怪しいお茶会と、見えざる仕掛けの攻防
私の嫌な予感は、数日後に一通の立派な招待状という形で現実のものとなった。
「先日は私の侍女が失礼をしたわね。仲直りの印に、私の宮の庭園でお茶会を開きたいのだけれど」
麗妃から芙蓉妃へと届いた手紙には、流れるような美しい文字でそう綴られていた。
「仲直り、ねぇ……。あからさまに怪しいわね。先日の今日で、あのご気性の激しい麗妃様が素直に折れるとは思えません」
侍女頭の静が、手紙を睨みつけながら深く眉をひそめる。
私も同感だった。あの自尊心の塊のような美女が、一介の女官に出し抜かれたままで大人しくしているはずがない。
「でも、わざわざ手紙までくださったのだから、無下にはできないわ。麗妃とは元々お茶を飲む仲だし、きっと本当に和解したいのよ」
芙蓉妃はそう言って、ふわりと人の良い笑顔を浮かべた。
その純粋さに救われる反面、後宮で生きていくには少し無防備すぎると心配になってしまう。
結局、上位妃からの招待を断ることはできず、芙蓉妃のお供として、静、小鈴、そして毒味役である私の三人がお茶会に同行することになった。
「ようこそ、芙蓉妃。お待ちしていたわ」
瑞蓮宮の奥にある庭園。
池の畔に建てられた豪奢な東屋に到着すると、豪奢な紫の衣を纏った麗妃が、艶やかな笑みを浮かべて出迎えた。
一見すると、美しい花々が飾られ、上品な香が焚かれた優雅なお茶会の席だ。
芙蓉妃も「素敵なお庭ね」と嬉しそうにしている。
しかし――東屋に足を踏み入れた瞬間、私の背筋にゾクリと冷たいものが走った。
(……何かがおかしい。空気が、不自然すぎる)
私の『暗殺の知識』からくる直感が、けたたましく警鐘を鳴らしていた。
私は気配を殺し、周囲を素早く、かつ細部まで観察する。
すると、優雅なもてなしの皮を被った、極めて陰湿で巧妙な『仕掛け』がいくつも張り巡らされていることに気がついた。
まず、風上に置かれた見事な香炉。
そこから漂う甘い香の煙が、東屋の柱に活けられた大きな百合の花を直撃している。
あの特定の香と百合の花粉が混ざり合い、密閉された空間で吸い込めば、軽い目眩と吐き気を催す毒性を発揮する。
さらに、芙蓉妃が案内されようとしている主賓の座席。
そこだけが妙に日陰になりやすく、池を通って冷やされた風が直接吹き込むように計算された位置だった。
(直接的な毒殺じゃない。ただ体調を崩させて、大勢の侍女がいる前で醜態を晒させようっていう嫌がらせね。……相変わらず、性格が悪いったらありゃしない)
私はため息を飲み込み、誰にも気づかれないよう素早く動いた。
「芙蓉妃様、お足元にお気をつけください」
芙蓉妃が席に着く直前、私はわざとらしく彼女の衣の裾を直すふりをして前に出た。
そして「あっ、申し訳ございません!」と態勢を崩す芝居を打ち、活けられた百合の花瓶にぶつかるスレスレで手をつき、花瓶の向きと位置を風下へとわずかにずらした。
さらに、静が芙蓉妃の座布団を整えている隙に、私は香炉のそばを通り抜け、袖の影で香炉の蓋を少しだけずらし、香の燃焼をギリギリまで抑え込んだ。
これで、風向きと毒の発生源という一つ目の仕掛けは完全に無効化された。
麗妃は私の無作法に一瞬眉をひそめたが、「どんくさい女官」と思われただけで、仕掛けを潰されたことには気づいていない。
「さぁ、遠慮せずに召し上がって。今日は特別なお茶と、珍しい果実を用意したのよ」
麗妃が扇子で口元を隠し、冷ややかな笑みを深める。
侍女たちが運んできたのは、氷でキンキンに冷やされた色鮮やかな秋の果実(梨や柿など、体を冷やす性質の強いもの)の盛り合わせと、強い薬効を持った冷茶だった。
芙蓉妃は元々少し赤みが出やすい体質だが、胃腸はそれほど強くなく、冷えにも弱い。
この冷たい風が吹き込む席で、こんな極端に体を冷やす食べ合わせのものを口にすれば、たちまち激しい腹痛を起こし、お茶会どころではなくなるだろう。
「では、先に私が毒味をさせていただきます」
芙蓉妃が箸を伸ばすより早く、私は一歩前に出て、恭しく果実とお茶を口にした。
「……素晴らしいお味です」
ニコリと笑ってから、私は芙蓉妃へ向き直り、あらかじめ自室から袖に忍ばせてきた小袋を取り出した。
「ですが芙蓉様。こちらの果実には、この温かい生姜と肉桂を煮詰めた特製の蜜を添えると、より一層香りが引き立ち、お体にも大変よろしいですよ。お茶の方も、少し熱めのお湯を足して温度を調整いたしますね」
「まぁ! なんだかとてもいい香りがするわ。凛花がそう言うなら、ぜひお願いするわね」
私は手早く果実に蜜をかけ、お茶を温め直した。
生姜と肉桂による強力な温熱効果で、麗妃が用意した『冷えの仕掛け』は完璧に相殺された。
解毒効果と保温効果を持たせたお茶を飲み、果実を食べた芙蓉妃は、ホゥと幸せそうな吐息を漏らし、頬をほんのりと薄紅色に染めた。
「ふふ、とっても美味しいわ。今日は少し風が冷たいかと思ったけれど、凛花の蜜とお茶のおかげで、体の芯からポカポカと温まったわ。麗妃、素晴らしいお茶会に招待してくれて、本当にありがとう」
「……え、ええ。お口に合って……本当によかったわね」
自分の仕掛けた嫌がらせがことごとく不発に終わり、あまつさえ芙蓉妃がこれまで以上に健康的に輝く笑顔を見せている。
麗妃の顔は屈辱と悔しさで真っ赤に染まり、扇子を握る手がワナワナと震えていた。
机の下では、苛立ちに任せてドンッ、ドンッと地団駄を踏んでいるのが丸わかりである。
(ふふっ、ざまあみさい)
私は徹底して表情を表に出さず、内心で小さく勝利の拳を握った。
――しかし、この東屋での一部始終を、遠く離れた大木の上から、興味深げに見つめている眼差しがあることに、この時の私はまだ気づいていなかった。
「……ほう。驚いたな。あの小娘、ただの毒味役ではないぞ」
鬱蒼と茂る枝葉に紛れ、気配を完全に殺していた大柄な男――梟仙の部下が、鋭い眼光で私の動きを追っていた。
「百合と香炉の組み合わせによる毒の発生に気づき、花瓶を数寸ずらして風向きを変えた。さらに、麗妃が仕組んだ相克の食べ合わせを、誰にも悟られずに薬膳の知識で相殺し、主を守り抜いた。……あの若さで、恐ろしいほどの観察眼と知識だ」
部下の男は、信じられないものを見るような目で小さく息を吐いた。
「これは……急ぎ、梟仙様に報告せねばなるまい」
男の姿は、一陣の風と共に木の上から掻き消えた。




