No.329
No.329
カツヲ達が議会場から逃げ出してから水路でシンジュウとの戦闘がある。その数時間前の事。
「どっかのバカが小競り合いを起こしたお陰で、主だった貴族連中は呼び出し。その中に大将も含まれる、と」
騎士の待機室でタチウオが椅子に寄りかかり、嘆くように言う。
「そう嘆くな。これで収まれば件の心配事も先延ばしが出来るだろう。そうなれば向こうの連中の切り崩しに取りかかれる」
「とは言っても、そう言った連中は切り取られても問題がない連中だろう。真に刈り取らねばならん連中に、何処まで届くかが決め手となるだろうが」
サンマ、ギンザメが裏で画策している者達を何処まで追い詰められるかと思案していた。
そんな二人にタチウオは自分は頭を使うのは苦手だと言い。持参していた小樽の中身をちびちびと飲み始めた。
しかしその飲み始めたタチウオにサンマが注意をする。
「ここで飲むな」
「いやこれ水だぜ」
タチウオは小樽をサンマの方へ向け匂いを嗅がせる様にするが。
「だとしてもだ。そんな樽に入れて飲んでいれば誤解が生じる。大将の顔に泥を塗りたくなければ止めておけ」
「だからと言って備え付けの水差しを飲むのも躊躇われるな。向こう側の連中が、何かを仕掛けていないとも限らない」
ギンザメは少し考えてから、タチウオに小一時間時間を与えるから、町の様子を見てこいと言う。
「おいギンザメ!?」
「タチウオがここで大人しくしていられるとは思えないだろう。帯刀はさせずに行かせれば、まあ問題が起きても大事には為らんだろう」
あくまでもタチウオが問題を起こすと言う前提で話すギンザメ。
タチウオは自分は問題を起こさないと言いたいが、何かしらあった時には、何を言われるか分かったものではないから、押し黙っていた。
「………はぁ、確かにここで大人しく待っていられるようなたまではないな。タチウオ、剣をここに置き。一時の暇を与える。もし何かしらの事を起こせば罰則を与えるからな」
サンマも自分が問題を起こす事を前提で言っている。二人に対して何かしらの文句も言いたかったが、何もせずにただ待っているのは生に合わないタチウオは、出掛けられるんならそれで良しとしようと、剣を置き。外へと出掛けることにした。
「そうだタチウオ」
「なんだ?」
扉を開け外へと行こうとしたところで、ギンザメに呼び止められる。
「町の様子がどんな風になっているか見てこい」
ギンザメのその言葉にタチウオはげんなりとした顔をした。
「それって見回りって言わねえ?」
「言わないな。お前は騎士としての剣はここに置いて行くんだ。職務ではなく、非番としての行くんだ。一人の民として町の様子を見てこいとな」
ギンザメの含みある言葉を聞き、それから外へ出ていくタチウオ。扉を出ていく際に「非番って言わねえよ、それは」とぶつぶつと言いながら出ていったのであった。
そんなタチウオを見送ったあと二人は。
「これでタチウオに外を見に行かせる口実が出来たな」
「本人がきちんと理解してくれているかが心配だが」
「その辺は問題あるまい。あれほど分かりやすく言ったんだ。タチウオはそこまで疎くはあるまいよ」
それだけ言うとギンザメも席を立ち上がり。
「俺は中の様子を見てくる。サンマはここに居てくれ。待機室に誰も居ないと不振がられるからな」
自分だけがここに居なければならないのかとぼやくサンマ。
しかしこれも必要になる情報が得られるならと、手で追い払うようにギンザメ行けと言う。
「…………議会がどれだけ掛かるかは分からないが、ここでどれだけ集められるかが勝負だな」
サンマ一人の残った待機室で天井を見てポツリと呟いた。
☆★☆★☆
「はあー。せっかく暇をくれても見回りをしろって言うんじゃ酒も飲めねえじゃんか……。ギンザメの兄ィめ、俺を使いっ走りにしたな」
タチウオは城門に居る騎士達に外へと出る手続きをして門を出ると。タチウオはギンザメの先程の言葉を思い出し、溜め息を吐く。
ギンザメが思っていた通りにタチウオはギンザメの意図を理解はしていた。
だからと言って理解はしたがやっぱりこれは非番にはならないと、ギンザメに対して悪態を付いていた。
しかし一応とは言え窮屈な場所に居るよりはまだマシと考え。何処から見回りかを考えたのだった。
「……とりあえず人が多いところから回ってみるか。何も得られなかったなんて言ったら、それこそ何言われるか分かったもんじゃないしな」
タチウオは人通りの多そうな所を探し歩き出す。
ここは海の国中央諸島。首都島『イ・ラプセル』。
大小様々な島がある海の国の中でも取り分け大きな島である。
全長約百六十キロ。全幅約四キロ。中央付近には四百メートル級の山が存在し。そこから流れる豊富な水源を町の全てに行き渡るように、蜘蛛の巣状に水路が作られている。水路には小舟専用の水路も存在していた。
住人が住む家々は二階建ての石造りの家が多く。水路や町並みから何処となくヴェネチアの様な雰囲気がある町である。
人口は約八千人。主な産業は海から取れる海産物等を輸出している。
