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目を覚ました。
見えたのは、見慣れているようで見知らぬ景色だった。
目に映るものを処理するには、頭の中があまりにも混乱していた。眠りから覚めたばかりの朦朧とした意識。そのさらに奥で霞む自己認識を、必死に繋ぎ止めようとする。
だが、どれだけ落ち着いて整理しようとしても、記憶と思考は絡まり、ほどけ、また絡まりを繰り返すばかりで、行き場を失っていた。
ぼんやりとしたまま、ざらついた感触の毛布をめくり、私は静かにベッドから降りて部屋を見回した。
部屋には、私が寝ていたベッドと、それより少し小さな机と椅子、化粧台、そして衣装棚がある。必要最低限の家具だけ。古びてはいるが広く、ほどよく片付けられていて清潔だった。
貴族の部屋と言うにはあまりに質素で、平民の部屋と言うには贅沢すぎる。不思議な均衡があった。
「どうして……」
この推測の土台となる知識は、一体どこから来るのだろう。
静かにつぶやいた自分の声が耳に届き、やはり分かった。
知らない。
私の声ではない気がする。
私のもの?
そもそも、本来の私は何だったのだろう。
何一つ分からない。
私は歩いて鏡の前に立った。
額を覆う重たい前髪と、頬を包み込むように垂れた髪がどこか鬱陶しげな少女が映っていた。
茶色と言うには淡すぎ、金色と言うにはくすみすぎた髪。
瞳も同じだった。
はっきりと名前を付けられない、曖昧な色。
そこに映る顔は、ごく平凡だった。
特別に醜いわけでも、美しいわけでもない。
人目を引く要素のない顔。
指を握って開くと、力が入らず、指先がじんと痺れた。
身体がかなり弱っている。
長い間まともに食べず、まともに動かしてこなかった身体特有の感覚だった。
放置。
ああ、そうか。
放置されてきた身体なんだ。
別に悲しくはなかった。
そんな人生もあることを知っていたから。
鏡の中の顔をもう一度見つめる。
この顔も、そのうち慣れるだろう。
いつもそうだった。
最初は違和感しかない。
少し経てば自分のもののように感じ始める。
そして気づけば、これこそが最初から自分だったような気さえしてくる。
問題は、それをあまりにも何度も繰り返してきたせいで、どちらが本当の自分だったのかすら曖昧になってしまったことだった。
記憶は幾重にも積み重なり、お互いを覆い隠している。
ある名前。
ある手の温もり。
どんな言葉で夢を見ていたのか。
全部ある。
けれど、全部ぼやけている。
私は……誰だったのだろう。
足元に何かが触れたような気がして視線を落とした。
光だった。
カーテンの隙間から差し込んだ朝日が床を横切り、私の足の甲を照らしている。
私はゆっくりと顔を上げ、窓を見た。
差し込む光に引き寄せられるように歩み寄り、厚いカーテンを少しだけ開く。
降り注ぐ朝日に目を細めた。
考えるより先に、私は癖のように窓を押し開けた。
その瞬間、部屋の空気が一気に押し出され、カーテンが外へ大きく膨らんで翻る。
代わりに冷たい朝の空気が真正面から流れ込んできた。
頭が澄み渡るような感覚。
気づけば私は窓枠に足を掛け、身体を外へ向けていた。
右手でしっかり窓枠を掴んでいることに気づいた瞬間、私は思い切り身体を広げた。
応えるように強い風が真正面から吹きつけ、全身を駆け抜ける。
髪は後ろへ流れ、額が露わになり、視界が一気に開けた。
ヒュウ、と風を切る音が懐かしい。
まだ薄暗い空に、朝日が爆発するように光を放つ景色が鮮明に目へ焼き付く。
私は息を吸った。
深く。
本当に深く。
肺の奥まで満ちる冷たい空気。
胸いっぱいに広がる感覚。
身体が生きているという実感。
この身体に、自分が宿っているという実感。
目を閉じ、そして開く。
遥か下に庭園が見えた。
かなり高い場所だ。
その時だった。
窓枠を掴む手から、不意に力が抜けた。
何の前触れもなく。
ほんの一瞬だけ。
長く使われていなかったこの身体の筋肉が、音もなく緩み、身体が前へ傾く。
反射的に指先が窓枠の角を掴んだ。
木が掌へ食い込む感覚。
そのまま、ぎりぎりで身体が止まった。
しばらくその姿勢のままだった。
心臓が激しく鼓動していた。
ゆっくりと身体を部屋の中へ戻し、足が床についた時、ようやく指が震えていることに気づく。
私は窓枠にもたれながら下を見下ろし、小さくつぶやいた。
「……この身体、思った以上に傷んでるな。」
カーテンがゆっくりと内側へ流れ込み、肩をかすめて静かに落ちた。
震える指先をしばらく見つめ、それからゆっくり握って開く。
力がない。
筋肉も、肉付きも、すべてが本来の役目を果たせていない身体だった。
視力、聴力は正常。
欠損部位なし。
平衡感覚、認知能力、感覚異常なし――推定。
長い間まともに食べず、まともに身体を使っていない。
筋肉もなく、張りもない。
さっき窓枠一つ支えきれなかったことが、その証拠だった。
それでも。
私は数え切れないほど長い歳月を重ね、擦り減るほど生きてきた。
かつては与えられた時間の重さに押し潰され、食事も喉を通らなかったこともある。
けれど、それさえ何度も繰り返せば、最後には時間の方が勝つ。
果てしない時間の力の前で、私は別の生き方を覚えた。
後悔も、もしもも捨てて。
ただ、「今」を生きること。
この身体が誰のものなのかは、まだ分からない。
どんな事情を抱えているのかも。
だけど、まずは――
『健康な身体にしてやる。』
私は素早く状況を受け入れ、最初の目標を定めた。
その時だった。
コンコン、と扉を叩く音がした。
静かで、遠慮がちなノックだった。
「どうぞ。」
私は反射的に答えた。
慣れた口調だったが、それが誰の癖なのかは分からない。
扉が開き、一人の女性が声を掛ける。
「お嬢様、先ほど……」
息を切らし、急いで駆けつけたのか前髪が乱れていた。
私は答えず、彼女を見つめた。
侍女服を着た女性は、私の沈黙に一瞬唇を噛み、それから開いた窓へ目をやって続けた。
「さっき窓辺にいらっしゃったのは、お嬢様ですよね?」
「……」
「何かあったんですか?」
何か。
その言葉に、私は窓の外へ目を向けた。
青い空。
風。
見知らぬ身体。
そして、見知らぬ世界。
何もかもがおかしかった。
なのに、それを説明できるものは何一つなかった。
乾いた唇をゆっくり開く。
「……何でもない。」
彼女は私の顔を見た。
いや、正確には私の表情を読み取ろうとしているようだった。
何かがおかしいと感じたのだろう。
当然だ。
私でもそう思う。
彼女は今にも言い返しそうに口を開き、しかし閉じた。
視線が一瞬、私の指先へ落ちる。
窓枠を掴んでできた擦り傷のせいか。
それとも血の気のない顔のせいか。
「……」
結局、彼女はそれ以上追及しなかった。
少し迷ったあと、遠慮がちに口を開く。
「お茶をご用意いたしました、お嬢様。朝食も。」
食事、という言葉に、私は思わず自分の指先へ目を落とした。
骨ばった細い指が視界に入る。
「そう。」
私は短く答えた。
今は何よりも、食べなければならなかった。




