見える。
「あんたらは若いままで、本当に嫌んなっちゃうね。さあ魔石を出しとくれ」
「あ、はい」
『森崎さんお願いします』
『承りました』
2杯のトレーに200個と102個の魔石が一瞬で載った。【森崎さん】の有能さには本当に頭が下がる。
列の後ろの方からも感嘆の声が聞こえる。
「あれ見たか!魔石が山積みになったぞ!!」
「まじか!【インベントリ】だけじゃあんなこと出来ねえぞ!」
「どれだけ狩ってきたんだよ……あ、あれ魔神じゃねーか?」
なんか凄いざわざわしてるが【森崎さん】を前にしたらみんなそうなるよね。
「あんた本当に器用だね。前も思ったけど、どうやってるんだか」
「ははは、スキル様々ですよ。他に【ヒュージラット】と【ワンダーラット】の魔石もあるんですが一緒で良いですか?」
「あー、そいつは別にしてもらおうかな。こっちに出しとくれ」
マリーさんが通常のトレイを出してくれたので、森崎さんに残りを出してもらった。
「ほう!【ワンダーラット】の魔石なんて久しぶりに拝んだね。
あんだけ西の丘に居たネズミの群れがいつのまにかどっか行っちまったから、これだけの魔石を見るのは久しぶりだよ。
【ラージラット】の魔石702個が9.8万ヤーン、【ヒュージラット】の魔石24個が4.8万ヤーン、【ワンダーラット】の魔石2個が10万ヤーンだね。
合わせて23万と6千ヤーンだけど、いっぺんに持ってきてくれたから25万ヤーンにしとくよ。
最近じゃ人が増えて魔石が不足気味だったから、他に持って行けばもう少し高く売れるかもしれないけどこれで良いかい?」
「ええ。問題ありません」
グリフォンを狩りに行ったときの報酬が30万だったから一日の狩りの成果で25万は全然不満は無い。
冒険者カードをマリーさんに渡して「ピロン」と報酬の25万ヤーンをもらった。
それより今、嫌な情報が混じってたぞ。ネズミの群れがどこかに行ってしまった?
メダル収集を楽しもうと思ってたのに一番有力な手が潰れていた!
とりあえず、手持ちが約55万ヤーンになったので、これで暫くクエスト無しでぼーっと過ごしても大丈夫だ。
すぐ忘れそうになるけど、頭を空にしてきなさいって休みをもらってるんだよな。
受付のお姉さんとマリーさんにお礼を告げると冒険者ギルドを後にした。
そこそこ混んでいたけど、NPCの皆さんが道を譲ってくれるのですんなり出ることができた。
去り際に振り返るとマリーさんがバックヤードに戻らずに、相変わらずニヤニヤとこっちを見ていた。
―――――――
冒険者ギルドを出るとまだまだ朝だった。ログインしたときは夕方だったので少し時差ボケ気味だ。
せっかくなのでメダルのヒントを求めてビガンの町をぐるっと巡回してみることにする。
町にあるという鍛冶屋さんにも行ってみたいしね。
ビガンの町はぐるっと周回できるように通路が巡らされていると前にキンブリー亭の女将さんが言っていた。
冒険者ギルドは町の西側に位置しているので、西門前まで行ってそこからぐるっと一周してみることにした。
ゆっくり歩いてみれば、冒険者ギルドの近くは武具店や雑貨屋、服飾店などが軒を連ねていた。
この辺りの店も正式サービスを前に増えているのかも知れない。
西門の手前を左に折れて南側に向かった。外周の立派な塀のそばをずっと進むと塀に沿って小さな屋台がいくつも出ていた。
中央広場とは違って食材を中心に屋台が並んでいるようだ。
ビガンの町は結構大きいなと思っていたけど、βテスト時代よりも人出が多い気がする。
今も少し前を果物を山盛りのせた紙袋を持った女性がすれ違う人を避けながら進んでいるがちょっと大変そうだ。
昼ご飯の準備に買い出しに出ている人が多いのかな?
あ、ぶつかりそうだ……綺麗な体履きで避けた。のだが、果物が付いて来られずに紙袋から落下した。
彼女も気がついたようで振り返って手を伸ばすが通行人が邪魔になってちょっと届きそうにない!
