ステージ4(C)
コクメは一人、一宿の倉の中にいた
倉はそれぞれ、三人ずつに与えられた
暗がりの中、一筋の月明かりが差し込む
コ:おかえり、レンゲ。イっちゃんは?
レ:シュリンを寝かしつけてる。もう少しすれば戻ってくるだろうよ
コ:そっか
レ:なんだ、浮かない顔をして。ミミさんに言われたことか?
コ:まあ、ね
レ:おまえさんにとっちゃ棚からぼたもちどころじゃないだろうに。どこに思い悩む要素があるんだよ
コ:過去のことを思い出せるのは嬉しいよ。ボクがいったい何者か、どうしてあんなところにいたのかを思い出すために旅を続けてきたわけだし
レ:だったら、なおさらおまえさんのことが理解できん
コ:心の整理が追いつかなくてさ。ずっと追い続けてきたものがいきなり転げ込んできて。そんなの、拾えるはずがない
レ:とはいっても、完全に戻るかはわからないんだろう?
コ:運が良ければすべてを思い出す。反対に少しも思い出せないかもしれない。ミミさんいわく、記憶を取り戻すきっかけ程度に考えてくれってことだったけど
レ:手段が手段だしな。期待はするなってこった
コ:獣人ってすごいよね。上手く意識をコントロールできるレベルになれば、固有の力を自ら使えるようになるなんてさ
レ:氷を使ったり、分身したり、炎を吐き出したり。思えばいろんなやつがいたな
コ:ボクたちも結構、長いこと旅をしてきたんだね
レ:もしかすると、記憶を失う前よりも、今のお前の方がよっぽど濃密な人生を送ってたりしてな
コ:どうだろうね。まあ少なくとも、今のボクは幸せ者かな。二人と一緒に旅ができて、たくさんの人たち・獣人のみんなに手を差し伸べて。誰が何と言おうと、ボクは幸せ者だ。ありがとね、レンゲ
レ:…………なんだよ、急に。気持ち悪い
コ:んもう。せっかく人が真面目に感謝の気持ちを伝えたのに、ひどいなあ
レ:……仕方ないだろ。こういうのには、慣れてないんだ
コ:照れてるレンゲ、キモイよ
レ:きもさに関しては、お前のほうが確実に勝ってるから。断言しとくな
コ:なんだと! やんのかレンゲ!
レ:上等だ! ここらで最弱王者を決めてやろうじゃねえか!
イ:はいはい、喧嘩はそこまで
そこにハイネが戻ってくる
レ:ちっ、命拾いしたなコクメ
コ:こっちの台詞だっての
レ:悪いな、ハイネ。気分が悪いから外の空気でも吸ってくるわ。この陰鬱なバカな相手をよろしく頼む
そうして、レンゲが外へと出ていく
残されたコクメとハイネ
イ:レンゲくん、優しいね。わたしたちを二人きりにしてくれた
コ:あいつが優しい? ふんっ、そんなわけないさ
イ:自分がいたら話しにくいだろうって気を遣ってくれたんだよっ
コ:……あいつはただ馬鹿なだけだって。レンゲのくせに、ムカツク
イ:ふふっ、そういうことにしとこっか
ハイネ、静かに腰を下ろす
コクメもそれにならった
コ:シュリンくんはもう寝たの?
イ:うん、もうぐっすり。さすがは育ち盛りだねっ
コ:まだ十歳にも満たないんだっけ?
イ:九歳だって
コ:はあ、まだまだ未来が残されてるなあ
イ:コーくんこそ、これからだよっ
コ:どうかなあ? そもそもボク、自分の年齢もわからない状況だしね
イ:年齢がすべてじゃないよっ。何歳だろうと、どんな未来でも創っていける
コ:『天使』のイッちゃんは何百歳だったりしてね
イ:コーくん、何か言い遺すことはある?
コ:心の底からごめんなさい
見事なまでの土下座だったという
イ:……もう。コーくんはところどころでデリカシーが足りないよね
コ:ボクとしては冗談のつもりだったんだけどね……
イ:コーくんが冗談でも、わたしにとっては深刻な問題なんだよ。もし本当に何百歳だったら、すごい歳の差になっちゃうし
コ:は、はあ……?
イ:わたしとしてはやっぱり同年代がいいというか。よくを言えば同じ年齢の幼なじみだったら最高だなって、夢が広がるわけで……
コ:ね、ねえイッちゃん。歳の差とか、幼なじみとかっていうのは……?
イ:え? ……ああ、ううん違うのっ! 今のはつい本音が出ちゃったというかやっぱり歳が近いほうが何かと上手くいくっていうし、別にわたしはコーくんとそういう関係になれればいいなって願ってるわけじゃなくてねっ⁉
コ:……すごい、ここまで綺麗に天然だとどう対応すればいいか困るな
イ:こ、コーくん今のはほんとに違くてねっ
コ:ごめんね、イッちゃん。ボクが鈍感な主人公だったらよかったんだろうけど、そういうわけにはいかないんだ
イ:……へ? それってどういう……っ
コ:ボクがイッちゃんを大好きだってことだよ
イ:――――えっ、あ……へぇっ⁉
コ:ボクはイッちゃんのことが好きだ。大好きだ、愛しているといっても過言ではない。むしろそんなちっぽけな言葉で伝えきれるか心配なくらいだ!
