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第一話《けじめ》

陸上自衛隊形骸師団、通称 《デッドマンズ》 。

超常に殺された死体達で結成された、完全に秘匿された対怪奇現象特化の国防機関。

どうやら理不尽に殺されてしまったらしい僕の、新しい職場。


「簡潔にいうのならお化けだの都市伝説だの、あれらが全て実在すると思ってくれればいい。」


綺麗な長い白髪を携えた上司、真白さんが業務概要を説明してくれている。


「そういう奴らを相手にするってことは、意外と暇な感じですか?そんなうじゃうじゃいる訳じゃ無いでしょうし。」

「残念ながら大忙しだ。認識されていないやつらも居れば、存在が広く知られた後に国民の記憶が改竄されて忘れられた奴もいる。」

「記憶の改竄なんて、SFじみたこともしてるんですね。」

「そうでもしなきゃ科学文明は破綻する。近代の科学や法則は超常現象を計算に含んでいないからね。人類の数百年分の歩みを無かったことにする訳にはいかない。」


物理法則が世界全てを支配していると思っていたが、そうでは無かったらしい。


「恐らく君が思ってるより、軽率に人類は滅びかけている。カウントなんて出来ないくらいにはね。」

「それら全てを真白さん達が防いできたんですか?」

「まさか。たまたま巻き込まれた一般人が事件を収束させることだってある。君のように巻き込まれてしまった人が、死ぬこと無く運よく全てを解決してしまうことがね。」


君を責めている訳では無いよ、と言いたげな顔で真白さんは僕を見ている。


「つまるところ、名も知れぬ英雄たちが世界を救う時もあるが、誰からも気づかれなかった事件を処理して、失敗してしまった英雄の尻拭いをするのが我々の仕事だ。」

「分かりました。」


もう覚悟はした。

あとは二回目の死を迎えないように、精一杯やるだけだ。


「早速だが、君に一つ仕事を頼もうと思う。もちろん一人では無いから安心してくれ。」

「訓練的なものはやらなくてもいいんですか?」

「生者の如く動いてはいるが、君は死体だよ?代謝も成長も何もない。実戦の中で経験を身に着けてくれ。」

「そういうもんですか。」


軽く返事はしてみたが、かなり不安だ。

バケモノどころか、人とすらロクに戦ったことも無いのに。


「仕事は単純だ。君を殺した怪異を、殺し返してこい。」

「自分の尻は自分で、ってことですか。」

「半分はそうだ。残り半分は」


真白さんがニヤリと笑う。


「クソ野郎への復讐は、最高に気持ちがいいぞ。」

「それは、確かに気持ちがよさそうです。」


自然と口角が上がってしまった。


それから営内を軽く案内されて、装備諸々が置いてあるらしいロッカールームらしき場所に連れられる。

てっきり銃なんかが沢山置いてあるのかと思ったけど、武器と呼ばれそうなものが雑多に保管されていた。

案内してくれた真白さんが少しバツの悪そうな顔をしながら口を開く。


「自衛隊ではあるけれど、完全秘匿されている上に特殊な訓練を受けた隊員達って訳でもないから銃火器の許可は降りなくてね・・・。」

「そりゃそうですよね、僕もライフルなんか渡されたって使える気が全くしませんし。」

「その代わり、儀式や魔術に呪術や超能力、その他諸々の特殊な過程を踏んだ武器を色々と揃えてる。なにか使えそうな武器はあるかい?」

「マジでなんでもありなんですね世界って・・・、とりあえず弓くらいならある程度使えると思います。」

「弓?それはまたクラシックなもの使う気だね。」

「齧る程度ではありますけど、弓道をやっていたので。」


