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星霜の片  作者: 匹々
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鋭い天秤

この世界で人間として生きていて、泣きたくなるのは珍しいことではない

「ん~。酷いものですねえ」

「よくあることだよこんなの」

「だからニュースってあまり見たくないんですよ」

「まあ見てていい気分はしないね。戦争の話題は特に」

「これで平和を語るんですから、呆れます。自分の行動は世界のために役に立っていると、本気で信じている。世間の評価に耳を傾けたこともないんでしょう。悪意なしに他者を傷つける人間はどうしようもないです」

「悪意を持って人を傷つけるのはどうなの?世界にはこういうので喜ぶ人もいるわけだし。最近静かだったけど、その間は待ってたんだろうな。こういう、稼ぎ時」

「論外です」

「違いは?」

「対処でしょうか。悪意のある人間は悪意を納めさせれば解決です。必要なら罰を以て無理やりにでも。最低でも悪意が外界に出るだけの形を持ちさえしなければいい。その点、悪意のない人間は駄目ですね。人間は自分が正しいと信じている限りは変わりません。そしてそういう罪を自覚していない者に罰を与えても意味がない。それが何に対しての報いなのかがわからないんですから、反省のしようがありません。変わることを強制されれば逆恨みすらします」

「…」

「聞きます」

「反省なんかしなくていい。悪意のあるなしも関係ない。悪いやつは追放すれば済む話なんだから」

「極端ですね。その悪い悪くないの判断は誰が?」

「ほかのみんなだよ。誰も正しくないなら、より多くが間違ってないことにしてるほうに合わせないと。いろいろあるからね、他人の害になる考えが浮かぶこと自体は自然。でもそれを自分の内側の考えで終わらせられずに行動に移しちゃうような、みんなと一緒に生きていけないヤツは、同じところにいてはいけない。隔離しないと。ヒツジの群れにオオカミが混ざってちゃいけないの」

「その延長が追放なんですね」

「まあヒツジの側にオオカミを殺せるだけの力がないといけないんだけど」

「追放というより排除でしょうか?この世からの。物騒ですね、法学部生の意見とは思えない」

「だからこそだよ」

「それ大声で言えますか」

「いや、ほかの人は知らないけど、少なくともワタシにとってはそう、法を学んでるからこそ。詳しいものに極端になることってあるでしょ?」

「そんなものですかね」

「前、地球にとって人間は害悪だって言ってたけど、まだそう思う?」

「思いますよ。人間がいるから起きることは、いやでも目に入るし知る度に気分が悪くなる。いっそ丸ごと滅ぼしてしまった方が誰にとっても幸せでしょう」

「本当にそう思うならそうすればいい。最近の有名なのだと、XXって知ってる?」

「そっちの担任でしたっけ」

「盾葉ゼバオル放火なら?それの犯人。新しいほうね」

「初めからそう言えばわかります」

「人のこと言えないけど、本当に人の名前覚えないよね。XXは裁判でどうなったか知ってる?」

「興味があれば覚えてます」

「懲役二十年が心神耗弱が認められて減刑」

「そもそも何をしたんでしたっけ」

「放火。普段は使われてない部屋だったけど、火の手が広がって、隣の部屋にいた子供たちが巻き込まれた」

「酷いものですねえ」

「そういう判例はよくある。クワネメトケではここ十年近く、刑事裁判に関して誤審が問題になったことはない。でも個人的には、見るたびに思う。罰が軽すぎるって」

「犯罪によって理不尽な目に遭わされた人間がいれば、相手にも相応の報いを受けてほしいと思うのが自然でしょうね。それで許せるとはならなくても、最低限。その制裁が足りないと?」

「それだけじゃない。死刑は制度としてはあるけど、実際に判決として下ることはほとんどない。ストレス発散にすれ違った人を刺し殺した通り魔で、懲役三十年。三十年すればそいつは社会に戻ってくる。勿論、その前と全く同じってわけじゃない。でも、自由なんだ。人を殺した人間が、人を殺すという選択肢がある人間が、自由になる」

