遊戯の終わりと、毒を秘めた晩餐
「よくぞここまで健康に育った、小鳥ども。……お前たちには今日から、我が黒蓮の一族として、栄えある『任務』をこなすための教育を施してやる」
陽だまりの庭園に、幹部の男の冷酷な声が響き渡った。
初夏の日差しが降り注いでいるというのに、庭園の空気は一瞬にして凍りつき、子供たちの間からヒッと息を呑む音が漏れる。
「泣くことは許さん。怯えることも許さん。……お前たちに今日まで、極上の食事とふかふかの寝床、そして太陽の光を与えてやった理由が分かるか?」
男は、庭園の隅で震えている幼い男の子の髪を無造作に掴み、無理やり顔を上げさせた。
「ひぐっ……あぁっ……」
「健康な肉体。艶やかな髪。そして、他人に警戒心を抱かせない無邪気な笑顔。……それこそが、標的の懐に最も深く入り込める、最強の『武器』になるからだ」
男の言葉が、私の脳内に冷たい楔のように打ち込まれていく。
やはり、私の推測は完全に的中していた。
大人たちが新種の毒を開発するための『毒味役』として消費される一方で、私たちはその完成した毒を標的に運ぶための『手足』として飼育されていたのだ。
「お前たちの任務は、剣を振るうことではない。標的の館に潜り込み、最高の笑顔で給仕をし、警戒心の一切ない口の中に『至高の毒』を放り込むことだ」
男は男の子を放り投げると、今度は私たちの集団全体を見回した。
「今日からお前たちには、料理の基礎、作法、そして……いかにして食材の味や香りで『毒』を隠蔽するかを徹底的に叩き込む。黒蓮の誇る『毒料理人』としてな。……使えないと判断された者は、裏の別棟で大人たちと同じように『お薬の味見役』に回ってもらう」
裏の別棟。
その言葉の意味を正しく理解しているのは私だけだったが、男の放つむき出しの殺気と『死』の匂いは、幼い子供たちを絶望の底に突き落とすには十分だった。
あちこちで悲鳴が上がり、泣き崩れる子供たちの声が庭園に響き渡る。
「……凛花ちゃん、いやだ……わたし、人殺しになんて、なりたくないっ……!」
背中にしがみつく小鈴が、ガタガタと激しく震えながら泣きじゃくった。
花街で『誰かを楽しませるため』に教わった美しい化粧も、優雅な踊りも。
黒蓮の連中にとっては、すべて標的を油断させ、毒殺するための『道具』でしかなかった。
その事実に、彼女の誇りは無残にも踏みにじられていた。
「小鈴ちゃん、泣いちゃダメ。……殺されるよ」
私は、小鈴の冷え切った手を強く握り締め、真っ直ぐに前を見据えたまま小さく囁いた。
「言う通りにするの。生き残るために、私たちが最高の『道具』になったって、あいつらに思い込ませるの。……大丈夫、私が絶対に守るから」
私の強い言葉に、小鈴はしゃくり上げながらも、必死に涙を堪えてこくりと頷いた。
――その日を境に、私たちの生活は一変した。
与えられていた立派な部屋はただの寝に帰るだけの檻となり、日中は黒蓮の巨大な地下厨房や、作法を学ぶための冷たい板間の広間に押し込められるようになった。
「遅い! 大根の桂剥き一つにどれだけ時間をかけている! 標的を待たせる気か!」
ビシッ! と、容赦ない鞭の音が厨房に響く。
料理長を任されている黒装束の男が、手際が悪い子供の背中を打ち据えていた。
「いいか、ただ美味いものを作るだけなら街の飯屋でいい! 我々の料理は『毒の臭い』を消すための芸術だ! 香辛料の配合、油の温度、すべてにおいて完璧な計算が求められる!」
怒号が飛び交う中、私は黙々と目の前のまな板に向かっていた。
与えられた小刀を握り、丸い馬鈴薯の皮を、向こう側が透けて見えるほど薄く、スルスルと剥いていく。
(……お母様。私、馬鈴薯、すごく上手に剥けるようになったよ)
心の中で、今はもう会えない母に語りかける。
本来なら「まあ、凛花は天才ね!」と太陽のように笑って褒めてくれるはずの母はいない。
代わりに、私の背後から冷酷な視線を送る教官が、「ほう、小娘にしては悪くない手つきだ」と気味の悪い称賛の声を上げるだけだ。
お母様のような、人を救う薬師になりたかった。
それがどうだろう。
今、私が握っているこの小刀は、誰かを喜ばせるためのものではなく、誰かを欺き、確実に殺すための凶器なのだ。
その歪で残酷な事実に、胸の奥がじりじりと焼け焦げるように痛む。
「……よし、次はその馬鈴薯の煮込みに、この『青崩草』の毒を混ぜてみろ。どうすれば青臭さを消せる?」
教官が、緑色の毒々しい液体が入った小瓶を私の前に置いた。
私は一切の表情を変えず、小瓶を手に取った。
「……青崩草は熱に強いですが、油と結びつくと急激に香りが飛びます。先に胡麻油で馬鈴薯と一緒に炒め、仕上げに生姜と八角を強めに効かせれば、標的の舌は毒の青臭さをただの『香辛料の風味』だと錯覚します」
「……ほう。見事だ」
教官の目が、驚きと歓喜に見開かれる。
私にとって、毒と薬草の知識は、母と過ごした幸せな記憶そのものだった。
だからこそ、大人でさえ舌を巻くほどの完璧な調合と料理の知識を、私はすでに頭の中に持っていた。
私は、無邪気な子供の仮面を被り、人形のように完璧な笑顔を作ってみせた。
「もっと色々な料理を教えてください。私、えらい人たちに、美味しいって言ってもらいたいんです」
自分を欺き、感情を殺す。
黒蓮の連中は、私が心を支配されされ、順調に「最高の手駒」に育っていると信じて疑わなかった。
ただ、私の心の奥底には、決して消えることのない冷たい反逆の炎が燃え盛っていた。
(……全部、吸収してやる)
毒の知識も、料理の技術も。
ここで学べるすべてのものを奪い尽くし、いつか必ず、この地獄を出し抜くための『最高の毒(仮死の毒)』を完成させてみせる。
そして、血の滲むような「暗殺料理人」としての訓練の日々が、ゆっくりと、だが確実に私を『完璧な毒の器』へと変えていく。
――いつか必ず訪れる、反逆のその日のために。
私はただひたすらに無邪気な子供の仮面を被り、暗闇の底で己の牙を研ぎ澄ませていた。




