プロローグ《デッドマンズ》
目を覚ましたら、知らない天井を見上げていた。
どうにも無骨で、飾り気が全く感じられない。
漫画やアニメなんかで何度も見た、お決まりのテンプレートを自分が経験する日がまさか来るなんて。
「おはよう、よく寝てたな」
軍服?のような服を着た壮年の男性が僕の方を見ながら、にやにやと笑っている。
この人は一体誰で、ここは一体どこなんだろう。
「おっ、おはようござ、います」
自分でも驚くほど情けない声色で挨拶をしてしまった。
本当に長いこと声を出していなかったような、喉が開き方を忘れてしまったような声だった。
「お前、自分に何が起きてここで寝かされていたか覚えてるか。」
「何を言ってるんですか?僕は、友達と、肝試しに・・・。」
肝試しに行った。
そこまでは覚えているけど、そこからが全く思い出せない。
「わ、分からないです。一体何があったんですか。他のみんなはどこにいますか。」
「そうか、半端にしか覚えていないんだな。」
軍服を着た男性の顔が少し曇る。
そして、答えづらそうな顔をしたまま口を開いた。
嫌な予感がする。
「結論から伝えると、全員死んだ。」
視界が歪む。
きっとこれは夢だ、絶対そうだ。
皆が死んだなんて嘘に決まってる。
だけど、何故かズキズキと痛む後頭部が、これが現実だと突きつけてくる。
「なん、で、皆が。」
言葉が出ない。
これ以上先を言ってしまえば、現実逃避すら出来なくなりそうだったから。
「無理な話だとは思うが、一旦落ち着け。
ゆっくり呼吸をするんだ。」
背中をさすられて、ほんの少し冷静になる。
「どうして、皆が、というか、なんで僕だけ生きているんですか。」
死にたかった訳じゃ無いけれど、どうしても疑問に思う。
皆が死んでしまうような何かが起きたのに、何故僕だけが生き延びて、意味の分からない場所で目を覚ましたのだろうか。
「何を言っているんだお前は。」
男性の顔が、労わるような表情からキョトンとした顔に変わっていく。
「言っただろう、全員死んだと。
お前も生き延びてなんかいない、お前含めて全員死んだんだ。」
は?
何を言ってるんだこのおじさんは。
死んでたら、こんな当たり前みたいに会話なんて出来る訳ないだろう。
それともこんな無骨な雰囲気の場所が、天国だとでも言うのだろうか。
「細かい説明はボスに聞いてくれ。お前が目を覚ましたら連れてくるよう言われてるんだ。」
「いや、ボスだか何だかは知らないですけど、簡単にでいいんで嚙み砕いた説明をして下さいよ!」
「悪いが説明云々が苦手でね、下手な説明でこれ以上混乱させても悪いから諦めてくれ。」
軍服の男は後頭部を搔きながら、特に悪びれもせずに言い放つ。
どうにも、ボスとやらに聞かなければ現状については分かりそうにない。
「ならすぐにでもボス?の元に連れて行って下さい。」
「話が早くていいな、早速行こう。」
死んだと告げられた割には普通に立ち上がることが出来た。
そのまま説明下手くそおじさんに連れられて部屋を出る。
出た先に広がっていた廊下は酷く無機質で、明るいはずなのに薄暗さを感じられた。
「無骨、というよりやたらと殺風景な場所ですねここは。」
「インテリアに経費を割く訳にはいかんからなぁ。」
軍服の男が、ボスや経費という言葉を使っているのなら、何かしらの組織ではあるのだろう。
もしかしたらさっきの適当な説明は全部嘘で、僕はこれから内臓でも売り捌かれるのかも知れない。
「貴方は何者なんですか?ざっくりでいいんで、それくらいは教えてくださいよ。」
「確かに、名乗ってすらいなかった。俺は甘崎だ、甘崎 竜。自衛官をしていてな、ここはその自衛隊の営内だ。」
「自衛官?自衛官って上司のことは役職名とかで呼ぶんじゃないんですか?」
「ん~、まぁその辺も特殊でな、全部まとめてボスに聞いてくれ。ほら、着いたぞ。」
曖昧な所で話を切り上げられた。
目の前には、他の景色と変わらない無骨なデザインをした扉が待ち構えている。
「ボス!新入りを連れて来たんで、入りますよ!」
甘崎さんはノックもせず、無遠慮に扉を開けてしまう。
扉の奥にはいくつかの本棚と執務机、そして少し呆れた顔をした白髪の女性が居た。
「甘崎、せめてノックはしてくれ。」
「足音で近づいてくるのはわかるでしょうよ。」
「そういう事ではなくてだな…」
女性が頭を抱えながら小さくため息をつく。
甘崎さんは僕を部屋に押し込んで、そのまま去ってしまった。
