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星霜の片  作者: 匹々
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で?

一番に自分自身

二番に相手

三番に好きないろいろ

四番に嫌いないろいろ

それぞれの間に相当な差があるが、特に三番と四番の間がひどい

店内は冷房がよく効いている。

一瞬だけ、音が途切れた。

ほとんどの者はさりげなく周囲を見渡し、不自然な寒気の正体を探った。二人だけ、それをしなかった。

トワの隣の席にエルは座った。どちらも正面を見ている。

「久しぶりですね」

「無意味に周囲を威圧するのは、やめたほうがいい」

「なんでですか?」

「無用な混乱を招く」

「わざとじゃないんですよ。ちょっとムカついちゃっただけです。ドアが引っかかって開けづらかったんですよ」

「理由はそれだけではない」

「一番大きいのがそれです」

「気をつけるべきだ」

「また会ったわけですけど」

「また会ってしまった」

トワの席の前にはグラスが置いてある。

「まだ終わらないんですね」

「もう一生分、穢れを見てこいというのだろう」

「もうたくさんです」

「それだけのことをしたということだ」

「本気で言ってます?」

「もしくは、その人生で償いとしてすべきことがあって、それを果たせずに終わったのが原因かもしれない」

トワは座ったまま爪先で音を鳴らす。

「後で鏡の話をします」

エルは一瞬だけ考える。

「本当にそうならするべきことを教えてほしいんですけど。すべきでないことしかわからないじゃないですか」

「わかっていながらしてはいけないことをした人間の言えたことではない」

「厳禁ならそうと言っておいてほしいんですけど」

「禁止は禁止だ。このまま進んではいけないという予感は、我々全員にあった。それを無視した」

「その結果今ここにいるわけですけど。君は後悔してるんですか?」

「反省の余地はある」

トワはグラスに手を伸ばしかけ、引っ込める。

「本能の警告に従ってたらどうなってたかなんて誰も知らないんだから、考えるだけ無駄です」

「別の選択をした結果は知ることができない。その考え方には、新しく分岐論と名がつけられたらしい」

「つまらない名前ですね。哲学者に命名権を渡しちゃいけないっていう例ですね。自分はフィレシュレトの道のほうが好きです」

「長い。その呼び方を最初に使ったのは誰だっただろう」

「金桃羊ですね」

「知らない」

「小説家です。フィレシュレトの由来は演劇の題名なんですけど」

「知るわけがない」

トワは肘をついた。

「嘘をつくのってよくないと思うんです」

「勘で話すのはよくない」

「じゃあ本当なんですか?」

「嘘が必要な場合もある」

「そうですか。君の嘘には全部意味があるんですか?」

「嘘がつけないと困ることもあると思う。全員がエルのように正直に物を言う世界を想像してみればいい」

「美しいですね。前回の最期どうなったのか覚えてますか?」

「まったく覚えていない。気がついたときには、生きていた」

「同じですね」

「おそらく、そういう記憶は、残らないようになっているのだと思う」

「なんのためですか?」

「仮にも生き物として、死を知っていては困るということだろう」

「なんとも都合のいいシステムですね。こっちの身にもなってほしいものです。君はあれから何をしてたんですか?」

トワは体を揺らした。

「特に面白いことはなかった。エルはどうだろう」

「旅をしていろいろなところを見て回ったけど、面白かったですよ」

「旅はいい。魅力を感じる」

「墓には行ったんですか?自分は忘れたんですけど」

「行っていない。自分から思い出に会いに行くほど、愚かではない」

「君にとって思い出ってなんなんですか」

「あえて言うなら、暴力の化身」

トワは顎に手を当てる。

「やけに攻撃的ですね」

「それでいて、無敵。こちらから攻撃することが一切できない」

「厄介ですね」

「そんな相手から逃げるのは賢い選択だと思う」

「これ思い出の話で合ってますよね。仲良くするって発想はないんですかね」