「そう言われると怖いですけど」

「責任能力もそう。それが欠けてたからって、何をしても許されるわけじゃない。できないことは免罪符じゃない」

「当事者からしても、加害者の事情も背景も知ったことじゃあないでしょうね。そんな理由で減刑なんてされたら、少なくとも俺は受け入れられない。さっきの件は法律に則った判決だったんですか?」

「勿論、法律は刑罰の基準を定めてある。でもそれにも幅があって、今回、できる限り軽くするようにはたらく力があった」

「世論ですか」

「メディアがね、どこから仕入れたのやら、XXの幼少期の家庭環境を話題にした。一言でいうと虐待。それは有名になったから、XXは哀れな被害者っていうイメージを持った人が結構いたんだ」

「メディアの目的は注目を集めること、それに誰かを攻撃すること自体が目的の連中が食いつく。安全圏から声だけ上げる人間の醜さはよく知ってるつもりですけど」

「まず問われてる罪が何なのかすら知らない部外者がとやかく言うことでもないし、そんなものに左右されちゃいけないんだけどね。感情論は理屈じゃないし、どうせ起きたことは変わらないんだから。それはそうと、XXは無職だった」

「調べたんですか」

「興味があったから。自殺未遂の前科もあった。今回も、養ってもらってる恩師の家で、ふと思い立って火を点けた。本人は単なる思いつきで、すぐに消すつもりだったと主張した。隣に人がいたことも知らなかった」

「聞いている限り救いようがないですね」

「この辺りはメディアはあまり取り上げなかったらしいね。調べればすぐにわかったけど」

「調べるほど興味のない人々の目に触れたのは、単純化された真実の一端のみ、と」

「ワタシだって本人を知ってるわけでもないから、もしかしたら誰かにとってはなくてはならない存在だったのかもしれない。でもやっぱり、そういう犯罪者は生きてちゃいけないと思う。潔癖は司法に関わるなってよく言われるんだ。許せなくなる、そいつらが生きてることが。更生もいらない。犯罪者に未来はいらない。裁判で問うべきは、悪意の有無でも罪の重軽でもない。そこに正当性があるか否かであるべきだ。自身の行いの正当性を証明できないなら、ソイツは死刑でいい」

「裁判で問うのは真偽では?」

「それは技術の問題」

「事故は?」

「ずっと見てればわかるけど、大抵の事故って、安全を守るためのルールに違反したり義務を怠ったりした犯罪者がいて、その結果起きてるから、誰も悪くない本当の意味での悲劇って現実には少ないんだよね。誰かのミスがなければ起きなかった事故が結構多い。基本的にどこかに報いを受けるべき誰かがいる。その正当性を論じるのは難しいね。ただの過失なら、自覚してる場合は償えば済む話ではある。ただ、事件と呼ばれるものは言うまでもないけど、最初から全員が法律を遵守してれば、事故だってだいぶ減ってたはずなんだ」

「だから法律は絶対であるべきだと?守る者だけが生き、守れない者は弾き出す世界」

「それが本来のあるべき姿、というより前提だと思う。秩序ある社会の、知性ある人間の。極論ではあるけど」

「犯罪は減るでしょうね。死の恐怖は無視できない」

「そうでもしないと人は変われない」

「死をいやがらない人間は?例えば、たまに聞くような、誰でもいいから殺して死刑になりたかったとかいうのは?」

「…」

「忘れてください」

「思ったんだけど、人を殺すことがルールで禁止されてなかったら、もっと平和になるんじゃないのかな」

「法が裁かなくても、個人が報復する。その報復も禁止されていないなら自由ですね。行動するには、相応の覚悟がいる。武器を向け合った状態から攻撃に踏み込めば、同時に相手の間合いに自らを晒すことになる。互いに力で抑止しあうわけですね。健全とは言い難いですが。弱者は生きていけませんね」

