No.360
No.360
さてと、一仕事終えたし、帰るか。
「ウキキィ?」(メシ食ってないぞ?)
食べに来た訳じゃないって! だいたい自分は食事をしに行くとは一言もいってないぞ。
「ウキッ! ウッキィー!」(なんだと! メシがあると思ってついてきたのに!)
知らんがな。このまま真っ直ぐかえrーーーッ!?
「ウキィ?」(どうしたん?)
「にゃーん?」(どうしたの?)
二人の言葉に返事をせず。空中で制止をしてある一点を見続ける。
見続けていると右目が、いつの間にか煌々と輝いていた。
「…………お前らすまん。もう少しやることが出来た」
「ウキウキ」(メシがあるなら何処へでも)
「うにゃーん」(お散歩するなら何処へでもなのー)
二人の言葉に苦笑する統一郎。
「クロウにも、もう一働きして貰うかもしれない。良いか?」
ーーー今日はよく使われる日だ。使え! そして暴れさせろ! あのジジイを亡き者にしろ!ーーー
統一郎の言葉に好戦的な返答をするクロウ。
その言葉に自分で外に出てやってくれと返す統一郎。
それからメキラに頼み聖地に帰るのではなく別の方へと向かっていく統一郎達。その方向には小さな島が、誰からも忘れ去られて要るようにそこにあった。
☆★☆★☆
薄暗い場所に一人の海人族の老人が瞑想をするように目を瞑り、静かに佇むようにそこにいた。
そしてその老人が状況を確認するように言葉を吐く。
「シンジュウと化した騎士達は全滅か。シンジュウと成らんだ騎士達や傭兵達によって討たれるならば話はわかる。それは我の調整不足と言葉足せば済むこと。しかしーーー」
カッと目を見開き憎らしげに言葉を吐く。
「あれは誰だ! あの虎の獣頭人族の小僧は! なぜ我の造り出したシンジュウをいとも容易く相手にし。そして。そしてなぜ! 一度組合わせたシンジュウの体を再び別つことが出来る! そのようなことは不可能だ! そのようなことが出来れば! シンジュウの調整がもっと容易に出来た! それを、それをあの小僧は!」
ヒートアップしていく老人。その言葉には統一郎への言葉だけでなく。自分自身への技術の無さにも嘆く言葉であった。
そして老人一人しか居ないと思われた場所から幾つもの息づかいが聞こえてくる。なかには低く唸る声も響いてきた。
老人はその声にハッとし。その熱くなった熱を吐き出すように息を吐き出して自分を制する。
「フゥー。いかん。今はこれを操る為にも心を乱すわけにも行かん。これの調整がまだ完璧ではないで使用しているからな。本来であれば調整を済ませてから使用したかったが。時期が善くもあり、悪くもあったとしか言えぬな」
そして老人はもう一度目を閉じ。精神を集中させる。
「他の龍人会の者達も皆反応がないか。結局また我がひとりだけが残るか……。いいや。いいや! 必ず成功させ救って見せる。今度こそ必ず我が民を!」
握りこぶしを作り新たな決意をする老人。そこにーーー。
ーーー無理だよ。あんたのその夢はここで終わるーーー
老人とそれ以外居る筈のない場所に少年の声が響く。
「ッ!? 誰だ!?」
老人は聞いたこともない声に驚き、辺りを見回し声の主を探す。
しかしその声の主は見当たらない。
だがその声の主は語る。
ーーーあんたが国を憂い。民のために身を粉にして尽くしてきたのは分かった。
だがあんたはその民を蔑ろにして、民の意見を聞かず、強行へと及んだーーー
「すべての者の意見を聞いてる余裕などないのだ! ここで動かねば! ここでやられねば、また民が苦しむ! かつてのように!」
老人は声の主を探しながら、声の主の言葉に返す。
ーーーそうだな。確かに苦しむことだろう。裕福なる生活を送っていた者が貧困な生活を強いられる、そうなればーーー
「ふふふ、わかるではないか。お主が何処の誰かは知らぬが、このままに放置すれば。海の国の民は必ずかつてのように劣等種族と嘲り。他の種族からの進行により民が食い物にされる! そうさせないために我は再び動いたのだ! かつて民を救わんと動いたように! 今度は誰にも邪魔されぬようにと!」
賛同するような声に老人は嬉しそうに笑い。そして自分自身の考えを演説するように言う。それは声の主が自分の考えを理解する者と思い。しかし。
ーーーバカじゃねえのかーーー
「なッ!?」
声の主は老人の考えを否定する。
ーーーあんたの思想は確かに善政にとる考えだろう。だがな、あんたのそのやり方は悪政にすら劣るやり方だーーー
「何を言う! これ以外の方法が何処に在る! 民を襲う事が出来ぬよう聖地へと移り住むその為の体。そして聖地に在る門の内部へ探索するために力。老いた体ですら全盛期の肉体に戻すことが出来る技術。どれを取っても理想であり不可欠なものであろうが! どこが劣ると言う!」
ーーー言ったろう。あんたは民を蔑ろにしてるって。すべて民の意見を聞いてる暇はない。確かに時間は有限だ。いちいち少数の意見を聞いていて納得させていたら時間なんかはいくら在っても足りないだろう。だかな、一度でも民達に説明をして。それを理解した大多数の人達に力を使ってやり。納得が出来なかった少数の人達には力が欲しかったら言いに来いと。そう言った手段も取れた筈だ。かつてそうしたようにーーー
声の主はそこで言葉を止め、溜めるように沈黙して。
ーーーだが今回はあんたはそれすらもしなかった! 自分のしていることがすべて正しいと信じ込み。間違いなど何一つないと。これが唯一の正解だと思い込み。他の選択肢を考えることすらしなかった。あんたは救い主でもなんでもない。ただの思考放棄者だ!