「そんな方法があるなら教えてほしいものだ」

「今回は何をしてたんですか?」

「畑にいた。思い出してからここに来た」

エルは両手を前に出した。左手を裏返し、机の上で戻し、握った右手を乗せて円を描くように動かした。

トワはそれに目線だけ向けていた。

「それくらい言葉で訊いてほしい」

「冷たいですね、せっかく覚えたのに」

トワは右手の人差し指と中指を揃えて横にし、鼻の前から下におろして左の手首を続けて叩いた。

「それはどういう意味ですか?」

「質問をしておいて、答えが理解できなかったら意味がない」

「覚えたのはさっきのやつだけです」

「そんな気はした。初めから相手の言葉に耳を傾ける気がないのが、エルらしい」

「ありがとうございます」

「それほどに喜んでいる理由がわからない」

「察するところです」

「自分の勉強不足だと言いたいらしい」

「あと表情を見ないでほしいです」

トワは指で机を叩く。エルは正面を向いたまま目を細める。

「話を戻すが、これからはどうするつもりなのだろう」

「特に考えてないです。前回見たいところはだいたい見たから、何か面白そうなことがあったら向かう感じですかね。それまでは適当です」

「以降は金をばらまくのもやめたほうがいい」

「なんでですか?」

「不公平は余計な争いを生む」

「仕事に対する正当な対価だと思うんですけど。払わなかったら経済秩序が乱れますよ」

「報酬を払うなとは言っていない。動く金額が大きすぎると言っている。特定の誰かだけが、不自然に得をしている。その誰かを選ぶのはエルだ」

「多少の不公平は、偶然に恵まれたヒトがいるだけって考えられないんですか」

「そういう器の大きい人間は多くない」

「そんなものですか。考えておきます」

エルは頷き、それから頭を捻った。

「…」

「鏡の話をすると言っていた」

「それです」

「メモくらい自分で取ればいい」

トワは踵で椅子の脚を蹴る。

「鏡がその辺に当たり前のようにあるのおかしいと思うんですよね。ある種のテロじゃないですか」

「前にも同じことを言っていた」

「思い出せないです」

「舞台からの帰り道に、自分が言っていた」

「思い出せるわけがないです。適当なこと言ってると脅しますよ」

「できるものならしてみればいい。鏡で思い出したことだが、他の人間よりも自分自身のことはよくわかるから、その分特別だと思い込みやすいらしい。ほかの人間にないものが、自身にはあるように感じてしまうのだとか」

「それ言った人はちゃんと苦しんで死んだんですか?」

「今は生きている」

「この前、近くにいた人に死にたいかって訊いたんですけど」

「かわいそう」

「死にたくないって答えたんですよ。信じられますか?」

「嘘なら許さない」

「本当です」

「道徳の授業で『罪とムーテラット』があったから、その成果かもしれない」

「道徳ですか。『獄巡り』は教科書に載せるべきだと思うんですけど」

「教育によくない。学生に読ませていい内容ではない」

「一度読んだら悪いことをする気なんてなくなると思うんですけどね。それから、前、文学の試験で『朽槍』が使われてたんですけど」

「信じられない」

「本当です」

「試験どころではなくなると思う。死人が出てもおかしくない。問題を決めた者は、正気ではなかったに違いない」

「話を戻すと、死ぬことを嫌がるのは、それがペナルティとして成り立つための前提ですからね。いい傾向だと思います」

「罰を重くすることで犯罪を抑止するのは、自分は賛成できない。恐怖が人間の行動を縛ることになる」

「なんの問題があるんですか」

「不健全だ」

「問題ないですね。ヒトを変えたいなら、恐怖が分かりやすいし確実だし、何より手っ取り早いですよ」

「人間の本質は変わらない。死の恐怖が身近にある戦場でも、隙があれば他人を蹴落とそうと狙っている者は少なくなかった。支配の手段として恐怖を用いても、味方が増えることはない。苛烈であればあるほど人の心は離れ、思い通りにできるのは肉体まででしかない。行動を改めても、それは変わったふりをしているだけだ。罰から逃れるために本性を隠す程度の狡猾さは、誰もが持っている」

