No.337
No.337
議会場に突入する前、サンマは扉の向こう側から大量の血の臭いがしていることに気がついた。
「ーーーッ。何が起こっている!? 大将! 無事でいてください! 大将! ご無事ですかーーーこれはッ!?」
開け放った扉の先には、自分が予想していた以上に議会場内が血の海と化していた。
「おや? あなたは確か南方の…。彼なら国主達と共に逃げましたよ。ここにいるのは私だけです」
声を掛けられたサンマはこの惨状で居るものなどまともな者ではないと判断し。刀に手を置きいつでも抜けるように構えた。
それを見たワラスボはやれやれと言った感じに肩をすくめ。血まみれに為った座席に腰を下ろす。
「自分がしたこととは言え。もう少し綺麗に出来なかったものですかね。これでは服が汚れてしまいますよ」
そう思いませんかと、サンマに訪ねるように言う。
サンマはこの惨状をこの男一人がやったのかと驚く。
そして同時にこの男が術士であると言うことも確信した。
「…………何者だ」
何が起こってもいいように臨戦態勢は解かず男に問う。
「そんなに構えないでください。最早今の私には大した力は有りませんから。ほら」
そう言って男が掲げた腕は物がひび割れたような亀裂が走っている。そこから流れる筈の血は流れずに、何か砂の様なものが流れていた。
そして世間話でもするかの様に話す男。
「ああそうだ。暫くの間誰も近付けさせない様にと、彼女にお願いしといたんですけど。もしかして彼女、殺してしまいましたか?」
「……あの 突撃槍大蜘蛛の女の事を言っているなら、俺の仲間が足止めしている。それよりこちらの質問に答えろ! お前は何者だ!」
「そうですか。そうですよね……。彼女は一種だけの取り込みとは言え、大型種の魔獣。その上小型種の魔獣を統率出来る力を持った魔獣ですから、そう簡単にはやられないとは思っていましたよ。まあ問題があるとすれば彼女の優しさだけでしたが。その辺は魔獣の狂暴性を利用して調整したようですから」
うんうんと頷く男に、サンマはもう一度強く何者だと問う。
「せっかちですね。年よりの話は、まあ今の私は若返っていますから年寄りではないですね。では役職の方で。僧の話は長いと決まっているんですよ。私はワラスボ。『龍人会』では『坊』と呼ばれていたものですよ」
これでいいですかと笑顔で答えるワラスボ。
そんなワラスボにどこか生気の無さを感じたサンマ。
しかし聞くべきことは聞かねばならないとワラスボに問う。
「御館様や大将が逃げたとは言っていたが、それ以外の者達は、どうした?」
「わかっているのにその質問をしますか。もっと実の有る話をしたらどうです? 私はそんなに長くは話せませんよ」
ワラスボの答えに舌打ちを打ちたい気分だったが。どう言う理由でかは分からないが、ワラスボの言う通りに。その体は徐々にその亀裂を増し。一部が砂となり崩れ落ち始めていた。
「ならば何故、貴様達はこんなことをやり始めた」
「そんなことですか? それはここに居た彼らにも話しましたが、理想郷を作ろうとしていたんですよ」
「理想郷?」
「ええ、今の若いあなた達などには分からないでしょうが。昔は酷かったんですよ」
そこから先ワラスボは語る。
それはナマズと同じような体験した昔話をする。最もこちらはナマズを助けた術士は存在はいなかったが。
「だから民を救うために始めたと……。しかし海人族以外は救わないと!?」
「ええ。私たちにとっては今の世は統べかず違和感がありますよ。つい六、七十年前までは多種族同士での争いが絶え間なかった。それが今やどうです。まるでそんなことがなかったような振る舞い。私としては別世界に居るような気分ですよ」
そしてワラスボは天を見上げる。
そこには天井にまで飛び散った血の付いた天井が在る。だがワラスボにはその先の天の星々が見えるている様に。
「私には何処かの誰かが、この世界を意図的に操作して要るように思えますよ」
「だからと言って何故他の種族の者達を救わないことになる!」
「今言ったじゃないですか。『誰かが意図的にこの様な世界を作っている』って」
「それは妄想だろう! 今の世は、今生きている者達が作っているんだ!」
ワラスボはサンマの言葉に「そうですね。作っているのは」と呟いた。
「じゃあ仮の話ですよ。もし再び多種族間で争いがあった場合、私たちは再び弱者へと変わります。何しろ私たちは肉体的にも精力的に力強い種族とは言いがたいですからね」
「それこそ意味がわからん! 話し合いでも何でも出来るだろうが! 何故あんな姿にしてまで対抗しようとするんだ!」
サンマの言葉に物知らぬ子供を見るような目で見つめ。
「……人は本当に命の危険が迫った時、自分以外は全てが敵となってしまうんですよ。……そろそろ喋り難くなってきましたね」
ピシッとワラスボの顔にまで亀裂が出来始めてきた。
そしてワラスボは心残りがないようにと言った具合に更に語る。
「だからそうした者達がおいそれと来れない場所に避難できるように。そこで暮らしていけるだけの力を持てるように始めたんですよ。……ハァ、貴族達の説得の為とは言え。調整が効かない五種混合は無茶でしたね。まあ痛みがないのは幸いですが……」
亀裂が身体中を走りそこから体が崩れていく。ワラスボの目には既にサンマの姿は映っていない。
「おい!? まだ聞きたいことがーーー」
「もう無理ですよ。私はその世界を見ることが出来ないですが。その礎となれるのですから私は本望、で……す…………………」
そう言葉を残し、ワラスボはその姿を全て砂と成り果てた。




