. **後編** .
次の日も新年会はお客さんが少し入れ替わっただけで同じように続いて、雪はやっぱりちらりちらりと降っていて、わたしはおにいちゃんたちに紛れて外に出た。
おばあちゃんの家から少しだけ離れたら、昨日と同じ白い着物を着た雪音ちゃんが立っていて、わたしに気がつくと雪の中を音もなく軽やかに駆けてくる。
「あのね……あの、これ…………………あげるの……」
やっぱり風のような声で雪音ちゃんが差し出したのは、氷みたいに透明な小石だった。水晶かもしれないけれど、手袋を隔ていてもひんやりと冷たかった。
わたしはそれを雪に煙る太陽にかざしてみた。でこぼこしているけれどぬらりと滑らかで、雪景色が万華鏡のようにいくつにも分かれて不思議に見えた。
「ほわぁ……きれ~い……」
「………………ありがとう」
雪音ちゃんはなぜだかまた照れくさそうにお礼を言う。
「あのさ、これ、いくつかある?」
「…………うん、あるよ?」
どこから出したのか雪音ちゃんが手のひらを広げて見せると、その手のひらからぽろぽろと同じもの転がり落ちた。
「あのね、わたしときどきママといっしょにネックレスとかブレスレットとか作ってるの。だからこれもブレスレットとかにできないかな?」
「………ぶれ…す、れっ……と?」
「うーん、でもあながないから、ママにピンバイスであなをあけてもらわないとだめだなぁ?」
「…………ぴん…………?」
「ピンバイスってね、ちっちゃいあなをあけるペンみたいなかたちのドリルだよ」
うぅんと、と雪音ちゃんは首をひねった。
「…………えぇと、これを、つなぐ…の?」
「うん。テグスとか糸とかゴムとかで」
あぁでも、あなをあけちゃうのもったいないかも~っなんて考えながら頷くと、もう一度首をひねった雪音ちゃんは袖の中をごそごそと探ってキラキラした糸を出した。テグスも透明でキレイだけど、そんな単純に透明な光ではなくて、小さな虹がキラキラと舞い踊るみたいに輝いていた。
「わぁ!きれい……! これなぁに?」
「……くもの…いと……」
「ふぅん?」
その時わたしは空に浮かんでる雲のことかな?と思った。
ママが使ってるテグスは《水晶の糸》っていう名前だから、そういう商品名なのかもって。でも、そんなことよりもこの氷石をどうやってどんなブレスレットにしようかと考えるのが忙しかった。
「………あのね、それ、とって?」
「うん?」
手袋を示されたわたしは首を傾げながら手袋をはずした。そのあいだに雪音ちゃんは氷石を大きくてひらべったい石の上において、そのうえにくもの糸を置いた。
「こうして…ゆびで……おさえて……」
雪音ちゃんがぎゅっとくもの糸を氷石に押しつけて見せた。雪音ちゃんの指が離れてもなにも変わらなかったけれど、わたしが同じようにくもの糸を氷石に押しつけたら、じわっととけて指がぬれたのがわかる。
ゆっくり指を離してぬれた指先を見つめる。
(やっぱりこれってこおりなのかな?)
考えていると、雪音ちゃんがふっと氷石に白い息をふきかけた。
「…………これで…いい?」
雪音ちゃんがくもの糸をつまみ上げると、糸に氷石がくっついてぷらりと揺れた。
「わぁ!すごいすごい!!」
同じようにわたしが押さえて雪音ちゃんが息を吹きかけるのを何度も繰り返す。途中で試しにわたしが息をかけてみたけれど、くもの糸と氷石はくっつかなかった。
(同じ白い息なのに、雪音ちゃんは魔法使いなのかな?)
不思議だったけれど、くもの糸に氷石をつけていくのはそんなことは後回しにしてしまうほど楽しくて、夢中でくっつけていくうちにブレスレットがふたつできあがった。
「はい!ゆきねちゃんのぶん」
「…………わたしの?」
「そうだよ。おそろいで持ってよ?」
笑うと、雪音ちゃんはキラキラした目を大きく開いた。
「………いい…の?」
「もちろん! だってゆきねちゃんがざいりょうぜんぶ出してくれたんだしさ」
雪音ちゃんはもっともっと大きく目を開けて、わたしを見つめた。
「…………あ…りがと…………ぅ……っ」
ブレスレットをつけた左手を右手で隠して胸に押しつけ、目を閉じる。目を閉じた雪音ちゃんは苦しそうに眉を寄せて、ぽろりと涙がこぼれた。
「ゆきねちゃん、どうしたの?」
雪音ちゃんはなんでもないと首を振った。
でも、ぽろりぽろりと涙はこぼれて、積もった雪に小さな穴をあけた。
握った雪音の手は、手袋を通しても氷のような冷たさが伝わってきて、身震いがでる。
「………………みゆきちゃん、ありがとう」
苦しそうなのに、笑っていた。
ありがとう、と言う雪音ちゃんのあごが、白から透明に変わっていった。
雪が融けるみたいに。
雪の白から水の透明に。
「 」
雪音ちゃんの声が、聞こえなかった。
口は動いているのに、聞こえなかった。
風になってしまったみたいに。
雪になってしまったみたいに。
水になってしまったみたいに。
あぁ、どうしよう。
ドキドキする。
胸を押さえるけれど、止まらない。
ものすごく走ったあとみたい。
どうしたらうまく息ができるんだったっけ?
息が苦しい。
胸が痛い。
ひときわ強い風が吹いたから、胸を押さえて息を吐き出し、顔をあげた。
雪音ちゃんは頭まで水でできているみたいに透明になっていた。
わたしとおんなじように苦しそうに胸を押さえていたけれど、でも、笑っていた。
雪音ちゃんの笑顔が白い煙になって、消えていく。
「ゆきねちゃん……っ!」
煙を追って見上げた空をハダカの枝を広げた木が邪魔をする。
葉っぱの一枚もついていない枝にはクモが巣を張っていた。晴れ間が差して、そのクモの巣がキラキラと小さな虹の欠片を生み出す。
(クモの、糸……)
はっと息を飲んだ時、持っていたブレスレットの糸がプチプチと切れた。こぼれ落ちていく氷石を――わたしは息をとめて見つめた。
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空に向けた手首には、小さな涙の形をした水色の石をつなげたブレスレット。
氷石とくもの糸で作ったブレスレットはすぐに消えてしまったけれど、雪音ちゃんの涙が落ちたところにあったこの涙石は、今でもずっと消えずに残っている。
(ねぇ…わたし、あの頃より上手にいろんなものを作れるようになったんだよ)
心の中でそっと声をかけて見つめた空から、ちらりふわりと雪が舞っていた。
雪は楽しそうに舞い踊り、ブレスレットに落ちた。
ひとつは涙石をつないだブレスレット。
もうひとつはあの時つくったブレスレットに似せて作ったブレスレット。
ふたつのブレスレットは、ふたつでひとつのアクセサリーとしても、ふたつのブレスレットとして別々につけられるようにしてある。
(雪音ちゃん……わたし、もう雪の声が聞こえないのかなぁ……)
こめかみを伝った涙が雪に小さな穴をあける。
ひらひらと頬に舞い落ちたひとつぶの大きなぼたん雪が、ゆっくりしみこんでいくように、消えていく。
なんども、なんども。
消えてはふわりと落ちてくる。
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