No.339
No.339
イ・ラプセルにある町外れの森。木々に囲まれた人目に付かないような岩肌の斜面に、人が一人通れるほどの洞穴があった。
「…………こちらの方は手の者が来ていないようだな。御館様、御姫様。問題ないようです」
その洞穴から現れたのはカツヲ達であった。
カツヲ達は水路でのシンジュウとの戦闘の後。そのまま水路を使い逃走しようとしたが。この先にも敵の手があるかもしれないと、別ルートから逃走を試みた。
「大分町から離れてしまったが、民は大丈夫だろうか?」
「わかりませぬ。ナマズの言葉を信用するなら海人族以外には手を出している可能性は有ります。我の手の者も数人連れてきておりますが、如何せん手が足りぬでしょう」
「騎士団にもナマズの手が入っているだろうな。そうなると事情を知らない者達には混乱の極みか……」
「敵にこの場所を発見される危険がありますが、知らせを送ることぐらいは可能ですが?」
如何致しますか? と問うと国主は構わないからやってくれとカツヲに頼む。
カツヲは頷き。直ぐ様実行に移る。顔を天に向け。腹の底から叫ぶように声を出す。
だがその音は通常では聞き取れない高音領域。音波の様に響き渡る声はモールス信号の様に数秒間続けられた。
「今のは符丁ですか?」
断続的に続けられたものを意味あるものかと少女が問うと。
「然り。『呼び声』を我が騎士隊の緊急連絡用に改良したもの。内容に関しては『敵は行動せり。民を守れ。速やかに待避せよ』と伝えました」
「探索時の召集に使う呼び声をそんな風に使うとは」
その使用方法に、今が緊急時だと言うことも忘れ。その方法を思い付き組み入れていたカツヲを感心する者達。
しかし当のカツヲはと言うと。
「いや、これは我が考えたものではなく、我の友が…」
と、口ごもっていた。
一息着いてからカツヲ達はこれからどうするかを簡単に話し合った。
その話し合いで現状はナマズの強行を止める為の手段が少ないと言うことが分かってしまっている。
カツヲもナマズの企みを関知し準備をしてきたが、相手の行動が早く。また戦力差に比が有るのは明白であると思い知った。
それを補うためにも獣群諸国の『陸の国』『空の国』。それとそれ以外の他国への救援要請を行うべきだと言うことを提案した。
その救援要請の使者に国主と少女自ら行くべきだと言うカツヲ。
この提案に一番に反対したのが少女であった。
「私に民を見捨て逃げろと言うの!?」
「そうではございませぬ。民を救うために他国への説得に赴いていただきたいのです」
「それならば誰か別のーーー」
「国の騎士団を動かして貰うのです。それ相応の地位に要るものでなければ迅速な行動はして貰えぬでしょう。そうなれば助けられる民が失われていきます」
「わ、私だって術士として戦えるわよ!」
「戦場を甘く見てはなりませぬ!」
民を救いたいと言う思いを何とかカツヲに理解して貰おうと説得する少女。
しかしそんな思いをカツヲに一喝され押し黙っされる
「御姫様のお気持ち良く分かりまする。御姫様のお力がお強いのも承知しております」
だったらどうしてと言う少女。
「今回の敵が外から来るのならお力をお借りしていたでしょう。然れど今回は内にいる敵。民を守りながら敵となる者だけを御姫様は瞬時に選び、倒すことが出来ますでしょうか? その者がこの国の民であることを承知で術を放つことが出来ますでしょうか?」
「……それは……」
ただ敵を倒すと言うことなら少女にも出来る。
しかし味方の者を選びながら敵を打ち倒す。それも国の民の者を。
少女は自分の甘さと力量不足に、悔しい表情を見せた。
「ここに居ましたか、カツヲ様……」
そんな彼らの話し合いの最中、カツヲの直ぐ近くでここに居なかった者の声がした。
「トビか」
「はい」
カツヲの言葉に返事を返しながら、木々で作られた影の中から藍色の髪を持つ少年、トビが現れた。
現れたトビに驚く者達に、カツヲは自分の騎士隊の一員だと告げる。