イ:ちょ、ちょっと待ってコーくんっ! このままじゃわたし、変な勘違いをしちゃうよっ。コーくんは友達としてわたしのことをそう言ってくれてるんだろうけど、そんな言い方されちゃうとまるで異性としてわたしのことを……
コ:何を言ってるのさ。ボクはイッちゃんのことを異性として、性的な対象として全身を舐めまわすように見ている!
イ:ぜ、全身を……なめまわすように……っ
コ:イッちゃんの我儘なボディが好きだ、たわわに実った母性がたまらない、ふわふわな髪に包まれたい!
イ:そ、そこまで……っ
コ:不安をかき消すお日様みたいな笑顔に魅かれる。子守唄みたいな優しい声をずっと聞いていたい。片っぽの翼が綺麗だ。なにより――――ボクは君に何度も救われてきた
だから、これからはボクが君を守りたい
イ:…………っ
コ:い、イッちゃん……?
イ:……ちょっと、今日一日でいろいろありすぎだよ
コ:ごめんね! ボクもそんなつもりはなかったんだけど、もうここで伝えるしかないかなって、さ、さっきのはなしで! 記憶を思い出すときに、代わりに捨て――――
イ:捨てられるわけないよばかっ
コ:むぐっ!
熱と熱が触れ合う
コ:い――――いいいいいイッちゃんっ⁉ 血迷ったねっ⁉
イ:コーくん、さすがに血迷ったはないんじゃないかな……っ
コ:で、でも! ボクなんかに天使のキッスを……ッ
イ:ふふっ……せっかくの雰囲気が台無しだよっ
コ:う、う~ん?
イ:なんだろう。今まで変に悩んでたのが馬鹿らしいや
コ:悩んでた?
イ:記憶を取り戻すことについて、ね。本当はわたし、ミミさんの提案を断るつもりだったんだ
コ:え、どうして! ボクたちがずっと探し続けてきたものなのに
イ:だって今が幸せだから。過去のことを無理やり思い出さなくても、わたしは今のわたしでいいんじゃないかって思ってた
コ:それは…………
イ:でも、それって過去から逃げてるだけなんだって考える自分もいてさ。弱虫な自分を肯定している今が少し辛かった。それにどんな過去かわからない。昔のことを思い出したら、今の自分がいなくなっちゃうかもしれない。記憶を取り戻すってことは、つまりそういうことなんだっ
コ:イッちゃん…………
イ:まあ、それも馬鹿らしいことだってコーくんが教えてくれた
コ:ボクは何も
イ:ううん、コーくんのおかげだよ。ありのままのわたしを好きだって、大好きだって。愛してるって肯定してくれた。わたしにとってかけがえのない、大切な人が
コ:それって――――
イ:わたしも、コーくんのことを愛してる
コ:…………ぷっ
イ:……こ、コーくん?
コ:ぷくくっ、あはははははっ!
イ:え、え? わたし、おかしなこと言ったのかな……?
コ:違う違う、そんなわけないよ!
イ:じゃあ、どうして笑うの……(ぷくっ)
コ:頬をふくらませて、かわいいねイッちゃんは
イ:ふえっ⁉ ふ、不意打ちはずるいよコーくん!
コ:ボクってやっぱりバカなんだなあ――――あんなに胸が苦しかったのに、今は清々しい気分なんだから。女の子に告白されて笑っちゃうような最低さんだけど
イ:えっと……コーくんっ?
コ:イッちゃん
イ:は、はいっ
コ:ボクたちはどうやら似た者同士みたいだ
イ:う、うんっ
コ:取り戻そう、ボクたちの記憶を
イ:――――っ
コ:向き合うべきなんだ、ボクたちの過去と。この先の未来を生きるために
イ:――――うんっ。そうだね、コーくんっ
コ:にししっ。先に思い出したほうが過去のことを洗いざらい話すってことで!
拳を突き出すコクメ
イ:洗いざらいって悪いことしたみたいだけど……うんっ、約束ねっ!
そこに、ハイネの拳が重なった
クスクスと、微笑みに満ちる
コ:それじゃあ今日はもうこれでお開きだね。早めに寝て、明日の朝一にミミさんにお願いしにいこう
イ:あの、コーくんっ
コ:どうしたのイッちゃん? さては一人で自分の倉に戻るのが怖いんだね。任せて、ここは貴方様の騎士であるこのボクが責任を持ってお送り致しましょうぞ
イ:そ、そうじゃなくてねっ。……その、こんなことをわたしが言うのはおかしいかもしれないんだけど
コ:ん?
イ:その……さっきから『好き』が止まらなくて……コーくんさへよければわたしの『好き』をいっぱい受け止めてほしいのっ
コ:好きを受け止めてほしいって……――――それって、つまりセ
イ:むぐっ!
コ:むごおっ⁉
ハイネの重みに耐えきれず、コクメはそのまま仰向けに倒れた
今宵の月はどうも艶っぽい
ステージ4(D)へ




