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誰にでも出来る簡単な仕事(大嘘)  作者: うどん


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25/26

25:素敵な演奏を聴くだけの仕事②

 演奏は続く。

 神秘的な場所で優しく響く音色。

 身も心も解されていくような魔性の音色だ。


 音色が語り掛けて来るように感じる。

 日々の疲れ、未来への不安、漠然とした何かへの恐怖。

 その全てを問いかけて来ては、無償の愛で応えてくれる。


 何もいらない。

 返答も、返礼も不要。

 ただ見て、ただ聞いて、瞼を閉じるだけでいい。

 オーケストラの背後には宇宙が広がっている。

 が、宇宙に流れている音色が……ぼんやりと見える。


 まるで、呼吸のようだ。

 吐息のようだが、それは恐らくは空気じゃない。

 もっと形があり、もっと意味のあるものだ。

 

 生命力、魂の波動……いや、分からない。


 見えている。

 が、人の身では理解できない何か。

 知ろうとするだけで精神が狂ってしまうかもしれない。

 そんな事を考えながら、俺は……欠伸をした。


「……」


 気を抜けば一瞬で夢の世界だ。

 ちらりと石塚さんを見ればギュッとひじ掛けを握っていた。

 耐えているというよりは……まぁいいか。


「……」


 静かな音色を聞きながら……ふと俺は考えた。


 音楽と呼ばれるものは果たして……人の為のものなのかを。

 

 神様と呼ばれる存在の中には芸術を司る存在がいるらしい。

 芸術とは多種多様であり、考え方によっては芸術と呼ばれるものを含めれば無限大にあるといえる。

 神が人に心を与えて、芸術の才を与えたとしたのなら……結局、全ての芸術は神が考えたものなのか。


 ニッチなものでも、普通の人には理解できないようなものでも。

 それが芸術であれば、それを司る神はそれすらも理解できるのか。

 そうであれば、人の為の芸術とは……つまるところ、神の模倣ではないのか。


 全てが偽物で、人の世にオリジナルなんてものは存在しない。

 全ての原点が神であり、人はそれを模して造られただけの存在。

 そう考えれば、人というのは何ともちっぽけな存在に感じる。


 しかし、最近の俺の考えでいえば……人は既に神の理解を超えているんじゃないかと思う。


 芸術を司っていようとも、もしかしたら神でさえも理解できないものがあるかもしれない。

 人を生み出し全てを理解している存在であろうとも、理解できない存在はいるだろう。

 それは欠陥品か製造過程でのエラーと呼ばれる類なのか……俺もそうなんだろう。


 人として生まれた。

 しかし、人のカテゴリーなだけの異常者。

 どれだけ正常に振舞おうとも人としての何かが欠落している。

 俺だけじゃない。他の人間もそうだ。


 斎藤さんは言っていた。

 この仕事を続けられる人間は人としての何かが欠落していると。

 つまり、俺たちは皆が皆、欠陥を抱えている事になる。


 マイケルも、柳さんも、ルミ先輩も……何でだ?


 この仕事に求めているのは何だ。

 人としての失敗作を求める理由は何だ。


 惨たらしく死ぬ様が見たいのか、狂っている人間が好きなのか。

 玩具のように自分たちが楽しみたいからか。

 ペットのように愛でたいからか。



 分からない。何も分からない……ただ、一つだけ確かな事がある。



「……」



 これらの異質な仕事を俺たちに頼む存在も――“生きている”、と。



 心がある。

 ねじ曲がり邪悪であろうとも、思考する力がある。

 完璧じゃない。不完全であり、間違いすらも起こせる。

 ただ想像を絶するほどの力があり、此方の遥か高みにいるだけだ。


 そう、ただ上にいるだけの存在……“手は、届く”。


 何時になるのかは分からない。

 どれだけの時が掛かるのかも分からない。

 が、人間は何れ恐れ敬うような存在にすらも届くだろう。

 変化と進化を繰り返す事で人は何れ…………ん?


