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No.375





 No.375 【終幕】 『渡界者』




 さてここまで色々と語り書いてきたが、やはり私は一人どうしても書いておきたい人物がいる。

 それは多くの偉人として名を連ねた者達の中にたまに出てくる聖人の事だ。

 多くの物語や資料の中に偉人達と関係がある筈のこの聖人については、どの歴史書や自伝的等にも詳しく書かれていない。

 話の中には聖人がいた。聖人が彼の人物と関わっていると、流された書き方しか記されていない。それは何故か。


 その聖人が実在しないのでは?


 残念だが、彼はちゃんと実在していた。


 都合の良い役として扱われたのでは?


 それもあり得ない。ならば最初から登場させなければ良いだけなのだから。


 彼らと関わりはあっても、物語に上げるほどの活躍をしていないから?


 偉人と呼ばれる彼らの人生を変える岐路に立ったのだ。重要な部分として上げられる筈ではないかと私は思う。


 誰がが意図的に隠した?


 それが正解だ。では誰が隠したと言う話になる。


 聖人本人?


 今度は半分正解だ。聖人本人が自分自身の名を残すような行動は控えていた。

 まあ、あれを控えていたとは到底思えないが、当人は控えてはいた。

 そしてそれを理解した者達が彼の記録を残さないようにしたのがもう半分の答えだ。

 それは個人であり。また国家単位で彼の存在を隠した。

 だから彼の事が記されているものは極めて少ない。それこそ彼と面識があった偉人達が残した記録の中に少なからず書かれているくらいだろうか。


 個人はなんとなくわかるが、なぜ国家が?


 その質問に答えるのには極めて難しい。だがあえて私はそれを記そう。

 国家が彼の存在を隠した理由。勿論彼自身が頼んだこともあるが、国が彼を隠した理由。

 それは彼がかつて各国の建国に携わった者。『導師』『祭主』『盟主』『導き者』などと呼ばれた者達と同等、いやそれ以上の力を持っていたからだ。

 これだけでは意味が分からないだろう。同じかそれ以下ならばまた話は変わっていたかもしれない。

 それほどの力を持つ持ち主だ。国はどんなことをしてでもその聖人を国に置きたいと考える。

 実際その行動を起こした国があった。それが何処の国であるかは、彼らの名誉のためにも記すことは控えよう。

 そして行動を起こした国だが、手段を選ばなかったために聖人の怒りに触れた。

 しかしその国の民達には何の被害も起きていない。

 ただ彼を強引な手段で連れていこうと画策した者達は全員、彼によって捕らえられ。その力を目の辺りにする。

 それがどれ程の力で、どんなことをしたのかは記さない方が良いだろう。

 ただ自分がしたことで後悔することが少ない彼も、流石にその時には「やべぇよ………これ、やり過ぎたよ……」と、反省していたから。それがどんなものだったかは押して知る事ができるだろう。

 それ以降は彼の逆鱗に触れないよう国は彼の存在を他者が知られないように隠し。また彼自身が望まない限りは接触を控える事等と言った事が、国同士で取り決まるほどの事であった。

 他にも細かな理由があるのだが。大まかそうした理由で彼の存在(記録)はそれほど残っていないのだ。


 そんな危険人物と国が考えるほどの彼だが、思いの外お人好しだ。困っている者が目の前に居れば助けられずには要られない。

 遠くの誰かが困っている、とかではなく。本当に目の前で、自分が手を伸ばせば届く範囲の者を放っては置けないのだ。

 それは時に自己犠牲を厭わないほどの行動を取るときがあった。

 それは時に周りの者達が注意し。止めようとした時もあったが、目の前で本当に困っている者が現れると、彼は条件反射のごとく動き出す。

 助けなくてはーーーと。

 救わなくてはーーーと。

 そこまでしてなぜ助けるのか? それは彼の幼少の時の出来事が起因している。

 幼年期の時、彼は両親との小旅行中に事故に遭う。

 その時多数の犠牲者が出て、その中には彼の両親も含まれていた。

 彼は両親の助けもあり救出されるも。その両親達は彼の代わりに命を落とす。

 彼は助けてくれた両親。そして目の前で失っていく命を目の辺りして、心に深く傷を残すことになる。

 以降彼は助けを求めるものには自分自身が出来る範囲で、と言うことで行動する。

 その行動は先も言った通り時に自分自身の命すらなげうっているのではと思われる行動が度々あった。

 そうした彼の行動に止められるものではないと思った彼の妻となった者達は、彼の負担を出来うる限り軽減できるように自分達も強くなり。そして彼を支えていった。

 そうしたことで彼の無茶な人助けは、少しずつではあるが無くなっていく。


 そして彼の存在をひた隠した国であっても、彼と出会う者達にまで制限をかけていたわけではない。

 制限をかける前に出会っていた者達。かけた後知らずに訪れ出会う者達。

 そうした者達の困り事を聞き、彼は時に手助けをする。

 それは時に相手が仰天するほどの物資を与えたり。

 時にそれは何十年何百年と掛けてたどり着く技術であったりと、多種多様であったが。ひとつ言えることは、彼ほど『適度』と言う言葉が似合わない人は居なかったのではないだろうか。