弓道四段、僕の中で人に誇れる数少ない実績だ。

名前が八剣(やつるぎ)なのに弓を射るのだから大層笑われたが、それでも多少の自信はある。


「和弓は無いが、弓ならいくつかある。矢も色んなモノを揃えてるから好きに持っていくといい。」


異様な気配のする弓と矢、それと同じく不思議な感覚のする自衛隊の制服、渡されたものを身に着けていく。

引き受けたのは僕だが、恐ろしいほどトントン拍子に話が進んでいた。


「他にここで働いている人達に全然会っていないんですけど、どこにいらっしゃるんですか?」

「他の奴らはほとんど出払っている。先ほど伝えた通り大忙しだからね、基本全員現場にいるか非番かのどちらかだ。」


話を聞いて覚悟はしていたが、想像の何倍も激務なのかもしれない。

後ろからガチャリとドアが開く音がした。


「おっ、ボスと新入り。もう話終わったんですか。」


甘崎(かんざき)さんがそう言いながらロッカールームに入ってきた。

そのままこちらの言葉を待つこと無く、僕の肩をバシバシ叩き始める。


「入ることにしたのか!ならこれから同僚だ!よろしくな!!」


痛い。

死んだはずの体だけど、痛覚はちゃんとあるらしい。

そういえば真白さんの話を聞いてる時も、頭が痛かったような気がする。


「はい、八剣といいます。これからよろしくお願いします甘崎さん。」

「堅苦しいのはナシだ!気軽に行こうや!」


ガサツな雰囲気だけど、良い人なんだろうなというのが否応なしに伝わってくる。

軽く安堵していると、真白さんの咳払いが聞こえた。


「あー、とりあえず今回の仕事には君達二人で行ってもらう。甘崎は雑なタイプだがしっかりとベテランだ、色々と学んでおいで。」

「てわけだ!がんばろうな八剣!」


甘崎さんが握手の手を差し出してくれる。


「はい、よろしくお願いします。」


甘崎さんの手も、やっぱり酷く冷たかった。


真白さんは他にやることがあるとのことで、ロッカールームを後にした。

甘崎さんに教えてもらいながら、仕事に出る為の準備を進めていく。


「歓迎しといてなんだが、お前はなんで《デッドマンズ》になった?話聞いたなら分かるだろ、イカれた仕事だ。」


一足先に準備を終えた甘崎さんが、心底不思議そうな顔で尋ねてきた。


「なんでも何も、選択肢は無くないですか?物言わぬ死体になんて誰だってなりたくないでしょう。」

「それで、死んでいるよりもクソみたいな目にあったとしても?」


きっと、ろくでもないものを沢山みることになるんだろう。

きっと、今までの常識が通じない出来事に見舞われるんだろう。

きっと、安らかに眠らなかったことを悔いる夜もあるんだろう。

それでも。


「えぇ、生きていると思えるのなら。」

「そうか!お前も大概イカれてるな!良い事だ!」


ガハハ、と甘崎さんが嬉しそうに大笑いする。


「しばらくは俺とバディだ、改めてよろしくな。」

「はい、よろしくお願いします。」


準備を終えた後、甘崎さんに連れられて車両が複数停められている大きなガレージに辿り着く。

自衛隊っぽい車両は殆どなく、ごく普通の車がいくつか停めてあった。


「こんなに自衛隊車両が少ないことあります?」

「そりゃあ秘匿組織なんだから制式車両なんかロクにねえさ。民間に紛れるための一般車両ばっかだよ。ほら、行くぞ。」


甘崎さんと大きなジープに乗り込む。

そのまま、公道を走っていいギリギリの荒い運転で現場まで急行する。

ガタガタ揺れる車内で、一つ気になることがあったので甘崎さんに聞いてみることにした。

多分詳しい説明はしてくれないけど。


「そういえば、僕って死んだんですよね?」