また他国への海からの物資郵送の中継地点としても用いられるため。数多くの種族の者達が居ることでも有名な国でもある。
人通りの多い場所に来たタチウオ。辺りを物珍しそうに見ている。
「やっぱ中央のは賑やかだな。南(※カツヲの治める諸島)とは大違いだね」
「ダンナ! ダンナ! 中央は初めてですかい?」
そんなキョロキョロと見回していると、お上りさんと思われたのか。水路に停泊していた屋台舟の海人族の男性が声を掛けてきた。
「いや久しぶりに来たら、また賑やかになっていて少しびっくりしただけさ」
「そうでしたかい。久しく来ていなかったらそりゃあ驚いたでしょう」
「まあな。オヤジのところは何を売ってるんだ?」
「うちは海で取れた魚の干物でさ。酒のツマミにもぴったりですぜ」
そう言って男性はタチウオのが歩いていた歩道の方へ舟を寄せて、舟に積んである物を見せる。
舟の中には数種類の魚の干物が陳列してあった。
その中からタチウオはアジに似たの干物が紐で幾つか括り付けられた物を指差し。幾らだと聞く。
「それなら一匹なら二石貨(二十円)。紐付きなら五石貨(五十円)ですぜ」
タチウオは男性の言葉を聞き着ている鎧の内側に手を入れ、そこから巾着を取り出す。巾着の中身を見てひ、ふう、と数えてから二枚の丸みを帯びた灰色の小さなコインを取りだし。男性へと渡す。
受け取った男性は確認してから一匹の魚の干物をタチウオへと渡す。
受け取ったタチウオはそれを頭からかじる。
「おっうまいなこれ。それで何か人が多くなった理由を知ってそうだったけど、何かあったのか?」
タチウオの干物の感想に気を良くしたのか男性は笑顔となり。タチウオへと人が増えてきた理由を話す。
「ダンナは知ってますかい? 何でもどこかの諸島で争い事が起きたって」
「ああ、確かそんな話を聞いたな。何だ、もしかしてそこから流れてきた奴か?」
タチウオは男性の話を今知ったかの様に驚く。
「まあそれもあるでしょうけど。もう半分くらいは流れの傭兵が、金の臭いを嗅ぎ付けてやって来てるみたいなんですよ。そのせいか外国のお客さんはとんと来なくなりましてね」
「ダンナもそうでしょう?」と言った感じの仕草をする男性。
「まあ俺も似たようなもんだけど。俺の場合は護衛の仕事だったからな。なるほどね。だからか、そこかしこに傭兵連中が多いのは」
タチウオが町に来てから明らかに騎士ではない、ましてや一般人ではない連中がうろついていた。
そして治安維持のためか、かなりの騎士達が巡回しているのも確認していた。
(最初は貴族連中が来てあるからと思ったが、それだけじゃなかったようだな)
「へぇー。ダンナは仕事でこっちに来たんですかい。どちらからで?」
「南だよ。向こうは領主の人が良い人だからか、平和なんだけどよ。俺のような人間にはちっと退屈でな」
おどける様に言うタチウオに苦笑で返す男性。
「俺らにとっちゃあ飯の種だが、あんた等にとっちゃあいい迷惑だなよ」
「そうですね。人が増えるのは良いんですが、今は人の流れが滞ってますし、なにより物々しくてね。それにああ言う子等も増えましてね」
そう言うと男性がは路地裏を指差す。
そこには身なりが薄汚れた、孤児のような子供らが居た。子供らはこちらを見て食べ物を物欲しそうに見ていた。
「流れてきた子供か……。親は、あそこでああしている以上は居ないってことか……」
「でしょうね。何があったかまでは知りませんが、なかには盗人になる子もいましてね。困ってはいるんですよ」
それから男性は「ダンナに話すことじゃなかったですね」と言って話を切り上げようとした。
タチウオは路地裏の子供らをじっと見てからもう一度懐に手を伸ばし巾着袋を取り出す。
それを男性に放り投げると男性は慌ててそれを手にする。
「ダンナ!?」
「そこにある分で申し訳けねえけど。あいつらに食わしてやる分くらいはあるだろう。連れてくるから出しといてくれ」
それだけ言うとタチウオは路地裏に向かい。子供らの前まで行く。
子供らはタチウオが来た事で怯えた表情を見せる。
タチウオは彼らの目線までしゃがみ込み、ニカリと笑って。
「腹減ってるか? 減ってたらあそこで飯食わせてやる。もし他にも仲間が居たら連れてこい」
タチウオの対応に困惑する子供ら。その中から一番の年上なんだろう、狼の獣頭人族の男の子がタチウオの前に行く。
「……なぜそんなことをしてくれるんです?」
「不信がるのはもっともだな。なに飯を食わせてやる代わりに、ちょいと話を聞かせて欲しいのさ。まあお前らにとっちゃあ思い出したくもない事になるかもしれないがな」
タチウオは男の子に「どうする?」と聞くと、男の子は後ろにいる子供たちを見る。後ろの子供達は何かを期待するように男の子を見る。
「僕からで良ければ……」
「構わねぇよ。お前さんはいい男になるぜ」
そう言って男の子の頭を撫でる。
少し乱暴に撫でられた男の子は、タチウオに撫でられた事で何かを思い出したのか。少し涙ぐんでいた。




