5 中央広場と便所の聖地
前回のあらすじ
ビガンの町をぐるっと回ってみた。
「便所の魔神様が【AFK】を得るに至ったという魔神の木はこちらだよ!!」
「魔神の木の参拝はこちらです!!1回たったの5000ヤーンです!」
「次元神様も訪れたという【AFK】の聖地だよ!一列に並んで下さいね!!そこ!押さないで」
「便所の魔神様の水筒のレプリカがたったの5万ヤーンだよ!!」
「【AFK】サンドイッチはこちらだよ!」
なんだこれは。そのまま回れ右したい気持ちになった。
通り名の[便所の魔神]というのはそういうことなの?分かりたく無い。
僕が【AFK】を覚える時に水をちょろちょろ掛けていた木は凄い立派に成長して巨木になっていた。
その手前には立派な社が建っており、そこに向かって大勢の人が並んでいた。
僕はますます通り名を隠したいという思いでいっぱいだった。
やめてくれと注意したい気もするが、間違って本人だとバレて祭り上げられたらさらに厄介だ。
知らない顔をして【AFK】サンドイッチとやらの屋台に並んで昼食を取ることにした。
βテストの時に普通に売ってたのとなんら変わりが無いサンドイッチとコーヒーを購入してベンチに座った。
当時と変わらず素朴なパンの味が素晴らしい。
「よう!ご同郷!相席いいすか?」
ゆっくりサンドイッチを味わっていると声を掛けられた。
現れたのは頭部以外には全身鎧を着て、背中に斧を背負った人物だった。
見た目は若そうで20台の前半ぐらいだろうか?日に焼けた肌に白い歯が似合う人物だった。
ご同郷なんていつの時代の人だろうか、口に出して言っている人を見るのは初めてだ。
「えーとこんにちは?」
「俺はコータ。現地人がうまく発音出来ないんで、本番で真ん中を伸ばす記号に変えたところだ。あんたは?」
「あ、はいユーキです。同じく真ん中は長音記号です」
口ぶりからするとこの人は確かに同郷、つまりプレイヤーのようだ。
「俺の相方のツネがさー。あ、ツネは職場の先輩だけどβ未経験だからこっちじゃ俺が先輩なんだけど。あはは」
ぐいぐい来るな。いきなり自分語りが始まった。
営業先の社長に多いタイプの人物だ。
割と慣れては居るけど得意では無いな。うん。
「ここのサンドイッチうめーよな。便所魔人のせいでAFKサンドとか意味分からん名前になっても味は維持してて安心したぜ」
「あ、あれ?ツネさんの話は?」
「あーツネがさー【AFK】覚えたいってんで、神木参りの列に並んじゃって、手持ちぶさただからちょっと話し相手になってよ」
「あー。大丈夫ですよ。今日はゆっくり町を見て回るつもりだったんで」
だいぶ無軌道な人物のようだ。会話に一貫性が無い。
暇だから話しかけたということのようだ。
「あんたのそのジャージさ~迷い人シリーズだよね?!どこでそれ手に入れたの?」
「え?コータさんもβプレイヤーだったんですよね?始めから持ってる奴ですよ」
不思議なことを聞いてくるなこの人は。
周囲のプレイヤーも色とりどりのジャージを着ているから普及してると思うんだけど?
「ジャージの線がさ、それ3本じゃん?本番になって、ちょいキャラメイクして、ログインしたら2本線のジャージになってたんよ」
「あれ?キャラメイク?βプレイヤーだったんですよね?」
なんかちょっと彼が言うことが支離滅裂だ。どういうことだろうか?
このゲームでキャラメイク画面は見たことが無い。
「本番サービスが始まったらさー、名前変更とアバター選択があったじゃん?
自分の姿をちょい整えた奴を中心に、若くした奴と年取った奴とちょっと変わった感じの奴で4パターンから選ぶやつ。
俺はとりあえずそのままにしてみたんだけど、あんたもそんな感じ?」
「え?えーと若返った感じです」
なんか全然違うみたいだ。
あれか!アンネ様は【ログイン】を覚えたせいで姿が固定されたと言っていたからその影響か。
「そんでログインしたら2本線ジャージの来訪者シリーズだったのよ。
一応魔道具でジャージの色を好きに変えられるように【染色】スキルが着いてるんだけど、そうじゃねーだろと」
「ええ、なるほど」
同じジャージだけど、着いてる効果が全然違っているようだ。
他にも【生活魔法】スキルと【疲労耐性】が付いているらしい。
なんでも【生活魔法】スキルはβテスト終了後に創造神様が新たに世界に生み出した最新のスキルらしい。
魔言で【収納】、【洗浄】、【着火】などが使えるそうだ。
【収納】はナップサック程度が出し入れ出来る黒い空間が目の前に出て来て出し入れできるものらしい。
【インベントリ】を習得出来ない人に大人気なんだとか。
「んで、あんたはなんで迷い人シリーズ持ってんの?すげーうらやましいわ」
「βテストの最後に【ログイン】スキル貰ったんですけど、その影響で姿が固定されたって女神様が言ってましたよ」
「まじか!【ログイン】スキル持ってる奴に初めて会ったわ!」
あれ、そんなに習得が難しいものなんだろうか。
確かに女神様から直接貰ったからちょっと特殊なのかもしれない。
「あれさー。βテストの難関クエストで魔境開拓地の領主が近くの大型モンスター討伐してこいって奴だろ?!