「……? 俺は……何を……」


 妙な事を……考えていた気がする。


 俺らしくない変な思考をしていた。

 妄想か、ただの思考のノイズか。

 何を思考していたのかは思い出せない……まぁいいか。


「「「――」」」

「……!」

「ん?」


 急にメロディーが止まる。

 何事かと思えば――ピアノの音色が響く。


 流れるように速い曲調だ。

 そうして、ぽつぽつと他の楽器も演奏に加わっていく。

 荒々しく、壮大で、血で血を争うような――“戦争が目に見える”。


『――――!!!』

『―――!!?』

『―――ッ!!!』


 目の前に情景が広がる。

 ライフルを握り塹壕から飛び出し、砲撃の中を走る人々。

 近くを走っていた戦友に砲弾が直撃し、肉片が飛び散る。

 それでも尚、青年たちは走る。

 一人、また一人と仲間が死んでいく中で、青年は殺意だけを胸にかけていく。



 敵を――見つけた。



『――――!!!』


 敵が塹壕から身を乗り出しライフルを構えて弾丸を放つ。

 その表情は鬼気迫るもので、体は血と泥に塗れていた。

 震える手では狙いなど定まらない。

 青年は――辿り着いた。


 敵兵ともみ合い。

 殴り合い、殺意をぶつけ合う。

 そうして、銃剣で相手の心臓を突き刺し――銃声が響く。


 何度も何度も何度も、弾丸を放ち……敵は死ぬ。


 ヘルメットの下の顔は幼い。

 血の泡をふき、苦悶の表情を浮かべるそれは十代ほどか。

 自分よりも幼い――少年だった。


 青年は立ち上がる。

 そうして、振り返り――脳天を弾丸が撃ち抜く。


 場面は何度も変わっていく。

 様々な人間が戦場を走る。

 そうして、同じ人間を殺していく。

 