「あぁ、死んだ。」

「葬式はどうなるんですか?」

「葬式は無い、俺達は行方不明扱いになって一生見つからないことになってる。」

「じゃあ家族への連絡とかも・・・?」

「無い、家族が捜索願を出してくれるかもしれないが、俺達は見つからないんだ。」


思ったよりも詳しく説明してくれた甘崎さんは、少し寂しそうな顔をしている。


「早速後悔したか?」


家族はきっと心配してくれるだろう。

見つからない僕を探し続けてくれると思う。

申し訳なさと、もう会えない寂しさがあるけど。


「死んだと確定するよりは、生きてる希望がほんの少しでもある方が家族としてもいいでしょ。」

「やっぱりイカれてるよお前。」

「そうですかね?」


寂しさの晴れた顔で、甘崎さんはアクセルを踏み込んだ。


辿り着いたのは山奥の、雰囲気のある洋館の廃墟。

ヤバい噂も無くて、いい感じの雰囲気だからと、僕と友達で選んだ肝試し先。

僕が死んだ場所。

因縁深い場所のはずなのに、思い出せるのは、ここに一度来た事があるということだけだ。

頭の奥が、ズキズキと痛む。


「大丈夫か、八剣。」

「はい、なんとか。」

「無理をするなとは言わん。俺に矢を当てなきゃなんでもいい。」

「ありがとうございます。」


甘崎さんの後について、洋館の中へと入る。

中は如何にも廃墟といった様相で荒れていた。

特にそれらしい姿も痕跡も見当たらない。


「どうやって探すんですか?」

「手当たり次第だ、どんな相手か分からない以上何に反応するかも分からないからな。」


僕が今すぐにでも思い出せたら早いのだろうが、全くもって思い出せない。

少し申し訳なくなるが、思い出せないものは仕方ないので、ひとまず足を動かそう。

と、思った矢先に異変が起きる。

数十体のマネキンが、歪に関節を動かしながら、ひとりでにこちらへ向かってくる。


「こいつらが原因ですかね?」

「かもな、何にしたってありゃ人智の外だ、ぶち壊すぞ。」


マネキンが襲い掛かってくる前に、いつの間にかメリケンサックをはめ込んだ甘崎さんが飛び掛かる。

甘崎さんが拳を振るう度に、マネキンが損壊して弾け飛ぶ。

明らかに人間の膂力の範疇からはみ出している。


「八剣ィ!こいつら雑魚だ!練習がてら何発か撃っとけ!」


俺に当てんなよ!と吐き捨てて甘崎さんはマネキンを次から次へと殴りつけていく。

この動くマネキンに殺されたのか全く分からないが、ひとまず言われた通りに弓を構える。

近代的な見た目をした洋弓だったが、和弓にしか慣れていない僕の手にやたらと良く馴染む。

ピンと張っていて、引ききるのに尋常ではない力を必要としそうな弓は、想像に反してすんなりと引くことが出来た。

真白さんが言っていた、『特殊な過程』とやらのおかげだろうか。

そのまま、無心で矢を放つ。

放たれた矢は、狙った通りにマネキンの頭へと綺麗に的中し貫通する。

マネキンの頭部は、矢が貫通した勢いで粉々に砕けていた。


「あっぶな!加減しろバカ!」


貫通した矢は甘崎さんの頬ギリギリをかすめてしまったらしい。


「すいません!でも加減ってどうやるんですか!」

「知らん!気合と根性だ!」


魔術も呪術も超能力も、何一つ使えないのにどうしろというんだ。

とりあえず甘崎さんに絶対当たらないであろう射線を意識しながら矢を撃ちまくる。

一心不乱に撃っていたら、いつの間にかマネキンは一つ残らず砕け散っていた。


「よし、ひと段落だな。使い回せそうな矢は回収しとけよ。」

「は、はい。」


これで初仕事は終わり、なのだろうか。

このマネキン達が僕の仇だった・・・?