 本人は「これぐらい普通だろう?」と、平気だろうと言うが。今考えても逸脱した力の持ち主だったと言わざる得ない。

 当時の私はそんな彼の力を便利な力だとか、凄い力の持ち主ぐらいにしか思わなかった。

 どんな力か? そうだな。彼は多くの力を持っていたが、特に彼が使っていたのは『物を作る』力だ。

 これだけでは分からないだろうから、簡単に説明しよう。

 どんなものでも先ず材料を集め。加工して、組み立て、時間を掛けて完成にと持っていくのが普通の事だ。

 しかし彼の場合は材料を集め、その持てる力を使うと、物が完成する。

 何を言っているかわからないと言う声が聞こえる気がするが。だが実際そうなのだからこれ以上の説明しようが無い。

 私も彼が作った物を持っている。始めてそれを見たときは驚き。彼に無理を言って作って貰ったものだ。

 今は彼が作った物と同じ物が自分でも作れるが、やはり彼が作った物と言うことで、それは今では大事に保管してある。

 おっと話が反れてしまったな。戻そう。


 なぜ彼はそんな力を持っていたか。

 あなたは『渡界者』と言う言葉を聞いたことがあるだろうか?

 少なからずそう言った者達が要るから知らない者はいないだろう。

 知らない者のために言うと、彼らはこことは違う世界から、何らかの理由でこの世界にやって来る。その理由は様々だ。その理由を上げていたらきりがないので割愛させてもらうが。彼らが別の世界からやって来ると言う話で進めさせてもらう。