「【念動魔法】!」
初めてこの魔法を有効活用した気がする。リンゴのような果物を2つ、ふわふわと受け止めた。
「ありがとうございます。精進が足らずご迷惑をおかけしました」
立ち止まると人にぶつかってしまうため、同じ方向に歩きながら話をした。
彼女はお礼に何かしたいと言うのだけど、リンゴ拾っただけだったので、分かれるまで少し町の案内をしてもらうことにした。
彼女はビガンの町の北東にある剣術道場の娘さんでルニートさんと言うらしい。
聞いても無いのに年齢を教えてくれて28歳らしい。言葉遣いは少し古めかしいが、見た目は正直20歳前後ぐらいに見える健康美人さんだ。
僕も素直に名前と年齢を伝えておいた。
外見が若くなってるとアンネ様は言っていたが、彼女は全く気にするそぶりも見せていなかった。
彼女は、普段は母親がやっている買い出しに代わりにやってきて、ちょっと失敗してしまったようだ。
あれは確かに買い物袋を持っている時にする体裁きではないよね。
せっかくなので、剣術道場まで一緒しましょうかと紙袋を預かって【インベントリ】に収納して同行した。
なんとなく森崎さんに頼みにくかったので、そっと【インベントリ】を使った。【念動魔法】に続けてこっちも初めて使ったな。
βテスト終了から正式サービスまでの数年間に多くの著名人が来て、ビガンの町は大きく変わったらしい。
冒険者ギルドを拡張するために次元神ゲルハルト様が来たり、鍛冶神ヨハンナ様が来て各種生産ギルドが拠点を構えたりしたらしい。
ルニートさんの剣術道場にも武神ヘンリック様と5高弟のうちの一人クルサード様が訪れたようだ。
クルサード様と聞いてピンと来たので森崎さんに鍬を持った人の銅貨を出してもらった。
銅貨を見せるとルニートさんはそうです!この人です!と急に盛り上がっていて完全にアイドルファン状態だった。
この農家っぽい人はもの凄い武人らしい。魔物が溢れる魔の領域を開拓して人の生活圏を広げることをライフワークとしているんだとか。
襲い来る魔物を倒すのに獲物を持ち替えるのが面倒になり、やがて農具で戦う人になったんだとか。
もう何百年も生きていて、武神様に近い使徒と言われているらしい。
メダルを見て初見で農家の人とか思ってごめんなさい。
ちなみにそのときに見せたクルサード様の銅貨はそのまま進呈したら喜んでくれた。
代わりと言う訳では無いけれど、貨幣についての情報も聞くことが出来た。
オズワルド貨幣のオズワルドさんは鍛冶神ヨハンナさんの門下で、今では潰れて無くなった造幣ギルドのトップだったらしい。
【冒険者マニュアル】には記述が無かったけど以前は造幣ギルドがあったようだ。
小人族の彼は武神の高弟達の熱心なファンであったため、ある程度立派で一番流通する銅貨の意匠に歴代武神の高弟を選んだらしい。
金貨には健康神の高弟を、銀貨には芸術神の使徒を意匠に選び、今は無き鉄貨やくず銅貨には造幣ギルドの意匠が刻印されていたようだ。
今でも武神の高弟は人気なため、一部でコレクターアイテムとして細々と流通しているらしい。
その後、クルサード様を含め、武神の高弟について逸話のあれこれを聞いているうちに道場についた。
剣道道場は西門近くの北東のブロックに門を構えていてキンブリー亭のご近所だった。
「荷物、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ町を案内いただいて助かりました」
紙袋を【インベントリ】から取り出して手渡し、今日はゆっくり町を回りたいのでとその場を辞退したが、今度必ず道場を訪問することを約束させられた。
【剣術】は全然使いこなせていないので、そのうち時間を取って行ってみようと思う。
その後、東門から堀に沿って北側を周回して西門まで戻ったが、山脈が近い町の北側は、街道に接している南側よりも静かなエリアだった。
ビガンの町は南北と東西に太い道が通っていて大まかに4つのブロックに分かれていた。
北側は住宅地域らしくて、外周沿いには食べ物を売っている屋台が少し出ているぐらいだった。
ちなみに南西の外周に生鮮食料品の屋台が出ていて、南東の外周には加工食品の屋台が出ていた。
道すがら気に入った食べ物をいくつか買って森崎さんにしまってもらった。
屋台は売り子さんとカード同士を付き合わせる形で魔道マネー決済ができるのが凄い便利だった。
これじゃ造幣ギルド無くなっても仕方がないわ。
ぐるり外周を回ったらそろそろ昼時だったので、今度は中央の広場の方に行ってみることにした。
ゆっくり見て回るといろんなものが見えてきて面白い。
今更気がついたことの一つが時計だ。町中のいろんな所に時計が設置されていた。
普段も仕事に一生懸命になっているうちに何か見落としているものが一杯あるんだろうなと思った。
冒険者ギルドの前を通り過ぎる。
冒険者ギルド前には分かりやすい看板が付いていた。
βテストの時こんなの無かったと思う。
発想がものすごい日本人っぽいので、アンケートでそういう意見を出した人が居るのかもしれない。
やがて中央広場に着くと、そこには思いも寄らない光景が広がっていた。
次話「5 中央広場と便所の聖地」