「現状はわかっているか?」
カツヲはトビに現在の状況の確認を取る。
「町は現在、騎士が魔獣に変貌したと話が飛び交っています。事実何人もの騎士が魔獣に変わったのも目撃しました。
またその変貌した騎士達をタチウオ副将が傭兵達を指揮し鎮圧していると話が来ています。
サンマ、ギンザメ両副将は水天宮より帰還。
その際に大型種の魔獣と交戦したらしく、ギンザメ副将が重症を負った模様。
現在ギンザメ副将は後方で治療を受けながらの後方部隊の指揮を。サンマ副将は手勢を募り、タチウオ副将の支援と民の救援に向かわれました」
トビは今の町の様子を簡潔に話す。
大型種との戦闘と言うところで、聞いていた者がそんなものまで実用させ使っているのかと驚きの声をあげていた。
カツヲは報告を聞き唸るように考え。相手と自分の戦力差を図った結果。
「……御館様。最悪このイ・ラプセルを放棄と言う手を取らねばならないかもしれませぬ」
「……それはお前でも無理と言うことか」
「申し訳ございませぬ。我が力が及ばぬ可能性が高いとしか……」
そこには苦渋に満ちたカツヲがいた。
国主もそれが分かり。
「ならば出来うる限りの民を救う方法に変えよ。業腹ではあるが、一時この島をナマズに渡し。準備が整い次第奪還する。その間に私は他国への救援要請済ませる」
「はッ! 承知しました!」
国主の言葉にカツヲは承諾する。
「カツヲ様、あの男にも救援を頼んだ方が「ならん!」
そんなカツヲにトビが意見を言うが、その言葉の最中にカツヲは声を荒げる様にトビの言葉を切った。
今までと違った態度のカツヲに事情を知らない者達は驚く。
「これ以上のトウイチロウへの助力は負かりならん! それがどの様なことでもあってもだ!」
「しかし現状どうにか出来る者はーーー」
「くどい! 我はならんと言った! トビお前にはして貰わねばならんことがある! 御館様、御姫様らは、他国への救援要請に向かわれる。お前にはその護衛を命じる! 良いか、これは厳命だ!」
余りにもカツヲの怒気を放つ物言いにトビは無言で承諾する。
そして他の者達もカツヲの態度に触れては為らない物だと思い、カツヲには問わなかった。
カツヲは直ぐにでも事に移ると国主達に言い。町へと再び戻る支度をするカツヲ。だがその途中である一点の方向を見つめ出す。
疑問に思った国主が訪ねようとしたとき。木々の間から一人のハルバードを携えた。鮫の海人族の男が現れる。
現れた男を見てホッとする国主。声を掛けようとするところをカツヲに止められる。
カツヲは男に警戒した表情をしたままに。
「中央守護近衛大将頬白殿……」
「わかっていただろう。あの様な呼び声を出せば、誰かしらが来ることは…」
ホオジロと呼ばれた男はハルバードを一振りすると。ハルバードから炎が発し。その炎がカツヲ達を囲むように燃え盛る。
「ホオジロどう言うことだ!?」
「……御館様、申し訳ございません。このホオジロは、今は龍人会の『守護』と言う役目を承っております」
「なッ!? お前ほどの男が何故ナマズに与する!?」
国主の言葉に無言を貫き、ハルバードをカツヲ達に向け構えるホオジロ。
カツヲも刀を抜きホオジロと相対する。
「トビお前は先程の命を実行に移せ。我はここでホオジロ殿の相手をする」
「わかりました。申し訳ありません御姫様。皆さんを覆えるだけの防護の術を数時間張り続けられますか?」
突然のトビの言葉に戸惑う少女。
しかし直ぐにトビの言葉に頷き。水の結界を張る。
それを確認したトビも術を発動させ。カツヲとホオジロを残した他の者達を影の中へと取り込むと。トビが水の中に飛び込むように自身の影に消えていった。
それを黙って見ていたホオジロを訝しむカツヲ。
「止めはしないのだな」
「今の我はお前の相手をすることが役目だ。それ以外の事は他の者がする」
「我と同じく五宝剣を預かるホオジロ殿の名が、龍人会に連なっていると聞いたときは、耳を疑いましたぞ」