 殺して、殺して、殺して――


 殺されて、殺されて、殺されて――――


 屍、屍、屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍屍――――――


 終わりがない。

 永遠に続く地獄。

 狂った人間同士が始めた戦争という名のゲーム。

 権力者たちは豪華な食事と酒を楽しみ、別の権力者と言葉で遊び。

 駒となる兵士たちは、ただただ相手を殺す為だけに動いていく。


 どれだけの駒を消費しようとも。

 どれだけの命を無駄にしようとも。

 狂った人間の号令が止まらない限り――ゲームは続く。



 死んで、殺して――奪って、滅ぼして――そして、土に還る。



 死んだ人間は生き返らない。

 失ったものは二度と元には戻らない。

 欲に目がくらみ、力を欲する者たちは――ただ思う。


 あぁもっと――力があれば、と。


 後悔はない、懺悔もしない。

 ただ無かったものを求めるだけ。

 あればこそ、勝利を掴めた。

 なかったからこそ負けたのだと。


 聞こえの良い言葉を並べて、民衆を騙して先導する。

 王とは最早、心で動くものではない。

 欲望のままに全てを動かす者が――


『――――ヒト、ナリ――――』

「……!」


 声が聞こえた。

 しわがれた老人の声だった。

 ひどく無感情で、全てに絶望したかのような声だった。

 呪う事を止めて、求める事を諦めた……そう感じた。


 これは記憶だ。

 誰の記憶でもない。

 星の記憶であり、長い人の歴史のほんの一部だ。

 この音楽は、人の歴史を紡ぐようなものなのか。


 穢れ溺れた魂の救済――違う。


 狂い堕ちた魂への浄化――違う。


 醒めぬ悪夢に囚われた魂への鎮魂――違う。



 これは、報われない人々の心の――“絶叫”だ。



「「「――――」」」



 様々な感情が流れ込んでくる。

 心を焼き尽くすほどの熱を感じる。



 とても激しい。

 とても野蛮で、おぞましいほどに――美しい。



 こんなにも荒く感じる曲なのに――“惹きつけられる”。



「これは……こんな、事が……っ!」

「……」


 石塚さんが限界まで目を見開いていた。

 そうして食い入るように見ている。

 思わず立ち上がりそうになっていたが。

 必死になってひじ掛けを握りしめていた。

 指先は真っ赤になっていてその力の凄さを物語っている。


 客席に視線を向ければ――立ち上がっていた。


「「「あ、あぁ、ああぁぁ!!」」」


 声を震わせている。

 涙を流して、感動しているようだった。

 こんなにも野蛮で残酷で、おぞましい音色に――心を奪われていた。


 彼らはステージへと歩み寄っていく。

 まるで、激しく燃え盛る炎に己を薪としてくべるように。

 俺はそれを見ていた。

 ステージへと向かえば、その体からドロドロと肉体が溶けていく。


 皮が剥がれ落ち、肉は溶けて。

 眼球も耳も舌もずるりと落ちて行った。

 そうして、骨だけになったそれがステージへと這い上がる。

 その手には何時のまにか楽器が手にされていた。

 彼らは客ではなく――“奏者になった”。



 見れば、元々いた演奏者たちの姿も一変し――骨だけになっていた。



「「「――」」」



 骨だけのそれらが楽器を演奏している。

 生気を感じなかったのは――魂が既に無かったからか。


 生きていない。

 それなのに、彼らの演奏する楽器からは――“生きた音がする”。


 心を動かす、感情が盛り上がる――違う。


 音だ。音そのものが生きている。

 命であり、生命の息吹を感じる。

 心臓の鼓動のようであり、頭に直接流れているようだ。


 凄まじい。

 凄まじいほどの迫力に、凄まじいほどの――狂気。


 これほどまで狂った音を感じたことが無い。

 およそ、人には真似できない芸術の神髄。

 それを俺たちは今、体験していた。


 足が震える。

 席から立ち上がってしまいそうだった。

 俺自身も薪となろうとしている。

 心も肉体も狂気の炎に引き寄せられようとしていた。


 まずい、非常にまずい流れだ。


「……っ」


 俺は唇を噛む。

 痛みによって思考を正す。

 それによって、何とか留まるが……長くはもたない。


 この演奏は危険すぎる。

 人の身で体験する事は致死量の毒を飲み干す事に等しい。

 勝手に汗が噴き出し、心臓の鼓動が速まっていく。

 石塚さんは何も言わない。

 瞬きも忘れて、食い入るように演奏を見ていた。


 俺の頭の中に過去の記憶がフラッシュバックしていく。

 まるで、死が迫っていると脳が判断したかのように。

 

 禄でもない記憶ばかりだ。

 鬼瓦部長に言われて見に行った芸術。

 絵も演劇も、音楽も、俺にとっては――――いや、違う。



 ――1つだけだ。



 たった1つだけ、俺の心を強く惹きつけた音楽があった。

 聴いた日の夜は、興奮で眠ることさえ出来なかった日。

 俺にとっての退職の一因にもなった出来事だ。




 そう、アレは――“ゼ〇ダのコンサート”だ。




「――っ!」


 俺の記憶の奥底からメロディーが流れて来る。

 あの夢のような世界で聞いた音楽だ。

 勇者としての伝説が幕を上げる瞬間。

 日本に生まれし少年少女を熱狂させた始まりのメロディー……あぁ、そうだ。


 俺は目を閉じた。

 そうして、愛すべきゲームのメロディーを思い出す。

 どんなに美しく、どんなに狂気に染まろうとも。

 俺にとって愛すべきものはゲームで、そのメロディーこそが――至高だ。


 もう何も聞こえない。

 俺の中では今――“風車の小屋で響く嵐の歌”が。


 見える。見えるぞ……おじさんが……グルグルと蓄音機を回している姿が。


「あ、あぁ……良い」


 おじさんの激怒の表情が目に浮かぶ。

 それを思い出していれば――曲の音色が更に激しくなる。


 まるで、嵐だ。

 大海原で船団が進んでいる。

 海上では海賊同士が戦っていた。

 それはゼ〇ダではない――せめぎ合っている。


 ゼ〇ダと狂気の音色がせめぎ合っている。

 何とも激しいバトルで――おじさんの顔が歪んでいく。



 歪んで、歪んで――鬼瓦部長の顔になった。



「ぇ」



 蓄音機を回しながら、鬼瓦部長が叫ぶ。

 美しい音色が歪んでいく。

 感動した俺の思い出が穢されて行った。

 俺は目を閉じながら、悪夢でも見たかのように汗を流した。


 鬼瓦部長が――リズムを――刻んでいる――っ!


