No.371
No.371 【幕間】そのろく 『団長《の心》猛き獣の牙《の方針》新たな傭兵団《のあり方》』
「……ハァ、アタシはなにやってんだい……」
とある宿屋。その部屋で布団の中に潜り込み、レライエは自分がした事への嫌悪感に苛まれていた。
そんな彼女のもとへ訪れる者。扉を叩き彼女を呼び出す。
「団長! 団長! いつまで部屋に籠ってるんですか? もう聖地から帰ってきて七日は過ぎてるんですよ。いくらうちの団には少し余裕があると言っても、町中で出来る仕事とかもあるんですよ。団長がいないと受けられない仕事もあるんですから、早く出てきてくださいよ」
「うるさい! アタシがいなくても受けられる仕事をしときな! アタシはしばらく外に出ないんだ!」
布団の中から扉の外にいる者に、いつものように怒鳴るように言うが、その迫力はまるでない。
いつもの声が猛々しき獅子の声なら。今の声は木の上に登ったはいいが、降りられなくなった子猫のように情けない声を出していた。
そんな彼女がこれ以上呼んでも出てこないと思ったのだろう。扉か離れる気配がすると、彼女は再び自己嫌悪に陥るのだった。
「アタシは、アタシはなんだってあんなバカな真似をまた……。絶対に変な女だって思われてるよ……」
宿屋一階。殆どの宿が使用する者達への食事処として使われることがある。
そんな場所の隅の一角に黒豹。カラス。猪。熊と言った獣頭人族の男女の傭兵達が座っていた。
そして二階から虎の獣人族の女性が降りてくると、彼女しかいないことに落胆の溜め息を吐く。
「団長はまだか……」
「一回目はともかく。二回、三回目は明らかに自分から頼んでいるだろう。なんでそれで落ち込むんだ?」
「男達みたいに大雑把じゃないんだよ。団長は女なんだから、あんな恥体を見せたら落ち込むよ」
「だったら目の前で頼まなきゃいい話じゃないか。それこそ隠者の家にでも行って」
「それはそれでしてきましたって宣言してるからだよ。繊細さが分からない奴だね」
熊の言葉に猪の女性がこれだから男はと呆れたように言う。
「団長の女心の話は今置いとこうぜ。実際問題、また聖地に行く前日まで部屋に籠られてると、いくら割りのいい仕事をもらって余裕が有ると言っても、尽きるだろう。その辺はどうなんだ?」
黒豹の男が現実的な話をしようと、ここに座っている者達の意識を変えるように言う。すると先ほど二階から降りてきた虎の女性が、辺りを見回してから小声で勿体ぶった言い方をする。。
「一応ね、ここにいる人達だけの話にしてもらいたいんだけど」
「なんだよ、もしかして実は切羽詰まってるとか言うなよ」
「そうだな。もしそうなら団長の部屋に突入して、無理矢理にでも引きずって仕事を取らせるようにするぞ」
男達は金銭的に問題が出てるなら団長の乙女心はこの際無視すると言うと。虎の女性は手を横に振り二人の言葉を否定する。
「あ、うん。それは平気。むしろ一年ぐらい仕事しなくても余裕で賄えるくらいのお金あるから」
「「「「はあ!? なんだそりゃあ!?」」」」
彼らが驚くのも無理はない。傭兵団は依頼時に必要な物資に、各自が使う武器防具の整備。荷車があるならばそれを引く魔獣や獣の世話代。団員達の給与等、細かなものを上げれば数限りがないが。普通の傭兵団は活動できる資金として、金銭的貯蓄など一月分あれば多い方である。
それ故に傭兵団は常に金銭的事情を抱えており。団を立ち上げたは良いが、直ぐに解散する団も少なくはない。故にどう自分達に支援してくれるものを探し出すかが、傭兵団として生き残るかの手腕になる。
そんなことを知っている彼らは、自分達の傭兵団の懐事情を知る虎の女性の言葉に信じられないと言って、声を上げた。
「しぃー! 声が大きいって。回りに迷惑でしょう」
静がにと言うように指を唇の前に置き、回りをキョロキョロと見て、自分達の騒がしさが問題ないかと確かめる。
「……なんでそんな大金がうちにある?」
虎の女性に自分達の傭兵団はそんなに金があったのかと訪ねる熊の男性。
その言葉に息を吐く。しかしやはり重い溜め息を吐き出してから。
「まあ、うん、そうよね。事情を知らないとそう言うわよね。あのねたった三回、ううん。二回の聖地に行く仕事で、そこまで貯まったって言ったらどう思う?」