 彼から聞いた話によると、渡界者と言うのは世界を越えるとき、何らかの願いを持っていればそれに準じた力を得る場合があると言うことだ。

 ()()()()()と言うことがあるだけで、必ずしもあることではないと付け加えておく。

 これを読んでる方はもし別世界に行ける機会が訪れて、そこで何の力を得られなくとも、それは私の責任ではないのであしからずだ。

 そう言うわけで彼は渡界者であり、世界を越えたときに願った力が上手く備わったと言うことだ。

 それ故に彼は自分の能力を知ったとき聖地より出ることを望まなかった。自分の能力が逸脱したモノであると自覚していたからだ。の割りには余り自重はしていなかったが……。

 おほん。自分の力は人に幸福をもたらすことが出来ると同時に不幸ももたらすことが可能なものだと彼は思ったのだ。それ故に彼は聖地より外に出ることを諦めた。

 だが彼の元には人が集まり、また来た。

 それは善き人間も要れば、悪しき人間もまたいた。

 彼は誰かを助けるときにはその力を振るうのに躊躇しない。

 目の前で誰がを助けられないくらいなら、自分の力が世に知らしめられ自分に被害が訪れる事ぐらいわけはないと考えてもいた。

 勿論被害が来ないのに越したことはないとも言っていたが。

 そして多くの善き人達と出会い、彼はその人達に自分の存在はなるべく隠してほしいと願っていた。

 彼らもそれを了解し。彼らは他者から聞かれても多くは語らず。そんな人物と出会ったとさらりと話の中で流していく。

 そんなことで歴史に名が残らなかったのは彼自身が望んだことであり。彼の力が悪用しないようされないよう、国が彼の存在を隠したのだ。

 彼のことで語りたいことはまだまだ多く沢山のある。

 彼がこの世界にやって来て、この聖地に留まり。そして何をして来たのか。

 それこそ他の偉人達より荒唐無稽な人生を送っていたと言い切れる自信がある。

 何故そんなことを知っているかって? それはーーー




 「みんなー、ご飯できたよー」


 川原から少女の声が聞こえた。

 そして至るところから「食事(メシ)だ! 食事(メシ)だ!」と言う声が聞こえてくる。

 自分も急いでいかなくては、ちゃんと全員分用意してくれているのはわかっているが、食事だと言われると気持ちがはやる。

 筆とノートを片付けていると、この間ここにやって来たメェメェが、自分がまだ川原に行っていないのに気がつき声を掛けてきた。


 「珍しいですよ。食事だと言われてあなたが一目散に行かないなんて、体の調子でも悪いですよ?」


 何なら診察しますよ? と言った感じに聞いてきたが、自分が出遅れたのは訳があり。その訳を話す。


 「ああ、あれですよ。誰に見せるでもないのによく続くですよ」


 自分が好きで始めたことで、その為にも文字を覚えた。


 「今だって人里のところでは彼らの記録は残っているですよ?」


 あんなものは大衆向けの体の良い娯楽話だ。都合の良い解釈がなされている。それに残っていない奴もいる。そんな奴のためにも自分は彼らが歩んだ道を、本当の道を書き残す。


 「誰かに読ませてあげれば良いですよ。そうすればもっと残るですよ」


 誰かが見てくれなくても良い。これは自分の自己満足でしかないのだから。

 それにこんなものが出ればせっかく落ち着いた世の中が騒ぎ出す。特にあいつのは騒ぎだすだけじゃ済まされないかもしれない。


 「ああ彼ですよ。色々やらかしたですよ。何であれで本人はのんびり暮らせていると思っていたですよ? 明らかに騒ぎの中心ですよ」


 知らない。神獣さま達はそう言う奴は歴史の表でも裏でも必ず一人は出て来るって言っていた。


 「神獣さまがですよ。それならそうかもしれないですよ」


 メェメェが何かを少し考えている。自分はその間に筆とノートを自分の籠に仕舞う。

 この籠も形は同じだが中身が違っている。見た目以上に容量があり。また中に入れたものは次に外に出すまで入れたときの状態のままである。これも彼が多くの物が入れられ、長持ちするようにと作ってくれたものだ。


 「彼は結局全員は集められなかったですよ……」


 彼が神獣さま達を集められなかったことを言う。

 彼自身も集めきれなかったことを亡くなる前まで気に病んではいた。

 しかしその事を彼は、彼の子供にも孫にも伝えなかった。

 神獣さま達と約束したように成り行き任せに出会ったときのみと。

 それから神獣さま達は彼が亡くなる直前に姿を現した。それは何かに導かれるようにして。

 神獣さま達は誰も涙を流さなかった。

 ただ『自分達のわがままを聞いてくれてありがとう』と、それだけ言って彼に別れを告げた。

 彼も最後は「……悪かったな。会わせてやれなくて」と、それだけ言ってこの世から去っていった。

 彼が亡くなった時、その場に駆けつけた誰もが涙した。

 彼の妻達や子供達、その孫達。彼と知り合った者で聖地に来れた者。そしてこの地で彼と出会った賢獣達が。

 彼の遺体は彼からの要望であの大穴へと投げ込まれる。

 それがここで死んだ者の定めだと言葉を残していたから。

 シズエの様な墓はない。それも彼が望まなかった。


 「彼の子供やその子供たちも神獣さまとは出会えていないですよ。今この家にいらっしゃる方達だけですよ」


 それは仕方がない事だ。神獣さま達も一人で自分達を半数も集められる事に驚いていた。本来ならまた賢獣たちが各神獣さまの石を持つ決まりなのを、ここに置いているんだ。神獣さま達はバラけた方が良いとは言っているけど……。


 「神獣さま達に無理を言ってここに居てくださるようにしてるですよ。それを神獣さま達も了承してくれてるですよ」


 何も答えてないけどな。


 「それが答えですよ。さあお片付けは終わったですよ? 彼ほどではないですよ。それでも譲りの料理を食べに行くですよ」


 メェメェの言葉に頷き。自分用に作られた机から席を立つ。その時に不意に鼻の奥に微かな懐かしい匂いを感じた。


 「どうしたですよ? 行かないですよ?」


 席から立ち微動だにしなかった自分に不思議がって聞いてくる。


 「ど、どうしたですよ!? 何で泣いてるですよ!?」


 涙を流し呆然としている自分にメェメェが慌てる。


 ーーー彼の匂いだ。


 「はあ!? どう言うことですよ!?」


 何処からかは分からない。でも確かに彼の、あの懐かしい彼の匂いがする。


 「「「「ウキ!? ウッキィー!」」」」


 川原で仲間が騒ぐ。彼らも感じたのだ、彼の匂いを。

 その瞬間自分は駆け出す。


 「どこ行くですよ!?」


 メェメェの言葉に答えられない。


 そんなの分からない! 彼の匂いが! もうずっとその匂いを感じたことが無かった。感じることが出来ないと思っていたあの匂いがするだ!


 自分は走る。彼が作り上げた道を。

 仲間達も走っていた。何処だと!? 何処から匂いがする!? と声を上げ駆け走る。

 匂いが強い場所。匂いの濃い場所に向けひた走る。

 すると匂いが急に薄くなり始めた。

 自分達は慌ててその匂いがする方向を感じとる。だが分からない。匂いがなくなるのが早すぎる。

 そんな焦りを出す中にひとりが森からすると指差す。

 その言葉に一斉に森に意識を集中する。


 確かにする。微かだけど、まだ彼の匂いがする! さすが彼が英雄と呼んだ奴だ!


