東の宮、毒のフルコース
東の宮――そこは、黄金の装飾に彩られながらも、どこか墓所のような冷気が漂う場所だった。
卓の向こうに座る王太后は、老いを感じさせない鋭い眼光で、瑠璃色の衣を纏った私を値踏みするように見つめている。
「……其方が、叡明の飼っている小鳥か。陛下を救ったという知恵、見せてもらおうか」
王太后の合図で、次々と料理が運ばれてくる。
どれも後宮最高峰の贅を尽くした逸品。だが、私の鼻はその「死の香り」を逃さない。
「さあ、毒味役。毒味をせよ。……一口でも残せば、不敬罪で即刻打ち首だ」
周囲の女官たちが、冷笑を浮かべて私を見守る。
私は、運ばれてきた『白身魚の翡翠蒸し』をじっと見つめた。
(あぁ……。これ、『鴆の羽』を酒に浸して、その雫をタレに混ぜたわね。内臓が焼け付くような熱毒。……でも、この蒸し方なら中和されずに純度が保たれている。……最高じゃない)
私は、迷うことなく匙を手に取り、その一切れを口に運んだ。
刹那、喉から胃にかけて火を呑んだような激痛が走り、心臓が爆ぜるように鳴り響く。
「…………っ」
私は耐えきれず、ガクンと卓に突っ伏した。
王太后が、満足げに目を細めた。
「……死んだか。案外、呆気ないものだ」
だが。
私は、震える指先を卓について、ゆっくりと、しかし確実に顔を上げた。
私の頬は、毒の影響で微かに上気し、瞳は異常なほどに潤んで輝いている。
「…………美味しい」
「……何?」
「王太后様。この鴆の毒、わざわざ南方の密林から取り寄せたものでしょう? 非常に鮮度がよく、喉を通る時のこのピリリとした刺激……。脳が痺れるような、素晴らしい食感です」
私は、残りの魚をさらに一口、幸せそうに頬張った。
「ですが、一つだけ残念なことが。……このタレ、少し塩気が足りませんわ。毒の苦味を立たせようとしたのでしょうが、そのせいで魚本来の甘みが死んでしまっています。……あと、隠し味に干した梅肉を加えれば、毒のキレがもっと良くなったのに。……実にもったいない」
東の宮の空気が、凍りついた。
絶命するはずの娘が、毒の「味の感想」を、あろうことか「不備」として指摘し始めたのだ。
あの冷酷な王太后が、恐怖と混乱で声を荒らげた。
「……其方、正気か!? それは人を五人殺せる猛毒なのだぞ!」
「ええ、分かっています。ですから、今、私の心臓は通常の三倍の速さで動いています。……あぁ、この高揚感、癖になりそう。……王太后様、次のお皿は何ですか? 期待を裏切らないでくださいね」
私は、地味な下女の面影など微塵もない、不敵で、狂気すら感じさせる笑みを王太后に向けた。
王太后の手元が、微かに震えた。
力で、恐怖で人を支配してきた彼女にとって、死を「快楽」と「味覚」に変換してしまう私は、理解不能な「バケモノ」に映ったに違いない。
その時、廊下の向こうから、激しい足音が響いた。
「――凛花!!」
扉を蹴破らんばかりに現れたのは、顔を真っ青にした叡明様だった。