「本当ですか」

「そういうのを揚げ足取りと呼ぶ。世の中には、ごく一部の例外がいる」

エルが俯き、目を閉じて口元を両手で押さえる。

「一人ではない」

「そうですか!」

「賢いとは言えない」

「必要ないのほうが正しいですね。そんなつまらない生き方するつもりはないんです。行動が変わるなら十分だと思うんですけど。じゃあどうするべきだと思うんですか?どうすれば内側まで変えられるんですか?」

トワはため息をつく。

「訊いてるんですけど」

「自分はときどき、何故死は恐ろしいのかを考える。死んだ後にどうなるのか、生きている者は想像するしかない。暗闇に似て、わからないから怖い。はっきりわかってしまえば大したことはない」

「それはどうなんですかね」

「一つ言えるのは、仮に、考えたその先で、生き続けるよりも楽などという結論に至れば、大変なことになる。それは防がなければならない」

「今思えば、願いはそれにすればよかったですね。ヒトが自分から死のうなんて発想できなくするんです。ほかのヒトの願いと衝突してたかもしれないですけど」

「人間が自力で対処するべき問題だ。完全には無理でも、正しい方向に導くことはできる。その努力を怠って、悪魔の力で世界ごと変えて解決しようとするのは、邪道だ」

「君に言われたくないです。あと精霊の力を使うヒトたちは、自殺ってできなくなってるらしいんですよ。よかったですね」

「そうだとしても、エルはもう少し他者の立場に立って物事を考えたほうがいい」

「さっきの話と矛盾してます。そうでなくても君に言われたくないです」

「近くにいたというだけで死にたいかと訊かれた側が、どう思うか考えないのだろうか」

「かわいそうっていう言葉は嫌いです。何もしない言葉だけの同情に、なんの意味があるって言うんですか」

「言われてみれば冷たい言葉だ。血の通った生き物にあるべき温かみが感じられない」

「相手のために何かしてあげてから言ったらいいんじゃないですか?」

「惻隠の情は、助けてやれる相手にだけ、という言葉があった」

「その言葉も嫌いです。次言ったら引きますよ」

「それでどうなるのか」

「黙ります」

「脅すなら真面目に脅してほしい」

「そもそも相手のほうが何かしらにおいて不利であることが前提なんですよ。自分なら見下されたと感じます」

「気にしすぎだろう」

「さっきの話もだけど、精霊ってなんなんですかね」

「答えがわかるときは来ないと思う」

「わかってますよそんなこと。考えてるんです」

「気持ちはわかる」

トワは踵を上げて下す。イヴは口角を上げる。

「自分たちはまあ、弾かれてるんですね。それは仕方ないとして、ただのシステムにしては粗い気がするんですよね」

「誰かの願いにしては融通が利かない」

「願いなら融通が利くものなんですか?」

「不便にするように願う意味が分からない」

「どの口で言ってるんですか」

「それ自体が間違っているとは言っていない。必要な場合はある」

「自分にも使えるものは、あれは精霊の力じゃないんですね。ほかのヒトたちは特に区別してないみたいですけど」

「精霊は想いに反応するとされているが、自分は疑問だ。より厳密に言うと意思に反応しているのだと思う。だから魔法を使えるのは生物だけだ。意思を持たない物体に影響するものは、精霊ではない何かなのだろう。想いと願いは違う。そして、自分たちが気づいていなかっただけで、あの石のようなものが当時からあったのかもしれない」

