【1-17】第一王子(19)の反抗期
一体、どうしたらいいんだ。僕に何ができる。母がいる一つ上の階層である3階は、さきほどのルカの攻撃で一部が崩れている。巻き込まれてる可能性だってある。顔を青白くさせながら家族の元へ駆けていく従者に、統率を取れない護衛達。
城下だって大パニックだ。
(父様と、母様は……!?)
母であるヒルデガルド王妃はどうなっているのか、陛下はどうしていらっしゃるのか、なんの取次もなく確認に行っても首が飛ばないのは僕だけだ。母様の部屋へ走ろうと足を踏み出す。僕は二歩目が出せない。違う、このイレギュラーな事態に足が竦んで動かなくなっていた。
国民の避難と両親の安否どちらが先だろうか。従者にはなんて言えば良いのか。自分の行動は責任が取れるか。
「どうしよう」
情けない声が口から溢れた。そのとき、僕の震える肩を、冷たいけれど絶対に揺るがない強固な力がガシッと掴んだ。
「レト様、考えることを放棄してはなりません。我々は貴方の指示に従います。御自身のできる範囲でどうか命令を」
「マドライナ……」
振り返りと不安そうな顔をした自分の側仕え達と護衛騎士。そうだ、僕までパニックになれば彼らは本当にどうしようもなくなってしまう。
「今の僕には僕の視界に入る範囲にいる人間しか助けられない。だから協力して街の人も含めて皆を救いたいと思う」
「殿下……!」
周囲の人達の顔色が少し良くなり、悲壮感に満ちた顔で窓を見るのをやめて自分を見ている。みんな、自分に視線を集中させている。息を少し吸ってお腹に力を込めた。
「街の大聖堂を避難所とする。護衛騎士は二班に分かれ、大聖堂までの導線の安全を確保してくれ!」
これでいいはず。これならきっと母様も許してくれる。
「まぁずいぶんと威勢の良いことですこと。貴方にそんな権限、あるのかしら」
早足に迫り来る壁の音に、どうして僕は気がつけ無かったのか。僕の人生はいつだって王の子という枠組みを外れることが許されない。
この原因の一端は僕の後ろで、本当に無機質な壁のように立っていた。
「母様……御無事でしたか」
「崩壊した場所からして当然でしょう。被害の状況も確かめず避難を優先なんて愚かなこと、しようとしてないでしょうね?」
周囲がザワザワと統率を失い始める。全くもってその通りだと思い、自分の未熟さを痛感すると同時に、母様がやってきて内心ホッとしている自分がいたのに、僕はそれを無視していた。母なんて来なければいいと思っていた自分は、僕に残された小さな反抗心でこんな指示を出してしまった。
「皆待ちなさい、大聖堂なんて開ける必要はありません!民など放置していなさい。不安な者は街から出て行きます。そして、直にここへ戻る」
いつも僕を守る背中が、美しい女の背が、また自分の前に立ってくれていた。
「ヒルデガルド様、それでは暴動が起きます。民は混乱しているのです。導く王がいなくてどうするのですか」
マドライナは民を放置する母様に納得がいっていないようだった。僕は、このとき何を考えていたのか。何より先に自分に課される罰のことを思案していた。母様の言うことを聞いてからは民を想う思考を放棄していた。
自分の手に届く範囲に民などいない、何故なら僕は母と王の子であって、王ではないからだ。
「この国に導く王など端からいないでしょう?」
「それは現国王をっ」
僕は母に声を荒げて詰め寄るマドライナの肩を掴んだ。驚いてこちらを見る彼女の顔は、普段の起伏のない顔からかけ離れた怒りの感情が露わになっている。
「下がれマドライナ」
「っ、申し訳ございません。取り乱しました。ヒルデガルド"王妃"御無礼をお許しください」
マドライナは一瞬眉に皺を寄せたが、自分のしたことの恐ろしさに気がついたのか大人しくなった。彼女は母様の文官に睨まれていたが、気にしていないような顔をしている。焦った騎士が青い顔をして彼女の手を掴み、自分達の間に連れていった。
「はぁ、 こうやって秩序は乱れていく……本来の職務を全うできない人間なんて、ねぇ、レト」
マドライナを処分しろ。
深い緑の矢が僕をグサッと突き刺した。避けられなかった視線。僕は喉を鳴らした。マドライナのことを、母は要らない人間だと判断している。
解雇だけで許されるだろうか。不穏分子になり得ると思われたマドライナはこの国にいれるのか、生きていられるのか。僕のわなわな震える口と身体に、ポン、と彼女の命を預けられていた。
険しい顔で強張るマドライナが赤や青に変わり、視界がチカチカと点滅する。ギュッと目を閉じると、大きな波のような抗えない力に、溺れ飲み込まれていくような感覚がした。
(やっぱり僕は誰も守れない)
ーーピシッ
ふと顔を上げると、開け放たれた窓のガラスが音を立てながらパラパラと散っている。窓がガタガタと暴れ、暴風と共に白い花片が舞い込んだ。曇っていた太陽が晴れ、割れた窓に反射した宝石のような輝きがまぶしい。
「神、様……?」
違う。
僕はそこで黒髪に海のような瞳を持つの天使を見た。青い空を透かし、白い光線を放つ太陽を背にくるくると回って宙に浮かぶ彼女に、全員の視線が釘付けになっている。母様もまた、その少女を凝視していた
天使は僕を見た。僕だけを見ていた。汚いリズムを刻んで震える身体からブワッと汗が噴き出た。
今しか無い。
周囲の意識が完全に上空へと逸れたその一瞬。僕は足に目一杯力を入れて、僕の後ろ、騎士たちの横に抑え込まれていたマドライナの元へ踏み込み、彼女を自分の手の届く範囲に入れた。
「マドライナ!」
僕は彼女の手を取って走り出した。
「シエルの肌って……怒らないで欲しいんだけど少し泥に近い黒を帯びているわよね?」
「まあ!王女に泥だなんて失礼なお姉様!私は幽霊なんだから後ろの壁が透けて見えているだけよ。ちょっと半透明なの仕方ないじゃない!」
お久し振りです。私生活が少し落ち着いてきましたので再び書き始めました。しばらくはゆっくり更新を待っていただけると幸いです。