「「「「はあああああ!? なんだそりゃあああはあ!?」」」」
同じリアクションをするが、今度はこちらの方が先ほどより声が大きい。その声を聞き食堂に居た店員が何事かと訪ねてくる。虎の女性は何でもないと言って店員に返事をするが「変な騒ぎは起こさないでくださいね」と、店員に言われる。店員に申し訳ないと言って謝る虎の女性。そして目の前で自分の言葉に度肝う抜かれている人達に向け。
「騒がないでよ。怒られたじゃない!」
「いやいやいやい! 無理だろう! なんだよそれ!? あの聖地の荷物の受け取りの仕事って、そこまで割りが良かったのか!?」
「そんなわけないでしょう」
黒豹の男が驚き虎の女性に訪ねるが女性は即座に否定する。
「あれって普通の荷運びと同じよ。まあ多少国が関わってるから割高にしてくれてるわよ。それでもうちだと三日分ってところかな」
まあそれだったら分かる金額だと周りの連中は納得する。
しかしだからこそ分からない。どこからそんな大金を手に入れたのかと。
まさか良からぬ事をしてるのではと、虎の女性を軽蔑した目で見る。
「ちょ、ふざけないでよ! 犯罪な事はしてないわよ! ただ聖地の隠者に頼まれ事された、そのお礼と言うか、お駄賃と言うか……。うん、まあそんな感じ」
「あんたじゃないんだ。こっちはそれだけの言葉で分かるわけはないだろう。はっきりお言い。あの隠者に何を頼まれて、そんな大金になったって言うんだい」
猪の女性がハッキリとモノを言わない虎の女性に分かるように説明しろと言う。
「別に大したものは頼まれてないわよ。今度来るときで構わないから、町でよく食べられてる食べ物やよく使われてる香辛料。日用品雑貨を持ってきてほしいって」
「なんだいそりゃあ? あの資材の受け渡しは物々交換だろう。交換の品を見たことあったけど、かなりの品物だったよ。それなのに町で売られてる物が欲しいなんて。なに考えてんだいあの隠者は?」
自分なら信じられないねと猪の女性は言う。
だがある程度事情を聞いている虎の女性は苦笑いをしてこう答える。
「交換する品物に食べ物やそう言った日用品が欲しいらしいだけど。毎回聖地じゃ使い道の無いものばかりなんだってさ」
「だったらそれを伝えれば良いじゃないかい」
「それを言ったらあの依頼人。自分が選んだものが隠者の気にそぐわないと勘違いしたらしくて、よりそう言ったものを省いちゃったみたいなのよ」
虎の女性のその言葉に全員があちゃーとした顔をする。
「本人も遠回しに言いすぎたって、反省したみたいなんだけど。流石に何度も何度も言うのは悪く思ったんでしょう。それで私たちに依頼してきたのよ。もちろんあの依頼人には内緒で」
何となく話は見えてきたが、なぜそれで大金が出てくると聞くと。
「あの隠者が作った一つの荷箱分の量で構わないからって言われて、晶石が入った袋を渡してきたのよ。その数、小玉が三十個よ! しかも足りなかったら次回の時に不足分を払うなんて言ってんのよ! 私これ聞いたときにあの隠者、金銭感覚がおかしいな人か。それとも聖地にいるから不必要なのかと真剣に悩んだわ」
統一郎が作った荷箱分の量の食料を一ヶ月分として、もし晶石で交換した場合。十個もあればお釣りが来る。
通常小玉サイズでの晶石の使用量は連続使用をするのでなければ二、三日は持つ。
そして何より晶石と言うのは異界の門から以外は入手出来ないためにそれなりに貴重品でもある。
一般家庭でも日常的にも使える術装具があるが、その殆どは人力で生活するのが当たり前である。
晶石を多く使用するのは国が国土設備為に使ったり、傭兵団のような国々の行き来をする時に使用したりすれば話は変わる。
まあつまり何が言いたいかと言えば。統一郎は「食料を買ってきてくれ。金は一千万円もあれば足りるか? 足りなきゃあとで払う。余ったら買ってきてくれたお礼にあげる」と、言ってるようなものである。
百万円分の食料が入る箱。残りは駄賃としてあげる。普通の者の感覚であれば頭がおかしいと言われても仕方がないことであるが。確実に余ると分かっていながらも、統一郎にそれを伝えないで、傭兵団の懐に入れている辺り。この虎の女性はかなりしたたかな女性だろう。
