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三年目

◆ 2XX4年 5月 第3土曜日


 

「野崎さん、このゲームしてましたよね?」


 その日南は唐突にそう言って、ずいとスマホの画面を見せてきた。

 見慣れたゲームのホーム画面。体力ゲージとガチャ用のダイヤ数、イベントか何かの小さな告知バナー。中央に立っているキャラクターだけが"南仕様"になっている。


「お?何なに、はじめたの?」


「はい。先月くらいからですけど」


 南はいつになくソワソワした様子で、野崎の顔を覗き込んでくる。そんな様子を見ると、「楽しそうだな」と微笑ましく思ったりする。


「それで、その……イベントボスが倒せなくて……」


「あぁ。今回のは初心者にはキツイんじゃない?」


「……課金勢の力を貸して貰えないでしょうか……?」


 神妙な面持ちで言う南に、野崎は思わず吹き出した。

 

 このゲームでは、パーティー編成に「ゲストキャラクター」を一人組み込むことができる。課金勢とフレンドになれば、当然呼べるゲストキャラクターが強くなる訳で、無課金勢でもそこそこのパーティーを組めるという寸法だ。


「フレ枠に空きとか無いですか……?」

 

「ぐ、ふふ……あるよ、大丈夫。ぁーおもしろ」


「そんな笑わなくても」


「南くんらしからぬ、だからさぁ。まぁでも共通の話題が出来るのはいいね」

 

 野崎は自分のスマホを取り出すと、ぱっとゲームアプリを起動して、フレンド申請画面を開く。

 南の方は不慣れだろうから、彼のIDをこっちで検索する方が手っ取り早いだろう……と、考えたところで手が止まった。


「……ダメかも」


「え?フレ枠いっぱいですか?」

 

「んーとさぁ……」


 眉間によってしまった皺を、ぐいぐいと人差し指でこねる。

 別に言いよどむようなコトでもない。


「このゲーム、余ったアイテムをフレンドに送れるじゃん?」


「そうですね」


「で、その時にメッセージ書けるじゃん」

 

「そうなんですか?」


「そう。だからダメです」


「え…………こ、まかぁ……」


 南が、顔を歪めてうなだれる。

 当然、彼だってその"ルール"については承知しているはずだ。ただ、そこまで気にしなくても……というのが南の心証として正直なところなんだろう。


「野崎さん、俺に詐欺メッセージ送ってくるんですか?」


「送んないよ。でも、南くんのお母さんからしたら、そういう問題じゃないんだって」


 "未成年者保護"の為のルールというやつだ。

 

 月喰いが未成年の場合、本人と出資者が個人的な連絡手段を持つことは禁止されている。面会時間以外のやり取りは、仲介元である歳月銀行の担当者、そして月喰いの保護者を介して行われる。


 思春期の子供からしたら鬱陶しいことこの上ないだろうが、必要な規則だ。


「野崎さん……俺、実は21歳なんです」


「ん?」


 南は真剣な表情で、そんなふざけたことを言い始めた。

 彼なりのジョークだとは思うが、笑うポイントが読めない。


「俺が月喰いじゃなかったら……生まれ年的には21歳なんです」


「あぁ。出資止まってる間は年齢カウントも止まるんだっけ」


「なので、野崎さんとは4歳差です」


「いやいや色々計算おかしいから。お兄さんは27歳ですよ?」


 たとえ南の年齢を21歳だと仮定したとしても、当然4歳差という計算にはならない。

 南は大真面目な顔で続けた。


「出資した分若返ってるから、まだ25ですよ」


 なるほど。

 野崎はまだ20代なので、出資で"若返った"という実感は無いが、これが5年10年と続けば確かに状況は変わってくるのかも知れない。

 とはいえ――


「……南くんが月喰いじゃなかったら、やっぱ俺は27歳だよ」


「それは……そうですね」


 野崎の反証に、南は悔しそうに引き下がった。


「野崎さん、フレ枠は……」


「ダメです」


 

◆ 2XX4年 10月 第3土曜日

 

 

 三度目の秋だ。

 植物に疎いので何の木かは知らないが、面会室の窓の外は美しい紅葉で染まっている。冬になれば葉が落ち、春には新緑が芽吹く。花を見た記憶は無いので、桜の木ではないのだろう。


 南はいつもより更に静かで、赤い葉を鑑賞しているのかと思ったが、どうやら少し眠いようだ。


「寝てて良いよ。別に同期には影響ないでしょ」


「や……野崎さんの時間貰ってるのに……寝るとか……」

 

「信頼の証だと受け取っておくよ」


 南の表情から「キモ」と至極まっとうな苦情が出るかと思ったが、それを言葉にはしないあたり、流石の自制心だと感心する。


「南くんももう18になるのかぁ……大人になったなぁ」


「……再来週ですね」


「11月かぁ」


 秋になると、何となく南の誕生日についてを話題にしている気がする。

 一年目はたしか、気づいたときには既に誕生日は過ぎていた。よくある話だ。

 二年目は、


「……あれ?」


 野崎の困惑を無視するように、南は机に顔を伏せた。あくまでも「やっぱり眠たい」という体だ。


「……去年、何で祝わなかったんだっけ……?」


 南は答えない。呼吸の音を聞く限り、まだ眠っていないことは明らかだ。

 

