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外はすっかり暗くなっていて、夜空に星が瞬いていた。
丁寧に手入れされた庭を抜け、門扉を出ると、豪邸の前に白い車が横付けされている。
飛野さんが運転していた車とは、また別のもの。
傷一つない、ピカピカの白いボディ。
窓はフルスモークで、中の様子はまったく見えない。
ここに来るとき乗せてもらったあの黒い車同様、格の高さを感じさせる。
そういえば飛野さん、あの車は自分のじゃないって言ってたっけ。
この家の主なら、高級車を何台か持っていても不思議じゃない。
この白い車も……太郎さんの?
でも、ご両親とは疎遠みたいだし……。
考え出すと、疑問は尽きなかった。
そのとき、白い車の運転席から一人の男が降りてきた。
茶髪の、若いお兄さん。
家の中にいたイカツイにーちゃん達ほど荒んだ雰囲気はなく、どこか落ち着いた、仕事慣れした感じの人。
この人が運転手?
それとも、この車の持ち主?
「若、これから戻られるんですか」
そう言って、そのお兄さんは太郎さんを見た。
……若?
太郎さんが、若?
何の?
タイガは旅館の息子で、若ダンナ。
飛野さんは料亭の息子で、若大将。
じゃあ太郎さんの若には……何が続くの?
「おい」
低く呼ばれて、お兄さんは一瞬で言葉を止めた。
「あ……す、すみません」
私を一度だけチラリと見て、慌てて口を噤む。
私の前で太郎さんを“若”と呼んだことを、迂闊だったとでもいうように。
私の前じゃ、彼をそう呼んではいけない、というように。
黒いスーツにネクタイはなく、顎には無精髭。
頬には消えない傷。
よくよく考えれば、そこらへんのサラリーマンなわけがない。
頭の中に、うっすらと靄がかかるなか──
私は勘づいてしまった。
たぶん、……ううん、きっとそう。
太郎さんが、何をしている人なのか。
わかってしまった。
ただ、あまりにも私の住む世界とかけ離れすぎていて、現実味がなかった。
頭では想像できても、実感が追いつかない。
一般的なイメージに縛られて、聞くのが怖い……というより。
聞けない。
確認なんて、できない。
それに、太郎さん自身も聞かれたくないんだと思う。
さっきお兄さんを制したのも、私への配慮なんだろう。
そうなんだと、私に気づかせないように。
私を、怖がらせないように。
「テツ、お前今日は帰れ」
「え、でも“太郎さん”、俺……」
「この子送ってから、自分で戻る。お前はもう休め」
『テツ』という名前らしい茶髪のお兄さんは、明らかに戸惑っていた。
けれど太郎さん直々の命令だからか、『テツ』さんは太郎さんに深く頭を下げ、
「すみません。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。失礼します」
そう言って、豪邸の方へ去っていった。
すれ違うとき私にも一礼してくれたから、反射的に会釈を返す。
この人はちゃんとした敬語を使えるし、礼儀も弁えてるんだな、なんて感心してしまっていた。
『テツ』さんは、運転手さんなのかな。
それに太郎さんの家に戻っていったってことは、彼もここに住んでいるんだろうか。
まだ若そうだったし、あのにーちゃん達のお仲間なのかもしれない。
「さ、どうぞ」
助手席のドアを太郎さんが開けてくれたから、恐縮ながらも私は乗り込んだ。
中に漂う、ほのかな色香を感じさせる匂いが鼻を掠めて、クラっとしかけた。
反対側から太郎さんが運転席に乗り込み、ドアが静かに閉まった。
さすが高級車だけあって、シートは驚くほど座り心地がいい。
そして、車は緩やかに走り出した。
二人きりの車内。
音楽もなく、会話もなく。
静寂の中で、トクトクと小さな胸の高鳴りだけが、一定のリズムを刻んでいる。
夜の街の灯りが眩しくて。
隣でハンドルを握る太郎さんからは、抑えきれない大人の色気が滲み出ていて……。
気づけば私は太郎さんの横顔を、バカみたいな顔で見つめていた。
口、半開きのまま。




