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No.325





 No.325




 「民を守るために……? お義父様、言っている意味がわかりません。民を犠牲にする装置なのに、何故使用することで、民を守ることが出来るのですか!?」


 明らかに分かる筈の結果なのに、何故そんな本末転倒な様なことをと、少女は言う。


 「『今日何もしなければ、明日、千人の命が失われる。ならば今日十人の命を糧として、明日を生き残れる九百九十人の者達()を救おうぞ』」


 少女の疑問にナマズが誰かの言葉のように答えた。


 「これがかつてその領主が言った言葉だ」


 ナマズの言葉に国主の男性以外は何を言っているのだと言う表情だった。


 「くっかっかっかっ。わからぬであろう。わからぬであろうな。その時の領主の思いが。その時の我らの困窮さが」


 手で顔を覆い笑うナマズ。

 だがその笑いは哀傷に満ちた笑いであった。


 何故民を救おうとしていた術士が、同じく民を救おうとしている領主に殺された、か。

 それは装置を作った術士が、確かにこの装置を使えば、貧困の状況をどうにか出来ることは可能だろうと思ったが。装置に精力(マイン)を溜め込むだけでも、その量は平均術士の約五人分の精力(マイン)の量が必要であったからだ。

 当時の術士の数が少ない状況下では、それは理想論にしかならないと破棄しようとたが。領主が術士ではない自分や民から選べばどうだと話を持ちかけた。

 術士はそれならば可能だが、必要人数が更に多くなり。また民に多大なる負担がかかると領主を説得して、別案を提示したが。領主はこれを聞き届けようとはしなかった。

 何故ならば救う手立てが目の前にあり。いまも失われていく命を、真剣に救いたいと思っていたからだ。


 救えるものがあるのに何故使わぬと、領主は言う。

 一時の救いなど何の意味があると、術士は語る。


 双方の意見は対立した。

 そして何の切っ掛けがあったのかは分からないが。領主は術士に話を通さず、独断で装置の事を民に発表した。

 民達は最初の内は困惑していた。

 されど次第に領主の言葉を聞く内に、民は自分達が助かる方法はこれしかないと思うようになっていた。

 そしてその装置に命を吹き込む役目に選ばれた、自分から名乗り出てきたのは年老いた者達だった。

 先の無い自分達にその役目を与えてくれと。家族や友人、助かる者達のため最後に花を咲かさせてくれと。

 名乗り出た者達はそのまま選ばれた。

 そして残していく者達との最後の別れをして。その装置に自らの残りの命を捧げた。

 年老いた者達は装置に命を吹き込む終わると崩れるように倒れた。

 残っていた者達が駆け寄り容態を確認するも、皆既に事切れていた状態だった。残された者達は嗚咽の涙を流した。

 そして装置に入れられていた植物が一斉に成長し、実を次々と成していくと。人々は今度は感謝の涙を流した。

 自分達に生きる糧を与えてくれてありがとう、と。


 「ここまでであれば、まだ美談にはできたであろう」


 装置に込められた力は年老いた者達の(モノ)。その力は長くは持たず、次第に無くなっていく。

 そして糧を得るために次の者。また次の者とその装置に命を吹き込んでいった。

 どれくらいの時であろう。別の手段を講じていた術士が、領主が装置を使い糧を得ていると知ったのは。

 それを知った術士は直ぐ様領主の下へ向かい。装置を使うのを止めるように言った。

 しかしそれは時既に遅かった。

 一度動かしたものを。一度得られると知ったものを、人はそう簡単には止めることは出来なかった。

 それをすれば糧を得るために犠牲となった者達はなんだったのかと、考えてしまうからだ。

 術士の言葉に領主は取り合わず使い続けた。

 術士はそんな暴行止めるため装置を破壊しようと決行するも。その途中に民に見つかり。術士は敢えなく捕まる。

 そして自分達に再び貧困な生活に戻そうとした術士に民は怒りを顕にする。


 自分達を脅かすこの術士をどうしてくれよう、と。


 そんな思いのなか装置の力を補充しなければいけなくなった時、誰かがこう言ったのだ。


 「『この装置は本来術士が使うもの。ならこの術士の命を使うのは』とな」


 この時に止めていれば。もしくはまた違った結論を出していれば、悲劇にはならなかったかもしれない。