絶妙な気まずさが僕の中に流れる。
「何はともあれ、初めまして。」
「あっ、はい、初めまして。」
「そんなに緊張しなくていい、甘崎から色々と事情は聞いているだろう?」
にこやかな表情で、空気を和ませようとしてくれているのが分かる。
ただ、色々と事情を聞いている、と言われてもロクな説明は受けていない。
「なんか、僕が死んだとかなんとか言ってましたけれど、それ以外はボスに聞いてくれと。」
目の前の女性が目を見開く、そしてそのまま大きなため息をついた。
「あいつ、説明サボったな。」
「大事なことは何一つ教えてくれませんでしたよ。なんなら細かいことはボスに聞けと丸投げです。」
気になることだけ言って放置してきた仕返しに、せめてあの人が叱責されるような方向へ話を持っていく。
「しょうがない、私が一から説明しよう。」
どうやらこの人はしっかりした人みたいだ。
「結論から言えば、甘崎の言うとおり君は死んだ。タイミングは二週間前、君が友人と肝試しに行った日だ。」
しっかりしている人から出てくるとは思えないたわごとが飛び出してきた。
「現場写真も一応あるが、見るか?先に言っておくがかなりグロテスクだ、オススメはしない。」
「見ます、何一つ納得できてませんから。」
「そうか、吐かないように気をつけてくれよ。」
数枚の写真を手渡される。
写っていたのは、確かに僕たちが肝試しに行った場所と、倒れた人間たち。
正確には、確実に死んでいると分かるレベルで体が欠損した友達と、僕自身。
AI生成かも知れないと一瞬思うが、嫌になるほどリアリティのある質感がその仮説を否定してしまう。
不思議と吐き気は全く無かったが、酷い頭痛がする。
「大丈夫か?無理に納得する必要はない、理解だけしてくれれば十分だ。」
写真を目の前の人に回収される。
まだ納得はできていないが、言われた通りに理解はできた。
僕は死んだ。
ただ、その理由は思い出せない。
「ここからは我々の話と、君の今後の話だ。焦らなくてもいいが、しっかり考えながら聞いてくれ。」
「は、はい。」
今後?死後の相場は天国か地獄じゃないのか?
「我々は陸上自衛隊形骸師団、通称≪デッドマンズ≫。君のような怪異による理不尽な死を遂げた人間達、その死体を無理やり動かした者達で構成された、対怪奇現象に特化した国防機関だ。」
僕が怪異に殺された?死体を無理やり動かす?対怪奇現象に特化?
自衛隊にそんなスピリチュアル全開のオカルト部署があるのか?
「妖怪、怪異、超常現象。俗にオカルトとして括られる存在や現象からこの国を守るのが我々の仕事だ。君を死なせてしまったのは我々の落ち度に他ならない、本当に申し訳ない。」
色々と頭が追いつかないのに、情報だけが押し込められていく。
「君が選べる選択肢は二つ、安寧を捨てて動く死体として我々と共に戦うか、正しい死体として穏やかで安らかな眠りにつくか。」
それでも今の僕が無理やり動かされている死体なのだとしたら。
「みんなは、一緒に肝試しをしていたみんなも僕と同じような状態になってるんですか?」
せめて、死んでいたとしても、また話ができるのなら。
目の前の女性はそんな一縷の望みを噛み砕くような、もとい苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「動かせたのは君だけだ、君以外は脳の一部を欠損、もしくは遺体の脳が腐り始めていたせいで動かせなかった。」
「そう、ですか。」
酷い話だ。
僕だけが逆に取り残されてしまったらしい。
「やります。」
気づけば口から音がこぼれていた。
「どんな理由であろうと、もう既に僕が死んでいるとしても、それでも死にたくありません。」
友達はみんな死んでしまったけど、後を追いたいとは思わない。
「安らかな眠りにつくってことは、大人しくただの死体に戻るってことでしょ?そんなのはごめんです。」
何がなんだかはわからないけど、ならせめて生きていると思える道を選びたい。
「とんだ脅迫紛いの勧誘になってしまったが、受けてくれて嬉しいよ、ありがとう。」
女性がこちらに手を向けている。
「まだ名乗っていなかった、私は真白 真だ。」
「八剣 迅助です、よろしくお願いします。」
差し伸べられた手を取る。
「ようこそ形骸師団へ。君の人生はもう終わり、今日からは泣く子も黙るデッドマンだ。」
異常に冷たい手のひらをお互いに握りしめ合った。




