No.322
No.322
「御館様。御姫様。そして侍女の方。お急ぎください。彼奴等の手の者が迫って要るやも知れませぬ」
薄暗い水路を駆けるカツヲと。それに追随するように付いてくる、少し着飾った海人族の男性と少女とその少女に付き従う侍女。鰆であった。
カツヲは彼らの前方を走りながら後方を常に意識して振り返り。彼らの状態を確認するように言葉を掛け続けていた。
「私は、私は間違っていたのだろうか……」
そんな走る最中、海人族の男性が嘆くように悔いるように呟く。
それを聞いたカツヲが男性の言葉を否定するように言う。
「何をおっしゃります! 御館様のご指示は間違いはございません!」
「しかし、私に付き従ってて来てくれた者達が、皆が……」
「彼の者達は所詮甘言によって騙された者達。直ぐに自らの過ちに気付くことはできるでしょう」
甘い言葉に自分達の行いが間違っていると、直ぐに気付くことの出来るものが要ると、カツヲは思っている。
しかしその言葉を吐き。他者を操ろうとしていた者は違う。国主である御館様や、次期盟主様となられる御姫様達を傀儡とすることを厭わないだろう。
もしかしたら前盟主様がお亡くなりになられたのも彼奴等が。
今考えてもあれは不自然だった。
前盟主様は高齢であってもご健康の方だった。今日明日とその命が尽きるような方ではなかった。
それがあの日急に身罷られたと連絡を受けた。
死因は老衰。
しかも葬儀も何もかも全て前盟主様のご意向と言うことで、大々的に行われることなく。密葬と言う形で全て終わられたと言うことだった。
またこの事については御館様達も預かり知らぬところだと言う話しだ。
盟主となられる方の多くは自身にそう言った予算を組むより。国のため民のために使うべきだと言葉を残す方は少なからず要る。
だかそう言った人達は当代の国主の方に話を必ずと言って良いほど通しているものだ。
今回はそれが無い上に、その言葉を残したと言う書状すらも無い。
明らかに不自然。不可解が重なっている。
そして何よりーーー。
「お立ち止まりください。前方より何か来ます!」
カツヲ達が立ち止まるとバシャッバシャッと複数の音を立て何かが迫り来る。
カツヲは腰に在る刀を抜き去ると正眼の構えを取る。
近付く音の正体を見極めるようにカツヲは目を細めるように前方を見据える。
そしてその正体が明らかになると、後ろにいる人達は息を飲み、驚きの声をあげる。
「な、何だあれは!? 水妖犬の体に、甲殻虫の様な甲殻…………!?」
「皆様お下がりください」
前方から来る。犬の様な姿に甲殻の様な外皮を持った、二匹の魔獣を見て。カツヲは更に後ろに下がる様に言う。
皆驚きながらもカツヲの言葉に従い数歩後ろに下がる。
「………フゥーーーーーせりゃぁああああああ!!」
カツヲは息を吐き。正眼の構えから八相の構えに切り替え、気勢の声をあげ。迫る奇妙な姿をした魔獣へと刀を振り下ろす。
一刀の元にその魔獣の首を切り。続いてくる魔獣に対し返す刃で魔獣を斬り殺す。
カツヲはその奇妙な姿の魔獣の死を確認すると刀を振り。刃に付いた血を払い落とす。
「面妖な相手だ。水妖犬の様な動きに、甲殻虫の様な堅さがあった。これがトウイチロウの言っていた驚異か?」
多少の驚きはあるが、あの程度ならばまだ対処が可能だと思ったカツヲに。今まで黙っていた少女が、その奇妙な魔獣を見て何かを知るように呟いた。
「……あいつら『キメラ』なんてものを造っていたなんて」
「御姫様、何かお知りに?」
「南方殿!?」
少女に直接の言葉の投げ掛けに侍女の女性が批難めいた声をあげる。
しかしそれを少女が止める。
「サワラ、今は緊急時よ。そんな時に普段の格式がどうとか出す方が無粋よ」
「しかし……!? …………わかりました」
サワラは少女の言葉に従い後ろへと控える。
侍女の言葉にも一理在ると、カツヲは非礼を詫びる意味を込め頭を下げる。
それを見て少女は構わないと言い、カツヲによって打ち倒された魔獣を指して言う。
「私の知識が正しければ、それは合成獣もしくはキマイラと呼ばれる、異なる二種類以上の獣を合成して人工的に産み出した獣よ」
「合成、ですか? それに人為的とは?」
意味合いが分からなかったカツヲは首を捻り、少女に質問する。
「合成と言うのはそこの多分水妖犬と甲殻虫を混ぜ合わせたて、新たな命を作ったと言えばわかるかしら?」
「その様なことが可能なのなのか?」
「今目の前に在ることが事実、と言いようがありませんお義父様」
「むぅ……」
男性は人の力でそんなことが、神の如き所業が可能なのかと考えるが。少女の言うように、今目の前に在ると言う事実は変えようも無いものだと思った。
「御姫様。このキメラと申したものは弱点等と言ったものは?」
「無いと思うわ。むしろその弱点を補うために、他の生物と混ぜ合わせる感じじゃないかしら」
少女の言葉にカツヲは先程の様な魔獣が数多く出てくれば、確かに厄介な相手だと思った。
そしてその思いを的確に射ぬく様に少女が更に言葉を重ねる。
「相手は議会中に事を起こしてきたと言うことは、戦力が十二分に揃っていると言うこと。何より水妖犬の様な魔獣だけでなく。もっと危険な、大型の魔獣なんかをキメラされていたら大変よ」
少女の言葉に周りは言葉を失った。
大型の魔獣は数が少ないとは言えその殆どが獰猛にして苛烈なほどの力を持つ魔獣だ。
そんな相手と対峙しようものなら相当数の犠牲を覚悟しなければいけなかった。
(もしやトウイチロウが言っていた脅威はそちらの方か……)
「無い事を祈りたいですが……」
「楽観はできないわ。在ると思って行動した方がマシよ。カツヲ、形勢はこちらが明らかに不利。体勢を建て直すにしてもここから一刻も早く離れないとーーー」
「おっとそいつは困るな。あんた達が居なくなられたら国を取っても他国がそれを認めないらしいからな」
「誰だ!」
少女の話の途中で男の声がこだまする。
カツヲが再び刀を手にし、警戒しながら鋭く声を発した。