「……それって俺たちに強力な資金支援者が付いたってことか?」
「どうだろう? 今のところ依頼人から切られない限りは仕事が回ってくるから、そうとも言えるけど」
「逆に言えば切られればその支援者が無くなると」
「でもこの場合ってどっちかと言えば依頼人より。隠者との繋がりがあった方が良いってことじゃないのかい?」
「確かに。依頼人との縁は切れても隠者との縁が切れなければ」
顔をつつき合わせるように彼らは話し合い。ある結論に至ると皆無言で二階を見上げる。
そうしてやはり無言で頷くと、女性陣は徐に立ち上がり二階へと登っていく。
そして二階の方から大きく扉が開く音が聞こえると。
「うきゃあ!? な、な、な、な、なんだいアンタ達!? 部屋にいきなり入ってきて!? アタシは暫く一人になるって言っただろうが!」
「まあまあまあ団長。ちょーっとお話があるんですなよ。悪い話じゃないですから聞いてください」
「そうそう。良い話だからね。聞いといて損はないよ」
「あまりにも良い話しすぎて他の人に聞かれると不味いから扉は閉めとくね」
そのあと扉は閉められ声はここまで届いては来なかったが、時折団長の悲鳴にも似た叫ぶような声が聞こえてきたことだけは確かだった。
猛き獣の牙団長レライエ。 本名レライエ・クライエット。
一から自分で傭兵団を立ち上げた女性で。勇往邁進を地で行くような女性で。荒くれ者達である傭兵達を束ねられる度量と技量を持つ女性でもあるが。恋愛関係はからっきし苦手とする女性であった。それ故に男性とは恋愛の対象ではなく。仕事上の関係、あるいは仲間や部下と言った見方しか出来なかった女性である。
それが何の因果か統一郎と出会い。彼女が無意識で使っていた精力の扱い方を自覚させる為に行った事が、彼女が知らなかった未知の感覚を味わうことになる。
その行為は遥かな昔に禁止とされた精力の扱い方を教える方法だった。なぜ禁止となったか。
それは互いの体に精力の行き来をさせた場合、その人物同士の肉体的精神的相性が良いと、流させた方は性感帯を刺激されたかのような感覚を味わう。
その感覚は相性が良ければ良いほど刺激される力も強くなり。その快楽を求めるために中毒症状を起こした者が多くいたため禁止とされたものである。
技術的にも伝わらないようにされた方法を統一郎は独自に考えだし、それをレライエに使う。
そして不幸(彼女にとっては幸運?)にもレライエは統一郎との相性が抜群に良かったようで、たった一回の操作法で虜となってしまった。
しかし暫く経つと自分が見せた恥体を思いだし、身悶え、恥ずかしさの余り町に戻ったときには部屋に引きこもる。
そして再び統一郎の前に行くとあの快楽が思い出され、同じことを繰り返していた。
そんな彼女は後に団員達の説得(誘導とも取れる)の言葉に耳を傾け、統一郎のもとへ居続ける事をとる。
これでいつでもあの快楽が味わえると喜んでいた彼女だが、ディータから二度と使用しては駄目だと言われていた統一郎は使わないと宣言すると。彼女は少女のように泣き叫び。すがり付き。願った。これにはさしもの統一郎も頭を悩まし、禁止したディータに相談するも良い案は出ず。
だがそこに案を出したのが、聖地の流浪の薬師メェメェだった。最もその案がまともであればの話であったが。
メェメェが出した案、それは操作法で得る快楽より別の快楽で満足させれば良いと言う案であった。
これに激怒したのがディータである。
しかしメェメェののらりくらりとした対応に翻弄され。ついにはなぜか自分も交ざってすれば良いと言う話に落ち着く。
その結論になぜ至ったのか問い詰めたいところではあるが、止めることは出来ずそれは決行された。
当時は精神的未熟でもあったトウカはメェメェにより深く眠らされ。その事実は彼女が後に知ることになるまで秘密にされた。
そして結論として言えばレライエの操作法での快楽を求める行為は一応は止められたが、時折発作のように出ていた。トウカは知るまでの間はその発作が出る度に眠らされていたが。
そしてその発作が出る度に統一郎はメェメェ特製の媚薬を飲まされ、彼女達の相手をする。終わったあとはミイラのようにカサカサにやつれていた。