「この話は終わりです」

トワは頭に手を置く。

「クワラスは見たんですか?」

「ここに来る途中で見た」

「なかなかすごいものですね」

「気に入らない。生まれる順番が違えば発明していたのは自分だっただろう」

「ありえない仮定の話、虚しくないんですか」

「腹が立つ。生まれる順番はどうしようもない」

「言うだけなら自由です」

「新しい言語を生み出すくらいしてから言ってほしい。自分以外の人間を褒める言葉は聞きたくない。不愉快になる」

「面倒なヒトですね。扇風機ってあるじゃないですか。あれを発明したのは自分です」

トワは目線を上げて隣を見る。エルは笑ったまま正面を向いている。

「って言ったら信じますか?」

「その割には、扇風機を見たときに反応がない」

「根拠が気色悪いです」

「エルにとって、これは嘘のうちに含まれないらしい」

「ホラですね」

「面白いのか」

「相手の反応次第ですね。今のは最悪です」

「自分が悪いのだろうか」

「当然です。もう少し洒落た答えはできないものですかね」

「心外だ。何故、責任を押し付けられなければならないのだろう。どうせなら、もっと真面目にホラを吹けばよかっただろうに」

「迷ったんですよ、自転車と」

「もう少しくらい、真面目に迷ってもいいと思う」

「何かするとき、真剣にやって空振るのが嫌なんですよ」

「理解はできる。褒められたことではないが」

「君に言われたくないです。あと、共感されるくらいなら引かれた方が嬉しいんですけど。わかるよりありえないって言われたいです」

「相手の想定の範疇を超えたことがわかるからだろう」

「わかってるじゃないですか。意地悪ですね」

「エルは、よくそうやって自己の独自性を再確認している」

「認識を修正しておいてもらえますか。自分が特別なのはわざわざ確認するまでもないです」

「特別というのは必ずしも優れているということではない」

「気分がいいです」

「それだけだろうか」

「嘘じゃないです」

「答えになっていない。真実の一部でしかない。それがすべてではないはずだと言っている」

「じゃあ諸々まとめた上で、気分がいいです」

「面倒くさい」

「君に言われたくないです」

トワは机の上で手を重ねる。

「自分のことは棚に上げなければ、何も言うことがなくなる。誰かに物を言う資格など、考えても無駄なだけだ」

「否定はできないです」

「頼んでいない」

「それでも君に言われていい気分はしないことはわかっておいてほしいです」

「承知の上だ。己を忘れてまでわざわざ意見を言っているのだから、感謝されていい」

「頼んでないです」

「我ながら親切だ。優しすぎる」

「あとその手の動きやめろって前言ったと思うんですけど。忘れたんですか?」

「こうして生きていることを実感できると、落ち着く。大抵のことはどうでもよくなる」

トワは両手で同じ動きをした。

「幸せな頭ですね。自分はムカつくからやめろって言ってるんですけど」

「エルは同じ話を何度もする」

「無視されたからです。そういえば君は同じ話をすることってないですよね」

「誰にどれを話したのかを覚えていられない。既に聞いた話を再び聞かされるほうは苦痛だろう」

「もう聞いたって断れば済む程度のことよりも、まだ聞いてない話を聞く機会を逃すもったいなさを考えてほしいものです」

「一理ある」

トワは店内に視線を巡らせる。

「エルは人の顔を見ない」

「言われたことあります」

「あったらしい」

「その話、前無視したの根に持ってるんですか?」

「記憶にないが、その程度で根に持つほど、自分の器は小さくない」

「議論の余地がありますね」

「無視しておきながら、何故覚えていたのだろうか」

「そんなことしてもし誰かと目が合っちゃったらどうするんですか」

「それが何だというのだろう」

「ほかのヒトの立場で考えたらどうですか?」

グラスの氷が音を立てた。

「そんなにいやなら、仮面でも被ればいいと思う」

「そういう問題なんですかね。考えたことなかったです。試す価値はありそうですね」

トワはグラスを揺らした。水滴が机に模様を作る。

「で、何度でも言いますけど。その動きやめてほしいです」

「理由は何だろう」

「ムカつくからって言ってます。逆にやめない理由はあるんですか?」

「特にない。強いて言うなら、気に入らない」

「ほかにありますか」

「こうしていると落ち着く。こうしていないと、落ち着かない」

「哀れですね」

「他人と比べることでしか自らの価値を確かめられないのも、哀れだ」

「比べるまでもないって言ったと思うんですけど」

「エルはエルだけが歩くことのできる道を進む気らしい。その道を最初に踏むのはエルでなければならない」