 領主や民は術士の命を装置のエネルギー源として使用した。

 しかもただ使用するのではなく。生かさず殺さず。長く使い続けるために。先ず術士の喉を潰し。手や足の腱を切り。声を出すことや逃げ出すことの無いようにされた。

 そして適度に食事を与えられ、装置のエネルギーを産み出す家畜(モノ)として、徹底して管理をされたのだ。

 そしてこれが彼らの狂気の始まりであった。


 「狂気……」

 「術士が作った装置は術士一人の命では到底賄えるものではない。程なくして術士も糧として、その命をすべて奪われたと聞いている」


 そして命尽きた術士の代わりに次の糧を得るための()を装置に捧げなくてはならなかった。

 しかし今度は誰もがその装置に自らの命を捧げようと言い出すもの居なかった。

 当たり前である。例え歪んだ希望であったとしても自分が生きられると知った以上は、誰もが自分の命を投げうってまで。誰かの命を救おうと言う考えは無くなっていたのだから。


 「では装置は使わなく?」

 「いや止まることなく使い続けていた」

 「では誰が? 領主が選出し選んだと言うことですか?」

 「くっくっくっ。姫よ。先程国主が言ったであろう。『狂気』だと。選んだのは領主ではない、民だ」


 ナマズの言葉に知らぬ者達は疑問の表情をした。


 「民が民から装置に命を吹き込む者を選ぶ。言葉にすればこの程度の事だ」


 彼らが選んだ選出方法。それは健康な人間を探しだし、強制的に装置に命を吹き込めさせられたと言うこと。

 逃げようとすれば他の民から私刑をくらい、動けなくされてから装置へと捧げられる。

 そしてギリギリまで搾取された後は養護所へと送られ手厚く看護される。

 もしその間装置のエネルギーが尽きようとすれば、次に健康な者を探し。その者の命が搾取される。

 そうした循環をしていくと、健康な者が居なくなる。

 居なくなれば一番に元気な者を、その次に元気な者をと、繰り返していった。


 「それは……」

 「この方法は循環しているようにも見えるが、死者は出ている。そして当時の国主に貧困時代にも関わらず豊かに暮らす土地があると耳にした。当時盟主候補であった前盟主にその調査を命じられた」


 そして調査隊を引きいて向かった前盟主は後にこう語っている。


 「あれは人の住む様なところではなかった」と。


 初めて町に訪れた時には家々は荒み廃村の様な印象が見受けられたと言われていた。

 しかし当時はそう言った町や村などが少なからず在ったが故に。ここもそうなったのかと思っていたそうだが、町の中央部辺りに行くと異様さが現れていたそうだ。


 「異様さ?」

 「他の家や町並みと比べて物が充実していた。家は綺麗に作られており。そこかしこに緑が溢れていて、人が丸々と肥えている。しかし人々はどこか陰鬱で怪我も重症を負っていた者が多かったと」


 初めは新たな聖地が見つかり。それを国に報告せずに、民達が聖地に向かい。そこから物資を調達しているのかと考えたそうだが。

 事実はもっと酷かった。

 町の中央に向かった調査隊達が見たのは円環状に立てられた数本の柱に、人が吊るされたような状態で縛られいたと。

 そして縛られたていた者達は他の肥えた者達とは違い。屍と見間違うほどの痩せ細った姿であったと。

 前盟主は直ぐ様民にこれは何事だと問いただした。

 民はその問いにこう答えたそうだ。


 「あれは自分達が明日を生きるための糧だ」と。


 そして民は調査隊を指しこうも言った。


 「新たな贄が来た! これで自分達はまだ生きられる」と。


 それから民はギラついた目をして、重症な怪我で体を引きずりながら、調査隊に襲いかかってきた。

 調査隊の者達は驚いたが、何があってもいいようにそれなりの手練れを引きいて向かいっている。鎮圧は直ぐに出来る筈、であった。


 「であった? 出来なかったのですか?」

 「出来なかった訳ではない。相手は怪我人でこちらは騎士と前盟主だ。力の差は歴然だ。出来たのはーーー」

 「出来たのは鎮圧ではない。襲ってきた民達の虐殺だ」


 国主の言葉を引き継いだナマズの言葉に、皆が驚いたのだった。














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