『いのうえぇぇ!! いのうえぇぇぇ!! 働けぇぇぇ!! 働けぇぇぇ!!』

「……」

『クソゴミぃぃぃぃ!!! ボケカスぅぅぅぅぅ!! しぃぃぃぬきでぇぇ働けぇぇぇ!!』

「…………」


 幻覚と幻聴のパレードだ。

 リアルなほどに鮮明に感じる鬼瓦部長が俺を怒鳴り続ける。

 眠気は嘘のように吹き飛び、あれほどに揺れ動いていた感情が死に絶えた。

 まるで、メロディーに合わせて鬼瓦部長が周りをぐるぐると回っているようだ。


 笑い声が響く。

 素晴らしい演奏を聴く筈だった。

 危うい仕事だったが、ゼ〇ダを思い出した。

 素晴らしく、最高の思い出が、鬼瓦部長に侵食された。

 

 彼はぐるぐると回る。

 狂気の表情で無限の罵声をメロディーに合わせて俺に聞かせる。

 最早、音楽と呼べるものを認識できない。

 鬼瓦部長の声が全てを破壊していって…………まぁ…………いい…………か。



 #



 暫く、悪夢に襲われて……演奏が終わった。


「……」


 ステージにいた奏者たちは――消えていた。

 

 拍手も無く、演奏が終わった事を知らせるブザーが鳴り響く。

 そうして、ロビーに出る為の扉が開かれて行った。


 俺は重いため息を吐き腰を上げた。

 ふと隣を見れば……石塚さんが震えていた。


「……大丈夫ですか?」

「……ぇ、あ、あぁ……は、はは、すみません。先ほどの演奏が、あまりにも……表現出来ませんが……は、はは」

「……取り敢えず、ロビーに行きましょう」

「そ、そう、ですね」


 俺は彼に手を貸した。

 そして、二人だけになってしまったがロビーへ向かう。

 扉を潜れば、女性たちが立っていた。

 優雅に頭を下げてから、豪華な紙袋を出してきた。


「本日は誠に――ありがとうございました」

「どうも」

「あ、はは……あ、れ? 他の方々は?」

「皆さま、先にいかれましたよ……ふふ」

「あ、そ、そうですか……?」


 石塚さんは首を傾げる……驚いた。

 

 まさか、彼らの行く末を見ていなかったのか。

 恐らくは、それほどまでに音楽に対して集中していたのか。

 しかし、それならば何故、彼は彼らのようになっていないのか。

 俺がジッと彼を見つめていれば、彼は俺の視線に気づいてくすりと笑った。


「……あ、すみません。あの時のような顔を貴方がしていたので……あの演奏はとても素晴らしかった。今まで聴いたどの演奏よりも遥かに素晴らしく、心を引き寄せるような引力すらも感じました……ただ」

「……?」


 石塚さんは拳を握る。

 そうして、悔しそうな顔をしていた。


「アレは、人が目指すべき場所ではない……アレは神の奏でる音楽です。私は人であるからこそ、あの音楽を――認める訳にはいかない」

「……そうですか」

「……はは、分からないですよね? 私も自分で何を言ってるんだと思いますが……ですがね!? あの演奏を聞いたら、インスピレーションが湧いてきたんですよ! 少しスランプ気味だったのですが、今なら新しい曲を5……いえ、10は作れますよ! うぅ!! 来て良かったぁぁ!! また来られないかなぁ?」

「聞いてみましょうか?」

「え!? いえいえ――自分で聞いてきます! それでは!」


 石塚さんはそう言って女の人元に走っていく。

 俺は音楽家というのはあぁいうものなのかと思って……袋の中を見る。


「……ん?」

 

 札束以外に何かが入っていた。

 手に取って見れば……CDか?


 ジャケットは無い。

 クリアケースに入れられたCDだ。

 しかし、曲名のようなものが書かれていた。


「死の鼓動…………まぁいいか」


 俺はCDを戻す。

 そうして、必死に女性たちに質問をしている石塚さんをよそに先にバスへと戻る事にした。

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