 急な悪寒が、野崎を襲う。仕事で何かミスをした時のような、学校でズルがバレてしまった時のような、ぞわぞわとした感覚。もしくは高所から足元を覗いたときのような。


「……俺、何か忘れてるよね?」


 疑問符が確かに南に向けられ、彼は観念したように顔を上げた。なぜか南の方が、不正を指摘された側のような表情をしている。


「大したことじゃないですよ」


「え、俺……お祝いすっぽかしたりとか」


「すっぽかしてはないです。企画するって言って、それから進捗無かっただけで」


「そんなん同じだよ……!!」


 野崎は頭を抱えずにはいられなかった。

 自分の性格からして、嬉々として「誕生日パーティーしよう!」とか言い出したに違いない。「プレゼントを期待しとけ」とかも言ったかも知れない。

 

 でも、何一つ記憶が無い。


「別に気にするようなことじゃないです」


「んな訳ない!大人として……人としてダメだって」


 南が困ったような顔をする。

 南は野崎のことを責めないのに。毎回こうして自虐ばかりぶつけてしまう。


「野崎さんのせいじゃないです」


「いや……」


「だって歳月投資の副作用だから。俺のせいですよ」

 

 単に忘れていたのではなく、"記憶が全くない"ことも、それならば納得がいく。

 だからといって「ああそうか」とは思えないが。


「……ごめん。今年は――」

 

「良いです。お祝いとか、いらないです」


 そりゃそうだ。

 期待だけさせておいて、すっぽかして、責任さえ負わないのに。誰がそんな人間と約束なんかするだろう。


 黙り込んだ野崎の横で、南はまた、いつもの感情の無い顔になっていく。それからゆっくりと、野崎の名を呼んだ。


「野崎さん……お祝いの代わりに、頼み事をしても良いですか?」


「え?……頼み?」


「はい」


 断れる訳がない。というか、野崎にとっては埋め合わせの機会を貰えたようなものだ。


「出資、卒業まで続けてください」


「それは……そのつもりだけど」


 急に何を言い出すのか。

 最初からこの投資は、南の高校生活3年間――3月の卒業の時まで続ける契約になっている。


「18になったら、基金から歳月を受け取れるんです。誰かから直接出資を受けなくて良いし、わざわざ毎月面会する必要もなくなる」


 未成年の月喰いは、型が適合する大人から直接歳月を受け取る必要がある。適合しない型や断片化した歳月は、受け入れ時の負担が大きく、身体や精神の発育に悪影響を及ぼすからだ。

 

 そうした制約も、彼が成人するまでの話だ。

 大人の月喰いは、基金に集められた()()()歳月を食らう。世の中、『歳月』を捨てたい人間なんて、ごまんといる。

 

「だから本当は、もうお終いになっても大丈夫なんです」

 


◆ 2XX5年 1月 第3土曜日


 

 その日の南は、珍しく制服姿だった。

 南の体より一回り大きかったはずのそれは、すっかりくたびれて、ズボンのすそは気持ち寸足らずになっている。

 

 3年間の身長の変化を考えれば、この制服も入学の際に見たそれではなく、"二代目"だったりするのかもしれない。


「制服、珍しいね」


「午前中塾に行ってて……究極コレが一番楽だって気づきました」


「私服に気を使う余裕なくなるよなぁ」


 南は何の気なしに窓を眺めているようだったが、どこか心ここにあらずだ。


「勉強してて良いよ?」


「……合法的な休憩時間なんです」


「おじさんは脱法ドラッグかい」


 南がケラケラと笑う。

 それを見るのは、何だか久しぶりな気がした。


 

◆ 最終面会


 

「本日で最後の面会となります。野崎様、3年間のご出資お疲れ様でした。行員一同、心よりお礼申し上げます」


 いつもの白スーツの行員は、仰々しくそう言った。

 今日はなんと、いつもの男だけではない。男女含め5人ほどの白スーツたちが、野崎と南に拍手を送る。


「野崎さん、3年間ありがとうございました」


「いや、そんな……全然。俺の方こそ」


 そういえば、3年前の事前面談でもこんな情けない返事しか出来なかったな、と思い返す。いくらかマシなのは、今日の野崎はちゃんとしたスーツを着ていることくらいだ。

 

 まぁそれも仕方がない。

 南の言い分によれば、野崎はまだあの時と同じ25歳なのだ。


「南くんも、卒業おめでとう。

 本当は卒業祝いとかプレゼントしたかったんだけど……行員さんがダメだって……」


「それは、そうですね」


 3年間、毎月顔を合わせて、南はすっかり野崎のあしらい方をマスターしたようだった。

 南は、はたと何かを思い出したようだが、ずらりと並んだ行員たちを前に少し気まずそうな顔をした。


「俺、野崎さんに聞きたいことがあって……」


「ん?」


「……野崎さんて、俺のこと恋愛対象として好きですか?」


「んな訳無い!!!急に何言い出すの!??」


 まさかの爆弾発言に、大人げない声量で反論してしまう。

 二人の様子を見ていた行員たちは「私たちは聞いていませんよ」という体を装っているが、数人は笑いをこらえているようにも見える。


「前に言ってた"結婚しない理由"が、そうなのかなって思って」


「……流石に、子供に対してどうこう思うような趣味はしてないよ」

 

「なら良かったです。彼女がそこだけは絶対に聞けって」


「女の子ってホントしっかりしてるよね……」


 南と過ごす時間は今日で最後だというのに、一体なぜこんな話題を繰り出すのか。というか、今さらそれを確認してどうだというんだ。

 

「俺、卒業祝いに欲しいものがあります」


 落胆する野崎をよそに、南は妙にご機嫌で、にっこりと笑ってそう言った。

 

 窓の外はいつかと同じように新緑でにぎわっている。扇状に大きく枝分かれするその姿は、思えば近所の公園にある木と同じだ。でもやはり名前は分からない。

 

 

「ゲームのフレンド枠、俺に一つください」


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