 誉める言葉が至るところから上がるが、英雄はその名前で呼ぶなと怒りの声を上げていた。

 自分達は道から外れ森を駆ける。

 木々の間を飛び。草木を掻き分け。匂いの元に駆け走る。

 だが匂いの場所に中々辿り着けない。

 今は彼が作った道を利用しているが、森は自分達の遊び場であり。庭だ。こんな所楽々と行ける筈なのに誰かが邪魔しているように進めない。 

 ひとり、ひとりとその邪魔で足を止められる。


 「ーーーーーーー!!」


 我知らず怒りの声を上げる。

 彼に会わせろと。もう一度彼に会わせろと。


 「仕方がねえな。お前らちょっと待ってろよ。今作ってやるから」


 そう困ったような顔をしながらもどこか嬉しそうに自分達のために作ってくれる彼を。


 「ほら、お前ら落ち着け! ちゃんと全員分あるから、だから落ち着けっての!」


 一人一人落ち着かせるために順番に頭を撫でていく。それを嬉しそうな表情をする自分達。


 もう一度、彼にーーー。


 「お前ら。今日は何して過ごそうか? はあ? 食事がしたい? さっきしただろうが! お前らの腹は底無しか!?」


 自分達の言動に呆れながらも仕方ないと言い、それに付き合う彼。


 ーーー彼に。


 わかってはいる。もう会えないことは。彼との別れは既にしている。それでも会えるのならもう一度、あの顔を、声を、あの温もりをーーー。

 彼との思い出が次々と思い出され、涙で景色が歪む。

 それを拭き去る余裕はない。もう彼の匂いがしていないのだ。何処からも彼の匂いが。

 それでもこの先に、この先に彼がいると、前に進む。


 「ーーーッ!?」


 不意に森の開けた場所にでる。

 そこには彼の匂いが微かに残っていた。

 この場所に来れたのは自分だけのようだ。あとの仲間達は付いてきていない。


 ここだ! ここに彼がいたんだ!


 何処だ! 何処にいる! と周囲を見渡す。

 しかし彼の姿は見当たらない。

 探しても見当たらない。

 何処にもいない。

 そう、そんなのはわかっている。

 それでもあの匂いを感じたのだ。

 彼の匂いを。


 「ウキィ~~ヴィキィィ………」


 彼に会えないと思うと止めどなく涙が溢れた。

 声を出して泣く。

 恥も外聞もなく泣いた。


 そして自分の心が落ち着いてきた頃。自分が来た方ではない方角から知らない声が聞こえてきた。


 「森? 何で急に森に? たしか家でゲームしてたよな? あっ開けた場所。ん? なんかいるな? ん? お前もしかして賢獣か!? おおっ! やっと賢獣見つけた!」


 そこから現れたのは彼と同じ黒髪黒目の少年。

 自分の姿を見て驚く少年。

 その少年を見て自分は思う。

 ああこの少年をこの世界に寄越したのは彼なのだなと。

 そして自分はこの少年と出会うように仕組まれたのだと。

 そう思うとこの仕組みを企んだ人物に文句も言いたくなったが、自分が選ばれた以上は役目を果たそう。


 「……お前もしかして泣いてたのか? 誰かにいじめられたか? なら俺に言え! 俺はそう言う奴らが大嫌いだからな!」


 少年が自分の胸を叩き任せろと言う。

 自分はそうじゃないと首を振り。涙を拭いた。

 そして少年に近寄りその肩へと登っていく。


 「おお!? おおお!? なんだ!? どうした!?」


 驚く少年に自分は指差す。


 「何? あっちに行けってことか?」

 「ウキ!」


 頷く自分。

 この少年は彼が歩みきれなかった道を新たに作っていく奴なんだろう? だったら先ずみんなに知らせなくては、新しい奴が来たと。騒がしくも楽しい毎日がまた来たと教えに行かなくては。


 「お前俺を案内してくれるんだな。ありがとうよ。そうだ。俺の名はノブナガ。同仁信長って言うんだ。変わった名字だけど、よろしくな」


 手を差し出してくる少年に、多分言葉は通じないだろうと思いながらも自分も名を告げ、その手を握る。


 「ウキー。ウキキ」

 「へぇーお前秀吉て名前なのか。信長と秀吉か。ならお前俺の家来か?」

 「ウキッー! ウキッ!?」

 「ん? 本当だ!? 俺賢獣(お前)の言葉が分かるぞ!? なんでだ!?」


 この時彼もまた渡界者であり。変わった力をもってこの世界にやって来た人物だと知った。

 そしてこの同仁信長と言う少年と共に自分は彼が残していった道を歩くことになる。

 それが何処まで続くかはわからない。ただ彼のように歩めるところまで歩もうと思った。













            ⬅to be continued !?




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