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No.323





 No.323




 カツヲは声のした方向に鋭く視線を向ける。

 その方向には誰もいない。しかしカツヲの直感が告げる。何者かが確実にいると。


 「何者ぞ。姿を現せ」


 納めた刀を抜き払い、何もない空間を斬る。


 「おっと!? おいおい。現せと言っときながら、いきなり斬りかかるかい。しかも俺の姿が見えない筈なのに、確実に俺を仕留めに来やがった。どんだけ勘が良いだよ」


 何もない空間から男の声が響く。

 そして何もない空間から溶け出るように男の姿が現れる。


 「合成獣(キメラ)ッ……!?」


 現れた男の姿は犬の獣人族(ワイルド)であったが、左手はシオマネキの様な巨大な鋏みに、甲羅の様な鎧を着ていた。


 「キメラ? もしかしてこの俺の姿かい? ならこの姿はシンジュウと呼んでくれよ。この力をくれた奴はそう呼んでいたぞ」

 「シン…ジュウ?」

 「そうシンジュウ。神なる獣。昔話に出てくる盟主と共に建国の携わった獣らしいぜ。まあ俺は知らなかったけどな」


 男は「クックックッ……」と笑い。右手で顔を覆うと。その右手はカメレオンの様な生物が一体化したような腕をしていた。


 「ーーーひッ!」


 あまりに奇妙な腕にサワラが悲鳴をあげる。

 それを聞いた男は右手の事だと気が付き。その右手をカツヲ達に見せつけるように掲げる。


 「可愛いだろう。こいつは姿消す蜥蜴(ハイドリザード)って言う魔獣なんだぜ」


 見せつけた魔獣が目をギョロギョロと動かしていた。

 男は愛おしい様に自分の腕と一体化している魔獣を撫でる。

 そして男は思い出したかのようにカツヲ達の方に目をやり。


 「そうだそうだ! 忘れてた! 国主とお姫様を連れてこいって言われてたんだ。豪華な服を着てるそっちのおっさんが国主で良いのかな? なら二人の女の内どっちかがお姫様かね? 答えてくれると俺が楽なんだけど」


 左手の鋏でカチッンカチッンと音を鳴らす。

 カツヲは国主の男性と少女を守るように相手の前に立つ。


 「……連れてこいとは誰に言われた」

 「えー言うわけ無いじゃん。馬鹿なのあんた? あーでも誰だったけっかなぁ? まあ良いや。とにかく連れてこいって言われてるし。でも何処に連れてくんだったけっかな?」


 男の言動に眉をひそめるカツヲ。

 虚言で相手を煙に巻くと言った言い方に聞こえなくもないが。カツヲの勘では、本当にこの相手は分かっていないのではないかと思えた。


 「私が貴方に連れてこいと言っていた者よ」

 「御姫(おひい)様!?」

 「んー君がそうなの? 探す手間が省けたよ」


 そんな中、少女が男に名乗りをあげる。

 カツヲは何故名乗られたと視線を送ると。少女はカツヲに手で制止し、少女は男へと質問を投げ掛ける。


 「貴方その力、シンジュウと言ったわね。その力貴方自身が望んで手に入れたの?」

 「そうだよ。俺はこの力を望んで手に入れた、あれ? そうだっけ? 違ったような?」


 少女の質問に困惑の表情を見せる男を無視して、少女は質問を続ける。


 「貴方はその力をどこで知ったの?」

 「何処って、決まってるじゃん。………あれ? 何処だっけ? そう言えば俺なんでここに居るんだけ?」


 首を捻り。考え込む男。


 「……キメラ化したせいで記憶障害が起きてるんだわきっと。カツヲ、この人はもう人でもなく。魔獣でもない。あいつらの実験台にされた哀れな被害者よ。多分時間が経てば経つほど、この人の人格はおかしくなっていくわ。だからーーー」

 「わかりました御姫(おひい)様。これより先はこの我にお任せを」

 「……任せるわ。私達が貴方の戦いの邪魔に為らないよう結界を張り。その中に居ます。お義父様サワラ、私のそばへ」


 少女の言葉に二人は近くへと寄ると。少女は精力(マイン)を練り。自分の内に在る星力(プラーナ)と混ぜ合わせ。それを外へと出し。力在るものへと形作る。


 「【水星創造(アクアリウム)水壁方陣(ブルーウォーター)】」


 彼女等の周りに水球が現れ。その水球が弾け飛ぶと彼女等を覆うように水の膜が形成された。

 水の膜は薄く彼女等の姿が見えるが、その水は高速で動き。何者も通さぬ様なそんな感じが見て取れた。

 カツヲはそれを見届けると目の前の男へと意識を持っていく。

 男は「あれー? 隠れちゃうの? 出てこいよー」と言って、とぼけたような言動をとっていた。


 「………お主が何を持ってその力を得たのかは最早問わぬ。だが我らの行く道を邪魔するなら押し通らせて貰う」


 カツヲは刀を構え。男と対峙する。


 「んー。なに? なに? 俺と殺るの? いいよ! いいよ! 殺ろうぜ! 楽しもうぜ! くッひひひひひひ!」


 男は狂ったように笑い始め。左手の鋏を何度も何度も打ち鳴らした。




 キン! キン! カン!