クリアしたって同僚が居たんだけど報酬が【ログイン】のスキル魔石だったんだけど、飲んでも覚えられなかったらしいぜ。
βテストでは未実装なんじゃないの?って話だったんだけど覚えられるんだな。なんか条件があんのかもな」
「普通にゲーム機からログインできるのにわざわざスキルで覚える意味があるのか謎なんですけどね」
そうなのだ、これ本当に謎のスキルなんだよね。
「ジャージはその謎の【ログイン】スキルの報酬なのかー。じゃーしょうがないわ。【生活魔法】は【洗浄】と【着火】が超使えるしな」
「【生活魔法】良さそうですね。宿屋で水をかけられるのはかなり衝撃的でしたから」
「あー!あれな!キンブリー亭。ネズミ料理が売りだったけど、最近は普通に豚っぽい肉使ってるらしいぜ。そうそう、【生活魔法】は普通に冒険者ギルドで習得講座やってんぜ」
思わぬ所で凄い掘り出し情報を獲得した。
これは明日にでも講座に行くしか無いな!
「はー。俺もβテストもうちょいやっとけば良かったな~。【インベントリ】習得クエストとか難易度が超上がってるし。女神様を拝んでみたかったわ」
んん?なんかちょっと変なこと言ってないか?
【インベントリ】習得はボス討伐した瞬間だったしクエストでは女神様出てこないよね?
それにログインした直後に鯖折りにされないってこと?あれも【ログイン】スキルの報酬なのかな?
「あんたさー。異世界神様に会ったんだよね。あのスキル10個習得しろって奴。
俺さー。やる気満々で全裸待機しててβテスト始まると同時にゲーム開始したんだけどさ。
スタートダッシュ成功したと思ってたんだけど、ずーっと腹が痛くて、そのうち【病気】にかかって体力と魔力がまともに回復出来なくなっちゃってさ。
すげー強力な奴で当時【回復魔法】を早々と獲得した奴に【快方】かけて貰ったんだけど全く駄目で無念の退場したんだわ。
そしたら、全裸がまずかったらしくてログアウトしたらすげー風邪引いてんの。笑えねー!」
この人、結構愉快な人なんじゃないだろうか。
全裸待機って誇張表現じゃなくて本当にやっていたらしい。体を張りすぎだ。
「それでスキル10個行かなかったんですか?」
「そうそう。最後に覚えたのが9個目で【病気耐性】ってのも笑えないよな。そんで女神様に会う機会を失ったって訳だ」
そういえばカナミさん達もクエストでアンネ様にあったと言っていた。
スキル10個習得しろって奴は結局受けてないから知らなかったけど、女神様に会えるっていうクエストはそれだったらしい。
「正式サービスでは会えないんですか?」
「そうなんだよ。正式版ではアナウンスが聞こえるだけで女神様と会うイベントが省略されちゃったんだよ。
女神様は超美人だっていうじゃん。あのゲームのロゴのさ。会ってみたかったな~」
「僕はさっき冒険者ギルドで会ってきた所なんですけど、お兄さんから連絡があったとかで神殿に帰っちゃいましたね」
「まじか!!!!そんなチャンスがあったのかよ~。あー!めっちゃ羨ましい!」
このテンションの人に鯖折り決められてましたとは言いにくいな。
「ええ、【ログイン】スキルの影響で姿がβの最後の状態で固定されたとか説明を受けてました」
「まじかよ。やっぱりβ頑張っときゃよかったな。風邪に負けるとか根性が足りなかったな」
いや、それは絶対違うと思う。
全裸待機を本当にやる人を初めて見たし、絶対それが原因でしょ。
「ボス討伐クエストもさ~。ボスがやけに強くなっててよ。こないだもレベル4冒険者のパーティが返り討ちにあったらしいぜ。
死ぬとアバター復旧のため強制ログアウトでしばらくログインできないってのが辛いよな。
リアル1時間ぐらいで戻れるようになるみたいだけど、またβみたいに復旧できない説もあったらから安心したわ」
「そんな風になってるんですね。僕は【インベントリ】貰えるクエスト終わってて良かったです」
「まぁ【インベントリ】無くても【生活魔法】スキル上げれば【収納】でもそこそこ入るのが救済策なのかもしれんね。【AFK】もこうやって取得しやすいようなってるしな!」
「え?これって本当に御利益あるんですか?」
「バッカおめえ!次元神様だってここで覚えたって言う由緒正しい方法だぜ。
最初になんとか5000ヤーン稼いで、ここで【AFK】覚えるのが定番のコースだろ?