思い返してみろ。あんたが過去に救おうとした人達は、あんたのその行動についていったとき。笑顔でいたか? ありがとうと、笑顔であんたに礼を言ったものがひとりでもいたか? いいや、居なかった筈だ。自分達の生活は豊かになれど。その生活に笑顔はない。在ったのは暗く沈んだ顔と。次は自分の番かもしれないと言う怯えの顔だった筈だーーー
声の主はまるでその場で見てきたかのように老人に言う。
老人は声の主の言葉に口を挟むこと無く。顔を沈め聞き入っていた。
ーーー今回の事だって自分で事を起こす前に国に進言していれば、今のあんたの力ならもっと良い対策を高じる事も出来た。だがあんたは端から国を信用してなかった。過去に起きた飢饉の時。地方領主としてやっていたあんたは、国に食料の打診を毎日のように送っていた。
しかしその食料を送ってきたときには大分あとだった。それこそその時にあんたが事を起こしていなければ全員が飢え死にしていたと言うくらいずっとあとに……ーーー
「お主の言い分に頭に来る部分はあるが、まるで見てきたようなその言い方。しかし分かっておるではないか。そう国など信用できぬ。協力者や利用できる者は現れても信用できるものなど、最早誰ひとり居なかった。かつての我が民ですら、いつの頃から我の言葉を聞かずに自分の家族を。親を兄弟を。子供を友を。隣人を、誰知らぬ者を襲い糧を得る方法を取ったのだ」
老人は顔をあげる。そこには老人ではなく精悍な顔立ちをした青年の顔が現れた。
「ならば我一人で御する他在るまい! そうすることで死にゆく者をひとりでも減らす方法しか在るまいて!」
拳を握り力説する男。
そんな男に声の主は嘆息し、呆れ。
ーーーだからあんたはバカだって言ったんだーーー
男の耳に豪風のような風の音が男の居る場所の外から聞こえてくる。
何かを削り取るような音を立てながら、それは徐々に力を増していく。
「まさか……!?」
薄暗い場所に光の亀裂が走る。それは次第に多くなり、やがて薄暗い場所に光が差す。
男は薄暗い場所に居たために急な光に顔に手をやり光を遮ろうとする。
目が慣れる。薄暗い場所は洞窟で有ったようでそこかしこに石や苔などと言ったものがあった。
そして光の向こう側は外になっている。外は少量なれど木々が生えていた。
その洞窟と外を繋ぐように大きな穴が空いた。
「自分が言うのもなんだけど。引きこもりは体に毒だぜ。そうしないと、そうした腐った考えしかできなくなる」
光差す外には虎の獣頭人族の統一郎が、にこやかに笑いながら空中を飛んでいた。
「貴様は……我のシンジュウを悉く無力化したあの小僧かッ!?」
統一郎は緩やかに地上に降りてくる。男の場所にではなく。洞窟と外を隔てる境界線の直ぐ近くに。
それはまるで自分は男とはまるで違うと言うような立ち位置である。
統一郎の姿とその位置で、この統一郎は自分とは相容れぬものだと男は確信した。
「貴様、よくも我が理想を……!」
統一郎を憎悪の表情で睨む男。
「あれのどこが理想だ。自分勝手な思想を押し付け。心を塗り替え。従わせる。反乱どころか自分の考えすら持てない人形と化す事が。人は愚かしい行為をする奴も要るが、そればかりがすべてじゃない。あんたは人間をバカにしすぎだ。なあ」
その両肩に居るピンクサルと虎丸に同意を求めるように言うと。
「にゃーん」(あの人危ないのー)
「ウキキィ、ウッキィー」(あのじっちゃん、もうひとつの思いしかないぞ)
二人は男の危険性を統一郎に言うと。それを承知しているようにありがとうと言ってから、交互に二人の頭を撫でる。
「あれだけの準備を再びするのに、どれ程時間が掛かると思っておる!」
激昂し吠える男。
しかし統一郎は涼しげに言う。
「やらせねえよ。始めに言ったろう。あんたはここで終わる」
「ほざけ! 小僧! 終わらぬ! 終わらぬ! 終わらぬ! 我が救うその時まで終わらせぬ! ふっはっはっはっ! あっーはっはっはっはっはっ!」
男は狂ったように笑う。
光の下に曝されたその体は、岩肌に体を半分埋めていた。
そして男の笑い声と共に、地中から低い唸り声と地響きがし始めた。
地が割れ。そこから木の根のように太い何かがうねりを上げ飛び出してくる。
統一郎は飛んでくる土や石を避けるために、再び空中へと飛翔する。
そして狂ったように笑い続ける男を見ながら。
「……言葉で止まるなら、あんたはこんなことをしていなかったか……」
出来ることなら止まって欲しかったと思い言ったが。それが出来た時は遥か昔であり。その時に自分が要れば止めてやれたろうかと考えたが。所詮たらればの話になると思い。それ以上は考えることをやめた。