 カツヲが刀を振るい男を斬ろうとするが、合成された魔獣の体であろう甲殻の鎧が、カツヲの振るう刃を退ける。


 「クヒャヒャヒャヒャヒャ!! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! この甲殻の鎧は大王蟹(キングクラブ)の物だぜ! そんな細ッこい剣が通じるかよ!」


 男はカツヲの攻撃を全て受けてもびくともしないと、その場から動かず笑い続けていた。

 カツヲは一旦男から距離をとる。


 「ふむ。先程の水妖犬(クドック)甲殻虫(イビエ)のキメラとは違い。この強さになると一般騎士では歯が立たんかもしれんな」

 「あん? キメラじゃなく。シンジュウだって言ってんだろうが!」


 男が大鋏を突きだし。カツヲを挟み込もうとするがカツヲはそれを回避し。刀を使い大鋏を叩き落とす。


 「……技も何もあったものではないな。ただがむしゃらに力を振るう」

 「避けんなやぁああああ!!」


 矢鱈目ったら男は大鋏を振り回しカツヲに当てようとするが、カツヲはそれら全て叩き落とす様にして軌道を反らす。


 「クソックソックソックソックソックソッがぁああ!! 逃げんな! 避けるな! 死ねやああ!!」

 「当たるつもりも。死ぬつもりはない!」


 カツヲは男の攻撃を掻い潜り。刀の柄頭を男へと向け。地面を踏む潰さん勢いで踏み込み。その力を柄頭へと伝え、男の胸へと叩き込んだ。


 「ゴバッ!? な、な、何で攻撃が……!?」


 男は数歩後ろへ吹き飛ばされ膝を着く。カツヲの攻撃を当てられた場所は陥没したかのように凹んでいた。

 男はカツヲの攻撃が自分には効かないと思っていた分。今の攻撃が何故自分に効いたのか理解できなかった。


 「なるほど。キメラにされたとは言え。その魔獣の対処法と差して変わらぬか。ならば通常通りに一般騎士には三人で当たらせれば良いこと」

 「俺をーーー俺を無視するなあああああ!!」


 男の姿が揺らぎその姿が消えていく。

 男の叫びは残響となり。その声も次第に消えていき辺りは静寂となっていく。


 「そう言えばもうひとつ魔獣を合成れていたな」


 カツヲは喋りながら男の消えた位置を見続け。構えを正眼の構えを崩さなかった。


 「大王蟹(キングクラブ)とは動きが鈍いが、その大きな鋏みと硬い甲殻の鎧が在る故に、堅固な城門に挑むような厄介な相手だ」


 カツヲはまるで相手に聞かせるように話を続ける。


 「そしてもうひとつ魔獣。姿消す蜥蜴(ハイドリザード)と言ったか……。我は見たことがないが、陸地に住まう隠密性に優れ魔獣なのであろうな」


 薄暗い水路をカツヲの声だけが響く。


 「姿を消して動く堅固な城門……か。厄介な相手ではあるがーーー」


 カツヲは突然背後に振り向き刺突を虚空に撃つ。


 「ケギャ!?」


 何もない空間から消えた男が出現する。その胸にはカツヲが虚空へと放った刀が突き刺さっていた。


 「な……んで……み……え…?」

 「見えては居らなかった。その力は確かに厄介であったが、ただ()()が悪かったな」


 カツヲは突き刺した刀を抜き去り血を振るい落とす。


 「先程言ったであろう。その姿消す蜥蜴(ハイドリザード)()()に住まう魔獣だと。ここは少ないとは言え、水辺だ」


 姿消す蜥蜴(ハイドリザード)の姿を消す能力は周囲の景色と同化する、所謂擬態に近い能力である。

 その為、水路のような水がある場所では幾ら周囲と同化したとしても。水の中に入れば、水が人の姿の様に避けて凹み。姿を消していようがそれが在るだけで、何処にいるかまる分かりであった。

 因みに一番最初に男を斬り付けた時も、不自然な水面をしていたために、そこに何か居ると思い。カツヲは刀を振るっただけであった。


 「人の理性も獣の本能も持たぬ者は確かに厄介であっても、我らの脅威とはなりえん。出直して参れ」


 カツヲが背を向け納刀をすると、男は崩れ落ちるように倒れた。















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