まぁ、結構覚えられなかったって奴も多いけどな。βテスト時代はもっと過酷なクエストだったって話だから、マジで便所の魔人さまさまよ」
本当に覚えやすくなるパワースポットになったようだ。アンネ様が思い込みの力でスキルが覚えやすくなる的なこと言ってたしな。
広場は緑が一杯でのどかな空間だったのに、今は人が一杯だ。
多くの人が列を作って並んでいるし、怪しげな土産物を売る店にも人が群がっている。
売店の数もだいぶ増えていて、昼時なので行列を作っている店も多い。
「便所の魔神って一体誰なんですか?」
「え?知らねえの?βテスターの一人でスゲー怖い奴だったって話だぜ」
知らない振りをして噂を探ってみることにした。
コータさんは話したくて仕方が無かったようで話に乗ってくれた。
「怖い人なんですか?」
「冒険者ギルドで便所を占拠する事件があったのとか有名だな。
トイレ掃除がいまいちなんでトイレの地位向上が目的だったとか、トイレで虐めを目撃したから警備のためだとか諸説あるらしいぜ。
そんで、その魔神様が尿意を我慢することで自力で【AFK】を習得したらしいんだけど、この木に水筒で水を掛けて場を清めてから修行したらしいぜ」
「べ、便所に縁のあるβテスターの人なんですね」
噂って本当に怖いな。話が膨らんでいる。
しかも一部本当のことが混ざっているのが恐ろしい。
「そうだとしたら、ここで集めている参拝料とかはそのβテスターの人が集めているんですか?」
「いや、当時その習得現場に居たって人達が中心となって、この場所を整備したり町のトイレを整備するのに使ってるらしいぜ。
あ!あの人だよ!『便所の魔神様のために』なんつって、本当かよと思ってたけど毎日熱心に広場のトイレ掃除してんだよな」
コータさんが指さす方向を見たら、メガネのおじさんが周りの人ににこやかに挨拶しながら歩いていた。
あれ?あの人は確か「公共のスペースをなんだと思ってるんだ!」と絶叫してたメガネのおじさんだ。
前に見たエキセントリックな薄着の服じゃなくてジャージ着てるけど髪型とメガネは当時と一緒だった。
僕はそっと目をそらした。
「コータ!待たせたな!」
「本当に待ったよ。あ、コイツが連れのツネって奴ね。あ、ツネ、こっちはちょっと相席してたβ経験者でユー……なんだっけ?まぁよろしくしてやってくれ」
「あ、こんにちは。ユーキです」
「あ、ツネです。よろしくお願いします。おい!コータお前適当な紹介してんじゃねーぞ!
こいつ、職場の後輩なんですけど、口と勢いばっかり達者で参っちゃいます。すいませんね」
「口が達者なのはツネだろ?俺は【AFK】なんて自力で覚えるぜ!!とか言ってたのによ。
3年かかっても覚えられないから結局は神木に並んでんじゃんかよ。それより覚えたのか?」
「おー!ばっちりだぜ!水をちょろちょろ~とか掛けてたら尿意が来て、解説通りにぐっと我慢しながら【AFK】の取得を神棚にお願いしたら、あっという間に覚えたわ」
「やっぱ魔神様すげーな」
ツネさんは【AFK】を覚えられたらしい。本当に御利益があるようだ。
手順まで踏襲されいて怖い。
「そういえば元々魔神様っているんですよね?便所の魔神とか出てきて嫌な顔しないんですかね?」
「それがな~。天災神と創造神と親子3人揃ってお参りしてたらしいぜ。あまりのビックネームに場が凍り付いたらしい。
息子達は嫌そうな顔してたけど、本人は終始ニコニコだったんだと。正式サービス始まってからのことだから目撃者も結構いるんだぜ」
「みんなが並んでたら『並ぶのもきっと御利益を得るためのプロセスに違いないわ』とか言いだしたんだって。
それで列の最後尾に並びだして、周囲の女子に見境無く声を掛ける創造神の頭を恐ろしい勢いで叩いたりしながらワイワイやってたらしく、とても混沌とした場だったらしいよ」
「うわ~。本当ですか。それじゃ公認っすね。あはは」
困ったな。止める人が居ないじゃないですか!これは暫く続きそうだ。資金集めもしてるし下手したら永続化しそうだ。
【ステータス】見られたらどうしよう。通り名とか勝手に付いてたし、こんなに話題になってたら消えそうに無い。
周りには【ステータス】使えるプレイヤーが一杯いる。これはバレるのは時間の問題かもしれない。
いや~これは進退窮まったな。
ちょっと落ち着こう。コーヒー飲んで落ち着こう。
ほんのり冷めてるけど香りがいいよなこのコーヒー。パンもうまかったし、コーヒーもうまい。ふー。
ちょっと落ち着いた。
「おうコータそれじゃ、そろそろ午後の活動開始すっか」
「そーだな!それじゃ、ユーキがまた女神様と会える機会があったら教えてくれよ」
「え?連絡って伝言板とかですか?」
コータさんとツネさんは引き上げるようだ。もしそんな機会があれば教えても良いけど、どうやって教えるって言うんだろうか?