「忘れて。理想を言えば、行動を始めた人間はその時点で問答無用で死ぬように、世界の側にシステムがあったらいい。何かが起こってから後始末として、わざわざ人間がやらなくていいように。人間が扱う以上、何人がどれだけ議論を重ねたところで、正しさは完璧じゃないし絶対にはなれない」

「証拠を集めて慎重に量刑するより、一定の基準を超えた犯罪者が勝手に死んでくれるほうがわかりやすい」

「…こんな意見だって、口にすれば怒られる。人命を軽んじてるって」

「俺もよく言われますよ。そんな公に憚るべき思想を話してくれるんですね」

「信用してる。同類として」

「それはそれは、ありがたい」

「ワタシはむしろ罪に対して寛容すぎると思う。命を重んじ過ぎだ。人命。人権宣言以来、命は重くなる一方だ。どれだけ人間が増えても、いつだってそれは大切で、尊重すべきもので、決して軽くなることはない。…」

「聞いてます」

「急かすな」

「ごゆっくり」

「でも本当にわかってるかっていうと怪しい。数が増えると、そのうちの一つになっちゃうんだから。事故が起きて百人が亡くなった、災害によって百人が亡くなった、そんなふうにニュースで報じられる。数字にしちゃえるんだな、命って。その意味を改めて考えると恐ろしい。それは物の数じゃないんだよ。その数だけ、名前があって、意識があって、あるいは家族もいて。1つ1つが、百いる本人たちにとっては、本人にだけは唯一無二のもの。それが失われた、奪われた」

「でも数えますねえ、自分の以外なら。会ったこともない人ならなおさら」

「戦争反対ってよく言うよね。落ち着いてた間も、どこでも聞いた。あれも意味分かってて言ってるのかな。どれだけ真面目に考えてるんだろう。別に否定したいわけじゃないけど、そう言えって習ったから言ってるだけじゃない?ただ教わったことを復唱して、まとまって、正しいことになって。みんながそうする、その言葉に重みなんてない。自分なりに考えた言葉じゃない」

「みんながそう思っているから、同じ意見になるだけでは」

「全員そう思ってるなら戦争は最初から起きない。二度と戦争を起こさないなんていう誓いも、最後の戦争が終わった新しい時代を意味する改暦もいらなかった。百年もすれば当事者は死に絶え、記憶は間接で伝えられるたびに薄れる。三百年も経てば大昔の恐怖なんて忘れたヤツらが同じことを繰り返す。なくならないのも理由があるんだろうな。必要だから?生きるため?よくないってみんなわかってはいる、それだけ。なのに必要なときだけ命の価値がどうのと偉そうに説くのが、ワタシの知ってる道徳ってものだ。大事だろうね、自分はそんな目に遭いたくないもんね」

「ん~。もっと渦の中心に近い人たちに言わせれば、また違うんでしょうけど」

「そうじゃない人は数字だけ見て、奪われた人生の1つ1つなんて知らないまま。ダメなことはダメだからダメなんだ。もう一回言うけど、否定したいわけじゃない。…何が言いたいのかっていうと、命は数じゃない。それぞれの価値は同じじゃない。価値のあるものも、ないものもある。他者にとって害になる人間の命に、周りと同じだけの価値なんてない。尊重すべき価値のない社会にとっての害悪は、死ぬべき。残酷じゃない、当然のことだと思うんだけどな」

「なるほど。誰かを非難できるのは、間違えたことがない人間だけらしいですよ」

「その言葉嫌い」

「俺もですよ。そんな人間がいるのなら別ですが」


命令違反で裁判にかけられたとき、彼の命を救ったのは過去の功績だった。彼女は彼の正当性ではなく、価値を、失った将来の損失を主張した。当時の裁判はそういうもので、彼女は私情を優先した。


2人の死後、2人にとって望ましい形かどうかはともかく、世界は大きく変わった

法律を神にするって表現を使いたかった。でもこの世界で神は偉くない

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