「ほかのヒトが通ったことのある道をなぞる趣味はないですね。仮に先を越されると、自分は回り道するしかなくなるわけです」

「わざわざ迂回してまで避けるあたり、徹底している」

「そんなヒトがいたらの話ですけど」

「周りに誰もいなければ特別たりえない」

トワは頬に手を添える。エルは口を閉じた。

「周りのものがあって初めて、輪郭を確かめることが出来るのと同じ」

「それ誰の言葉ですか?」

「忘れた」

「そういう言葉引き合いに出すなら、覚えておいてほしいんですけど。気になります」

「知ってどうなるのだろうか」

「別に何もしないですよ。そんなムカつくことを言ったのが誰なのか、気になるってだけです。自分以外を演じるって、自分にはできる気がしないです」

「突然何を言い出すのだろう」

「さっきの話です」

「役者の話をした覚えはない」

エルが鼻で笑う。トワは少し俯いて目を伏せる。

「自分には真似できそうにない芸当だ。素直に嫉妬する」

「ここは自分の領域なんです。ここにほかのヒトが被るなんて、認めるわけにはいかないんですよ。でも周りに何もなくても自分は自分を選ぶつもりですけど」

トワは頷く。

「やめ「何度言われようとやめる気はない」てほしいです」

「君って自分の言うこと全然聞いてくれないですよね。聞いてくれな過ぎてびっくりしてます」

「エルよりマシだと、少なくとも自分は思っている」

「君は地雷が多すぎて付き合ってられないんですよ。まあこれに関しては自分も大概だと思いますけど」

「拘りがあるのは恥じることではない」

「一言も言ってないです」

「エルが話を聞かないのは、自分に限った話でもない気がする」

「癖なんですよ。今まで生きてくるうえで身についたから、今更変えられるものじゃないんです。少しくらい頼みを聞いてくれてもいいと思うんですけど」

「何故、自分より後に生まれた人間の言うことに、従わなければならないのだろう」

「じゃあ誕生日教えてくれますか」

トワが答える。エルが笑顔で何度か頷く。

「その理屈だと先に生まれたヒトの言うことは聞くことになりますけど」

「内容による。要は説得力次第なのだ。自分は正しさを尊重する。自分を説得しきれないのは、単純にエルの力不足と言っていい」

「生まれた順番の話はどうなるんですか」

トワが口を開くより先に、エルが続ける。

「長く生きたヒトの言葉は、それだけで耳を傾ける価値があるってことですね?」

「そう自分は考えている」

トワは僅かに首を傾ける。エルは何も言わずに視線を上に向ける。

「自分の中のエルの評価が上がった」

「君の基準の評価なんて自分にとっては何の意味もないんですよ。これで自分の言うこと聞いてくれるっていうなら別ですけど」

「個人的な感情を根拠にしている限り、その意見は尊重するに値しない」

「やめない理由もう一回言ってもらえますか」

「心の平穏。自分にとっては大事なことだ」

「いやなヒトですね。よく相手の気持ちがどうのとか偉そうなこと言えますね。なんで自分はこんないやなヒトより後に生まれちゃったんですかね。こんなのどうしようもないじゃないですか」

「この順番はもう覆らないらしい。この件に限らず、生まれというのはそもそも、大なり小なり理不尽なものだ。諦めて受け入れる以外にない」

「ムカつきます」

「かわいそうだと思う」

返事はせず、静かに笑みを深めた。

グラスの氷は、もうずいぶん小さくなっていた。


「そろそろですかね」

トワが手元の書類から目線を上げ、折り目をつける。

「今回で終わるといいですけどね」

「同意する。会うのもこれが最後であってほしい」

立ち上がりかけたエルが座り直す。

「次に会ったときに話そうと思ってることないですか?次はないかもしれないですよ」

「会わなかったらそれまでだ」

「もったいないです」

立てた指を顔の横で振る。

「実を言うと、迷っている」

「迷うくらいなら話すべきです」

「反応がある程度予測できてしまう」

「失礼ですよ。」

両手を組む。

「これは経験則だが、人生において、蔑ろにしてきたものはいつかその者の大事な局面で足を引っ張る。そういうものだ」

「望むところです。頼んでもないのに前から手を引かれるよりマシです」

エルが立ち上がる。

「では、さよならです」

「――」

トワは返しながら、握った拳で交互に手の甲を叩いた。

トワ氏は基本的に静かではあるけどおとなしいわけではない。何かしら言うたびに動いている。全部書くとキリがないくらい

それなりに互いを尊重しているらしい

フィレシュレトは元の世界への帰り道を見失った

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