「浮かない顔だな。」


考え事をしながら矢を拾っている僕の顔を、甘崎さんが覗き込んでいた。


「いえ、ただ、実感が無くて。」

「仇討ちの実感か?」

「はい。」

「死んだときのこと覚えて無いんだもんなぁ、そりゃそうなるか。」


甘崎さんが僕を慰めようと、次の言葉を出す前に状況が変わってしまう。

破壊されたマネキン達が、少しずつ浮かんで宙づりになっていた。


「あ?なんだこれ。」


マネキン達が空中で一瞬停滞した後、そのまま二階へと飛び込んで消えてしまう。

それをみた甘崎さんが、拳を握り締め直していた。


「八剣、気ぃ張りなおせ。まだ何かいるぞ。」

「分かりました。」


回収したばかりの矢を番える。

今度のやつこそ僕を殺したやつだろうか。

二階から破壊音が聞こえた後、何かがゆっくりと降りてきて姿をあらわした。

それは蜘蛛だった。

普通と違うのは人間を優に超える、三メートル程の異常な大きさをしていることだった。


思い出した。

この大蜘蛛に僕達は殺された。

肝試しをした夜、二階から物音が聞こえたから、怖い物みたさで皆で見に行った。

お化けも妖怪もいるわけが無いと思っていたから、冗談半分で。

見に行った先に、コイツがいた。

皆大慌てで逃げた。

けど、結局逃げきれなくて、洋館を出てすぐのところで、一人ずつ噛み殺された。

食事として食べるわけでも無く、いたぶることを楽しむわけでも無く、ただ殺すために殺された。

殺されたショックで忘れてしまっていたのだろうか。

今では、目の前で殺されていく皆の表情まで鮮明に思い出せてしまうのに。

もうしなくてもいいはずの呼吸が、酷く乱れて抑えられない。


「おい。おい!八剣!しっかりしろ!」


甘崎さんの声で我に返る。

本当に一人じゃなくて良かった、一人だったらきっとまた無防備に殺されていた。


「お前は後ろで見てろ、もし戦えそうなら好きに撃て、勿論俺には当てるなよ。」


マネキンの時と同じように、甘崎さんが先んじて飛び掛かるが、一撃で砕けていたマネキンと違い、大蜘蛛は何発か殴られても倒れすらせず少しよろめいただけだった。

ただ、少し手こずってはいるけど、素人目に見ても甘崎さんが優勢だ。

多分僕が本当に見ているだけでも甘崎さんがいずれ勝つ。


でも、それを良しとはしたくない。

ここに僕が来たのも、この大蜘蛛を殺さなきゃいけないのも、あくまで仕事だ。

仕事ではあるが、同時に僕の復讐でもある。

それなのに自分は何もせず、ただ見ているだけなんて、死んでいるも同然だ。

この先自分のことを、生きていると思えなくなる。


弓を握り直す。

呼吸は整ってくれないから、いっそのこと止めてしまう。

狙うのは的心、必殺を心掛ける。

正射必中も射法八節も、今はどうでもいい。

ただ殺す、絶対に殺す、確実に殺す。

冷たい身体で、燃え盛る復讐心を飼い慣らす。

生きていたどんな時よりも、集中できていることを実感できた。

弦を引ききって絶好のタイミングを待つ。

数秒した後、大蜘蛛が甘崎さんに覆いかぶさるかのように飛び掛かる。

僕を噛み殺した口を大きく開きながら。

ここしかない。


「甘崎さん!伏せて!」


甘崎さんがほんの一瞬驚いたあと、すぐに体を屈め始める。

それと同時に、矢を番えていた指を離した。

噛み殺すために開かれた口の中に、まるで当たる運命だったかのように矢が吸い込まれる。

そのまま、矢は大蜘蛛の体のど真ん中を通って貫通した。

向こう側が見える穴が空いた大蜘蛛は、数回ビクビクとのたうち回った後に動かなくなる。

どうやら無事に殺せたらしい。

自分の仇を討った。

その実感と、感じたことの無い充足感が僕の中を満たしてくれる。

これは確かに気分爽快だ。

気づかないうちに、いつも通りの安定したリズムで呼吸もできていた。


「やるなぁ!」


ガハハと笑いながら駆け寄ってきた甘崎さんにまた肩をバシバシ叩かれる。

気分がとても良いから、全くもって嫌ではなかった。


「取り乱してしまって、すみませんでした。」

「結果よければなんとやらだ!気にすんな!」


甘崎さんの豪快な笑顔が、徐々に優しい微笑みに変わっていく。


「それに、お前の人間らしい所が見れて少し安心したよ。色々とすんなり受け入れ過ぎてたからな、機械かなんかかと思ってたんだ。」

「取り繕ってばっかりですよ。勢いと流れに身を任せてるだけですから、せめて選んだ選択肢を後悔しないようにしてるだけです。」


へらりと笑って見せれば、甘崎さんはまた豪快に笑い始める。


「いい心掛けだ!後悔しなきゃ全部正解だからな!」

「ですね。これからも後悔しないように頑張ります。」


死体回収用の部隊がいるらしく、これ以上しなきゃいけないことは無いらしい。

そそくさと矢を回収して車に乗る。

甘崎さんの運転は帰りも変わらず荒かったけど、その揺れを心地よく感じられるほどには心が晴れ渡っていた。


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