「あれ?知らんの?冒険者ギルドの講習で【ウィスパー】も教えて貰えるんだぜ!
そこそこ講習料金が高いけどβテスターなら楽勝だろ?ユーキって経験者の割には知らないこと多いよな!」
へー。これも冒険者ギルドで覚えられるのか。
ますますその講習会に行くしか無いな。
「そうかもしれませんね。ログインしてから5日ぐらいでβテスト終わっちゃいましたし、本番はヴァース時間で今朝ログインしたところですから」
「ん?あれ!?ちょっとおかしくない?5日?ボス倒したんだよね??」
そういえば、なんかカナミさん達にも言われたな。
これはあの時と同じパターンだろうか。
「ええと、4日目に当時ログインしていた先輩プレイヤーと4人でグリフォン討伐しましたね」
「おいおい。まじか!!じゃ、じゃあスキル10個取得したのは?」
「たしか1日目には固有スキル入れて10個ぐらいだったと思います。スキル10個のクエストが来たのは3日目の朝でしたけど」
「すっげー!!」「俺は10個揃えるのに1ヶ月は掛かりましたよ」
やっぱりこういう反応なのか。【スキル習得】が優秀過ぎるんだ。みんなこれが覚えられたら良いんだけどな。
それはそうと。このパターンはまずい!【ステータス】を見せろとか言い出す流れだ。
「じゃ、じゃあスキルは今何個持ってんの?」
「おい、他人のスキルをあれこれ詮索すんのは寄せよ。犯罪履歴が付くぞ」
「数ぐらいなら別に良いですよ。今は全部で40個だと思います」
んん?犯罪履歴?どういうことだろう?
数えるのが大変だったけど、さっき冒険者ギルドでステータス確認してたときに数えたんで大丈夫なはず。
これで、ひとまず落ち着いてくれればいいな。
「よ、よんじゅー!!マジか、俺と変わらねーじゃん。β時代も含めて7年はやってんだけど……」
「すげー。今日で6日目ってことだよね?それで既に40個なのか」
「ちょ、ちょっとどんな具合かステータス見せくれよ!」
「えっ?!ちょ、ちょっとそれは勘弁して下さい」
「よせよせ!パーティでもない人のスキルを勝手に覗き見すると犯罪履歴がついてお縄になんぞ!!」
危なかった!そんな親切設計なのか!【ステータス】見られる危険は回避できたらしい。
「そんな仕組みがあるんですか?」
「そうなんですよ。【ステータス】で町の人のこと調べまくってお縄になって、そのままログイン出来なくなった奴も居るらしいです。
そのせいで、冒険者ギルドの隠蔽系スキルの講習が不人気なんですよね~」
なるほど。そんな仕組みなのか。勉強になるな。
その講習も是非受けておきたいな。パーティ組んだ人に見られたら困るしね。
「あれ!ユーキさんじゃないっスか?」
不意に人混みから声が掛かった。なんか聞いたことある声だな?
ふとそちらに目を向けるとそこにはヒロシさんが居た。
「あ!ヒロシさん。先日はどうも!」
「あはははは!ユーキさん!あんた便所の魔神とか!!ぶはははははははは!!!!
おーい!ここに便所の魔神様がいるぞー!!!!ぷっ!あはは!」
「ちょ!!!ヒロシィーーーーーーーーー!!!!!!!!」
次話「6 便所の魔神は逃げられない」