以降本人は竜老牛若の鍛練に並ぶ苦行と称し逃げることとなる。
二階から悲鳴が聞こえていたがそれも聞こえなくなり。暫くすると部屋に入っていった女性陣が降りてくる。
そして一階に残っていた男性人に笑顔を向けグッと親指を立る。
「よく説得できたな」
「何してきたんだ?」
残っていた男性陣はそう聞くが、女性達は笑顔向けるだけで一切語ろうとはしなかった。
「まあ良いや。それでどうするだ? 団長とあの隠者が良好になってもらえれば、良い支援者になってもらえるだろう」
「ああそれなら問題ないよ。ちゃんとあたし達が説得してきたからね。問題は支援者になってくれたときだね。団長が離れることになるだろうから、本来はあたし達の中から誰かが新しい団長として立つか。解散するかが普通なんだけど」
「おいおい。どんな説得してきたんだ?」
「それは女の秘密だね。男にゃ教えられないよ。まあ団長が抜けると言っても形だけだからね。その代理って言うのが正しいかね」
猪の女性の言葉に他の女性達は頷く。
そして黒豹の男性を女性陣は一斉に見て。
「「「コルウェル。アンタが団長代理をしな」」」
「はあああああ!? なにいってんだ!?」
そう指名された黒豹の男コルウェルは顎が外れんばかりに驚く。
「大丈夫だって代理なんだから。なにも本当の団長をしろなんて言ってないだろう」
「そうそう。そんなことになったら誰も話聞かないだろうし」
「要は団長がしなければいけない事務関係をしてもらいたいってこと」
その言葉に熊の男性は納得したように頷くと。コルウェルの肩を叩き。
「任せた。お前にしかできない仕事だ。頼りにしてるぞ。団長代理」
「ちょっ!? まっ!? それって俺にめんどくさい仕事を押し付けるってことだろう! そう言うのは話し合って決めようぜ!」
ここにいる全員が責任者プラス面倒臭い管理職に就きたくないと思って、押し付けていることを理解するコルウェル。
そして恋人でもあるカラスの女性カーラにも同意を得ようとするが。
「別に良いけど。結果は変わらないと思うよ。コルウェルが団長代理でいい人と思う人は挙手」
その瞬間コルウェル以外全員が手を上げる。
「ふざけんな! 陰謀だ! 策略だ!」
叫ぶコルウェル。そこに店員がやって来て叫ぶのをやめるように言う。もし出来ないなら店を出ていけとも言われると。
「おう。、今黙らせるからな。ふん!」
「げぶっ!?」
熊の男性がコルウェルの腹を殴り気絶させる。
そして気絶させられたコルウェルを床へと置く。そう無造作に。ゴミを捨てるように。それを見ていた店員はあとで片付けといてくださいとだけ言って、自分の仕事に戻っていく。
「よしこれで良い。話を続けよう。お前達が考えた案を詳しく教えてくれ」
その後この傭兵団の今後のあり方が話し合われる。
レライエは統一郎を籠絡してもらうと言うことで話し合ったが、多分無理だろうと言う結論になる。何しろ本人の方が先に落ちているのだから無理と言うことで。
なので何とか統一郎と関係を持って貰い。自分達の団の資金支援者になって貰う。
そうなれば団長は多分自分達と共に居ることはなくなる。だが団を抜ければ今度は自分達との縁が消える。それでは資金支援者がいなくなる可能性があるので、レライエは団に在籍したままと言う方法を取る。
ただいつまでも不在は問題があるので臨時代行を立て、時折レライエを外に引っ張り仕事をさせる。
彼らはこれを繰り返すことにより大きな資金を得る。そして傭兵団の新たな組合を作り出す。
それは傭兵家業をしている者の多くは結婚や身体的衰え等を理由に辞める者が出る。
それらの辞めた者のために新たな仕事先として、これから傭兵団を立ち上げようとする者達や現在団を運営している者達のためのあらゆるノウハウを教えるための施設を作る。
これにより多くの傭兵団が途中挫折をしていたのを何割か防ぐことになる。
そしてこれが後に傭兵支援組合『ギルド』の設立の足掛かりとなる。
彼らの行ったことに対して怒るべきなのか、呆れるべきなのか、それは分からないが。彼らの行った行為により、ある意味幸せになった者が居たことだけは確かである。それが誰であるかは言わぬが花であろう。