「我もナマズのやり方を全て肯定しているわけではない。ただその一部に賛同できたから力を貸しただけだ」
そしてホオジロはハルバードを振り回し、再び構えると。
「これ以上の言葉は戯れ言となる。此度の事止めたくば我を止めてみせよ! 南方守護大将海舟鰹定助よ!」
ホオジロの構えたハルバードの刃に炎の鳥が現れる。
「……ならば勝ってその言葉を聞きましょう。中央守護近衛大将藤堂頬白慶次郎殿」
そして互いに自身の精力を高め。
「『一天四海』よーーー」
「『星火燎原』よーーー」
互いの高めた精力を己の剣に込める。
「その緋き光を持って天上を緋く染め上げよ!」
「その蒼き光を持って遍く世界を蒼に満たせ!」
その瞬間。その場所は緋と蒼に彩られた。
☆★☆★☆
カツヲ達が戦闘を始めた一方。影に潜航して島の端まで来たトビ。
統一郎にナマズによる肉体改造を施された力は消されても。生物を生きたまま自身の影に取り込む方法等は覚えていた。
そしてその影の中に一緒にいる国主にカツヲの命を実行するために何処に向かうか訪ねる。
「まもなく島を出ます。ここより近い陸の国に向かいますか? それとも機動力のある空の国に向かいますか?」
「何と言う速さだ……!? おおっすまぬ。一刻も早く民を救わねばならん。ここは近場のりkーーー」
「トウイチロウと言う方のところへ向かいなさい!」
国主が向かう場所を告げようとした横から、少女が統一郎の場所へ向かえと、トビに指図する。
「何を言っている!? ここは数を揃えなければ為らないところだぞ。個人のところに向かう余裕はないだろう!?」
「分かってはいます。トビと言いましたね。先程あなたの発言にトウイチロウと言う方ならば現状を打開できると確信があっての言葉でしたね。それは本当ですか?」
トビはカツヲに言われた以上は統一郎に関しての事は言うつもりはなかった。
だが少女はトビの沈黙を是と感じた。
「ならば私が命じたとあとでカツヲに言いなさい。その人の下へ一刻も早く向かいなさい!」
「待て! カツヲが何かあるから助力を求めないと言っていたのではないのか!?」
「そうかもしれません。ですが私の勘が言っています。そこへ向かえと!」
少女の強い言葉に押し黙る国主。
そしてこれまで少女の突拍子もない行動に、その直感が正しく導いていると言うことも知っている国主は、どうするべきか悩んだ。
「ほらサワラ。あなたからもお義父様を説得して!」
「わ、私ですか!? そんな国を救う指針ともなることを私ごときが口を挟むなど!?」
「大丈夫だから! 私の勘が良いは知ってるでしょう」
「そうですが…」
おろおろとするサワラ。
業を煮やした少女が、行くだけ行って駄目なら直ぐに国に向かえば良いのではと言うと。
「うむ…。その者の場所は遠いか?」
「聖地ティル・ナ・ノーグに住まう隠者ですので、何処かの国に行くよりは近いかと」
「あそこか…。そして隠者か…」
国主は目を瞑り。一呼吸して再度目を開くと。
「わかった。一度その者のところへ行き助力を試みる。カツヲには悪いがどのような理由があるにしろ戦力は多いに越したことはない。駄目ならばそこからなら陸の国より空の国が近い。そちらへと向かう」
トビは国主が決めた以上は統一郎の下へと向かうことにする。
カツヲからは統一郎の下へ行くなと言われているが、同時に国主が救援要請を向かう場所へ護衛しろとも言われている。
優先順位としてはカツヲから厳命とまで言われた護衛の方が高いだろうと思ったからだ。
そして統一郎へと向かう最中。トビ達の遥か上空に、トビが島を出てからも追随してくる鳥達がいた事をトビは気づいていたが。それらが何もしてこないので放ってくことにした。
なにせトビの命は護衛であって、迎撃しろなどとは言われていないのだから。
そしてこれが後に海の国に名を残すほどの大事件『河中事変』の幕開けであった。




